我が血潮流れ落ちるとき、大地は清められる

西方レイジ

混乱の世界へ

        武上の国(たけがみのくに) 

 斬撃、上から切りつけられる。武樋(たけひ)は僅かに下がりそれを躱した。刃風が顔に当たる刹那、再び前に出て、左から刀を横に振る。

 相手は腹から臓物を出して前のめりで倒れた。

 周りを見ると、部下達が賢明に戦っていた。こちらは、麾下の幹部である小隊長クラスの兵五十名。相手は、その三倍の数はいる。

 夕刻に調練を終えて、帰途の中、突然襲ってきたのだった。武樋は目を疑った、襲ってきたのは自軍の兵だからだ。

 副官の佐伯勝海の背後を敵が攻撃しようとしているのを見て、武樋は素早く前に出て相手の背後から切りつけて倒した。

 勝海と背中合わせで刀を構える。息が荒く、背中が激しく上下しているのを武樋は感じた。闘争が始まってから三十分は過ぎていた。兵達の体力もかなり落ちている。

「これは一体。何故、味方が我々を襲ってきたのでしょうか?」

「分からん。しかし、目的はお前達では無い。恐らく俺だろうな」

「そんな。何故、王族であるあなたが狙われると言うのです?」

 素槍を持った兵士が武樋に向かって武器を突いてきた、それを一歩前に出て半身で躱し、槍の口金を掴んで相手を引き寄せて刺した。そして、相手の胴を蹴飛ばして刀を抜いた。血を噴き出しながら相手は仰向けに倒れた。 

「これでは埒が明かない、一旦馬に乗って引くぞ!」

 武樋は大声で部下達に命じた。皆一斉に集まり、武樋を先頭にして駆け出して、敵のかたまりに突っ込んだ。

 武樋は刀を右手に持ち替えて、右脇に収まっているもう一本の刀を左手で引き抜いた。

 高く飛び上がり、前の兵士の頭上を越えて敵の中に入り込むと、体をクルリと回転させて両手の刀で切りつける。周りにいた兵士五人ほどが一斉に倒れた。

 後ろから部下達も突っ込んできて、敵の兵士達に動揺が走る。それを見逃さずに、武樋は敵兵のかたまりから抜け出すと、馬のもとへ一気に走った。

 馬に乗り込むと、先ほどまで調練をしていた北に向かって馬を走らせる。部下達も次々と馬に乗ると、武樋の後を追った。後ろを見ると、まだ数人の部下達が馬に乗り込めずに戦っている。

 武樋は右手で合図を出して馬を反転させる。後ろの兵達もそれに倣い、武樋を先頭に蜂矢の陣を作り敵に突っ込んでいく。刀を再び二刀持ち、切り込んだ武樋は、すれ違う敵を次々と切っていった。敵は武樋達の勢いに押されて、散り散りになった。そしてそのまま馬の方向を南に向かって走った。

「武樋様、全員、馬に乗り込んでいます」

 勝海が馬を寄せてきて武樋に叫んだ。

「勝海、何が起こっているのか調べられるか?」

「お任せください、部下を何人かお借りします」

「無理はするなよ。俺を襲うと言う事は、かなりの大事になっているはずだ。下又川沿いを東に行った所に、廃村があったはずだが、分かるか?」

「分かります。戦に巻き込まれて捨てられた村ですね」

「そうだ、そこで落ち合おう。くれぐれも無理はするなよ」

 勝海は一度下がり、何人かの部下に声を掛けて、本城である加利山城へ向けて、西へ走って行った。城下は大きな町になっているので、目立たずに行動でき、安全に情報収集が可能なはずだ。後ろを見ると追っ手の姿は見えなかった。

 村国武樋は、この武上(たけがみ)の国で第三王子の立場にあった。

 父王である、村国氏長が、この世を去ったのが三日前である。

 周辺諸国への警戒もあり、すぐに第一皇子である、兄の村国氏影が後を継いで、ひとまず落ち着いたはずであったが、何が起こったと言うのか。

 嫌な予感がする。自分を襲ってきたと言う事は、他の兄弟や親族も狙われている可能性がある。それとも、兄弟や親族の誰かが自分を狙ったと言うのだろうか。

 それは、有り得ない。自分を殺したところで得をする一族は誰もいない。

 とにかく、勝海の報告を待つしかなった。

 そのまま東へ馬を走らせて行く。一時間ほど進んでいくと、日が落ちてきて空はあかね色に染まっている。武樋は川沿いに進路を進め、馬の速さを並足に変更し、負担を減らして進んだ。この辺りは平野が続いていて水田が多くある。

 季節は秋を迎え、もうじき、米の収穫時期になる。それが終わると各国が勢力を伸ばそうと動き始める事になる。

 この武上の国は、大陸の南西の位置にあり、東に蒼月の国、北に白羽の国が隣接しているのだ。大陸全体を「?」(ふ)と呼び、その中は六つの国に分かれていて、お互いに緊張状態にあり、戦争になっている国もある。

 武樋も十六の頃から戦闘に参加しており、数々の武勲を得て、二年後の現在では騎馬二千の指揮を執るまでになっていた。

 前方に集落が見えてきた。馬と部下達を休ませるために武樋は寄ることに決めた。集落の前に来ると、村人が数人出て来た。

「私は村国武樋と言う者だ。申し訳ないが、何か部下達に腹を満たす物を頂けないだろうか、勿論銭は払う」

 村人の一人が慌てて村の中に入って行き、暫くすると一人の老人を伴って戻って来た。

「これは、武樋殿下。私が村長の古志加(こじか)と申します。大したおもてなしは、できませんが、どうぞ中にお入りください。秣もございますので、馬も中にどうぞ」

 武樋達は、馬から下りて、秣のある所まで引いて歩いた。そこには水場も近くにあったので、馬に水を飲ませてから秣を与へ、馬が落ち着いた頃に自分達も水を飲み始めた。

 やがて、村の者がやって来て、村の中央にある広場に案内された。そこには筵が引かれてあり、皆思い思いに座りだす。村の女達が汁物が入った椀を持ってきて部下達に渡している。

「村長、いきなりで申し訳なかった。これは代金だ、受け取ってくれ」

 武樋は持っていた袋から金を一粒取り出して村長に渡した。

「これでは、いただき過ぎです。お代の方は結構でございます」

 村長は両手を広げて慌てた様子で武樋を見た。

「そうはいかん、世話になった礼はさせてほしい。受け取ってくれ」

 武樋は村長の手を取って、金を握らせた」

「では村の皆で分けさせて頂きます。もうすぐ肉も焼けますので、先に汁物を口にお運び下さい」

 村長がお辞儀をして、小走りに去って行った。

 部下達は、ようやく休めた事もあり、落ち着き始めた。一人の小隊長が、椀を一つ武樋に持ってきた。

「武樋様、どうぞ召し上がって下さい」

 部下達を見ると、武樋が椀に口をつけるまで待っているようだった。 

「先にやっててくれ、俺は馬の様子を見てくる」

「それでしたら、私が見てきますが」

「調練と先ほどの戦闘で疲れているのだ、遠慮しないで先にやってくれ」

 武樋は片手を上げて馬がいる方へ歩き出した。

 村の家々では、食事の準備を始めているらしく煙が上がっている。ふと、目をやると窓から子供がこちらを覗いていた。武樋は立ち止まり、子供に手を振ると驚いた様子で顔をサッと引っ込めてしまった。武樋はそれを見て苦笑いをして再び歩き出して、馬のもとにたどり着いた。

 自分の馬の所に行くと、武樋を見て馬が頭を上下させている。そっと鼻を撫でてやりながら他の馬の様子を見たが問題はなさそうだった。桶を持って水場へ行き、馬が飲んでいる水を補給してやった。

 その時だった。部下達がいる方向から大きな叫び声が聞こえた。追っ手が来たのかもしれぬと思い、走って中央にある広場に向かった。

 そこでは信じられない光景が武樋の目に飛込んできた。 

 部下達が次々と二十人ほどの村人達に襲われていた。男だけでなく、女も鍬やカマを手に持って部下達を遠慮無く切ったり叩いたりしている。最初に武樋は何が起こったか分からずに呆然としてしまった。すると、先ほどの小隊長が体を必死に這いずって武樋のもとに向かって来ている。

「た、たけひこさま。お、お、にげください」

「どうした、しっかりしろ!」

 しかし、小隊長は村人に捕まり、足を持って引き寄せられて四、五人でなぶり殺しにされている、血が大量に噴き出した。

「おや、おや、これは武樋殿下、そちらにいらっしゃいましたか。どうやらあなた様は痺れ薬が入った汁物を飲まれなかったようですな。姿が見えなくて心配いたしましたぞ。大事な賞金首に逃げられてしまったら、割に合いませんからね」

 村長の古志加がニヤリとと笑って武樋を見た。あまりにも無残な光景に武樋は立ちつくしている。虐殺をしている村人達が一斉に武樋を見つめた。

「謀ったのか村長。誰に言われてこんな事をした!」

「さて? 私どもは、お役人様に王族の首を持ってくれば金一袋をやると言われただけでしてね。ですから、先ほどいただいた金など、ちっぽけなものなのですよ、ですからこれはお返しいたしますぞ」

 古志加は先ほど貰った金一粒を武樋に放り投げた。金は武樋の胸部に当たり、地面に転がった。武樋はワナワナと震えている。

「おや、武人であるお方が、このようなことで、恐怖で震えておられるとは。今、楽にしてあげますのでご安心・・・・・・」

 古士加が言い終わる前に、武樋は前に飛込んで刀を横に振り、古士加の首を飛ばした。

「俺はお前達を人とは思わん。そのつもりでかかってこい!」

 武樋は村人達のかたまりに突っ込んだ。


 十五分ほど経ち、広場に立っているのは武樋だけになった。襲ってきた村人は全て武樋が切り捨てた。武樋の姿は返り血を浴び、息を切らして、目だけが異様に光り、鬼の形相になっていた。周りを見て襲ってくる者がいないのを確認すると、始めて大きく息を吸って一気に吐き出した。上を見るといつの間にか夕焼けが終わり、満月が出ていた。いつものように綺麗な赤い光を放っていて、周りは薄赤い闇に変わっていた。

 武樋は広場にある水場に行って、体と刀を洗い始めた。すると後ろから、数人の足音が聞こえてきた。振り返ると家にこもっていた住人が、次々と外に出て来て、武樋の前で平伏している。 

「何のつもりだ。今更許されるとでも思っているのか」

武樋は怒気を含んだ言葉で村人達に言い放った。

「私は村長の妻であります、津弥売(つみめ)と申します。どうかお聞き下さい。私たちは古士加の意見に反した者達です。お役人から申しつけられた事を守らずに、村に来られた王族の方々をお守りしようと言ったのですが、古士加と数十人の者達がその意見に反対をいたしまして、言う事を聞かなければ殺すと脅されました。せめて、殺しには参加せず家にこもっていたわけでして、どうかご容赦いただきますようお願いいたします」

 武樋は平伏している村人達に目をやった。皆、僅かに恐怖で震えている。それを見て軽くため息をついた。 

「津弥売の言う事は分かった。ならば一つ頼みを聞いて貰おう」

「何でございましょうか」

 津弥売は平伏したまま答えた。

「殺された私の部下達を、キレイにしてやってくれないか。そして丁重に埋葬してやってほしい。もし、役人がやって来たら転がっているこいつらを見せてやれ。お互いに殺し合って死んだと伝えればよかろう」

「それでは、武樋様」

「それで目を瞑ろう。これから収穫時期で人手が不足し苦労するだろうが、我慢してほしい」 それを聞いた村人達は、寛大な武樋の言葉に感謝の言葉を口にしている。涙を流している者までいた。

 武樋は馬がいる所まで歩き、鞍をつけてから馬にまたがった。馬を歩かすと先ほどの村人達が付いてきている。出口に着いたところで一旦馬を止めて村人達を見た。

「武樋様、ありがとうございます。どうかお気をつけて下さい、役人には先ほど話された通りに致しますので」  

 津弥売は顔を上げて武樋を見た。

「部下達をよろしく頼む」

 武樋は東に走らせた。辺りは、満月のおかげで馬を走らせるには問題無い明るさだった。 一時間ほど川沿いの道を進んでいくと、ようやく廃村になっている所に着いた。

 敷地の中に馬を進めると、右側にある空き家から、勝海と一緒にしたがって行った部下達四人が姿を現した。

「お待ちしておりました武樋様、ご無事で何よりです」

「ご苦労だった、お前達も無事で良かった」

「他の者達はどうされたのですか?」

 勝海は辺りを見回しながら、武樋に尋ねた。武樋は馬を下りて先ほどの村での出来事を話した。それを聞いた勝海は肩を落として悔しさに肩を震わせた。

「気持ちは俺も同じだ。だが残っていた村人達を責める事はできなかった、許せ勝海」

「とんでもございません、勝海様の御身に何も無くて良かったです」

「加利山城での情報は何か掴めたか?」

「はい。とんでもない事がこの国で起こっておりました。実は宰相の大生部 福留(おおうべ ふくる)が首謀者となり、王となっていた氏影様を殺害し、その他の王族の方々も皆、捕らえられて殺害されております。完全な謀反です」

「兄者が殺されただと! ちょっとまて、福留と言ったな。あいつは兄者が子供の頃から政や経済、勉学などを教えてきた男で、兄者が直接指名して宰相になったのだ。恩義はあれど恨みなど無いはずだ。それにあの男では、武器を持っても何もできまい。護衛の者が簡単に取り押さえられることができるであろう」 

 武樋は目をひん剥いて勝海の両肩に強く手を置いた。

「実行者は他の者でした。……軍の最高司令官の高倉真事(たかくら まこと)が直接手を下したとのことです。軍の全兵士は高倉に掌握されて、反抗する者は全て捕らえられているようです」

 武樋は、頭を鈍器で殴られた様な衝撃を覚えた。よりによって、あの高倉真事が謀反を起こし、福留の手伝いをして、軍を掌握したなど、とても信じられないことだった。勝海の肩に置いていた手を無意識に離して、武樋は唖然として何も言えなかった。

「信じられないのも無理はありません、前王からの最も信頼厚き、あの男までも謀反に加担していたとは。しかし、これは真のことでございます。このままでは武樋様も捕まり処断されてしまうでしょう。一刻も早くここを出ましょう」

 武樋は暫く黙っていたが、やがて小さく息を吐いて自分を取り戻した。

「分かった、お前の言うとおりだ勝海。今、俺が城に戻ったところでどうにもなるまい。どうやってこの国から出るかだ」

「ここからですと、西の蒼月の国が近いですな。そうなると、国境となっている川に架かっている橋が三つあります。北と南に一つずつ、そしてその真ん中にある、山の頂に橋がありますが」

「北の橋は、我々の後方になる真西に柴本城、南の橋の真西に鳥売城があって挟まれる形になる。そうなったら逃げ場がなくなるだろうから真ん中を通るしかあるまい」

「しかし、山の頂はかなり高い所にあり、それこそ逃げ場がありませんが」 

「だからこそだ。あそこは狭い場所だから兵の数も少ないだろう、馬で一気に蹴散らせば何とかなるだろう」 

「分かりました。では直ぐに出発されますか?」

「時間が経てば、それだけ封鎖する人数が増える。今すぐ行こう」

 武樋達は馬に乗り、川沿いの道を東へと進めた。途中自分を探している兵がいないか警戒をしたが、それらしき姿は見当たらなかった。廃村より十五キロほど進むと道が三つに分かれる。左に柴本城、右に鳥売城に行く道になっている。武樋は先ほど言った通りそのまま、真っ直ぐ馬を進めた。道が段々と上り坂になってきて、山の中に入った。道はクネクネとした山道に変わっていく。この山は標高二百三十メートルで、頂上部は蒼月の国の領土の山と橋でつながっている。橋は大人三人分の幅で、吊り橋になっているので、行軍をするには向いておらず、もっぱら商人や一般の者が通る程度である。道幅は狭く角度も急なので徒歩での登頂はかなりの体力を使うので、ほとんどの人間は北側と南側の国境を渡っている。

 上り坂が終わり、平坦な道に変わった。道の幅が極端に狭くなっている。これは行軍を妨げるために作られた道であり、人が四人横に並んで歩けるぐらいしか作られていなかった。百メートル前方を見ると火が焚かれており、明るくなっている。

「武樋様、やはり検問をしている様子でございますな」

「確か、橋の手前は少し広がっていたな、勝海」

「はい。二十名程度の兵が配置できる広さになっているはずです」

「俺は嫌でも進まなければならないが、お前達は無理をして行かなくても、投降をすればそれ以上のことはされまい。無理はするな」

「私たちは武樋様の部下です。主を置いて投降などあり得ません、ここで死したとて本望です。こいつらとて同じ気持ちです」

 他の部下達が短く返事をした。

「分かった、では一気に行くぞ」

 武樋は馬を歩かして、徐々に足を速め、やがて疾駆させて突っ込んで行った。

 前方の封鎖をしている兵達から声が聞こえている。やがて橋の手前の少し広くなっている所まで進むと、兵達のどよめきの声が聞こえてきた。

 勝海と他の部下が威嚇するかのように、武樋と横並びになり走って行く。

 その時だった。風を切る音が複数聞こえきて、馬が突然崩れてしまった。

 馬の頭を狙って矢を射られてしまったようで、武樋達は宙に投げ出されてしまった。武樋は、着地する際になんとか受け身を取り、体を強打するのを防いで、地面を転がりながら立ち上がった。横を見ると部下達も上手く着地ができたようで並んで立っていた。これは普段から、落馬をしたときの対処法で訓練していたのだった。

 武樋が前方を見た。先ほど自分達に矢を放った男がひとり弓を構えて立っている。

 一度に六発の矢を放つことができ、しかも正確に馬の頭を狙って当てることができる男など国内に一人しか知らなかった。

「落馬をしても直ぐに戦闘態勢に入れるとは見事です」

 武上の国で、最高司令官である高倉真事が弓を隣の部下に渡した。

「俺が、ここに来ることを予期していたか」 

「敵を欺くには裏の裏を掻かねばならないと教えたはずですよ」 

「裏の裏を掻いたところで、貴方をだますことは出来なかったであろうよ。ところで高倉、俺がここで投降をすれば命は助かるのか?」

「無理ですね、貴方の首を持ってこいと宰相がうるさくてね。残念ですが、ここで貴方の命は終わりです」

「そうか、それでは、せいぜい足掻いて暴れるとするか」

 武樋は刀を鞘から抜いて構えた。勝海達も同様に構えている。

「すまん、勝海。どうやらここまでのようだ」

 武樋は刀を構え、前を見たまま勝海に言った。

「まだ分かりませんぞ。一人で三人を倒せば何とかなります」

「そうだな、やってみるか」

 武樋達は守備兵に向かって走り出して刀を繰り出した。武樋が一人切ったところで敵の守備兵が動き出した。

 一人が武樋に向かって切り込んで来た。上段から頭を狙って振り下ろしてくる、武樋はわずかに下がってそれを避ける。それと同時に刀を横に振った。相手は胸から血を噴き出して倒れた。次に二人同時に切り込んで来る。武樋は左手で、右脇にあるもう一振りの刀を抜いて、二人の前に走り出す。一気に距離を縮めて、左側にいた男の攻撃を左手の刀でで防ぎ、右手で右側の男の腹を突いた。直ぐに抜いてそのまま、左の男の腹を右から横に振った。これを武樋は瞬時に行なった。

 あまりの攻撃の速さに敵の守備兵達は怯んだ。それを見逃さずに、武樋は更に切り込んだ。 勢い乗り、武樋は次々と敵の守備兵を倒して行く。四人ほど切り倒したところで、左側から強烈な殺気が武樋を襲った。

