がんばってカンストすると魔王になります~うろ覚えHow to 知識からの脳力チート生活~

よるのぞく

第一章 魔導士が理想ですが仕事を選ばせてはもらえません

第1話 何者


 昼下がりのありふれた日常。食堂には多くの働き手が訪れ、何を食べるか注文に迷う。「いつもの!」と簡単に済ます者や、昼だというのにまず酒を注文する者。静かに食べる者。談笑しながら食べる者。この忙しい時間帯には見慣れた光景だ。


 ところがそこに「異物」が一組。


「あれー席空いてねぇじゃん!」

「大丈夫だってすぐ空けるし!」


 わざとなのか、店中に聞こえるように入り口で喚き出した2人は近くの客に詰め寄った。


「はいはい、お食事終了でーす」

「え? あのまだ・・・」

「あ? 何聞こえねーよ!」

「・・・いや、その」

「食べてねぇじゃん。早くどけよ。マジ迷惑なんですけど?」

「おっさん、あの列見える? 空気読もうよ」

 

 そう言って、いかにも気弱そうな客に絡み席を奪おうとする。ちなみにこの二人は列に並んでいない。図々しいことに割込みである。当然きちんと待っていた者たちはそれに気づいているが、指摘できるものはいない。凶暴そうな顔と服装を見て、積極的に関わろうとするものはいない。


 そこへ勇気ある女性店員が声を掛ける。暴力と縁遠そうな小柄なかわいらしい女性だ。


「あの・・・やめてください!! 他のお客さんが迷惑・・・」

「あぁ! なんだそのタイド! 客に向かってよぉ」

「メーワクなのはこっちなんですけど? 客待たせすぎだし。おれたちの時間ムダにしてくれて責任とれんの?」

「オネーちゃんがおれたちと遊んでくれるんなら待ってあげてもいいけど?」

「それいいねー! オネーちゃん、こっちこようか?」

「や、やめてください!! だれかぁ・・・」


 女性店員は抵抗する。ここで見た目に反して女性店員が二人をボコボコにした、なんて展開もなく男二人に挟まれ無理やり席に座らされそうになる。彼女は周囲に助けを乞うが気まずそうに視線を外す者と、席を立つ者しかいない。

 

「おっ空(す)いてきたじゃん。そんじゃ注文を・・・」

「出ていけ」


 仕方ないのでおれが注意をした。


 普段はでしゃばるタイプではない。だが並んで待っていたのを横入りされてイライラしていた。いや、女性店員さんが可愛かったからかもしれない。いや違うな。まじめに仕事をしてきたのに最近、謹慎をくらった不満をどこかにぶつけたかったのだ。


「なんだ? チビ、殺されてぇのか?」

「ウケル〜こいつヒーロー気取りだよ、ギャハハ!」


 こういう奴らを血祭りに上げるのはさぞスカッとすることだろう。だが謹慎中だから、できるだけ穏便に済ませよう。おれは大人だ。場違いなでかいガキどもに言って聞かせる弁ぐらいある。


「消えろ。クズども」

 

 二人は目を血走らせ、顔を真っ赤にして立ち上がり懐のナイフを抜いた。やはりクズには言葉が通じにくいようだ。


「ボウズ、ガキなら殺されねぇと思ってんだろうが、生意気なやつに教育するほどひまじゃねぇからよ。バカな自分を後悔して死にな!」


 なんてひどい奴だ。まだ幼い少年、少なくとも見た目はそう見えるこのおれに、刃物を突き付けるなんて! おれは刃物が怖くて怖くて仕方が無いのだ。刃物を向けられて反撃しても仕方が無いのだ。


「おっ・・・え?・・・ぎゃああああああああ!!」

「! どうし、いてぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 二人の足を石の突起が貫通して、くぎ付けにしていた。二人がバカで石畳にあった突起を踏んだ、というわけではなく、踏んだ瞬間に石畳が石杭のように突き出たのだ。


 一体だれがこんなことを?

