夏の食卓

 入道雲が遠くに見える暑い夏の日のことでした。


 弟は身体が弱く、入院することも多かったので、長期休暇中は母の実家に預けられることがよくありました。両親は弟に付きっきりでとても寂しく、きっと弟に嫉妬していたこともあったと思います。


 小学五年生の夏休みも私は祖父母の家で過ごしていました。六年生になれば中学受験も控えていますので、本当は塾の夏期講習に行くべきだったのでしょうが、両親は私の面倒を見る余裕などありませんでした。


 祖父母の家は絵に描いたような田舎の一軒家でした。庭の向日葵やあじさいが初夏から夏にかけてを彩り、秋には紅葉がきれいに赤く染まります。冬には雪だるまの兄弟を並べ、春には祖母を手伝って花の植え替えをしました。


 小学校低学年時代までは田舎の自然の中で遊ぶのも楽しかったのですが、五年生にもなれば友人もいないこの場所での遊びにはだいぶ飽きがきていました。

 縁側で蚊取り線香をたきながら、絵を描いたり、学校や塾の宿題をしたりをして日の高い日中を過ごしました。しかしどうにも気力はわかず、シャープペンシルを指で弄ぶばかりであまり進みはしませんでした。そしてそのうち縁側に横になって、セミの声を聞きながら昼寝をするのです。



「美代ちゃん、美代ちゃん。」


 肩をゆすられ目を覚ました私の前にいたのは、見知らぬ若い女性でした。母よりも少し若いくらいでしょうか。


「私達ね、おばあちゃんから頼まれて、美代ちゃんとご飯を食べに来たの。」


 居間の方を見れば、見知らぬ若い男性もいました。

 祖母からそのようなことは聞いてはいませんでした。しかし、両親が急に弟の病院に行ってしまい、隣の家の夫婦が私の面倒を見るために訪ねに来たことも度々ありましたので、きっとそういうこともあるのだろうと特に不審に思うことはありませんでした。


「美代ちゃん、コロッケ好きかな?」


 女性はスーパーの袋を掲げて微笑んでいました。そして、私が頷くとさらに笑みを深めました。


「ね、少し手伝ってくれるかしら?」


 危ないからとあまり揚げ物の料理の手伝いを頼まれたことはありませんでしたが、言われれば手伝います。


 タネ作りを二人で並んでやり、女性は慣れた手付きでそれを揚げていき、男性はキャベツをきれいに千切りにしていきます。

 両親と台所に立ったことなど一度もなかったので、とても楽しかったのをよく覚えています。


「今日は私達のことをママとパパだと思ってくれていいのよ?」


 菜箸を片手に笑顔を見せる女性に、どう答えるのが正解かと迷い、ただ笑みを作りました。



「いただきます。」


 きれいに揚げられたコロッケ、キャベツ、小松菜と油揚げのお味噌汁、ご飯。コロッケのタネは定番のじゃがいもとひき肉。

 祖父母の作る少し味の薄い料理も好きでしたが、私にとっては彼女らと作った料理の方がずっと好みなのは否定できません。



 こうして私は見知らぬ両親と食卓を囲んだのです。



 翌朝、いつの間にか眠ってしまった私は祖父母に起こされました。


「美代ちゃん、昨日お夕飯食べてないからお腹空いたでしょ?」


 祖母はいつもよりも多い朝食を用意してくれていました。

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