 高倉真事が。走りながら右上段から刀を振り下ろしてきた。武樋は左手の刀で攻撃を防いだが、あまりの攻撃の強さに弾かれてしまう。武樋はとっさに後ろに下がった。

「お前を相手にするには、二刀持ちでは力負けする」

 武樋は、右手に持っていた刀を鞘に収めて一刀にすると、上段で霞の構えをした。武樋の構えを見て高倉も正眼で構える

「素晴らしい構えだ。もし、氏長様の後継が貴方だったら、こうも簡単に事は運ばなかったでしょう。そして我々の攻撃を未然に防ぐ事ができたはすだ、残念です」

「残念と言ったか、高倉。だが、今となっては遅いがな」

 高倉が突進してきた、武樋も前に出る。

 武樋が刀を突き出す、高倉はそれを左から払い、返した刀で横に振る。武樋は後ろに下がり、それを躱した。 

 次に高倉が上段から振り下ろしてくる。武樋は前に出て、体を左にひねり攻撃を避けて、そのまま刀を横に振った。お互いにすれ違う格好になって、高倉の肩から血飛沫が散る。

 お互いに刀を繰り出す。一合、二合と打ち合っていく、二人の力は均衡しているかに見えるが、数合打ち合っていくと武樋の体にに少しずつ血が滲んできている。

 お互いに離れ距離を取り、息を整える。二人の体は激しく上下している。

 武樋は大きく息を吸って、一気に吐くと前に出た、高倉も同時に前に出てすれ違う。

 武樋の胸から血が噴き出して、膝をガクッと折った。直ぐに立ち上がり、振り向いて刀を構えるが、足に力が入らずガクついている。

 武樋は周りを見た。半分程の守備兵達を倒していたが、倒れている中に勝海達の姿もあった。立っている味方は一人もおらず、自分だけ立っていた。

 武樋は再び二刀持ちにして雄叫びをあげた。そして、橋がある方向に走り出して、守備兵達の中に飛込んでいった。次々と切り込んで行き、守備兵のかたまりを抜けて橋の前にたどり着く。

 しかし、そこに橋は無かった。あるのは漆黒の闇があるだけだった。

「これから、この国はしばらくの間、混乱いたします。新たな王が名乗りを上げるまで、隣の蒼月の国から攻められても困るのでね、橋は切り落としていたんですよ」

「どうせ、お前のことだ、他にある橋も壊しているのだろう」

 武樋は振り向いて高倉を見た。

「当然です、やるからには徹底しませんと綻びがでますからね。そして、そこから決壊して崩壊する、それを防ぐのは当たり前の事です。さて武樋様、お別れのようですね。貴方のことだ、私にはかなわないと分かっているはずです。せめて師である私が引導を渡しましょう」 

 高倉は一歩前に出て構えた。

 武樋は右足を一歩下げた、だがそこから先は奈落の底だ。

「残念だな高倉、俺はお前の太刀では倒れんよ。どうせ死ぬのなら自らの手で終わろう」

 武樋は刀を鞘に戻し、両手を広げて後ろに倒れた。

「さらばだ」

 武樋は ニヤリと笑って崖から落ちていった。高倉は思わず右手を出して武樋を掴もうとしたが、宙を掴むだけだった。下を見ると武樋がこちらを見ながら闇の中に消えて行った。

 周りはシーンとして、暫くの間沈黙が続いた。

「高倉様、念のため川を捜索いたしますか?」

 部下の一人が側に来た。

「いや、この崖から落ちていったのでは助かるまい。ほうっておいてよい。ここにある死体を片付け次第、城に戻る」

 高倉はそう言って歩き出す、兵達が一斉に動き出して片付けを始めた。

「たとえ、生きていたとしても何もできまい」

 ボソリと高倉は呟いた。高倉の手は微かに震えていた。


 武樋は、無我夢中で顔だけを上げて何とか呼吸をした。川の流れが急すぎて、思うように泳ぐことが出来なかった。それでも、何とかバランスを取ろうと手足を動かしている。三十分ほど流されて、ようやく流れが緩やかになり、かろうじて体を動かして岸にたどり着いた。武樋は立ち上がり数歩歩いたところで膝を突いた。

 雄叫びをあげた。このどうしようもない状況に置かれた自分に、絶望より怒りが勝っていた。そして刀を一本鞘から抜いた。

「待っていろ、俺は絶対にまたこの国に戻る。そして、この手であやつらを倒す。これは俺の決意だ」

 刃先を左の眉の上に置くと、一気に下ろして 切り裂いた。傷口から血が止めどなく流れる。

「この傷に触れるたびに、俺はこの怒りを思い出すだろう。俺は絶対に忘れ……」

 視界が急に暗くなり、武樋は前のめりで倒れ、意識を失った。

 気がつくと、建物の天井が見えた、どこかの部屋に寝ている事に武樋は気付いた。気配を感じて左に首を曲げると、そこに八歳くらいの少女が正座をして居眠りをしている。コックリと何度も首を上げては落としてを繰り返している。突然ハッと気がついて武樋と目が合うと、ビクッとして驚いた顔を見せ、しばらくの間固まっていた。やがて思い出したように立ち上がり、部屋を出ると大きな声を出して人を呼んでいる。

「じいさま。男の人が目を覚ましたよ、早く来て!」

 その後、足音が聞こえて、老人が一人部屋に入ってきて武樋の側に座った。

「気がつかれたようですな。ここにいる孫が、川の側で倒れている貴方を見つけましてね、直ぐに家に運び、傷の手当てをさせていただいたのですよ。胸の大きな傷は縫っておきましたので、少し突っ張る感じがするでしょうが我慢してください」

 武樋は体を起こして老人を見た。

「ここは一体?」

「ここは、蒼月の国の西外れにあります、小田村という所です。私は村長の田祁麻呂(たけまろ)と言う者です」

「そうですか、蒼月の国に来ていましたか。私は隣の武上の国の者です、お助け頂きありがとうございます。」

「お隣の国の方でしたか。お持ちになっていた刀と甲冑を見て、お武家様なのだろうと思っておりましたが。しかし、ここいらで戦があったとは聞いておりませんでしたが」

 田祁麻呂が少し考える仕草をして武樋を見た。

「私は追われた身でしてね、命からがら逃げていたのです」

「何か事情があるみたいですな。まあ、しばらくの間、お休みになって下さい。その体では動けますまい」

「いえ、私がここにいると村の方に迷惑をかけることになります。これ以上、ご厄介になるわけにはいきません」

 武彦は立ち上がった。しかし、めまいがして倒れそうになるのを田祁麻呂が受け止めた。「あれだけ大量の血を失ったのです。まだ動くのは無理ですぞ」

「しかし、ここでのんびり静養しているわけにはいかないのです」

 再び武樋は立ち上がろうとして膝を立てた。

「追われている貴方にどこか行く当てがあるのですか?」

 田祁麻呂の言葉を聞いて武樋はピタリと体を止めた。国を逃れた武樋には、行く当てなどなかった。これからどうするかも決めていない。国外に知り合いなどいない武樋は、一人でいったい何が出来るというのか。

「ここを出て行かれることには反対をしません。しかし、数日は体を休まれませんと」

 田祁麻呂は、そっと武樋を寝かせようと促した。

「それに、そのお顔の傷もふさいではおりません。傷が眼球にまで達していなくて幸運でしたな。傷がもう少し深かったら、失明していたでしょう」

 武樋はふと、左の目の下あたりに違和感を感じて手で触れてみた。そこには自分がつけた刀傷があった。そして、あの時の怒りが武樋の中に湧き上がってきた。

「心遣いありがとうございます。行く当てなど無くても俺は動かねばなりません。詳しい話は出来ませんが、のんびり体を休ませている時間はないのです」

 力の入った言葉を聞いた田祁麻呂は、小さく息を吐いて武樋の背中に触れた。

「仕方ないですな。そこまで言われては、もうお止めいたしません。もうすぐ昼時になります。飯を作らせますので、せめて何か腹に入れてからお出かけなされよ。着替えを済まされたら居間にお越しください。」

 田祁麻呂はそう言って部屋を出て行った。武樋は枕元に置いてある自分の着物に着替えて刀を二振り腰に差して部屋を出た。胸の傷口からは激痛が走り、叫びたいほどだった。

 部屋を出ると、少女が心配そうな顔をして武樋を居間まで案内をした。中に入ると良い匂いがしていて、見ると部屋の中央に三つの膳が置かれていて、その一つに田祁麻呂が座っていた。武樋はその対面にある膳の前に座り、少女は田祁麻呂の隣に座った。

 膳には、米と汁物、焼き魚と野菜の煮物や漬物などが並んでいる。昨日の夕方から何も口にしていないことを武樋は思い出し、腹が減っていることに気がついた。田祁麻呂に進められ料理を口にした。美味かった、こんな美味い飯は久しぶりだった。あっという間に米が椀から無くなると、田祁麻呂はニコリと笑って、もう一杯椀に米をよそった。暫く無言で食べていたが、武樋の落ち着いた様子を見て田祁麻呂が口を開いた。

「この村の南東に、黒波村と言う魚を捕まえて生業をしている村がありましてね。船を出して北平の国や石門の国へ渡って取った魚を売っているのですよ。そこの村長が私の古くからの知り合いでして、宜しければ書状を書きますのでどちらかの国へ行かれてはどうですかな」

 それを聞いた武樋は、箸を置いて正座をしたまま少し下がり、田祁麻呂に頭を下げた。

「何から何までありがとうございます。是非、よろしくお願いします。しかし、何者か分からない私に、何故こんなにも親切にしていただけるのですか?」

 武樋は頭を上げて田祁麻呂を見た。田祁麻呂も箸を置いて、思い出すような顔をして天井を眺めた。

「あれは何年前だったでしょうかね、十年は経っているでしょうか。この村の近くで武上の国の軍勢が陣を構えてきましてね、この村が戦場になる危険性があったのですよ。私と村人数人で食料をできるだけ持って行きまして、国王である村国氏長様にお目通りをいただきました。その時、どうかこの村を戦場になされないようにお願いをいたしましたところ、氏長様はニコリと笑って、それは悪い事をした、直ぐにで陣を引き払い他へ移そうとおっしゃられましてね、持って行った食料も一切受け取られずに、あっという間に陣を引き払っていかれたことがありました。その時のご恩返しですよ。

 それを聞いて武樋は目頭が熱くなった。厳しい父であったが、民が困っている事を耳にすると直ぐに部下に命じて解決し、常に民の事を考えていた。まさに父らしい行いだった。実際に民は絶大な信頼を父に置いていて、大変好かれていたのだった。

「そうですか、そんなことが」

「ええ。それ以来、戦があってもこの村の付近で行なわれることは一切ありません。覚えて頂けてるのでしょうね、ありがたいことです」

 そう言って田祁麻呂は再び箸を持って食事を始めた。武樋も話を聞いて言葉にならず目頭が熱くなっていた。それを誤魔化すように椀の中身を掻き込んで食事をとった。

 食事を済ませると、田祁麻呂は筆を執って黒波村の村長宛に書状をしたためて武樋に渡した。

 馬を一頭借りて村の外れに出ると、田祁麻呂以外に村人が何人か見送りに来ていた。武樋は一礼して皆を見た。

「大変お世話になりました。言い忘れていましたが、私は村国氏長の三男で村国武樋と言います」

 それを聞いた田祁麻呂は笑って頷いた。

「そうでしたか、氏長様のご子息様でしたか」

「はい。しかし、皆様に迷惑が掛かりますゆえ、お忘れ下さい。ではお元気で」

 武樋は、馬に乗り込むとゆっくりと動かした。一度振り向いて皆に頭を下げると、傷が痛むのをこらえつつ、馬を走らせて速度を上げた。それでも心地よい風が武樋に当たり、痛みを紛らわせることができた。

 空を見上げると、雲一つない良い天気だった。武樋は爽快な気分になったが、左手で傷を触ると、首を元に戻し厳しい表情で走って行った。  



      北平の国(きたさねのくに)

息を荒くして、低い姿勢でこちらをにらみつけている。時折キョロキョロと周りを見ながら、ゆっくりとこちらに近づいてきた。暗茶色の毛を持ち、背中の一部が盛り上がっている。大きな咆哮を上げて立ち上がると、ゆうに二メートルはある。

 この時期の熊は冬眠に備えて何でも口にする。勿論人間も食料の対象になる。

 阿縣刀良(あがたのとら)は、にやりと笑って戟を構えた。

 突然四つん這いになり、こちらに向かって走り出してきた。踏みつけられている草木がバキバキと音を立て、地響きが足元から伝わってくる。

 合わせるように、刀良は熊に向かって走り出した。目の前に来たところで、熊が右前足の鋭い爪で、刀良の頭部をめがけて叩きつけた。その瞬間刀良は頭を下げてよけると、戟を振ってすれ違った。 すると熊の右前足がドサリと落ち、血を噴き出している。

 刀良は、振り向くとすぐに、熊に向かって飛び上がった。熊の頭上を飛び越えると、再び戟を振って着地した。すると今度は、熊の首が胴から離れて地面に落ちると、数秒後に胴が仰向けになって倒れた。熊の体がピクピクと痙攣をしていた。

「新しく出来た武器を試しに来たが、こんなんじゃ、練習台にもならねえな。ま、良く切れると言えば切れるがな」

 刀良は音を立てて戟を振り回した後、つまらなそうな顔をして自分の戟を見つめた。

 この武器は、長い槍頭の横に三日月の形をした月刃が付いていて、槍で相手を突き刺し、月刃で切りつける事も出来る。戟自体かなり重く、普通の大人では持ち上げることも難しい武器だが、百九十センチの上背とがっしりとした体格の刀良は軽々と振り回している。

 刀良は、死んだ熊の左後足を掴むと、そのまま引きずりながら山を降りた。

 山を下りると、部下数人が刀良の馬の側で控えていた 。

「刀良様、また熊を実験台にしていたんですか? ……熊も可哀想に、その内にこの山に熊がいなくなるのじゃないかな」

 従者の清原梶尚が、熊の側でしゃがみ、哀れみの目で眺めた。

「仕方ないだろう、まさか人に向けて試し斬りするわけにはいかないからな」

 刀良は引きずっていた熊を部下の一人に渡した。数人の部下が慌てて持つのを手伝っている。

「当たり前ですよ。どうせなら戦の時に試せばよいでしょうに。そんなことより、そろそろ行きませんと遅れてしまいます、早く行きましょう」

「ん? 何処へ行くと言うのだ」

「やっぱりお忘れになってる。野盗討伐に参加するために、今日出向くと、朝に言ったじゃないですか。だいたい、やろうと言い始めたのは刀良様なんですからね」

梶尚が呆れた顔をして刀良を見つめた。

「ああ、そうだったな。ならば急いで行かないとな。向こうでは継島(つぐしま)が人を集めているのだろう?」

「はい、そのように手配をしているはずです。どれ位集まっているかは行ってみないと分かりませんが、報償目当てで、そこそこの人数はいるんじゃないかな」

「よし、では行くとするか。お前達、その熊は近くの村にでもやってくれ。その大きさなら結構な人数が食せるはずだ」

 そう言って刀良と梶尚は馬に乗り込み駆けて行った。

 最近、北平の国の東にある、赤水村やその近辺の村々で、野盗が徒党を組んで 略奪を繰り返しているとの報告が多数寄せられていた。死人も出て来ているので兵を派遣しようとしたときに、刀良が待ったをかけた。それは、賞金を出して一般の民から募集をかけようと言うものだった。

 現在この国の兵力はおよそ三万人。その内の二万ほどは民からの徴兵で、普段は農業に従事している。残りの一万ほどは、直参の者達で、普段から調練を行ない職業軍人として生活している。その直参の中で隊を指揮できる者がなかなか育っていないのが現状で、一般の民から見つけることを狙っての募集であった。

 赤水村に到着した刀良達は、村に入ったすぐの広場に、武器を持った男達の姿を見つけた。刀や槍、弓など様々な武器をそれぞれが手にしていた。巨勢継島(こせのつぐしま)が刀良を見つけて近づいてきた。

「遅いですよ刀良様、ご覧になって分かる通り相当数の人が集まっています。後はお願いしますね」

 オドオドと周りを見ながら、情けない顔をした継島が刀良を見た。

「何を言っている、ここはお前が仕切らないでどうするんだ。大体俺が名前を出して仕切ったら皆が萎縮して戦えないだろ」

 刀良は、継島の肩をポンと叩いた。

「萎縮してするような人間なんか来てませんよ。見て下さい、この国の腕自慢が集まっているんですからガラが悪いったらありゃしない」

 刀良が周りを見ると、確かに目つきが悪く、ガラの悪い連中が集まっていた。一人で押し黙って自分の武器を見つめて座っている者や、数人でかたまって下卑た笑いを見せている者もいて、遠巻きに村の住人達が不安そうに見ている。

「まあ、確かにガラが悪いわな。これじゃ、どっちが野盗だかわからねえな」

「笑い事ではないですよ。こっちはビクビクしてるんですから」

「まあ、そう堅くなるな。そろそろ行こうぜ」

 刀良は継島の背中を強く叩いて促した。前に蹈鞴を踏んだ継島は、気を取り直して咳払いを一つすると、討伐の参加者を見回した。

「では、これより野盗の討伐に出発します。討伐隊の総数は四十五名です。まず、この討伐隊の大将を決めなければなりません。ちなみに私は参加しませんのでどなたか自信のある方はいませんか?」

 すると、日に焼けて真っ黒な大柄な男が立ち上がった。

「俺は立原村の太加麻呂(たかまろ)と言う者だ。俺はこの国の戦に参加する時は、百人長を任せられている。この中では俺が適任だろう、他に俺以上の者がいるのなら立て!」 太加麻呂と言った男は自信たっぷりの表情で周りを見渡した。

「あの男、うちの兵にいたか梶尚?」

「私は百人長以上の者は全て把握していますが、あんな男は見たことがありません。恐らく募集をかけたのが、国からではなく周辺の村々からにしていますので、ばれないと思って言ったのでしょう]

「ハハハ、おもしれえ奴だな。おい、太加麻呂さん! あんたが大将でいいよ、百人長がいてくれれば心強い、安心して戦えるぜ」

「また、刀良様の悪乗りが始まった。あんなのが大将で全滅しても知りませんよ」

 梶尚が一つため息をして、あきれた顔をした。

「おう、話が分かるじゃねえか兄ちゃん! 俺に任せておけば安心だ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 槍を持ち、長髪を後ろに束ねている男が手を上げた。

「大将なんて誰でもいいからよ。約束の報酬はきちんと貰えるんだろうな役人さんよ」

「無論です。討伐に成功したら金三粒を参加した全員にお渡しします」

「だったら問題ねえ。とっとと行こうじゃねえか」

 長髪の男が言うと、周りの参加者達も出発しようとはやし立てている。

「わ、わかりました。では、太加麻呂さん行きましょう」

 継島が焦りながら、動き出して、太加麻呂を先頭にして徒歩で出発した。道幅一杯にそれぞれが歩き出している。刀良と梶尚は太加麻呂の直ぐ後ろを歩き先頭の方にいた。

 野盗の本拠地はすでに調査済みで、赤水村の北約三十キロほどの所に、黒根山と言う小さな山がある。どうやらそこを拠点にして活動しているようだった。野盗が何故突然現れて、周辺の村々を襲っているかは不明である。

 この辺りは平地になっており、民が作った田畑が広がっている。そして、道が舗装されて交通の便が良い。「?」のどの国でもそうなのだが、何時どこで敵国の兵が侵入しても、早く対応できるように交通網を整備してあるのだ。無論、食料などの物資の補給路にも使われていて、最短で輸送できるようにしてあるのだった。

 二十キロほど歩いたところで、田畑がある場所を通り過ぎると、やがて道の周辺は、草木が生い茂った森に風景が変わった。前方を見ると黒根山が見えている。

 刀良は、ところどころで人の気配と鋭い視線を感じ、武器をいつでも動かせるように背中から取り出した。

「刀良様」

「分かっている、見られているな。いきなり襲ってくるかもしれん、注意しろよ梶尚」

 すると列の後方から叫び声が聞こえ、刀良が振り返ると弓を持った兵が横並びになってこちらに矢を放っていた。それを合図に、左右の木々の隙間から武器を持った兵が飛び出してきた。

「敵だと? 黒根山にいるのではなかったのか!」

 太加麻呂が驚きの表情で周りを見ている。

「当たり前だ。敵を囲める場所があるのに、わざわざ自分の本拠地で待っている馬鹿はいないだろうよ。しっかり頼むぜ大将」

 刀良が太加麻呂の背中をドンと叩いて気合いを入れた。

「よし、各自敵に向かって戦え!」

 太加麻呂が指示になっていない指示を出して、敵に向かって攻撃を始めた。

「何だそりゃ、作戦になっていねえだろう」

 刀良は苦笑いをして、太加麻呂が戦っている姿を眺めていた。大将を買って出ただけ合ってなかなかに奮戦している。敵は見たところ、こちらとほぼ同じ人数で戦っている。

「刀良様、のんびり見ている場合ではありませんよ。かなり危険な状態なのですから」

 大きくため息をついて、梶尚が刀良の袖を引っ張った。

 左右の歩兵と後方の弓隊に囲まれている状況は深刻で、このままでは全滅してしまうだろう。刀良は後方に向かって走り出した。

「先にあのうるさい弓隊を叩くか、ついてこい梶尚」

 刀良は後方に到着すると、そのまま弓隊に向かって走り出した。するとそれに気がついた弓兵が下がり、後ろから槍を持った兵達が前に出て来た。それを見た刀良と梶尚は一旦止まって後方に下がり突入するタイミングを計った。だが再び弓隊が前に出て来て矢を放とうと準備を始めた。敵野盗の連携が取れているのに刀良は驚いた。