 

 もちろんおれだ。


「はぁ、あぁ、くそてめぇ魔(・)導士(・・)か! こんなことしてただで済むと思うなよ!」

「そうだ! おれたちは冒険者(・・・)だぞ! ギルドがだまってねぇからな!!!」


「まるで自分たちこそ冒険者だ、という口ぶりだな・・・」


 そこへ、騒ぎを聞きつけてきた他の冒険者がやってきた。冒険者なのは革鎧と剥ぎ取り用のナイフを見れば一目瞭然。背負った大剣が剣士であることを示している。明らかに寝てる二人よりも風格がある。

 

「兄貴! コイツをぶっ殺してくれ!」

「魔法でおれたちを襲いやがったんだ!」

 

 その顔は痛みに歪みつつ、笑みを浮かべていた。形勢逆転と思ったようだ。大剣使いは店内を一瞥し、おれを確認すると近づく。

 

「これを、お前が・・・?」

「お仲間かな? 一応経緯を説明しようか? 別にその背にあるものを抜いたってかまわないが・・・」

「兄貴、気いつけてくれ! このガキめちゃくちゃ魔法が早い!」


「なるほど・・・その歳で魔法を使えれば見せびらかしたくもならぁな。原因はまぁいいさ。どうせこいつらが悪い。ただな、背にあるものを抜いたってかまわないっていうのはおれへの侮辱だぜ。ガキに甘く見られていい仕事じゃあねぇからよ」


 そう言って大剣使いは一歩、おれに近寄ろうとする。


「―――――?・・・なんだ?・・・あれ、え・・・?」


 この大剣使いは等級で言えば鉄級がいいところだろう。一方おれは冒険者ではないが、等級を付けるとすれば極銀ミスリル級は確実だ。鉄の上が銀。その上が金。おれはそのもう一つ上だ。3階級上なのだ。企業でいうところの平社員と部長、学校でいうところの中一と高一ぐらいの差だ。ちょっと違うか? まぁ大体そんな感じで、気安く近づける相手ではない。さぞ緊張していることだろう。


 それでも大剣使いは冷や汗を流しながら剣を抜いた。魔法があるこの世界でも剣は有効だ。むしろ接近した状態なら魔法より剣の方が早い。


 だが、悲しいかな。おれはそれなりに剣も使える。


「・・・!」


 おれは腰に差した立派な剣を抜いた。腕はまぁ鉄級のコイツと大差ないかもしれないがそれでも硬直した大男の大剣よりは早く喉笛に突きを放てる。


 いや、やらないけどね。


「兄貴! どうしたんだよ!!」

「早くやっちまえ!!」

「・・・ぐ、身体が・・・・」


 革鎧の留め金は金属が望ましい。なぜなら濡れると乾いた時に縮んでしまうからだ。安いものだと特に顕著で、例えば濡れたところを急速に乾燥させられるとどうなるかというと、鎧が拘束具と早変わりする。


「・・・何をしやがった!!・・・いや、いつの間に魔法を・・・!!?」

「実戦で目の前にいる魔導士が、優雅に詠唱でもすると思ったか? 魔法の発動を、魔法名を言って教えてくれるとでも? 魔法を発動するのに、身振り手振りが必要だといつから勘違いしていた?」


「無詠唱・・・無動作だと!?」


[ガッシャン・・・]


 大剣使いの手から大剣が滑り落ちた。

 そこにちょうど良く衛兵が駆け込んでくる。


「遅れて申し訳ございません! ベルグリッド駐屯騎士団、衛兵隊、商業地区担当! カークワイトであります! ロイド卿、この者たちの処分いかがいたしますか!?」

 

 フルプレートを着込み騎士の証である徽章をつけ、紺色のマントを羽織った壮年の男が恭しくあいさつし、おれに判断を仰いでくる。


 街の衛兵隊が到着したのだ。大剣使いもろとも三人は兵たちに取り押さえられた。 


「皆さん食堂へは食事に来ています。カークワイト卿、連れ出してギルドに事情を説明しあちらの判断を仰いでください。」

「恐れながらこの者は不敬にもロイド卿に剣を向けました! 即刻首切りが処罰として妥当かと思われます!」

「な、なんで! おれたちちょっとガキをからかおうとして、そいつはケガさせてねぇぞ!!」

「そ、そうだ、そいつに怪我させられたのはおれたちじゃないですか!!」

「・・・」

 