 すると、刀良と梶尚の横を、後ろから一人の男が素早い動きですり抜けて、敵に向かって駆けて行った。

「おい、一人で無茶をするな、戻って来い」

 刀良は大声でその男に呼びかけたが、男はそのまま突っ込んで行った。弓隊の前に出ると、男は大きく飛び上がり、弓隊と後ろの槍隊の間に入って着地した。無謀な行為と見えた刀良だったが、次に目を疑う光景を目にする事になった。

 男が着地した所から無数の血飛沫が飛び散り、一瞬のうちに五、六名の野盗が地面に倒れた。すると敵野盗達の隙間から、その男が二刀持ちで構えているのが見えた。そして間髪入れずに、その男はまるで舞を舞っているように弓兵と槍兵を次々と倒してしまった。

 それを見た後方のこちらの兵が、歓声を上げて敵兵に向かって攻撃を始めた。刀良はそのまま何もせずに先ほどの男を目で追っていた。

 その男は次に右側にいる敵歩兵に向かって走り出すと、素早い動きで左右の刀を振り回して敵を倒していった。敵兵も何とかその男を止めようと試みているのだが、上手く二刀をあやつり、同時に攻撃と防御を行なっている男にかすり傷さえおえていない。そしてあっという間に右側の敵兵が全滅してしまった。

 こうなると形勢は逆転し、こちら側が人数的にも有利になった。すると左側にいた敵兵がまとまって後方の森の中に入り、逃げていく。

「追いかけるぞ、みんな中に入れ!」

 勢いに乗った太加麻呂が、先頭になって森の中に入っていった。刀良も周りの味方と共に森の中に入り敵を追って行く。森の中は薄暗く草木が茂っていて見通しが悪かった。暫く森の中を走って敵を追いかけると、突然ひらけた場所に変わった。

 すると前方に、再び敵の弓隊が前列で構えていて矢を放った。いきなりの弓の攻撃でこちらの兵が数名矢に刺さり倒れてしまった。慌てて太加麻呂は、後方の森の中に逃げ込んで息を切らして座り込んだ。

 刀良は木を背にして敵の様子をうかがった。前列の弓隊の後方には歩兵が構えていて、いつでも動かせるような状態になっている。見た所、三十名ほどの人数的だった。

「どうするんだ、太加麻呂さん。このままでは前に行けないぜ」

 刀良がしゃがみ込むんで太加麻呂を見た。

「どうするたって。出て行ったら弓の餌食であぶねえからな、どうすっか?」

 太加麻呂が情けない顔で、座り込んだまま敵の様子を見た。

「しょうがねえ大将だな~、俺から案を出すから聞いてくれ」

 刀良は人差し指で、首の後ろの方をポリポリと掻くと、立ち上がって味方を見回した。

「三隊に分かれて攻撃をしよう。こっから左の人らは俺に付いてきてくれ、左から敵の左翼を叩く。こっから右の連中は、二刀持ちのあんたが引き連れて右から敵右翼を叩いてくれ。最後に真ん中の人らは大将が引き連れてくれ。左右の俺達の攻撃隊の前に、大将らがまず最初に敵の弓隊を気を引いてくれ。森から出たり入ったりを繰り返すんだ。そうすれば奴さんらは、じれて弓を放ってくるだろう。その間に左右の攻撃隊が移動して持ち場に着いたら、突っ込んで敵を倒す。こんなんでいいかな」

 刀良が味方を見回すと全員が納得して頷いている。

「それじゃ、行こうか」

 刀良が移動するのを合図にそれぞれが動き出した。太加麻呂が十名程を引き連れて、大声を上げながら地面に転がっている石を持って、ひらけている中に入り、敵に投げつけている。石はまともに当たるとかなりの怪我を負う。敵は手で防ぎながら動かないでいるが、何度か石を投げていると対抗するように弓を放ってきた。太加麻呂達はすぐに森の中に入り弓の攻撃を防ぐが、弓の攻撃が止まると直ぐに石を持って投げつけた。

 石と弓の攻撃が続いている間に、刀良は敵の左側に移動して武器を構えた。前を見て突っ込もうとした時に、反対側にいる二刀持ちの男が先頭になって、敵右翼を攻撃し始めた。刀良達も走り出して敵左翼に向かって攻撃を始めた。完全にこちらが敵を囲んだ状態になり、敵の数が見る見るうちに減ってきた。そして敵の中央に攻撃を始めた時に、味方の二人ほどが吹き飛ばされた。

「まさか、我らがこのような寄せ集めの者どもに、ここまで追い詰められるとはな。だがこのまままでは終わらんぞ、確実に何名かを道連れにしてやろう」

 六尺ほどの身の丈で、鉄棒を持った男が睨みをきかして暴れ出した。恐らく野盗の頭であろう、かなりの武力を持った男だった。

 味方の何人か吹き飛ばされて、こちらの兵達が遠巻きに囲んでしばらくにらみ合いになった。

「刀良様、私が行きます」

 梶尚が敵の頭の前に出ようとしたが、刀良が梶尚を肩に手を置いてそれを止めた。そして顎で前を見るように促すと、二刀持ちの男が無言で右手の刀を鞘にしまい、一刀を両手で持ち、野盗の頭の前に出た。よく見ると、男の左眉の上から左の口の端までまっすぐに刃傷の跡ができているのに気がついた。

「ふん。小僧、若い命を捨てるか。一騎討ちで我にかなうと思うなよ」

 そう言って野盗の頭は構えた。頭が持っている鉄棒は、持ち手の部分は細くなっているが先の部分に行くにしたがって、だんだんと太くなっている形状だ。かなりの重量となっていて、先ほどのように振り回せば、大人が二人軽く吹き飛んでしまう。

 しばらく二人は無言で対峙していたが、野盗の頭が声を上げて動き出し、鉄棒を右上から振り下ろした。それを無視するかのように、二刀持ちの男は前に出ると鉄棒の攻撃を半身で躱して刀を滑らせてすれ違った。

 一瞬の間を置いて、野盗の頭の腹部から血と臓物が飛び出して、そのまま前のめりで、倒れて絶命した。そして、二刀持ちの男は、何事も無かった様に刀に付いた血を振って落とすとそのまま鞘に収めた。それを見た味方が歓声を上げた。

「お前らの頭は死んだ、おとなしく投降しろ。さもなくば全員殺す」

 梶尚が大声で残っている野盗に警告すると、野盗達は武器を捨てて素直に投降した。

 こうして国の東側の村々を襲っていた野盗は退治された。そして、投降した野盗を連れて再び赤水村に戻ってきた討伐隊は、村人達から熱烈な歓迎で迎えられて、酒や食事を振る舞われた。出発前に集合場所となった広場で酒宴は行なわれ、皆上機嫌で飲み食いしている。

 大将として参加した太加麻呂は、各村長達に囲まれ、酒と食い物を嫌と言うほど勧められて顔を真っ赤にしている。そんな中で、一人広場の端でおとなしく食事をしている二刀持ちの男を見つけて、刀良と梶尚が近づいた。

「あんた酒はやらないのか?」

 刀良は男の正面に腰を下ろして、持っていた酒の入った椀を口に入れた。しかし、男はチラッと刀良に目をくれただけですぐに下を向いたまま口を動かしていた。

「何だよ、一緒に修羅場をくぐった仲じゃねえか。話ぐらい良いだろう? 俺は阿縣刀良って言うんだ」

 名前を出した途端に、男は食事を止めて刀良を見た。刀良はニヤニヤと笑ったままだ。

「阿縣ってことはこの国の王族の者だな?」

「やっと声が聞けたな。その通りだ、王である阿縣真桑(あがたまくわ)は俺のオヤジで、その第一子だ」

「阿縣の次期国王が何故こんな外れの地で、しかも、素人にまじって野盗退治に参加をしているのだ」

「まあ、何て言うか人材を探していてな。この国は、南の石門の国と戦争状態にあってな、優秀な人材は、いればいるだけ欲しいんだ。だからお忍びで参加していたのさ」

「そうか。誰かめぼしい男は見つかったのか?」

「いたぜ、それもとびっきりの奴がな!」

 刀良は前のめりになり、ギラついた目で男を見た。男はその視線を無視するかのように涼しい目で刀良を見つめている。

「あんなにも速く動き、鋭い剣さばきで敵を倒す奴は初めて見た。相当に戦場なれした動きだった。どうだ、すぐにとは言わねえ、暫くの間俺と付き合ってみねえか?」

 刀良に誘われて、男はしばらく黙りこんだ。そして無意識に、左手で自分の顔にある疵を手で触れている。

「国内で、お前ほどの男がいたら、すぐに俺の耳に入るはすだ。だからお前は他の国から来たって事になる、しかもごく最近だ。と言うことは今は住む場所なんか決まってないんだろう?だったら来いよ」

「いいのか? 先ほどお前が言った通り、俺は戦場で戦ったことがある。もしかしたら敵の間者かもしれんぞ」

「お前が間者だとして俺が殺されるなら、俺の命はそれまでだったと言う事だ。そんなことを気にしていたら何も出来ねえよ」

 刀良は椀に入っていた酒を一気に飲み干して、持っていた銚子を椀に注ごうと傾けたが酒が入っておらず、大声で酒を要求している。そんな様子を見ながら男は口を横に広げて刀良を見た。

「分かった。では世話になろう」

「うん? 何か言ったか」

 村の女が小走りで酒の入った銚子を持ってきた。刀良は男を見ながらそれを受け取った。

「お前の世話になろうと言ったのだ」

「おお! そうか、それは良かった。なに、悪いようにはしねえから安心してくれ。ところでお前の名は何て言うんだ?」 

 それを聞いた男は一瞬間を開けて答えた。

「千脇武彦(ちわきたけひこ)と言う、よろしく頼む」

「よし、武彦よろしく頼むぞ」

 刀良が武彦の肩に手を置いて喜んでいる。そこへ梶尚が静かに刀良のもとへやって来た。

「刀良様、火急の用件にて失礼致します」

「ん? どうした梶尚」

 刀良に問われた梶尚であったが、側に武彦がいるのを気にしているようだった。

「ああ、この男のことは大丈夫だ。さっき俺の食客として来てもらう事になった。千脇武彦と言う。面倒を見てやってくれ」

「分かりました、千脇殿よろしくお願い致します、私は清原梶尚です。……実は阿縣弘純が謀反を起こし、犬飼城にて挙兵した模様です。現在、真桑様を打倒するため、兵を集める触れを出しています」

 それを聞いた刀良は我が耳を疑った。弘純からは、刀良が年少の頃より可愛がられており、武術や学問など色々な事を教わり尊敬していた人物だった。

「叔父貴が! どういう事なんだ、この間会った時は、そのような素振りなどなかったぞ。それに、兄である親父に、今まで献身的に行動してきたのに何故なのだ」

「詳しい事は分かっていません。恐らく弘純は、兵の準備が整い次第、本城である生美城に攻め込むでしょう。急ぎ兵の準備を整えて合流するようにと真桑様から伝令がきています」

 刀良はしばらくの間、宙を見つめて呆然としていた。

「刀良様」

 梶尚が、察したようにそっと刀良の肩に触れた。それに気がついた刀良が梶尚を見た。

「……分かった、急いで戻ろう」

 気を取り直して、刀良と梶尚は立ち上がり、馬のいる方向へ進もうとした。

「待ってくれ、刀良」

 武彦が立ち上がり、刀良を止めた。

「時期が良すぎると思わんか? それに、先ほどの野盗の戦いぶりもおかしい、妙に統率が取れているし武器も揃っていた」

「それは俺も感じた。しっかりと調練を受けた兵の動きだった」

「その通りだ。そして、今聞いた身内の謀反だ。恐らくこの二つの件は関連していると俺は思う。お前は、先ほどこの国は石門の国と戦闘状態になっていると言ったな」

「……確かに言ったが。まさかこれは石門の国が仕組んだ事だと言うのか」

「そうだ、俺はそう考える。すまないが、この国にある城の配置と、野盗がいた場所を教えてくれないか」

「分かりました。私が説明します」

 梶尚は、しゃがみ込むと転がっている棒を手に持って地面に記していく

「弘純がいる犬飼城は、西にある、彩の国との国境近くのこの辺にあります。そして犬山城から東にこの国の中央付近にある本城の生美城があります。本城から真南にあり、石門の国との国境近くには我々が任されている朝夷城。そこから西に小倉城です。野盗がいた山はこの国の東の外れのこの位置です」

「各城の兵数は?」

「今の時期は作物の収穫時期なので、農民兵がいません。それを考えて、本城は二千で朝夷城に三千です。三国に接している小倉城は三千。後は問題の犬飼城ですが、触れをだす出す前は二千の兵がいますが、触れに応じる者がいれば当然人数は増えることになります」

「分かるか? 仮に朝夷城から、野盗討伐にお前と兵が出たとする。その間に、弘純が挙兵して本城である生美城に攻め入る。そこで、知らせの入った小倉城と朝夷城から兵を出して国王と合流する。すると兵数が減った小倉城と朝夷城に南から石門の国の軍勢が攻め込んで、それぞれの城は落城する。更に東の外れにいる刀良は、到着にかなり遅れるか、間に合わずに孤立すると言う策ではないかな」

「……なるほどな、お前の考えは一理ある。早速早馬を出して、物見を石門の国に潜り込ませて探るように命じよう」

 この北平の国は、王である真桑の命で交通網を整備し、その上で伝令システムを作ってある。各城に素早く情報を伝えるために、道のところどころに厩をもうけてある。馬を疾駆させ、疲労で走れなくなる前に厩で馬を交換するのだ。

「お前の話が当たっていれば、叔父貴は石門の国の者に垂らし込められて裏切ったと言うのか。……そんな野心があったとは」

 刀良は両手の拳を握りしめて怒りを抑えている。

「挙兵をしたのは事実だ。お前には酷な話だが、この戦国の時代ではよくある話だと思う。あまり力を入れるな」

 それを聞いた刀良は、武彦を睨み付け、思わず右拳を武彦の胸に叩きつける。しかし、武彦が左手を胸の前に出して、その拳を制した。

「子供の頃より敬愛をしていた人物に裏切られたのだ、お前に何が分かる!」

「分かるのだ。その怒りも、その悔しさも。俺も同じ経験をした」

 武彦は至極冷静な目で刀良を見た。だが、その目とは裏腹に、叩きつけた拳を握っている武彦の手から、強い力を刀良は感じた。刀良は拳を下ろして小さく息を吐いた。

「気が短いのが俺の欠点だな。すまなかった。お前に当たる事ではなかった」

「気にするな、何と言う事でもない。それともう一つ話がある。本城にいる真桑様には、城から打って出られないように伝えてほしい」

「千脇殿、どういう事ですか? 弘純の兵が集まる前に、打って出て、叩いてしまったほうが得策ではありませんか」

「策があるのだ、清原殿」

 そう言って武彦は二人の側に近寄り、周りの様子をうかがいながら小声で話し始めた。

 

 朝夷城に到着した刀良達は、直ちに出陣の用意に取りかかった。早馬であらかじめ兵達の準備をさせていたのですぐに出発することが出来た。北の位置にある本城の生美城へ、刀良を先頭にして二千の騎馬隊を走らせた。所々に、かがり火を設置して明りを照らしている。道の両側は林になっており真っ暗で何も見えない状態である。

 しばらく走らせるとかがり火がなくなり、辺りは薄暗くなった。しかし、月明かりで、かなり遠くまで見通せている。刀良は、馬の動きを駆足から並足に変えてやがて全軍を止めた。そして、全員馬から下りると、馬を引いて静かに左右に分かれ、林の中に入って行った。そして百メートル近く進むと、そこで全軍を止めた。全員一言も話をせず、辺りは虫の声が聞こえているだけだった。

「石門の国との国境近くで、敵の軍勢が控えているのを物見が発見したが、お前の読み通りだったな武彦」

 刀良が小声で話しかけた。

「問題はここからだ。敵の物見が数人ほど、俺達が出て行くのを確認しているはずだ。ここに潜んでいるのが見つかったらまずいことになる」

「それは大丈夫だ。ここいら一帯はうちの梟の連中が目を光らせていて、こちらに敵の物見が来た場合は始末するように命じてある」

「梟とは何だ刀良?」

「隠密と言えば分かるだろう。敵地に侵入して、情報収集や撹乱などを行う組織のことだ。梟は、それに加えて強力な武術を備えていて暗殺などもこなす連中だ。梟の一族は代々阿縣家に使えていてな、実は梶尚は一族の長の倅なんだ。幼き頃から仕事をこなしていて、十六の頃に俺の従者となっている」

「ほう、それは心強いな。ならば安心だ。後は敵が川を渡って来るのを待つだけだな」

 刀良と武彦は、騎馬隊の動きなどの打ち合わせを行なった。すると気配を消したまま梶尚が二人の前に現れた。

「梶尚様、先ほど梟の者から、石門の軍勢が渡河を始めたと連絡が入りました」

「よし、では行くとするか」

 刀良の合図で兵達は再び道に戻ると、乗馬をして次々と走り始めた。途中で案内役の者と合流し、朝夷城を過ぎたところで隊が左右二つに分かれた。国境になっている川から朝夷城までは広い原野になっていて騎馬で戦闘を行なうには適している。左右に分かれた騎馬隊はそれぞれ刀良と梶尚が指揮を執る。両隊とも敵の横っ面を叩くために大きく回り込んで進んでいった。 案内役の者が、刀良の馬の横に並んでもうじき敵のいる場所に到着することを伝えた。刀良は後ろにいる兵に指示を出すと、騎馬は刀良を先頭にした魚鱗の陣へと変わっていく。

 前方を見ると軍勢の影が見えてきた。まだ川を渡っている途中である事が確認できる。刀良は一気に馬を疾駆させて敵の中へ突っ込んで行った。刀良のすぐ後ろを走っている武彦は少し信じられない光景を目にする事となった。

 刀良が戟を振るうと、敵の兵士が一人、また一人と宙へ跳ね上がっていく。余程の力がなければこのようなことは出来ない。武彦も、すれ違う敵兵に次々と切り込んで敵を倒し行った。敵の中から出てくると、前方から梶尚の騎馬隊がこちらに向かってきている。刀良の騎馬隊とすれ違うと、そのまま敵の中に突っ込んで行った。

 突然の騎馬隊での攻撃を受けて敵は浮き足出して四方に散りだした。刀良は梶尚と合流すると逃げ惑う敵兵を次々と切り捨てていく。一時間ほど経った時、残っている敵兵は自国へと逃げ戻って行き、後は敵の骸が死屍累々と転がっているだけだった。

「刀良様、残っている敵兵は全て片づけました。こちらの損害はありません」

 梶尚が馬を寄せてきて刀良に報告をした。

「よし、攻撃を止めさせろ。馬を交換した後、直ちに生美城へ向かうぞ」

 刀良達は朝夷城近くの厩へ行き、直ちに全軍、馬の交換を始めた。

 ここ北平の国は「?」で一番の馬の生産地で、良質な馬を多く生み出している。この大陸以外の国から交易で馬を仕入れて、こちらの馬と掛け合わせて、背の高く足の速い馬を作り出すことに成功している。

 馬を取り替えた刀良達は、直ちに生美城へ向けて出発していった。生美城は小高い山の上に築城されていて、その下は御殿や家臣の館と民達が暮らす城下町になっている。道が狭く複雑に入り組み、簡単に上の城まで上がれないようにしてあった。更に周囲は高い塀と堀があって、敵が攻めてきた場合は門を閉じ、塀の上から弓で攻撃が出来るようにしてある。堀の幅も五十メートルほどあって水深も深く簡単には渡れない。

 刀良達の騎馬隊が林道を抜けるとそこからは原野が続いている。時刻は夜明けとなり。東の空を見ると、真っ黒な大地と薄青い空に挟まれて地平線上に燃えるような赤い一条の光が見えている。

 途中で梟の者の報告があり、既に弘純の軍勢五千が城の周囲を囲み始めている。日が昇り、周囲が明るくなるのに合わせて攻撃を始めるらしい事が分かった。

 馬の疲労を考えて進軍をして数時間後、前方にようやく生美城の姿が見えてきた。その下には既に敵の軍勢が周りを取り囲んでいる様子が見て取れた。

「このまま敵の尻を叩いてやるぞ。各自準備をしろ」

 刀良の指示で二千の騎馬が四つに分かれて、各自蜂矢の陣を組んで敵に向かっていく。刀良は雄叫びをあげて、城の西側にいる敵の軍勢の中に突っ込んで行った。城攻めをしている最中の後方から突然騎馬隊の攻撃を受けた弘純の兵達からどよめきの声が上がる。

 刀良は次々と敵兵を吹き飛ばしながら進んでいく。他の分かれた騎馬隊も四方に囲んでいる弘純軍を蹴散らして行った。

 それを見て、生美城の大きな門が開き、中から味方の兵が次々と飛び出して弘純軍に攻撃を開始した。刀良は部下に命じて鏑矢を三度空に放ち合図を送った。そして、城の南側に騎馬隊を集結させると、半分の一千を馬から下ろすと、梶尚が指揮を執り、敵に当たらせた。残りは刀良を先頭に敵の本隊に向かって駆けて行く。

 梶尚は背中に掛けてある鴛鴦鉞(えんおうえつ)を二つ取り出した。この武器は、三日月の形をしたものを二つ組み合ったような形で、先は尖がって刃になっている。一方の月牙の中央は手で持つための柄があり、もう一方で敵を突いたり斬りつけたりするのだ。普通は長さが三十センチほどだが、梶尚の鴛鴦鉞は五十センチ程の大きさで、それを両手を使って自在に操り、敵を葬るのだ。

 梶尚を先頭にして、門の前で味方と押し合っている敵兵に向かって背後から飛び上がって敵の中に入って行く。素早い動きで敵を次々と倒すと、周りの五人ほどが血飛沫を上げて倒れた。そして、後ろから部下達が敵にぶつかり始めた。完全に挟まれてしまった弘純軍はあっと言う間に壊滅した。

 次に梶尚は、城の西側にいる弘純軍に向かって進軍した。すると、敵の横っ面を刀良の騎馬隊が五つに分かれて、それぞれがぶつかっては離れるを繰り返して、敵の陣形を崩していく。その隙に梶尚の歩兵隊が攻撃を仕掛けた。

 梶尚の隊には武彦も同行していた。武彦は二刀持ちで、敵の隙間に素早く入り込み、左右の刀を振り回して一気に敵兵を切っていく。それに加えて梶尚の強烈な突破力で、敵は崩れ始め、やがて逃げ始めた。

 所詮、最近集めた兵力では、調練も行なわれず、士気も低いために刀良達の調練の行き届いた兵とは違い、戦っても相手にならなかった。尚且つ、武彦の策が見事にはまったのもあり、流れはこちらのものになった。

 それでも踏ん張っている敵の部隊があった。元からいた弘純の軍二千である。方円を作り、こちらの攻撃を必死に防いでいる。梶尚と武彦は隊を引き連れて弘純の部隊に攻撃を仕掛けた。さすがに弘純直轄の部隊だけあって、腰が入っていて兵同士の連携もうまかった。梶尚は部隊の態勢を整えるために、一旦下がり副官に指示を出している。

 敵の右翼を見ると、生美城の兵達がぶつかり始めたようだ。その後方から騎馬隊五百ほどがこちらに向かってきて、梶尚達と敵の間を通り、刀良の騎馬隊と合流をした。

「真桑様だ。また、総大将が前線に。あれほど、おやめになるように言っているのに」

 梶尚が、半ば諦めた顔で騎馬隊を見つめている。

「失礼な言い方になるが、真桑様の武力では、心許ないのか梶尚殿?」

「とんでもない! 武力、知略とも我が国で一番のお方です。ただ、刀良様があれほどまでにご成長なされたので、前線で武器を振るうのは止めて、後方で指揮をお執りになるように再三言っているのです。刀良様の御父上ですからね、血の気が多いのですよ」

「なるほど、親子は似ると言うからな。梶尚殿も苦労が絶えないな」

「まったくですよ、家臣の言う事なんかちっとも聞かないんだから。さて、我々も行きますか。衝軛の陣(こうやくのじん)を敷くぞ準備しろ!」

 梶尚の指示で兵達が一斉に動き出し陣を敷き直すと、直ちに敵に向かって攻撃を仕掛けた。 先頭は梶尚と武彦がそれぞれ率いて敵にぶつかった。

 刀良は、いささかあきれ顔で父王の真桑の登場を迎えた。

「いいのか親父。家臣達に前線には出るなと言われているのじゃないのか?」

「何を言っているバカ息子が。身内の恥は、身内で片をつけねばなるまいよ。お前だけに任せてはおけん。それよりも梶尚の隊にいる先頭の男は誰だ?」

 真桑は馬上で、目を細めて梶尚の側で戦っている姿を見た。

「俺の客人だ。赤水村周辺で暴れていた、野盗退治討伐隊の中にいた一人だ。かなりの腕だぞ」

「なるほどな、お前や梶尚が考えたにしては、冴えとると思ったが、今回の策はあやつの案だな?」

「そういう事だ親父、あいつは是非欲しい。これが終わったら説得するつもりだ。そんなことよりいいのかおやじ?」

 刀良は目線を弘純軍に送った。

「お前に心配される事じゃない、と言いたい所だが。お前も弘純には思うところはあるだろうな。だが、今回は俺にやらせろ」

 真桑が一瞬だけ寂しげな目をしたが、すぐにいつもの厳しい顔に戻り、刀良を見た。

「分かった。俺が穴を開けるから後は頼む」

 刀良は自分の騎馬隊を動かした。敵の左翼に向かって走り出すと、部下に命じて刀良を先頭に鋒矢の陣を作った。陣形が完成すると馬の向きを右に変えて、敵の左翼に突っ込んだ。刀良は戟を振り回して、周りの敵兵に攻撃を仕掛けるが何故か手応えが薄い、前を見ると敵兵が刀良達の騎馬隊を避けている。そして実にあっさりと左翼の壁を抜けて方円の中に入った。

 方円の中は、敵の大将である弘純がいるはすだった。しかし、中心部に兵は一人もいない。すると、右側から何かが近づくのを、目の端で捉えた。刀良は嫌な予感を感じて首を曲げてそちらを見た。

 それは、弘純を先頭にした騎馬隊だった。刀良の騎馬隊を待っていたかのように、横っ面に突っ込んできた。実際に待っていたのだろう。数が多い、こちらの歩兵隊がいる方円の前部には、厚く兵を敷いて、側面を騎馬隊が入りやすいように薄くしてあったのだ。方円の中も騎馬隊が動きやすいようにかなり広くしてあった。刀良の騎馬隊は、物の見事に側面を突かれて、部下達が次々と落馬していった。このまま中にとどまっているのは危険ではあるが、真桑がこの後に入ってくるので、敵の陣を突っ切るのを止めて、弘純の騎馬隊に向かって駆けて行った。

 弘純もそれに気がついて、馬首を刀良の方向に変えて向かって来た。徐々に弘純の騎馬が近づいてくる。刀良は弘純の名を、弘純は刀良の名を叫び、お互いがぶつかった。はせ違うと、お互いの肩から血が噴き出した。刀良は痛みを無視して前方を見ると、先ほど落馬した部下達が、敵の歩兵に攻撃を受けている。そのまま部下の所に馬を進めると敵兵を蹴散らした。しかし、横に回ってきた弘純が刀良に近づいてきて剣をふるう、とっさに持っていた戟で防いだが馬から落とされてしまった。

 刀良は後ろにクルリと回転をして着地をすると、部下達が一斉に馬から降りた。敵兵が一斉にこちらに向かってくる、刀良は雄叫びをあげて前を出ると劇を振り回した。刀良の重量のある武器に触れると敵兵は簡単に吹き飛ばされる。部下達も必死に応戦をしてはいるが、完全に敵に囲まれる形になってしまった。

 三十分ほど時間が過ぎた。向かってくる敵の数が多く、刀良達は前に行くことも、後ろに下がることも出来ず防戦一方となってしまった。だが、精兵である刀良の隊に、一人の犠牲者も出てはいない。その強さに、敵兵もどこを攻撃すればよいのか、攻めあぐねていると、しばしの間が生まれた。

 敵兵の中から、弘純が乗馬したまま現れた。

「部下達を救いに行って、敵に囲まれるようではまだ甘いな、刀良。戦場では味方を捨てる時も必要なのだ。お前は、まだ戦を分かっておらん」

 弘純は馬上から、無表情で刀良を見た。

「分かっていないのは、叔父貴の方だぜ」

 刀良はニヤリと笑って見返した。

「何、戯れ言をいっておるか。覚悟せい」

 弘純は部下達に攻撃をするように命じるために片手を上げた。敵兵がそれを見てそれぞれが武器を構える。刀良の部下達に緊張が走るも、刀良は笑ったままだ。

 その時だった。弘純のいる後方から、地響きが聞こえ、思わず弘純は後ろを見た。すると、敵歩兵隊の壁を破り、味方の騎馬隊が勢いよく飛び出してきた。先頭には真桑が、その後ろに梶尚と武彦が続いて出て来た。そして、次々と味方の騎馬隊が中に入ってきた。

「平気ですか、刀良様」

 梶尚が、馬から降りて刀良の側に来て武器を振るいだした。武彦は馬上で走らせながら剣を振るい敵を切っている。

「助かったぞ、梶尚。少しだけ危なかった」

「少しですか? かなり危険に見えましたが、そんな戯れ言を言えるなら大丈夫ですね」

 真桑の騎馬隊が突入したことで敵の円陣は徐々に崩れ始めた。やがて、こちらの歩兵隊も中に入り込むと完全に円陣が消滅した。

「弘純を囲え、逃がすな!」

 刀良が大声で叫びだして走り出した。味方が弘純とその周りにいる兵を取り囲んだ。弘純達は動けずにただじっと周りの様子を見ていた。

 取り囲んだ外では、未だに戦闘が続けられていて戦の喧噪で埋め尽くされている。しかし中ではお互い、にらみ合い異様な静けさがあった。

 その緊張した空間に、一人で弘純の前まで歩いて来た人物がいた、阿縣真桑だった。それを見た梶尚が、止めるために走り出そうとした時に、後ろから刀良が梶尚の右肩を抑えてそれを止めた。そして、刀良は何か言おうとした梶尚に首を振って黙らせた。

 真桑の姿を見た弘純は、無言で二歩、三歩と真桑の近くまで歩み寄った。

「始めから一対一でこうしておれば、無駄に兵達を死に追いやることもなかったのだ、この馬鹿者が。何故と問うたところで、お前は何も言わぬだろう。抜け弘純」

 真桑はゆっくりと刀を上段に構えた。

「もう既に兄者はお分かりでしょう、野心は誰にでもあると言う事です」

 そう言うと弘純は鞘から抜いた刀を、腰の辺りに手を置いて膝を曲げ、脇構えを取った。 静かに構えていた二人から気が発せられると、激しくぶつかり合った。動いたのは二人同時だった。上段から振り回した真桑の剣は弘純の頭上に落としていく、それを弘純が下から弾き返す。返す刀で弘純が左から右に真桑の胴を切り払う、しかし、真桑は左足を下げると同時に、左上から斜めに振り下ろしてそれを弾いた。そして、お互いに下がった。 周りは固唾をのんで二人の戦いをみつめている。いつの間にか二人を取り囲んだ外でも戦闘を止めて二人の戦いを見つめていた。

 今度は弘純が刀の位置を顔の横に置き、地面と水平に構えてから、真桑の右目を狙い突いた、真桑は瞬間的に体をひねり、そのまま弘純の背後を取ると、すぐに上から切り下ろした。弘純は前に飛込んで、手を地面につけると、クルリと回転をしてよけた。次から次へとお互いに剣を繰り出すが決定打には至らずに二十分ほど経過した、二人と息を切らして肩が激しく上下している。それでも息を整えつつお互いは睨みあい、隙を探している。

 再び二人は同時に動き出した。弘純が真桑の胸をめがけて突いた、真桑はそのまま一歩前に踏み込むと頭を下げて剣を横に振った。そして、はせ違うと二人の動きが止まった。

 弘純の腹から血が噴き出した。ガクリと膝を折り崩れるが、倒れまいと刀を地面に突き刺し、片膝を地面につけて踏ん張っている。だが、口からも血を吐き出して、自分が負けたことを悟った。真桑は振り返ると弘純の背後まで歩み寄った。

「何か言いたいことはあるか?」

「部下達に罪はありません。……何卒」

 弘純は苦しげに呼吸をしながら、部下達の赦免を望んだ。その表情は落ち着き払っており、両膝をついて持っていた刀を地面に置くと、目を閉じた。

「お前の部下達は、元々この国の大事な民だ。安心して眠れ」

真桑は剣を振り下ろした。弘純の首がゴロリと落ちた。

 勝負は終わった。真桑と刀良の兵達が勝ちどきを上げると、弘純側の兵が武器を下ろして降参をした。皆うなだれて膝を落としている。

 こうして、阿縣弘純が起こした反乱は、真桑方の勝利で幕を閉じた。反乱軍として参加した兵達には、約束通り罪を問うことなく家に帰されることとなった。ただ、弘純の側近数名は、弘純の後を追うために、腹を切って果てた。それを聞いた真桑は何の表情も見せなかった。

 戦闘が終わり、朝夷城所属である刀良達の兵は、しばらく休息を取り体を休ませた後、いつもの石門の国からの防衛のため、自分達の城に戻って行った。

 刀良と梶尚、そして武彦は本城にある御殿で一泊するために、厩で馬の手入れをしていた。体を洗ってやった後に、水と秣をやり、馬の様子を見ている。

 空をみると、日が地平線に半分程沈み込んで、あかね色一色に染まっていた。 

「今回は身内の争いだった。巻き込んでしまってすまなかった」

 刀良は二人に頭を下げて謝罪した。

「あれ? 刀良様が頭を下げるなんて初めて見た。こりゃ、明日は雪でも降るんじゃないのかな」

「……お前なぁ、俺が頭を下げているんだから、その反応はないだろう梶尚」

「そう言いますがね、刀良様に仕えて以来、こんな事は始めてですから。気味が悪くなりますよ」

 刀良と梶尚が、半ば笑顔で言い合っている。それを見て武彦は口を横に広げた。そして、左手で顔の傷に触れると、二人の前で片膝を突いた。

「ん、どうしたんだ武彦?」

 ふざけ合い、言い合っていた刀良が武彦を見た。

「これまでの貴方の戦いを見て確信した。俺は生涯、貴方に忠誠を誓い、貴方ために命を賭けます。この身、いかようにもお使い下さい」

 武彦は下を向いたまま刀良の言葉を待った。それを聞いた刀良と梶尚は、お互いの顔を見合うと 少し微笑んだ。刀良は右手を武彦の顔の前に差し出した。

「俺に忠誠など必要ないし、命も賭けなくていい。ただ、お前には俺の友となって欲しい。友として、これから一緒に戦ってくれないか。そして、どんな事でもいいから、俺に遠慮せず様々な事を意見してくれ。それだったら喜んでお前を迎えるぞ」

 武彦は顔を上げてから、力強く刀良の差し出した手を握った。そして、刀良は右手をグイッと上げて武彦を立たせると、ニコリと笑った。

「分かった。友として一緒に戦おう、よろしく頼む」

「あまり堅くならずにやっていきましょう武彦殿。うちの大将は、少しいい加減なところが有りますがよろしくお願いします」

「お前が言うな梶尚。大体いい加減とはなんだ、失礼だろう」

「かなりいい加減と言うところを、少しと言ったんですから良いではありませんか」

 再び刀良と梶尚が言い合いを始めた。それを見た武彦は思わず声を上げて笑った。日はほとんど沈み、代わりに星がちらほらと光り始めていた。

 夜になって、御殿では真桑の側近数十名と刀良と武彦、そして梶尚が真桑に呼ばれて食事をした。その際に真桑は弘純について謝罪をした。しかし、自分に不満がある者は、今すぐ戦の準備をして自分と戦うように言ったが、誰も手を上げる者はいなかった。そして、今後同じようなことがあっても断固たる行動を取ることを明確にした、

 食事が終わり、武彦は部屋に案内されると、木製の椅子に座り刀の手入れを始めた。数十分が過ぎると、真桑の侍従が部屋にやって来た。武彦に真桑の部屋に来るように言われたため腰を上げると部屋の前まで案内をされた。

「千脇武彦様をお連れしました」

「入れ」

 部屋の中から真桑の声を聞くと、武彦は戸を開いて部屋の中に入った。上座の中央に真桑が胡座を掻いて座っており、その右下に刀良の姿があった。刀良は少し困った顔で右目を瞑り、右手を立てて武彦の顔を見た。

「良く来た、まあ座れ」

 真桑は顎で下座に座るように言った。武彦は言われるままにそこに座った。

「此度の弘純と石門の国の策は、お前が考えた事だとこいつに聞いた。大義であった」

「勿体ないお言葉、大変恐縮でございます」

 武彦は頭を深々と下げる。すると真桑が突然立ち上がると、ズカズカと武彦の側まで歩いて来ると、しゃがみ込み厳しい目つきで武彦の顔をのぞき込んだ。

「お前、一体何者だ?」

「恐れながら、何者とは一体どういう事でしょうか?」

「とぼけるなよ、お前が普通の兵では無い事は今日の戦いで分かっている」

 武彦は頭を下げたまま答えずにただじっとしていた。真桑は立ち上がると元のいた上座に戻り左の片膝に左肘を掛けて座った。

「お前には疑問が三つある! 一つ、その二振りの刀だ。その刀はそこらの店で売っているものじゃねえ、相当な業物だ。一般の兵どころか、重鎮の者でも手に入れられる物じゃない。二つ、先ほどの飯の時だ。お前の食い方には妙に品があった。あの飯は、俺達王族が喰う物でな、一般の民が口に出来るもんじゃない。それをお前は喰う順番を間違えずに平然と喰ってたな。そして、最後の三つ目。今回の策とあの武力だ。余程兵法を学び、実戦をくぐり抜けてきたと見た。お前の武力はここにいる馬鹿息子と同等の力だろう。どうだ、答えろ」

 武彦は顔を上げると、涼しげ目で静かに答えた。

「私の本当の名前は、村国武樋と言います。武上の国、村国氏長の三子で、二千を率いる騎馬隊の隊長でした。氏長が先月死去をし、長子の氏影が後を継いだのですが、宰相と軍の最高司令官が謀反を起こし、私以外の村国一族は捕らえられ全員殺されました。私も外で行なっていた調練の帰りに襲われましたが何とか逃げ切り、国から出ることができました。そして、この国にたどり着き、刀良と出会いました」

 それを聞いた真桑は、顎を掌で擦りつけ武彦を見た。

「それで、何故王族のお前がこの国の兵になった。俺達を利用し武上の国へ攻め込んで国を奪還する狙いか?」

「確かにあの国を滅ぼしたい気持ちはありました。この顔の傷も怒りを忘れぬために自らつけたものです。しかし、今までの刀良を見て私の考えは変りました。何故なら、刀良は近い将来この?を統一する男だと確信したのです。ですから私は忠誠を誓いました。ですが刀良は俺の事を友と言ってくれました。こんな嬉しいことはありません。俺も友のために戦うことに決めたのです。そして、前の名は捨てました、私に野心などありません」

「こいつが?を統一する男だと?」

 真桑は声を上げて大笑いをした。笑い終わると、今まで厳しい目つきだった真桑が遠くを見るような目に変わり武彦を見た。

「あの氏長殿が死んだのか。どうりで武上の国の情報が入ってこなかった訳だ、放っていた者も帰って来ないところを見ると、国を出るのに規制がかかっているな。おい! 酒を持ってこい椀を三つだぞ」

 そう言うとすぐに侍従が部屋に入ってきて酒を持ってきた。真桑は庭が見える廊下に酒を運ばせると刀良と武彦を呼んで三人で座った。真桑は武彦と刀良に酒を注いでやった。

「親父、村国氏長殿を知っているのか?」

 刀良は酒を真桑に注ぎながら真桑を見た。

「俺は四十五になるから、あれは二十年前の話になる。当時、六国で暫く休戦協定を結ぶために白羽の国に各王が集まった事があった。その時に氏長殿に会ってな、俺達は妙に馬が合って夜に二人で町に繰り出して酒を飲みに出たんだ。屈託のなく、笑うと人懐こい顔をしていたな。良い男だった。これは弔いの酒だ飲め」