 チンピラが喚き出した。

 早くつれてってよ。

 というか首切りって・・・いや、だめだって。謹慎中に騒動を起こしたら、王都に戻るのが延びる。


「この者は命乞いをしなかったし、背を向けて逃げなかった」

「え?・・・はぁ・・・?」


 伝わんないなぁ。人情だよ。

 

「このチンピラのやったことを正当化しなかったのもいい。なめられて怒るのはプライドがあるからだ、それもいい。剣を抜いたがそれは私が許可したことだからそれもいい。処分があるならばそれはこのチンピラの面倒をキチンと見てなかった責任についてだ。それを決めるのは私ではなく所属している組織、ギルドだ。チンピラへの個人的制裁はもう加えた。だからそれもいい」

「・・・は! 畏まりました!!」

「ロイド卿の寛大な裁量に感謝せよ」


 やれやれ、ようやく落ち着ける。おれはここに食事に来たんだ。


「・・・なぁ、おれたちはこの街に来て間もない。一体どなたに逆らったのか、どなたの御慈悲で首がつながっているのか知りたい」


 大剣使いが伺いを立てる。

 衛兵はおれの顔を伺っている。おれが手を振ると少し間をおいて淡々と口を開いた。


「このお方はロイド・バリリス・クローブ・ギブソニアン卿であらせられる」

「「「・・・・えええぇッ!!」」」

「ま、さか・・・」

「ま、まことにもうしわけ・・・ごごごご・・・・」

「うわああああ、ど、どうかお命だけはッ!!!」

 

 衛兵が口にしたのはたったそれだけだったが男たちはそれで理解したようだ。


〈ギブソニアン〉はこの領地を治めるベルグリッド伯の家名だ。

〈クローブ〉は王宮騎士団に属する騎士として叙任されたことを示している。

〈バリリス〉は王都の北東にあるピアシッド山脈に連なる霊山の一岳。それを名乗れるのは王侯貴族のみ。おれは違うが特例で名乗ることを許されている。


 それを聞いていた他の客も騒ぎ出す。

 いや、食事に来たんだが・・・


「パラノーツ王国に魔導士の天才が現れ、腐敗した貴族の陰謀を阻み、巨大な犯罪組織を壊滅させたと聞いた。確か異名は―――」


「〈陰謀潰しの麒麟児〉」

 

 店内は、歓声に包まれた。

 

 うん、うれしいよ。だから食事を下さい。

 

「ベルグリッドの街にサー・バリリスあり! ギブソニアン家万歳!」

「ロイド様がいればこの領地は安泰だなぁ!」

 

 そこへ助けられた女性店員が頭を垂れる。

 

「ロイド様、私ごとき一介の労働者をわざわざお救いいただきありがとうございます!」

「いえいえ、この街を預かる領主の息子として当然のことをしたまで。皆さんもお騒がせしましたがもう済みましたので、お食事を再開してください。そして私に食事を下さい」

「は、はひ!! て、店長、ロイド様がお食事を・・・!!」

「な、なんだって!! ロイド様のお食事を作らせていただけるなんて誉高い栄誉に預かれるなんて!!・・・・腕によりをかけて最高の料理をお持ちいたします!!」

 

 厨房から出てきた店主が緊張した様子で注文を取りに来た。

 

「では、このお店のおすすめをいただけますか?」

 

 店主は再び深々と礼と謝意を示し厨房に戻っていく。

 

 料理ができる間、おれは石杭を石畳の形に戻し、血のりを消し、何が来るのか考えていた。

 

「あぁ、ラーメンと餃子とチャーハンが食べたいなぁ・・・」


 神聖暦八紀216年、この異世界に転生して七年も経つ。そろそろ、あの懐かしい食事がどんな味だったか忘れかけている。


「少しぐらい自炊すれば良かった・・・」


 様々な魔法を駆使し、剣を操り、聖人扱いを受け、王女の護衛を務めるこのおれだが料理はできない。


 それにどうせあの味は再現できない。


「カップラーメンが食べたい・・・」


 おれは叶わぬ夢に想いを馳せながらただ料理が来るのをじっと待った。


 

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