 真桑に促されて三人は椀を掲げると一気に飲み干した。

「あの氏長殿の倅なら信用しよう。こいつを助けてやってくれ武彦」

「ありがとうございます。全身全霊をもって戦います」

 今度は武彦が二人に酒を注いだ。

「今夜はしばらく付き合え。氏長殿の話を聞かせてくれないか武彦」

 三人だけの弔い酒は、深夜まで続いた。武彦は再び父に助けられたことに感謝し、酒を飲んだ。空は薄い雲が月にかかっていて赤く染まっていた。


      石門の国(いわかどのくに)

 戦場はこの男が支配していた。敵兵達は男が近づいてこないように願っていた。男が率いる騎馬隊が、自分達の陣に入ってくると、彼の一撃だけで七~八人の味方が倒される。さらに、その中にとどまって暴れると、二桁の味方があっと言う間に殺されてしまう。何十人の味方が勇気を奮ってこの男に向かって行き、倒れたのだろう。今まで、ここまで強大な武を持った男は見たことがなかった。まさに戦神だった。 

 生暖かい血しぶきの中を駆けている。敵兵達の恐れおののいた顔が、次々と通り過ぎて行き、やがて抜け出した。周りは、激しく敵味方が戦い合い、踏みにじった土が空まで舞い上がっている。後ろを見ると、自分達が作った隙間に、味方の歩兵が入り込んで敵の陣形を壊し始めている。

 蓮塚部横刀(はすつかべたち)は麾下の騎馬隊を、一旦戦場の外側まで走らせた。そして、反転させると、敵の左翼側に向かって行く。敵もこちらの動きを見て、盾を前に出し、横に槍を突き出してこちらの動きを躱そうとしている。横刀はそれでも構わずにグングンと馬の速度を上げると敵兵の三メートル手前から馬を跳躍させた。槍や盾が出されていないところで着地をすると、何名かの敵兵が、横刀の馬の下敷きになった。そして同時に持っていた戟を振り回すと、横刀の周りにいた数名の敵兵の胴が二つに分かれ地面に倒れた。さらに戟を振り回して、次々と倒していく。

 敵も槍を使って突き刺そうとまとまって攻撃を仕掛けるが、少しでも横刀の間合いの中に入ろうものなら凄まじい斬撃で斬り殺されてしまうので容易には近づけなかった。やがて、後方で待機していた麾下の騎馬隊も、崩れている所から入り込んで攻撃を始めた。

 こちらの攻撃に圧倒されて、敵陣は総崩れとなった。敵は算を乱して逃げ始める。

「敵を逃がすな! ?族は皆殺しにしろ」

 横刀の横にいた文士御楯(ふんしみたて)が叫びながら逃げる敵を追い始めた。それを見た味方の全兵士が、雄叫びを上げて逃げ惑う敵兵を攻撃する。逃げる途中で転んでしまい、自分を殺さぬよう懇願するも、顔色一つ変えずに斬り殺す兵もいれば、二人がかりで一人を切り倒すと、既に絶命して動いていないにもかかわらず、執拗に武器を叩きつけている兵もいる。皆怒り狂っていた。

 この「?」と呼ばれている六国がせめぎ合う大陸では、「?族」と呼ばれている民族が九十パーセントを占めていて、残りの十パーセントが二十五の少数民族が暮らしている。少数民族のほとんどは、支配している?人とうまくやって生活をしているが、横刀達の「臥族」(がぞく)だけは頑なにそれを拒み対立をしていた。この国の?族が臥族に対しての激しい差別意識が理由の一つとしてある。

 臥族の集落は、ずっと昔から、石門の国の東南の位置にある海岸に面した所に住んでいる。主に漁業を営んでおり、水揚げした魚を、北平の国と蒼月の国の各町や村に持って行って物々交換や銅銭などを得て生活をしている。石門の国の集落に持って行っても差別が激しいために相手にはされないのだ。もし、身分を偽ったとしても、臥族の特長である銀色の瞳と白色髪のせいですぐにばれてしまう。

 臥族の男子は十歳から戦闘訓練に参加をさせられて、徹底して武器や馬の扱いを学ばされる。気が強く、仲間意識が強いために、いざ戦になったときは無類の強さを発揮するのだ。特に各隊の連携は素晴らしく、合図一つで、僅かな乱れも無く動いて陣を形成する。

 今回の戦も、きっかけは些細なことから始まった。

 臥族の男一人が、本城である仁那太加城の城下町に足を踏み入れた。周囲の冷たい視線にも気にせずに遊郭に入り、女遊びをしようと店に入るも、店の者から出て行くように促され、男は怒りだした。店の者が用心棒数人を呼んで男を叩きだそうとするが、あっさりと男一人にやられてしまった。一度怒り出すとなかなか収まらない臥族の男は、店の中で暴れ出した。騒ぎを聞きつけた町の守備兵二十名が駆けつけて、外で乱闘騒ぎになるも、ようやく男の捕縛に成功して牢に入れたのだった。

 それを聞いた臥族の一人が、長である横刀に話をすると、即座に兵を招集し、兵二千で町に向かった。そして、町の手前で石門の国の兵とぶつかったのである。

「どうする横刀、このまま町の中に入るか?」

 御楯が馬を横刀の側に進めて来ると、町の方を見た。

「当然だ、このまま町の中に入り暴れてやれ、戦闘員以外は手出しをするな。そして牢に入れられた男を救出する」

「物足りないな、どうせ暴れるのなら町を破壊し尽くした後で、火を付けて焼いてやりたいのだがな」

 御楯が横刀に同意を求めた。

「俺はそういう事に興味が無い。ならばその辺はお前が指揮を執れ、俺は捕らえられ男を助けに行く」

「王が住む区画はどうする、攻め込むか?」

「少し脅かしてやろう、門の前で攻め込む素振りを見せてやれ」

 兵達が次々と町の中に入り、敵の守備兵と戦闘状態になった。横刀は五百の騎馬隊に下馬を指示すると、先頭で歩き出して町の中に入った。道では町の住民の姿は見当たらない、どうやら、家の中へ避難しているようだ。

 空から一粒の水滴が横刀の鼻に当たった。上を見上げると水滴の数が増えていき雨になった。 本降りの雨が兵達に降り注いでいるが気にしている者などいなかった。 

 町は東西四キロ、南北六・五キロの長方形になっていて、中央には、二重の堀があり、その中に王が住む城がある。町の中は、道路が入り組んでいて迷路みたいになっている。簡単に王が住む場所へたどり着かないようにしてあるので、町に詳しい者に案内させて進んだ。一般の民が住む場所や、商売を営む店舗区画など大きく分けて四つの区画に分かれている。捕らえられた男は、北西の位置にある、役場の区画の奥にある牢屋敷の中にいる。

 役場区画の入り口を見ると、道一杯に 敵兵が道を塞いでいた。

 横刀は部下から狼牙棒を受け取ると、単独でゆっくりと敵の方へ歩き出した。それを見た敵兵三人が走って横刀に向かって攻撃を仕掛けた。横刀は狼牙棒を横に構え、向かって来た敵兵に武器を横に振った。

 後ろで見ていた敵兵達は、信じられない光景を目にする。先ほど向かって行った三人の兵が、たった一人の男の一振りで、軽い紙が舞うようにフワッと高く宙に投げ出されると、音を立てて地面に落ちた。三人は既に絶命している。一瞬の間が空いた後、敵兵達は何が起こったのか分からないという表情でお互いの顔を見合った。そして、そのまま前列の七名が横刀に向かって攻撃を仕掛ける。しかし、これも横刀の一振りであっさりと七名が宙に投げ出されて地面に激突した。それを見た敵兵がようやく事態を飲み込めた顔になり、全員で一斉に横刀に向かって走り出した。

 それを見た横刀は全く怯みもせずに敵に向かって走り出す。そして、敵に向かって狼牙棒を右に左に振るった。次々と敵兵達が宙に投げ出されては地面に落ちた。後ろに控えている部下達は、何もせず平然と横刀の行動を見ているだけだった。まるで、竜巻のような横刀の攻撃がやむと、周りに立っている敵は一人もおらず、皆、死体となって横たわっていた。横刀は辺りを見渡した後、後ろを向き、頭を振って案内役の男を呼び前に進んだ。

 数キロ進むと、ようやく牢屋敷の入り口にたどり着いた。大きな塀に囲まれていて、周りには堀も作られていた。入り口には誰もおらず、門は開いたままだった。部下を動かし中に入らせて捕らえられた男を救出した。

 男の名は押山(おしやま)と言った。歩兵隊の中に見た顔だったのを横刀は思い出した。まだ二十三と若い男で横刀の前に来ると頭を下げた。

「横刀さん、助けて貰ってありがとうございます」

「気にするな、同胞を救うのは我ら臥族の決まりだ。それよりも、お前が行った遊郭の店の場所を教えろ。その店だけは許さん、臥族を差別する者は切り捨てる」

 横刀に言われると、喜んで押山は先頭になって歩き出した。横刀は歩きながら周りを見渡すと、中央にある王が住む区画の近くから煙が上がっているのが見えた。恐らく、王を脅かすために御楯が命じたのだろう。

 役場区画を抜けて、そのまま東へ進むと、奥に遊郭がある。しかし、遊郭に入るための木製の観音式扉の門がしっかりと閉じられていた。遊郭の周りは高い塀に囲まれているので、門からでないと出入りができなかった。部下に命じて門を開けさせようとしたがびくともしない。そこで横刀は持っていた狼牙棒を門に叩きつけた。

 大きな打撃音が静まりかえった遊郭の前に響いた。五度目で門がささくれてくると、七度目で門が割れだして、十度目で破壊された。門の裏から、太い柱でできた閂で抑えられていたために開かなかったのだが、横刀のずば抜けた力で簡単に開いてしまった。周りの部下達は、そんなことは当たり前だという顔で平然と門をくぐった。

 遊郭内の通りには、店の用心棒達が大勢で店を守ろうと集まっていた。見た所五百人は集まっている。こちらは五十名なので、勝てると思い出て来たのだろう。薄笑いを浮かべている者までいる。

 横刀が指示を出す前に部下達がゆっくりと歩き出し、用心棒達との距離が近づいてから一気に走り出して攻撃を始めた。普段から厳しい調練を行なってきた臥族が、たかが用心棒程度が大勢で攻撃を仕掛けても相手にはならなかった。

 臥族の中でも特に優秀な者だけを選んだ横刀の騎馬隊の兵は、その冷たい銀色の瞳に何の感情も抱かずに無言で戦っている。全て一撃で相手を葬りどんどんと前へ進んでいく、横刀は何もせずに後ろから歩いているだけだ。道は、倒された用心棒達の悲鳴と呻き声で埋め尽くされて赤く染まっていた。

 あまりの強さに屈した用心棒達は、一斉に部下の臥族兵とは反対の方へ逃げ始めた。しかしそれを許そうとはせずに半分程が飛び上がって中に入り、物凄い早さで用心棒達の間をすり抜けると前に出て道を塞いだ。間に挟まれてしまった用心棒達は、恐怖のあまり顔が引きつり半狂乱に陥った。

 その後は一方的は虐殺が始まる。一人、また一人と恐怖にゆがんだ顔で赤黒い血を噴き出して倒れた。そして数十分が経つと誰一人として動く用心棒はいなかった。遊郭内はシーンと静まりかえり異様な空気に包まれている。横刀は閉じられている各店から、そっとこちらをのぞき見ている気配を感じた。それは店の人間が中にいること証明している。恐らく押山が入った店にも人がいるだろう。

 押山が先頭で歩き出して、真っ直ぐ八十メートル進んで右側にその店はあった。横刀が中の気配を探ると数十人の人間の気配を感じた。閉じられた木製の扉を無造作に蹴り出すとあっさりと扉が倒れて中の様子がうかがえた。

 一斉に店の人間の悲鳴が店内に響きわたり隠れるように逃げている。

「容赦するな、全員殺せ」

 部下達が一斉に動き出すと、中にいる人間の悲鳴が一層大きくなった。次々と無抵抗の人間が切り捨てられている。押山も自分の入店を拒んだ店員の男を見つけて首を刎ねた。上等な着物を着ていたのでここの経営者なのだろう。刎ねられた首は、驚きの表情のまま床にころがっている。

 一階は大きな広間になっていて、入って来た客を取りあえずもてなす場所のようだ。大きな階段が二階まで上がっている、遊女と楽しむのは上のようだ。横刀は階段を上がると二階の様子を見た。

 遊女達が恐怖で引きつった顔で逃げ惑っている。後ろから部下達も上がり横刀の横をすり抜けると、遊女達にも容赦なく切りつけている。横刀は一番左奥に、一つだけ襖が閉じられている部屋を見つけた。不審に思い、襖の前まで来ると中に人がいる気配を感じる。勢いよく襖を開けると、部屋の中は薄暗くてよく見えなかったが、目が暗いところに慣れてくると中にいる人間がハッキリと見えてきた。

 一人の遊女が、十歳くらいの少女をかばうように背中で隠している。後ろにいる少女は恐怖で震えていた。一人の部下が横刀の左横を通り抜けてその遊女に近づこうとした時、横刀は左手を出してそれを制した。

「女、立ち上がってこちらに来い」

 横刀の言葉でその遊女は体をピクリとさせると、しばらく間を置いて立ち上がり、横刀の前まで進んできた。

 その美しい黒髪は腰の辺りまで長く伸び、肌の色は白く透き通り、目は憂いを帯びた瞳をしていた。そして、その瞳の色は自分達がよく見ている銀色の瞳だった。横刀は素直にこの遊女を美しいと思った。暫く時間が止まったようになった、雨音だけが聞こえている。

「その瞳は俺達と同じ色をしている。しかし、その髪は黒い。お前は何者だ?」

 横刀の問いに、遊女は少し震えた声で答えた。

「私は臥族の父と?族の母の間に生まれた子です。ですから、瞳は銀色で髪は黒いのです」

「父親の名前を教えろ」

「伊那風吹(いな ふぶき)です。お願いです、私はどうなっても構いません、しかし、この子のだけは見逃して頂けませんか」

 その名前は知っていた、とても懐かしい気持ちに横刀はなった。


      『 横刀、強くなれよ 』


 会うといつも口癖のようにその男は横刀に言っていた。とても大きく、優しい男だった。  横刀は懇願する女を見たときに、瞳の焦点が合っていないのに気がついた。

「お前、その目はどうした」

「三つの頃、病で高熱を出して光を失いました」

「両親は?」

「父も母も私が赤子の頃に死にました」

「年は?」

「二十です」

 横刀はこの女が今まで生きてきた過程を理解した。両親が死んで、身寄りの無くなった女はこの店に売られてやって来たのだろう。風吹が横刀の前から姿を消した頃を計算すると確かに合っている。あの頃の横刀の年齢は十二だったので 間違い無い。

「間に生まれた者でも俺達の同胞であることには変わりは無い。その子供はお前の身の回りの世話をしてるのだろう? 命は取らんから安心しろ。その代わりに二人共我らと共に来い」

 女は横刀の言葉を聞いて安堵したが、諦めた表情で頷いた。

「勘違いするな、お前を慰みものにするわけではない。同胞として迎えると言ったのだ。おい、この二人を俺の屋敷まで案内しろ」

 女は驚き、横刀の方に顔を向けた。しかし、横刀からはそれ以上の言葉は無かった。横刀に言われて、四人の兵が女と子供を誘導して歩き出す。

「女、名前は?」

 突然言われて女はピタリと止まり後ろを振り返った。

「伊那雪芽(いな ゆきめ)です」

 雪芽は少女の手を取りゆっくりと階段を降りて外に出て行った。

 横刀は雪芽の姿を目で追った、そして、階段の所まで歩くと一旦止まり、階下を見た。この店の人間は、雪芽と少女以外全て殺されていた。店の中は血の海で息が詰まりそうだが、皆平然としている。階段を降りて店を出ると雨はさらに強く降っていた。

「横刀さん、御楯さんが呼んでます。町の中央に来て頂けますか」

 兵の一人が近づいてきて右手の親指で自分の後方を差した。

「分かった、今すぐ行く」

 部下を引き連れて歩き出す。他の店は相変わらず戸が閉められていてそこから嵐が過ぎるのを待っているようだった。壊れた門を潜ると先ほど通った道を反対の方に向かって歩き出す。途中で左に曲がりそのまま南下すると王が住む中央の区画の入り口にたどり着いた。

 王が住む中央の区画の周りは十メートルを超す壁が立ちはだかり、大きな鉄製の門が上から下へ降りていて中の様子は完全に分からないようになっている。さらにその周りに幅が五十メートルもある堀が張り巡らされていて、容易に攻め込む事は出来ない。門からは木製の橋が架けられているのだが、臥族襲来で途中から上に釣り上げられている。

 御楯が橋の入り口の前に立っていた。横刀は御楯側に向かって行った。

「よう。遊郭で女を一人助けたって? 何でも臥族と?族の間に生まれた女らしいじゃないか。お前にしては珍しく情けをかけたのだな」

 御楯はからかうように笑った。

「女の親父が、風吹さんだった」

「本当か!」

「ああ、そう言っていた」

「あの風吹さんの娘だったのか。……それじゃ、あの時の。それで、風吹さんは今どうしてるんだ?」

「以前あった疫病で死んだそうだ」

「そうか、それは残念だ。良い先生だったな横刀」

「ああ」

 不意に横刀は上を向いてしばらく雨を見ていた。少し昔のことを思い出した。

「この状態では、王を少し脅かしてやる事はできないな」

 横刀は首を戻して先にある鉄の門を眺めた。

「そうなんだ、これじゃ何もできん。暴れることは暴れたから、そろそろ潮時かと思ってよ」「そうだな、帰るとするか」

 横刀はそう言って、東門がある出口に進もうと歩き始めた時だった。

 きしむ音が辺りから聞こえてくると、釣り上げられていた橋が徐々に下に向かって下がりだしてきた。横刀は立ち止まると無言でそれを見ていた。

 橋が下まで完全に降りると、今度は門から音が響いて下から上に少しずつ上がっている。ドスンと音を立てて上まで上がりきると、中から一人こちらに歩いてくる。

 上等な赤い着物を着た老人が腰に両手をあててこちらをジッと見ながらやって来た。そのまま横刀の前まで来ると立ち止まった。百五十くらいの小さい老人だったが百九十ある巨?の横刀を睨んでいた。

「まったく、随分暴れてくれたもんだ臥族共よ。死んだ者達への保障が馬鹿にならんぞ」 

老人は全く怯むことなく臥族達を睨み付けている。

「誰だじいさん。ここの大臣か? 王は怖じ気づいて使いを寄越したか」

 御楯が近づいてきて老人を見下ろした。

「馬鹿者、わしが王の武鞍浜成(たけくら はまなり)じゃ。ちと交渉に来た、耳を貸せ」

 王である浜成の突然の出現に皆声を上げて驚いている、冷静なのは横刀だけだった。

「お、おい! あんたが王だと? 本当かよ!」

「わざわざ嘘を言いにここまで来てどうする。本物じゃよ。おい、そこのでかいの。お前が臥族の長だな、名前は?」

「蓮塚部横刀だ」

「うむ。では蓮塚部横刀よ、交渉をしたい。この雨では、びしょ濡れになってたまらんから中へ入れ。武器は持ったままで良い。人も好きなだけ来ればよかろう」

 言い終わると浜成は後ろを振り返り、先ほどと同じように門の中へ歩き始めた。

「おい、横刀。どうするんだ? 武器を持ったままでいいと言う事は、本当に交渉をするつもりのようだな。何人か連れて行くか?」

「お前だけでいい、御楯」

 そう言うと横刀は歩き出して浜成の後を追った。御楯も慌てて歩き出した。

 門を抜けると様々な建物が並んで建っていた。少し小高い所を見ると天守がそびえ立っている。周りには武装している兵士が緊張した面持ちでこちらを見ている。しばらく浜成の後ろを無言で歩いて行くと立派な御殿に着いて浜成が中に入った。玄関で履物を脱ぐと奥へ進み、広間に入った。広間の大きさは広大で二百畳ほどの広さだった。様々な調度品が並べられていて部屋の中央に大きな卓が置かれている。

 浜成が、木製の長方形で作られた、大きな卓の中央に座ると、反対側に座るように促した。

横刀と御楯は椅子に座ると周りを見渡した。不思議な事に武装している兵士は一人もおらず、従者らしき男が一人いるだけで、この部屋には王と自分達がいるだけだった。今、自分が持っている武器でこの王を殺すことはたやすい、何故平然としていられるのか理解できなかった。「お前達が何故ここを襲ったのかは聞いておる。まったく、相変わらず気の短い民族じゃな。まあ、我が民もお前達に対する偏見はちと行き過ぎだと思うがな。さて、まず最初にお前達に話がある。この城下町を出たところで一万の軍が、出てくるお前達を待ち構えている」

 従者が王に茶を持ってきた、二人には何も置かれていない。

「さらに、お前達の居住地域にも一万の軍が囲んでいて、わしの命令を待っておる」

「どういう事だじいさん、俺達をはめたな?」

 怒りをあらわにして御楯が浜成を睨んだ。

「馬鹿かお前は。今さっき我が軍とぶつかり多くの兵を殺し、さらに町の中もやりたい放題したんじゃ、お前達を殺す用意ぐらいはするじゃろうが。それとも、わしがお前達に頭を下げて許しを請うと思ったか? だと考えたのなら笑えるのう。言っておくが、これでもわしのはらわたは煮えくりかえっておっての、今すぐでお前達を殺してやりたいくらいじゃぞ」

「俺は構わんぞ、俺達臥族は売られた喧嘩は買う主義でな、居住区であろうと中の連中は簡単にはやられない。それに我らが根絶やしにされても、それ以上の人間を道連れにするだけだ。話はそれだけか?」

 二人は立ち上がって武器の先を浜成に向けた。

「そう言うと思ったわ。だから交渉をしようと言ったんじゃ。まあ、聞け」

 浜成はギロリと二人を睨むと顎で座れと促した。二人は黙って再び座る。

「話はこうじゃ、お前達臥族に土地を譲ろう、そこを自治区として住むことを許す。おい、地図を持ってこい」

 従者が持っていた地図を二人の前に広げた。そこには石門の国の地図が書かれていて、東の外れには臥族が住んでいる辺りに赤く囲みが書かれ、その外側に大きく線が引かれている。

「ここの大きな囲みが自治区として認める地域じゃ、大きかろう? ここで家を建てるのもよし、開墾するのもよし、お前達の自由に使ってよい」

 地図で線が引かれている地域は確かに広大だった。この土地を得ることができれば、大陸全体に散らばっている同胞を集めて暮らすことが可能だ。横刀は腕を組んで地図を見入っていた。「実に魅力的な話だな。だが、条件があるのだろう。どんなことだ?」

 横刀は地図に目を向けたまま浜成に問うた。

「勿論条件はあるが難しいことではない。お前達臥族が我が軍に加わり、他国と戦ってほしい。臥族の戦闘能力は、この大陸の他の民族と比べてもずば抜けておるゆえ、是非欲しいと言うのがのが本音じゃ。その代わりにこの土地を譲ろうと言うわけじゃ。更に漁で取った魚を国内で売れるように計らってやる。どうじゃ? かなり破格の条件だと思うがのう」

 御楯は驚いた顔で横刀の肩を叩いた。

「おい、どうするよ? これはかなりの好条件だが、話がうますぎねえか?」

「もし、この話が虚言であったなら即座にこの町の破壊し、お前の首をもらうぞ」

 横刀が顔を正面に向けて浜成を見た。

「……やれ、やれ、王のわしにお前は無かろう。言っておくが、わしは自分の命には無頓着での、例えここで死んでも何とも思わん。今から我が軍と臥族が争いを始めれば、それを好機に他国が攻めてきてこの国は滅ぶであろうの」

 浜成は呆れた顔をして横刀を見ると持っていた茶を啜った。

「なるほどな、北平の国と戦えと言うことか」

「鋭いな、その通りじゃ。今、我が国は北平の国と戦闘状態にあってな、かなり分が悪い。それにあの国の武力は強力じゃ、とても今の我が軍の力では歯がたたん。そこで臥族の力が必要なんじゃ、特に蓮塚部横刀、お前の力がな」

「軍の編成はどうする?」

「我が軍の二万五千をそっちにやろう、お前が将軍となって指揮を執れ。残りの二万五千はこちらが指揮を執る」

 浜成の言う通り、臥族の戦闘能力は高い。戦でもかなり活躍することだろう。今まで拒否をしてきた税を払えと言われるよりもこちらの方が良いと横刀は思った。

「どうだ、御楯。俺は受けても良いと思う」

「俺も異存はない、戦いが税だと思えば何と思わんし、同胞が喜ぶなら良いだろう」

 御楯は満足げに首を縦に振った。

「分かった、その条件を飲もう。土地の割譲はいつするんだ?」

「今からわしが書状を書こう。それを持って一旦帰るとよかろう。胡世将軍をここに呼べ」

 従者は一旦部屋を出ると人を呼び、墨と紙を持ってこさせた。浜成は土地の割譲の件を書き込み、王のみが使用できる判を押した。そして、従者に渡すとうやうやしく書状を箱に入れて横刀の前に置いた。その後に、細かい軍の編成の話をしていると、顎に長い白髭を生やしがたいの良い五十代の男が部屋に入ってきて浜成の前で跪いた。

「お呼びでございますか浜成様」

「こいつが将軍の胡世広足じゃ。おい広足、たった今、臥族との話が終わった。これから臥族が我が軍に加わり、この蓮塚部横刀が将軍となって、?族と臥族の兵併せて二万五千を指揮することが決まった。詳しい軍の連携の話は後に話し合え」

 それを聞いた胡世は驚いた様子で顔を上げた。

「お待ちください。それはいくらなんでも無茶な話でございます。このような蛮族と袂をわかつなどと、ましてや臥族が将軍など承服しかねます」

「臥族が将軍で何故いけない? 実力があれば民族の違いなど取るに足らん。それともおぬし一人で軍を掌握し、北平の国に勝てるとでも言うのか?」

「勿論でございます。この広足の力をもってすれば可能でございます」

 胡世は立ち上がると雄弁に語った。

「よく言うわこの馬鹿者が! この間の北平の国のへの内応の件、わしが知らないとでも思ったか。二つも同時に姑息な手を使って攻め込み、あっと言う間に撃退されおって。誰がそんな策を許したのだ」

「そ、それは、陀安王子殿下と話し合い、御了承頂きまして、はい」

 広足は急に額から汗が噴き出して拭いだした。浜成に怒鳴られて再び跪いた。其れを見て御楯はニヤニヤと笑っていたが、横刀は何の感情も出さずに見ているだけだった。

「あの馬鹿息子が、またしゃしゃり出おってもう許さん、ひっぱたいてくれるわ。おい横刀よ、話は終わりじゃ、お前の屋敷や兵の宿舎などをこの町に作るでの。迎える準備が出来たら人を送って伝えよう。それまであっちで待機しておれ」

 浜成は横刀に一瞥すると早足で部屋を出た。其れを見た胡世も立ち上がり、少しの間横刀達を睨むと何かブツブツと言いながら部屋を出た。

 残された横刀と御楯は受け取った書状を持ち城を出た。外は雨がやみ、雲の隙間から太陽の光の筋が何本か地上に降りている。

 待っていた兵達の中から千人長だけを呼び出して、浜成との約定を話し、そこから各部隊の下々まで話をさせた。長が取り決めた事は絶対である。誰もそれに異を唱える事は許されないのだ。しかし、臥族にとっては不利な条件では無いために喜んでいる者もかなりいた。

 町を出ると、確かに石門の国の兵が一万ほど、陣を組んで横刀達の進む方を塞いでいたが、こちらの姿を確認すると陣を二つに分けて道を譲った。すれ違った時、石門の国の兵達はこちらを睨むように見ていたが、それ以上のことはしなかった。

 夕刻になると、行軍を止めて野営の準備を命じた。それぞれが準備を整え終わると、焚き火を始めたようで、点々と明りが灯っている。肉を焼き始めると良い匂いが漂い、方々で煙が上がっている。所々で兵の笑い声も聞こえた。

 横刀が部下と肉を食べ始めた頃に、御楯が酒を持って来て隣に座った。

「その酒はどうした御楯」

「ああ、さっきの町の酒屋で貰ってきた。略奪した金品は全部返したからよ、土産が無くなって寂しいから店の主人に頼んだら、快く差し出したんだ」

「それを世間では強奪と言うんだがな」

「まあ、気にするな。お前も飲めば同罪だ、ほら!」

 御楯は、笑いながら焼き物の猪口を懐から二つ出すと一つを横刀に渡して酒を注いだ。どうやらそれも貰った物のようだ。

「あの時の赤ん坊の名前何だっけ、横刀」

「……雪芽だ」

「そんな名前だったかな、すっかり忘れていたぜ」

「俺も聞くまで忘れていた」

「風吹さんが連れてきた、?族の嫁さん。えっと、和良比売(わらびめ)さんだっけな。優しくて綺麗な人だったな」

 少し強い風が吹き、火の勢いがが強くなりパチパチと音をたてている。横刀は酒を一気に口に放り込むと、無言で猪口を御楯の顔の前に出した。ニヤリと御楯が笑い、横刀が持っている猪口に酒を注いだ。

「俺も横刀も孤児で、お前は風吹さんのところにやっかいになっててよ、和良比売さんが来た時はお前が羨ましくて嫉妬したぜ」

 横刀は、焚き火に目を移したまま、少し口を横に広げた。

「しかし、あの時の疫病に和良比売さんが煩っちまって、日に日に弱っていくのを見るのがつらかったな。それから数日後だったよな、赤ん坊を連れて二人がいなくなったのは」

 御楯の側にあった肉が良い色に焼けてきて、串を持って食べ始めた。

「治せる奴がいるとかで彩の国に行っちまって、それっきり帰って来なかったが、まさか、二人共死んだとはな。……まあ、あれだ、あの娘のことは俺も協力させてもらう。嫁にもいろいろとさせるから任せろ」

「ああ、頼む、うまく皆と馴染めるようにしてやってくれ」

 再び強い風が吹いて、火が大きく燃え上がると、火花が宙に舞い上がり空へと昇っていった。

 

  『立て、横刀! そのままではお前は負けだ、殺されるぞ!』


 戦闘指導をしている大人が倒れた横刀を蹴飛ばしている。周りには御楯や同年代の仲間が見守っていた。皆、顔や体に傷を抱えて歯を食いしばっている。横刀も仲間も子供だった。

 この大人は誰だったか。そうだ、黒志加と言った。声が大きく、いつも怒っている様な顔をしていてとても怖かった。以前あった石門の国との戦闘で死んだのだ。

 横刀は木剣を杖代わりにして何とか立ち上がると、雄叫びをあげて黒志加に剣を振った。だが、あっさりと弾き返されて木刀で殴られた。泣き出したいほと痛かった。

 毎日の戦闘訓練は嫌いだった。しかし、拒否をすれば集落から放り出されてしまう。一人で生きて行くには、十という年齢はあまりにも若すぎる。だから、皆死んだつもりで訓練を受けた。

 訓練が終わり、家に戻ると、お腹を大きくした和良比売が優しい顔で迎えてくれる。

『まあ! また傷だらけになって。こっちにおいで横刀』

 水に浸した布を絞り、横刀の体を拭いてくれる。その後傷口に薬を付けてくれる。

『黒志加さんも少しは手加減をしてくれてもいいのに。でも、横刀は偉いね。よく頑張っているわ』

 そう言って優しく抱きしめてくれる。その瞬間が横刀は一番幸せだった。

『おう、横刀! また傷だらけだな。今日も絞られたか!』

 漁から帰ってきた風吹が大きな手で横刀の頭を撫でた。 

『嬉しそうに言わないで下さい。少し加減をしろと黒志加さんに言ってくださいな』

 和良比売が眉を上げて風吹を見た。

『仕方ないのさ、臥族は強くなければならん。これは我らの掟なんだ、誰も逆らうことはできない。明日は俺が指導する日だな。厳しくやるからな、しっかりと着いてこいよ。そして早く強くなれ』

 風吹は嬉しそうに笑うと横刀の肩を軽く小突いた。

 場面が変わり、家の前で立っていると赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 和良比売の中から赤子が生まれた、女の子だった。髪は黒色で銀色の瞳をしている。風吹も和良比売も喜んでいる。横刀が人差し指で赤ん坊の小さな掌に触れるとギュッと握ってきた。 とても温かく柔らかな手だった。

『この子は雪芽って言うのよ。これからはお兄さんだね、可愛がってあげてね横刀』

 和良比売はそっと横刀の頬を撫でてくれた。横刀もとても嬉しかった。そして赤ん坊のおでこを軽く撫でてやった。

 再び場面が変わった。和良比売が病魔に冒されて寝込んでいる。美しかった顔や体に発疹ができ苦しそうだった。臥族の集落では既に何百人も死んでいる。横刀は心配で側に行くと、和良比売は手で来ないように拒否をする。

『ごめんね横刀、貴方を抱きしめてあげたいけど、この病気は移ってしまうの、だからこちらに来ては駄目、早く戻りなさい』

 御楯が住む家にいると、風吹が大人達と話をしていた。横刀の姿を見つけるとこっちに来いと手で呼ばれた。

『いいか、横刀。俺は和良比売と雪芽を連れて彩の国へ行く。和良比売の病を治せる人がいるらしいのだ。お前は来るな、病が移っては大変だ。雪芽もここに置いておきたいが和良比売が嫌がるのだ。それに、お前はいずれ、我ら臥族の長になれる男だ、だからここに残れ』

 横刀は自分も付いて行きたいと大声で言いたかった。だが、それを飲み込んで頷いた。

 そして翌日、風吹は和良比売を寝かせた荷台を馬に繋げると、雪芽を抱いて横刀の側に来た。

『病が癒えればいずれ戻る。それまで精進しろ。強くなれよ横刀』

 そう言って馬を引いて行ってしまった。

 目を覚ました。昔の夢を見ていた様だったが、断片的にしか思い出せなかった。体を起こして空を見ると東の空が明るくなっていた。焚き火にはまだ小さいながら炎が残っている。

 体を起こして背中を伸ばすと、周囲の者もそれぞれ起き出して出立する準備を始めた。

 日が昇ると同時に出発すると、夕暮れには臥族の集落に到着した。横刀は長老の館に赴いて、この国の王である武鞍浜成との約定の内容を報告した。

「約定に関しては勝手に決めさせて貰った。こちらとしても断る理由が無かった」

「長のお前が決めんたのじゃ、誰も文句は言わんよ。それにしても、随分と美味い話をふっかけてきおったな。代わりに軍に入れとは、お前の言う通り北平の国との戦争が、余程逼迫していると見える。昨日連中と戦ってみてどうであった?」

「ほぼ同数での戦いだったが、兵の粘りが無く随分ともろかったな。指揮を執る人間の能力不足と俺は感じたし、兵一人一人の能力も大きく差があった。これは練度の違いだろう」

「ここの集落を囲んでいた連中を見ていたが、動きが遅く、バラバラであったな。それでもあの人数で襲って来られたら防ぎようは無いがな」

「今後の事だが、土地を貰ったらそれをどう活用していくかだが、俺は軍を率いらなければならん。誰か適役はいないか? ジイ」

「そうじゃな、阿止里(あとり)はどうじゃ? あやつなら米や野菜の栽培に詳しいし、他の集落の連中とも仲が良い。人をまとめるのは仕方ない、わしがやってやるとするか」

「そうしてくれると助かる、ジイの言う事ならば皆聞いてくれる」

「せっかく隠居暮らしを楽しんでいたのだが、まあよいわ、もう一働きするとしよう」

「では、中のことは阿止里に頼もう。家に来るように伝えてくれ」

 長老は片手を上げて了解したことを伝えた、横刀は館を出ると自分の家へ歩いた。集落の住民は横刀を見つけると挨拶を交わしてくる、横刀は頷いて返事を返していた。

 家に到着して館の戸を引いて中に入った。元々は風吹の館だったのをそのまま使い、増築してある。玄関で履物を脱ぐと広間に向かった。戸を開けると部屋には雪芽が座っていた。一緒に連れてきた少女は、横刀の姿を見ると雪芽の背に隠れて目だけ出してこちらを見つめている。「夕飯は食ったのか?」

 横刀は荷物を降ろし、風呂敷を広げると中身の整理を始めた。

「いえ」

「共同の浴場がある。そこを出たら飯にしよう」

「はい」

 それ以上の会話は無く、部屋の中は横刀が整理している音だけが聞こえている。

「おい、子供。名は何という?」

 横刀の問いにビクンと体をさせると、頭を引っ込めてしまった。再び部屋の中がシーンとしている。

「ほら、隠れないで言いなさい」

 雪芽が少し困った表情で背中の少女に声を掛けた。少女は怖ず怖ずと顔をあげて横刀を見た。「駒です」

 か細い声を何とか出して返事をした。

「では駒、これを貰ってきた、着てみろ」

 横刀が整理していた荷物の中から子供用の着物をポンと畳の上に置いた。それを見た駒の表情がパッと明るくなり嬉しそうに着物を手に取った。

「雪芽姉さん、着物だ、凄く綺麗なの!」

 駒が持っていた着物を雪芽の膝の上に置いた。雪芽が手で触り感触を確認すると笑顔になり着物を広げて駒に見せている。

「良かったね、駒。横刀様ありがとうございます」

「普通に横刀でいい。お前の着物も後で持ってこさせるから合わせてみてくれ。取りあえず浴場に行こう」

 横刀は立ち上がって二人を浴場へ案内した。駒が雪芽の手を取って歩いた。共同の浴場は、大人が二十人は余裕で入れる大きさに作られていて、湯は温泉が湧き出ている。駒が嬉しそうに雪芽の髪を洗っていた。周りにいる女達は、二人の事情を知っているらしく話しかけて楽しそうに笑っていた。

 浴場から出ると再び家に戻った。家の中には、御楯と妻の阿波売が来ていて、夕食の用意をしていた。食堂となっている板の間の円卓には肉料理や米、近くの畑で採った野菜、汁物が置かれている。椅子に座ると皆で食事を始めた。横刀と御楯は酒を飲みながら料理をつまんでいた。駒は雪芽の側に座り。雪芽が食べるものを皿にのせてやっている。今の状況に安心したのか、雪芽と駒の言葉数が多くなってきていた。

「それにしても、良く帰ってきたな雪芽さん」

 御楯が酒を飲みながら雪芽を見た。

「え?」

 雪芽は何のことを言われたのか分からない表情で御楯の声がしている方に顔を向けた。

「何だ横刀、まだ話していなかったのか?」

「ああ」

「何だよ一番大事なことを話してないのか、しょうがねえな」

 御楯は呆れた顔で横刀を見て、拳で横刀の肩を小突いた。

「あのな、雪芽さん。この家はさ、元々は風吹さんの家だったんだ」

 それを聞いた雪芽は手に口を当てて驚いている。

「風吹さんはこの集落で生まれ育ったんだ。俺達臥族の中でも最強の戦士だった。俺と横刀は親がいなくてさ、お互い違う家に育てられたんだ。横刀は風吹さんが引き取ってな、俺達が十の頃に和良比売さんと一緒になってこの家に三人で暮らしていたんだ。そして、二年後にあんたが生まれて、二人は大喜びしてたよ。横刀も人差し指であんたの頬をつついてニコリと笑ってたな。

 でもその後すぐに、例の疫病がこの大陸を襲ってな、和良比売さんが煩ってしまって、それを治すためにあんたを連れて三人で彩の国へ行っちまった。戻って来ると言っていたんだが戻らずじまいだった」

 話を聞いた雪芽は、どうしていいか分からずに下を向いてしまった。駒が察して雪芽の手をギュッと握っている。

「そういう事だ、だからここはお前の家でもある。よく帰って来たな。……おかえり」

 普段優しい言葉を掛けたことの無い横刀は、顔を赤くして横を向いたまま雪芽を労った。その言葉を聞いて雪芽はハッと顔を上げると目から涙が溢れ、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。

「父と母はどんな人だったのですか?」

 雪芽は震えた声で横刀に聞いた。

「……風吹さんはとても大きく、強くて俺の憧れの存在だった。和良比売さんは俺が戦闘訓練から怪我をして帰って来ると、いつも優しく傷の手当てをしてくれて、よく頑張ったと言って抱きしめてくれる優しくて美しい人だった。俺は二人のことを本当の両親と思っていた。お前が生まれてきた時、本当に二人は喜んでいたよ」

 横刀が言い終わると雪芽が堰を切ったように声を出して泣き出した。駒も一緒になって泣いていた。

「無理も無いわよね、両親の顔を理解する前に亡くなって。その後沢山苦労したんだものね。雪芽さん、あんたこれからは一杯幸せにならないと駄目だよ。本当に今までよく頑張ってきたよねえ、偉いよ」

 御楯の妻も、もらい泣きをして袖で涙を拭いている。

「何だよ、お前まで泣くことはないだろう」 

 御楯は酒を飲みながら肘で妻をつついた。

「うるさいわね、あんたは黙って酒でも飲んでな! こんな感動的なこと、泣かないわけにはいかないわよ」

 そう言うと鼻を啜りながら御楯の頭をひっぱたいた。酒を飲んでいた御楯は叩かれた拍子に酒を噴き出して咳き込んでいる。横刀は、自分と雪芽を二人が引き合わせたのだろうと、なんとなく感じた。外で誰かが笑っている声が聞こえた。



          蒼月の国

 陽だまりとなっているこの部屋は年中温かかった。この部屋で茶を飲みながら、書物を読んだり、かなり年の離れた自分と語り合うのがこの部屋の主にとって一番の楽しみだと言ってくれた。

 前王である父王が三十という若さでこの世を去り、この部屋の主である大伴義景は、わずか6歳でこの国の王となった。そして、まだ若く、皇后である母親が摂政となると、途端にこの国に暗雲が立ち込める事となる。

 始めに行なったのが、国民に対して税の増負担だった。搾取した税から自分の宮殿を作ると、各地から自分好みの少年から成人の男性を数百名呼び込んで、宮殿に置いた。毎夜、代わる代わる寝室に呼び込んでは肉欲に溺れた生活を送っていた。

 次に、各地から翠玉や紅玉などの珍しい玉を取り寄せて、宝飾品を作らせては自分の体や衣服に身につけていた。これは他の大陸からも取り寄せていたために莫大な予算を費やされていた。政治に関しては無関心で、大臣達に一任し自分は毎日享楽の日々を過ごす。そのために、皇后に対して意見をする者も出始めるが、自分に従わない者達には、目の前で残虐な拷問を行い、それを見て笑い転げ楽しんだ。そんな狂人に、臣下達は恐怖を覚えて、まともな臣下は去って行くこととなる。

 残っている臣下にまともな者はおらず、彼女の言う事を聞く者や、おべっかいを使うものだけが司政を行なっていた。次第に内部から腐って行くこととなる。役人の賄賂が横行し、私服を肥やし始め、民だけが重税で苦しむ生活が何年も続くこととなる。

 人は、自分の一存で全てが決められる特別な権限を持つと、自分に危害が及ばない限り、周りがどうなろうと無関心である。

 隣国の武上の国が徐々に国を脅かし始めて、国土が犯され始めても皇后は気にも止めず臣下に任せっきりだった。建国以来、最大の危機が起こっていた。

 義景は赤子の頃から、母親と一緒に生活を送る事は一切無く、侍従が全て身の回りの世話を行なっていたらしい。

 母親に似て、わがままの限りを尽くすのかと思いきや、おとなしい性格で周りの者の意見を素直に聞く少年時代であった。これには、皇后は義景に対して無関心で、教育係の者がまともで常識のある人間であったことが起因したと周りの者から聞いていた。

 十五歳になると、学問に興味を持ち、色々な書物を読んでは、国の学者を招いて講義をさせていた。その事で徐々に若王に人が集まり、期待の目を向け始める。

 義景が十八になった年の冬に事件は起こる。皇后が突如としてこの世を去ったのだ。夕食後に突然吐血し倒れた。絶命する最後まで苦しみ続けたその表情は凄惨なものだった。

 事件後、詳しい調査などは行なわれず、翌日には葬儀が行なわれて荼毘に付された。あまりにも早い展開に、周りでは皇后は暗殺されたとの噂が立つが、表だって口にする者はいなかった。

 突然の母の死に特別の感情を持たなかった義景は、淡々と葬儀に参列していた。涙の一粒も流さなかったという。母の愛など微塵も与えられなかった息子ならば当然の行動だろうと彼女は思った。

 葬儀の翌日から、義景は実権を与えられることになる。

 皇后の悪逆な行動が始まってから、密かに反皇后の派閥が出来上がっていた。

 皇后の死後、軍をも味方にしていた反皇后派は武力で現政権の主立った者達を武力で排除、または処刑を行い、末端の役人までそれは及ぶ事となる。

 こうして、義景の国王としての政治が始まった。

 まず、反皇后派の者達を中心に国を取り仕切ることになるが、その周りには、義景が選んだその道の専門家を置いて、相談役として機能させた。そして、賄賂など役人の犯罪行為を徹底的に洗い出して処分させ、汚れきった内部機能を正常化させた。

 それらの改革のおかげで、ようやく国が安定化し、民の笑顔が戻って行った。犯されていた国土も、数年掛けて敵を追い返すことに成功して、現在の領地を維持している。

 義景三十歳の頃、異性に対して何の感情を覚えなかった事に臣下の者達が心配をして、世継ぎを作ることを積極的に提案をする。

 了承した義景は妾を何人か囲っていたが、一向に子が出来る気配はなかった。医師に義景の体を検査をさせた結果、義景には子を作る納涼が無い事が分かったのだった。

 自分に子を作る能力が無いことを知ると 途端に女に対する興味を失ったようで、結局子供は一人も授かることは無かったと言う。今ではそれも良かったと夫は言っていた。

 ある日、自分が書いた書物が役人の目にとまり、国の行政機関で評判となった。それが上納されると、城に呼ばれ、王の目の前で書物の講義を行なったのが初めての出会いだった。

 彼女の見た目の美しさは、周りの者から羨望の目で見られた。しかし、義景は彼女の類い稀なる頭脳の高さに興味を覚え、度々自分を城に呼び入れられた。

 そして、この部屋に通されて二人は様々な事を語った。特に興味を持っていたのは文化面だった。詩や絵画などは好んで作り、出来上がると嬉しそうな顔をして自分に見せた。

 そんな日々が続いて一年後に求婚された。親子ほど年が離れていたが、不思議とそれは気にならず、むしろこの部屋で語り合うのが楽しみになっていた自分に気がつき、喜んで了承したのだった。周りからは色々と影口を叩かれているようだが、元来そのようなことを気にする性格では無いので無視していたのだが、これからはそうも行かなくなってしまった。

 最初はただの鼻血だと思っていたのだが、出血が止まりにくくなり、疲労感が激しくなっていった。そして、ただの発熱だと思っていたが、やがて高熱に変わると症状が一気に深刻な状態になっていった。食欲もなくなり、ただでさえ痩せていた体が、さらに痩せ細ってしまい、見るのもつらくなったいった。

 自分の死期を悟ったのか、国の主要な人物達を呼び寄せて、最後の王命を伝えた。

『余の亡き後は、妻の由里を次期国王に任ずる故、皆全力で支えよ』

 確かに妻である自分は、王位継承の資格はあったが、正直国王になって、国を動かすことに興味は無かった。皆が部屋から退出した後に、何故自分なのかと問うと、こう言ったのだった。

『君は非常に優秀な人だ。私が政で考え事をしていると、そっと、的確な助言をしてくれたことが何度かあった。それは一度たりとも間違った事は無かった。君には重荷だろうが、どうか私のわがままを聞いて欲しい。この国に君は是非とも必要な人なのだよ』

 いつもの優しい笑顔で自分を見つめた夫である大伴義景の言葉を、拒否することは出来なかった。了承すると安心したのか、眠ってしまい。それから三日間、目が覚めていない。 

 開けていた窓から涼しい空気が流れてきて、ふと、外を見ると、雲が風に流されて、太陽を隠してしまった。そして手に温かいぬくもりを感じて顔を下げると、夫の手が置かれていた。

「私はどれ位の間、眠っていたのだ?」

「三日ほどですわ。ご気分はいかがですか陛下」

「今はとても気分が良い。なので、今のうちに君に伝えたい事を話しておこう」

 痩せ細った手に少しばかり力が入ったのを由里は感じた。

「私が世を去った後、臣下達は君を支持する者と反対をする者と分かれるだろう。将軍の村定岩雄と右大臣の波田文屋の二人は、君の力になるように話をしてあるから頼るといい。そして、この国の東に小田村と言う集落がある、そこの村長の田祁麻呂と言う男に会いなさい、必ず君の助けになるだろう」

 一気に話したことで呼吸が乱れ始めて、息苦しそうだった。

「あまりご無理をされてはなりません陛下。お話なら後ほど聞かせていただきますので、どうかお休みになって下さい」

 由里は夫の手を握り返した。その手には赤い斑点がいくつか見られた。

「いや、今でなければならないのだ。言わせて欲しい」

 義景は息を切らせながらも真剣なまなざしで由里を見ている。そんな夫の様子を見て、ただ頷くことしか出来ず、病の苦しみに対して何もしてあげられない自分を由里は呪った。

「もし、他国が攻め込んで来たなら、君のことだから敵を撃退することも可能だろう。だが、無理をすることはない、条件の良いところで降伏し、君の安全の保障を確保しなさい」

「分かりました。陛下の仰る通りにいたしますわ、ですからご安心なさって下さい」 

 再び秋らしい乾いた風が部屋の中に入ってきて、雲に隠れていた太陽が顔を出した。

「……私は幸せな人生を送ったと思う。若いときには色々とあったが、最後の最後で君という素晴らしい女性と出会うことが出来た。本当にありがとう」

 義景は話し終わると息を切らしながらもいつもの穏やかな表情を作った。その時、由里は夫との最後の会話になるだろうと感じ、流れ出そうな涙をこらえて笑顔を返した。

「私もあなたと出会えて、幸せでした。旅先では少し時間がかかるかもしれませんが、必ずあなたを探しに行きます。お待ち頂けますか?」

「そうか、向こうでも一緒になってくれるか。それは楽しみだね。書物でも読んで待ってることにしよう、ゆっくりおいで」

 それが義景の最後の言葉だった。

 この国を回復させた義景は、全ての国民から愛されていた。国王の死去が全国に知らされると全国民は悲しみに暮れた。

 葬儀が本城の御殿で行なわれると、城下町では入りきれないほどの民が集まり義景の死を悲しみ、そして別れを惜しんだ。

 葬儀が終わり、国内の混乱が収まった頃を見計らって、前王の遺言通り、皇后である由里が国王となった。だが、この事に喜ぶ者と不安を持つ者とに分かれることになる。

 それは、前国王の母が悪逆な行為を行なったために、国が傾いた事に起因する。女性が国の権力を握るとろくなことが起きないと思われていたのだ。

 まだ若く、見た目の美しい皇后に前王はたぶらかされたとの噂が広まっていたのも原因の一つだった。そんな臣下の中で、由里を排除しようとする者達が現れ始めた。

 逆に由里を歓迎する者達もいる。学者や、その道の専門家の者達だ。由里と学問や政治の話をしたことのある者ならば、彼女の能力の高さに感嘆し、尊敬の念を抱いている。

 こうして、新国王の体制派と反体制派の二つの派閥が影で争うことになる。 

 国王としての執務が終了した後、由里は村定岩雄と波田文屋を自室に呼び出した。

「まずは、新国王のご即位おめでとうございます」

 波田が拝礼すると、隣にいた村定もそれにならった。

「挨拶は結構です、それよりも今後の事を話しましょう。私がこれから行なうであろう国政に反対する者は、上層部で誰がおりますか?」

 自室の椅子に座り、腕を組みながら文屋を見た。

「今の所は表だって行動に出ている者はおりません。しかし、由里様が皇后であられた時に良い噂と悪い噂が方々から聞こえておりました」

 波田文屋がばつの悪そうな顔をして下を向いた。

「悪い噂は何処からですか? はっきり言って頂いて結構です文屋」

「はっ。八省からは中務と式部そして民部から聞こえてきております。これらは元々自分達の置かれている立場に不満を持っている者達と推測されますが」

「ほとんどの者達が私の動向を見守っていると言う事でしょうか?」

「恐らくそうでしょう。危惧するのは、宮殿の護衛である衛慰の動向です。探ってはいるのですが、いまいち掴めません。私の息の掛かった者をおそばに仕えさせるように致しますがお気をつけて下さいませ」

「分かりました。身辺に気を遣いましょう。今の所、反対派の頭が誰なのか分からないと言うことですね」

「仰る通りでございます。今だ派手な動きは見せておりませぬゆえ、見当が付きません」

「軍事面ではどれ位の兵をこちらに付けられますか、村定」

 由里は側に置かれている茶には口をつけず、自分で煎れた茶を口に含んだ。

「総兵数約四万の内、一万五千はこちらの手の内となります。他一万は阿部吉代野、残り一万五千はもう一人の将軍の荒田赤麻呂になります」

「この二将軍の動き次第で簡単に事が終わりそうですね」

「はい。しかしながら、二人共根っからの武人です。荒田などは、三十五と若い将軍ですが、己の保身で動く男ではないので、どちらにも与しないと考えます」

「そう言う人間ばかりであれば苦労はしないのですが。分かりました、両将軍には触らないでおきましょう。ただし、暗殺をしてその代わり反対派の者を置く可能性があります、さりげなく二人の近辺を警戒して下さい」

「承知致しました」

 その後、深夜遅くまで三人の話し合いが続いた。

 翌日から由里は国王としての実務をこなしていった。内容は、義景の頃から踏襲しており、特別変革を要する事も無かった。ただ、国内の各都市や村の状況を自分の目で確かめおきたかったのだが、国王の巡行となると、多くの 予算と人が動くために、仕方なく臣下に命じて報告を受けるのみとなっている。だが、ある日の晩、由里は秘密裏に本城である、千乃葉城を抜け出した。馬に乗り込み、供回り五名を引き連れて川沿いを西に進んだ。

 秋も終わり、これから冬に入ろうかというこの時期は、一年で最も大きく月が見えるのである。そのおかげで雲に隠れない限りはかなり明るく、かなり遠くまで見渡せるのだった。

 三十キロほど進むと一軒の廃屋があった。由里は馬を止めて降りると、供をその場で待機させて、戸を引いて一人で中に入って行った。

 入ってすぐのところは畳二十畳くらいの土間になっている。その先には、五十センチほど高い位置に板敷きの部屋があり、真ん中には囲炉裏に火が付いていた。囲炉裏の側に一人の老人の姿があった。老人は由里の姿を見ると、こちら側に座り直して平伏した。

 由里は板敷きの部屋の前にある石段に履物を脱ぐと、囲炉裏の側で正座をして護身用なのか持っていた鞘に収められている短刀を側に置いた。囲炉裏の火からはパチパチと音を立てている。

「あなたが田祁麻呂殿ですね、遠路ご苦労でした」

「とんでもございません、国王様。こんな汚い所で申し訳ありません」

 田祁麻呂は平伏したまま由里に返事をした。

「顔を上げて下さい、田祁麻呂殿。こちらで目立たぬ場所を指定したのです。あなたが詫びることではありません」

 由里の言葉で顔を上げた田祁麻呂は、姿勢を正して囲炉裏で沸かしたり湯で茶を煎れると、椀に注いで由里の前に出した。その所作には無駄が無く普通の老人ではないことを由里は悟った。

「夫の遺言で何か困った事があれば、あなたを訪ねろと言われていたのですが、あなたは一体何者なのですか?」

 由里は出された椀を手に取って一口飲んだ。

「私は若い頃に、義景様に命じられて国内と他国へ様々な情報収集を行なって参りました。別名『青陰』と呼ばれておりました。現在青陰と言う名は一つの集団に変わり、百名程の人間がおります。倅が私の後を継いで頭をしております」

「青陰とは、この国に属している集団なのですか?」

「いえ、蒼月の国には属してはおりません。報酬次第で仕事を引き受けておりまして、元々は義景様が個人で私をお雇いになったのが始まりで、それから徐々に人数を増やして参りました」

「情報収集の他に暗殺などの武力はされるのですか?」

「時と場合によりますが、やらないわけではございません。しかし、北平の国の梟という隠密集団がおりましてね、彼らは昔から王族に仕えている集団なのですが、それと比べるとかなり見劣りいたしますな」

「梟という集団のことは聞いたことがあります。手練れが多くいると言う話ですね」

「あれは別格ですな、一人一人の能力がずば抜けてます。手下には、もしぶつかるようなことがあれば逃げろと言ってあります」

 田祁麻呂は低く笑って茶を口に入れた。

「夫はどのような内容の依頼が多かったのですか?」

「国内の内情を知りたがっておられました。経済、そして物流などに興味を示されていました。特に物流に関しては、他国が麦や米などを買い占めていないか注意されておいででした」

「なるほど、あの人らしい気の掛け方ですね、お話は分かりました。では私個人の依頼と言うことでお願いできますか?」

「かしこまりました。では早速村に戻り、人をよこすといたします。どういったご依頼を考えておいでですか?」

「影で私の身辺警護と内外の国の情報収集を考えています。簡単に出入り出来るように取り計らいましょうか、田祁麻呂殿」

「城に潜入するのは造作も無いことでございまして。しかし、それでは国王様に失礼ですな。昼間だけでも個人で雇っている商人と言うことに致しましょうか」

「それでは、反物を扱っている商人にしましょう」

 田祁麻呂の言葉に苦笑して由里は答えた。

「かしこまりました、その様に手下の者に話しておきます」

 話が終わり、由里は立ち上がった。側にいた田祁麻呂は再び平伏して由里を見送った。由里は廃屋を出ると馬にまたがり城に戻っていった。田祁麻呂は姿勢を戻すと、忘れてしまったのだろうか、先ほど由里が座っていた側に短刀が置かれているのに気がついた。

 翌日の深夜に事件は起きた。西にある武上の国から軍勢が攻め込んできたのだった。直ちに右大臣と左大臣、そして三人の将軍を呼び出して御殿にて会議が開かれた。十人掛けのテーブルに腰を掛けて五人は座っている。

「敵の兵数はいかほどですかな、村定殿」

 阿部広野がテーブルに置かれている飲み物に口を含ませて氏長を見た。

「報告では敵の総兵数一万と聞いております。敵は西南から川を越えて、今浪城を攻撃している模様です」

「こちらの守備兵は?」

「三千の守兵がおります、阿部殿」

「その数では落とされるのも時間の問題ですね、急いで後詰めを送りましょう。吉代野の一万にその任に与えようと思いますが」

 由里が全員の顔を伺った。

「お待ち下さい陛下、吉代野には、北の動きに備えて丸山城に行かせようと思います。私もそれに同行し、そのまま石門の国の大臣と面会して、こちらに攻め入らぬように働きかけたいと思っております」

「ならば、誰を行かせるおつもりか広野殿」

 波田文屋が訝しげに広野を見た。

「兵一万五千を持つ村定殿が適任であろう」

「それについて異存はないが、吉代野殿の兵を五千ほど村定殿の軍に合流させて敵に当たらせれば有利にはたらくと思うのだが」

「それには反対ですな、波田殿。私が石門の国へ訪問したとて、必ず話がまとまるとは限りません。武上の国と結託して、こちらを挟み撃ちにするとも考えられます。それを考えたら北の警備は手薄にできませんぞ」

 左大臣である阿部の実弟である将軍の吉代野が、波田の言葉に待ったを掛けた。

「ならば、荒田殿の戦力を村定殿の所と合流させるしかありませんな」

 尚も波田は村定の軍を有利にさせるために奮闘している。

「お待ち下さい、右大臣。仮に石門の国が攻め込んで吉代野殿と戦闘が始まった場合、一カ所から攻め込んでくるとは限りますまい。敵が二方面で攻め込んできた時に、この国の中央に位置する本城に戦力がいなくてはすぐに対応ができませぬ。したがって、私の戦力を裂くことは危険ですぞ」

 荒田の意見は的確であった。今、石門の国に攻められてはかなり危険な状況におかれてしまう。だが、由里を残して村定が本城を後にするのは些か心配だった。波田文屋は黙り込み腕を組んで考え込んでしまった。

「もっともな意見ですね。では、吉代野の兵は丸山城へ村定の兵は西に攻め込んできている武上の国への対応、荒田は本城で待機これで決定しましょう」

 国王である由里の決定で会議が終了となった。両将軍が直ちに兵を招集して移動を開始した。 由里はこれから逐一報告される情報を的確に判断し命令を行なうために城の中に入った。戦略を練るために大きな地図や、様々な意見交換をする人を配置するために、城の中で一番大きな謁見の間を会議室に選んだ。中には波田とその他の各尚書、そして、用兵の専門家を数人招いて敵の動きに対応できるようにした。

 数時間後。村定の軍が、今浪城を攻撃している武上の国の軍とぶつかったことが報告された。敵はこちらから兵を送ることを予想していたのか、待っていたかの様に何の混乱も無く村定の軍に対応しているようだ。

 日が昇り始め、部屋の中が徐々に明るくなってきた。今の所、北の石門の国からは特に動きは見られず、西の村定軍の方も膠着状態で戦闘が続けられていた。

 部屋の中にいる者達に朝食が出された。由里も食事を取ろうと飲み物に手を出した時だった。 入り口の扉が勢いよく開けられて、皆一斉にそちらを見た。数十人の武装した兵が部屋の中に入り込んできた。

「何事だ、国王様の御前であるぞ!」

 波田文屋が怒鳴り声を上げて兵隊に近づいた。

「火急の用件にて、失礼いたしますぞ右大臣殿」

 開けられた扉の方から声が聞こえると、兵達が真ん中から二つに分かれた。そして、声の主がそこを通って波田に近づいた。荒田赤麻呂だった。

「荒田将軍、火急の用件とは何事だ。それに何だこの兵士達は、無礼であろう!」

 波田が顔を赤くして荒田に怒りをぶつけた後、荒田がいきなり鞘から刀を抜いて波田を上段から切りつけた。左肩から斜めに切られた波田は信じられないと言う顔をして前にいる荒田の着物を掴みながらズルズルと倒れ込んだ。周りにいた者達が一斉に部屋の隅へ下がった。

「でかい声を出さずとも聞こえるわ、うるさい男だ」

 荒田は少し不機嫌な顔をして倒れている波田を一瞥すると、上段の位置にいる由里のもとにゆっくりと近づいてきた。由里は椅子から立ち上がると荒田に冷たい視線を送った。

「既に阿倍の手に落ちていましたか」

「このような状況におかれても冷静さを失っていないとはさすがです。それではご同行願いましょうか」

「その前に波田の傷を何とかさせなさい。右大臣を失ってはこの国にとって大事です」

 歩いて下に降りると波田のもとに座り、傷の具合を確かめた。波田は血を多く失っており危険な状態であった。由里は羽織を脱ぐと波田の傷口に当てて止血を始めた。

「……由里様、私の事は結構でございます。どうかお逃げ下さい」

 波田は息も絶え絶えの状態で由里を見た。

「私の事はどうとでもなります、あなたは死んではなりませんよ文屋」

 周りの者に波田を任せて、由里は立ち上がると荒田を見た。

「連れて行くなら早くしなさい荒田」

「では、ご同行願いましょうか」

 部下の兵に命じ、三人で由里を囲むと出口へ歩き出した。荒田はその前を歩いている。

「あなたが大伴家を裏切るとは意外でした。忠臣と聞いていたのですが」

 歩きながら由里は前を歩く荒田の背中に声をぶつけた。

「今でも忠臣でございますぞ、私は大伴家を裏切ってなどおりません。あなたよりふさわしいお方がおられるからこうしているだけです」

 荒田は前を向いたまま由里の問いに答えた。

「何を言っている、どういう事ですか荒田」

「そのうち分かるでしょう」

 それ以上荒田は何も言わずに歩いた。城の外に出ると馬車が用意されていて由里は三名の兵と共に中に入った。すると馬車が動き始め振動が伝わってきた。乗っている馬車には幌が被せられているために外の様子は分からなかった。

 由里は諦めたように目を瞑り、馬車が目的地に着くの待った。乗り始めた時は肌寒かった中が少し温かくなってきた。太陽が昇り始めたのだろうと由里は思った。

 数時間が経ち、馬車がようやく止まった。幌が開けられると太陽の陽射しが浴びせられてきて、由里は片手を上げて日の光を遮った。

 目の前に大きな館があった。二階建てになっていて、周りは広い庭があり、美しい景観になっていた。敷地は高い漆喰の壁に囲まれていて、その外は多くの木々に覆われている。森の中にこの館はあるようだった。

 そのまま館の中に通されて、ある一室に通されると椅子に座らされた。部屋の中は薄暗く、窓を見ると、外の様子を見れないように板で覆われている。

「では、あなたにはこの館で生活をしていただきます」

 荒田が部屋の中に入ってきて由里を見るとつまらなさそうな顔をした。

「何か不満そうですね荒田」

「そうですな。あなたを殺した方が手っ取り早いと言ったのですが、あのお方がそれを許しませんでしてね。 ……何をお考えなのか」

「あなたの言う事は間違ってはいないと思います。早めに私を始末しないと、きっとあなたは後悔するでしょう」

 由里はいつもの冷静な瞳を荒田に見せた。口は僅かに横に広げている。

「何を考えているか分かりませんが、この場所を知っている者はここにいる兵達と館の主だけです。余計な事はされない方が御身のためだと思いますぞ。ここには多くの兵が配置されていて、ネズミ一匹、館の中には入って来れませんし、外にも出られないでしょう。諦めることですな」

 荒田は由里に背を向けて部屋から出ようとした。

「また会いましょう、荒田」

 由里にそう声を掛けられて、ピタリと歩みを止めたが、やがて低く笑いながら部屋を出た。そして、戸が閉じられると部屋の中は由里ひとりになった。部屋の中は自分が座っている椅子と寝台が置かれている。

 側にある机の上には陶器の水差しがあった。先ほど言った荒田の言う通り、殺すならとっくに殺されているだろう。であればこの水差しの中に毒は入っていないだろうと考えて、由里は水差しを持ち、茶碗に水を注いで飲んだ。

 それから数日経った。部屋の外は、どのような様子か全くわからないために実際にどれくらいの日数が経っているのか由里には分からなかった。

 食事はきちんと用意されてこの部屋に運び込まれている。由里はそれを残すこと無くすべて食している。ただ、この部屋にいると昼なのか夜なのか見当が付かず、眠くなってから睡眠を取っていたために頭が少しぼんやりとしていた。起きている間はずっと椅子に座ってただじっとしていた。

 そんな時、恐らく食事の時間ではないであろう時刻に扉が開かれて一人の男が中に入ってきた。

「この館の居心地はいかがですかな国王様」

 どこかで聞いたことのある声だった。暗い部屋の中だったが、目が慣れているのですぐに誰か由里は分かった。

「日の光が恋しくなってきていますよ、左大臣」

「こんな暗い部屋ではそうなるでしょうな。おい、窓の板をどけろ」

 左大臣である阿部広野は側にいる兵に命じて部屋の窓に貼り付けられていた板を外した。窓から久しぶりの明るい陽射しが入り込んで来たので、由里はしばらくの間そっと目を閉じていた。

「あなたは、石門の国へ使者として訪問の最中ではなかったのですか」

 由里は目を閉じたまま広野に問うた。

「あれから何日経っているとお思いですか。武上の国の軍などあなたがこの館に来てからすぐに帰りましたぞ」

 その言葉を聞いて由里はピクリと反応してゆっくりと目を開けた。目の前には確かに左大臣である阿部広野が椅子に座ってこちらを見ていた。

「なるほど、武上の国の高倉真事と通じていたとは思いませんでしたよ広野」

 その言葉に驚きの表情を広野は浮かべたが、やがてにやりと笑った。

「さすがは先代の義景様が認めたお方だ、ピタリと名まで当てるとは。だからあなたは怖いのだ。早めに手を打っておいて正解だった、あなただったら、いずれこの事は知られていただろう」

「武上の国のことはよく知っているのですよ、特に高倉真事と言う男にはね」

 由里は広野には聞こえない程小さな声でぼそりと呟いた。

「それで、私をこの館に幽閉してどうするつもりですか。いくら左大臣と言えども、この国を乗っ取るのには相当な時間と労力、そして銭が動くでしょう」

「それは、私がただの左大臣である阿部広野であった場合の話ですな」

 広野は余裕を持った表情で由里を見た。

「その自信たっぷりの言葉は何処から来てるのですか? 何か特別な策でもあると?」

「策など労してはおりません、ただ事実のみがあるだけでしてね」

 由里には、国王である自分を幽閉してまで危険を冒しているのに、自信を持って自分の前に姿を現している広野を理解できなかった。

 その表情を読み取って、広野は更に満足げな顔になった。

「では、少し昔話をしましょう。今から三十一年前の春、当時ご健在であった大伴義景国王の世継ぎをもうけようと、六名の女子が選ばれて毎夜の房事の相手を務めていました」

「聞いたことがあります。しかし、義景には子を作る能力が無く、頓挫したと―」

 広野は嬉しそうな顔で、由里が言い終わる前に被すように話を続けた。

「それは表向きの話でしてね。実はその内の一名の女子に新たな命が宿ったのですよ」

 由里の目が見開いまま何も言えずに固まってしまった。掌がギュッと自分の着物をつかんでいる。

「その事は当時の右大臣である、阿部犬麻呂によって隠され、翌年に義景様のお子を出産したのです。その赤子は犬麻呂の家で育てられて現在は三十歳となり、この国の重要な役職を受けております」

 更に大きく目が開かれて、由里の体は震えていた。

「……まさか」

「そう、そのまさかです国王様。いえ、正確には義理と言えど母上とお呼びしたら良いですかな」

 広野は立ち上がって震えている由里の側に来ると、前にかがんで由里の顔をのぞき込んだ。

「しかし、そんな証拠は……」

「あるんですよ。当時計画が頓挫したため、義景様からその女子らにせめてもの詫びとして王だけが持つ事が許された玉を渡しているんです。しかし、それだけでは私が王になる資格が不足していましてね。ですからあなたをこの館にいて貰っていたのですよ」

 由里はその言葉を聞いて一つの物を思い浮かんだのだった。

「なるほど、あれが必要なのですね」

 その言葉を発してようやく由里は自分を取り戻した。

「そうです、この国の国王の象徴。『蒼月の短刀』です。それは何処に隠されたのです?」

「……さあ、何処にやったのでしょう? 義景が亡くなってから慌ただしい日々が続いていたので忘れてしまいました」

 広野は少しムッとした顔を覗かせたが、気を取り直して由里に背を向けた。

「御殿の中をしらみつぶしに探させていたのですがね、何処を探しても見つからない。勿論城の中も探していたのですがやはり見つかりませんでした。何処へやったのですかね」

 由里はピクリと反応して、広野の背中を見つめた。

「……そう、そう。義景様がたいそう気に入っていたあの部屋も、調度品をひっくり返して探させていたので、部屋の中が滅茶苦茶になってしまいました。まあ、その内かたづけさせますがね」

 ニヤリと笑って広野は振り返り由里を見下ろしている。その表情を見た由里の心の中は、黒い感情が芽生えていた。

「あまり強情を張らない方があなたのためですよ。私がいつまでも善人でいられるとは限りませんぞ。その内痛い思いをすることになる、そうなる前に早く白状するんですな」

 笑い声を上げて広野は部屋を出るとすぐに扉は閉じられた。同時に窓からの光も遮られて部屋の中は再び闇に覆われた。由里は小さく溜息をすると目を閉じた。

 広野がこの部屋から去って数時間が経ち、夕食を用意されて由里は食事をとった。しかし、さすがの彼女でも、あまり食事が喉を通らずほとんどを残して終えた。深夜に入ったであろう時間帯に由里が寝台に寝そべって睡眠を取っていると、扉の向こうで僅かに闘争の気配を感じて由里は体を起こした。

 しばらくして、扉が静かに開いた。扉の向こうに五名の男達が立っている。手にはそれぞれ武器を手に持っていた。その内の一名が由里の元へ歩き出して目の前で止まる。

「えーと、あんたが国王の由里さんかい?」

 その男はまだ若く二十代前半ぐらいに見えた。

「そうです。あなた方は?」

 由里がそう答えると、男は大きく息を吐いて両足の膝に手を置いてかがんだ。

「ふー! やっと見つかったか。随分苦労して探したんだぜ、あんたをさ。俺は青影の頭を務めている十夜って言う者だ。親父の田祁麻呂に言われてあんたに合いにいったらよ、国王が連れ去られたってんで城の中は大騒ぎでよ。こりゃ、やべえってんで、うちのもん全員使ってようやくここを見つけたんだ。怪我はないかい国王さん」

 十夜の言葉に微塵も緊張が感じられず、由里は思わず小さく笑ってしまった。

「んあ? 何だい、急に笑い出して。どっかやられてんのか?」

「いいえ、ちょっとあなたがおかしくて」

「え? 初対面の奴に失礼な言い草だな」

 十夜は少し怪訝な表情をして右手で後頭部の辺りを掻いている。

「ごめんなさい、十夜。私を助けに来てくれたのね。よくここに来れたわね、警護が厳しいと聞いていたのだけれど」

「ああ、それが俺達の仕事だからな、わけねえよ」

「外の警備はどれ位なの?」

「三百人程が屋敷の周りを警護しているよ。俺の仲間は百名ほどいるんだが、あんたを救出したら合図を出してこの館に突っ込む手筈だ」

「少し人数が足りないわね、味方の損害が大きくなりそうね」

「問題はそこなんだよ! せっかく人数が増えてきてこれからだって時だったんだが、これで減ってしまうとキツいんだよな」

 その言い方がおかしくて、再び由里は小さく笑った。

「剣を二振り私にくれるかしら」

「え? そりゃ、あるけどあんたに使えるのか?」

「問題無いわ」

 由里の答えに、十夜は首をかしげながらも部下に命じて、刀を二振り渡した。由里は刀をもらうと両手に刀を持ち、軽く振って重さを確かめた。

「では行きましょうか十夜」

「お、おう。じゃあ、これから外へ出て、合図を出したら敷地の外へ走り出すから着いてきてくれ。あんまり無理をしねえでくれよ? 助けたばかりで死なれちゃたまらねえからよ」

「分かりました、用心します」

 十夜を先頭に部屋を出ると警護をして兵士達が数人倒れている。それを乗り越えて出口の扉を開いて外に出た。

 少し月に雲がかかってはいるが、外の様子は見て取れた。一人の男が懐から、三十センチほどの長さで片手で持てるほどの太さの、紙で出来た筒を取り出した。もう一人の男が筒の下部に垂れ下がっている撚り合わせた紙に火をつけると、シューっと音を立てて火花が散った。

 火花が筒の中に入った瞬間、ポンと音を立てて中から光が飛び出すと、十メートル上空で爆発して大きな光が広がった。これが先ほど十夜が言っていた合図だ。

 先ほどの爆発音で敷地内にいた警護兵がバラバラでこちらに走ってくる。それを無視するかのように十夜達は敷地の出口を目指して走り出した。由里もその後ろを着いて行く。

 途中で何名かの警護兵が襲ってきたが、十夜達が走りながら蹴散らしている。口は悪いがなかなかの腕前だ。しかし、敷地の門を出ると敵の警護兵が二十名ほど固まって行く手を塞いでいる。思わず十夜は走るのを止めて警護兵のかたまりを見つめた。

「まずいな、ちょっと人数が多いな」

 十夜は息を切らしながら呟いた。

「残りの味方はその後方で戦っているようですね、声が聞こえます」

 由里はこの状況でも冷静で、息一つも切らしてはいない。

「そんな感じだな。ここを突破しちまえば何とかなるだが。……仕方ねえ俺が突っ込んで突破口を開くから、お前達は国王さんを守って抜けろや」

 十夜が神妙な顔つきで前を見ながら部下に命じた。

「その必要はありませんよ、十夜」

 由里が両手に持っている刀を下にぶら下げると十夜の前に出た。

「おい、何やってんだ。危ねえから後ろに下がって── ちょぉぉぉ!」

 十夜が言い終わる前に、由里は警護兵のかたまりに向かって走り出した。後方で十夜の悲鳴が聞こえる。前方では女が一人で走って来るのを怪訝な表情をして兵士達が見ている。

 由里は兵士達の手前二メートルほどの距離までに近づくと高く跳躍した。前の方にいる兵はポカンと口を開けて自分達を飛び越えていく由里を眺めている。由里は兵士達のかたまりの真ん中辺りに着地すると、凄まじい勢いで両手の刀を振り回した。

 切りつけられた兵士達は叫び声を上げると血飛沫を噴き出して次々と倒れていく。ようやく事態を飲み込んだ兵士達は、持っている刀を由里に向かって切りつけ始めた。

 由里は向かってくる兵士達の間を素早く走り抜けるとすれ違いざまに刀を横に振るう。すると三人ほどがガクリと倒れ込む。更に二人が同時に由里に向かって来る。左側の一人が切り込んでくるのを、由里は左に持っていた刀で受け流すと、右から来たもう一人を左足で跳躍すると同時に右足で蹴りつけて吹き飛ばした。先ほど剣を受け流された兵士はたたらを踏んでいる。その背後を由里は右手で切り倒す。素早く後ろを向くと蹴飛ばした兵士が起き上がろうとしている。その前に由里は走り出してその兵士の首を切りつけてすれ違った。兵士の首から派手に血飛沫が宙を舞っている。

「すげえ、なんだありゃ?」

 国王が、しかも、か弱き女性である由里を助けるためにここに来ているのに、目の前で派手に戦っているのは誰なのか。まるで舞を舞っているような動きで次々と敵を倒している。十夜と部下達は呆然と見つめていた。

 結局、由里が一人で二十人いた兵士達を倒してしまった。由里は動きを止めて、倒れている兵士達の様子を見ている。目の前の一人が起き上がろうとした刹那、由里は右手に持っていた刀で兵士の胸を貫いてとどめを刺した。刺された兵士はガクリと仰向けに倒れた。

「何をボケッとしているのです、行きますよ十夜」

 由里に声をかけられて、ようやく十夜は動くことが出来た。

「あんた一体何者だ?」

 由里に近づきながら、あきれた様に十夜は見た。

「国務より少しばかり武芸が達者なのですよ」

 由里は少し行きを切らしているようで僅かに両肩が上下している。

「少しどころじゃねえだろう、姐さん強すぎるぜ! これだったら、俺達が来なくても一人で逃げれたんじゃねえのかい?」

「そんなことはありませんよ十夜、さすがに三百人もいたら私一人では、到底逃げおおせることは不可能でしょう、来てくれて感謝します。でも戦闘は続いていますよ、残りの敵兵も倒してしまいましょう」

 由里は、残りの青陰の者達が戦っている方向へ体を向けるとゆっくりと歩き出した。十夜達も慌てて由里の後ろを追いかけた。

 それから一時間が経ち、ようやく戦闘が終わった。周りを見渡すと立っているのは由里と青陰の者達だけだった。皆息を切らして座り込んでいる。

「ようやく終わったか、いや~、疲れたぜ」

 十夜も座り込んで、腰に着けてる水の入った瓢箪の栓を抜いて飲み始めた。飲み終わると由里にそれを渡した。由里は受け取ると水を飲んだ。

「大した姐さんだ。見た目はいい女だが、中身は男以上の猛者だな」

 十夜の言葉に周りの者達も頷いている、戦いぶりを見た青陰の者達は、最早誰一人として由里をか弱き女性と見ていなかった。

「城の様子が気になります。どうなっているか分かりますか十夜」

「それだったら、親父が探ってある。姐さんを救出次第、この森を抜けた所で待ち合わせるようにと言われているんだ。じゃあ、急ぐとするか。おい、お前ら行くぞ!」

 十夜がかけ声を上げると皆立ち上がって馬を繋いである所まで移動して乗り込んだ。由里は十夜の後ろに座り移動した。

 森を抜けた所で、目の前には軍勢が待ち受けていた。見たところおよそ二千ほどだった。その前に見たことのある人物が二人、膝を地に着けて由里を迎えている。由里は馬から降りると二人の前まで移動した。後ろには十夜が着いてきている。

「無事でしたか村定」

「はい、武上の国の軍勢が引いた後、国王様が連れ去られたことを、ここいる田祁麻呂殿に知らされまして。城には戻らず兵を待機させておりました。国王様もご無事で何よりで御座います」

「田祁麻呂殿、ありがとうございます。あなたのおかげで助かりました」

「とんでもございません。しかし御身が無事で本当に良かったです。どうやら愚息が役に立ったようで何よりです」

 二人共顔を上げて喜んでいた。由里も微笑んでいる。

「えっとさぁ、親父。役には立ったかもしれねえんだけど、……逆に助かったって言うか」

 十夜が困った顔をして、館から救出した話を田祁麻呂に説明した。聞き終わった田祁麻呂とその横にいた村定は、驚いて思わず立ち上がっていた。

「そのような武術をお持ちになっていたとは、驚きましたな」

 村定が目を丸くして由里を見ている。

「特に隠していた訳では無かったのですが、披露するものでもありませんですし」

「相当な稽古を積んでおられたのですな」

「幼き頃から武術は習っておりました。……それよりも城の事が気になります。どうなっているのですか田祁麻呂殿」

「はい、中に潜入して調べましたところ、左大臣の阿部広野が、先代の王、義景様の嫡子であると声を高らかに上げておりまして、証拠の品を国の重鎮達に見せて取り込んでいるところでありました」

「それは私も田祁麻呂殿に聞いて驚いておりますが、本当なのでしょうか?」

 村定が半ば信じられないという顔をして由里を見た。

「どうやら、本当らしいのです」

 由里は館で広野と話をした事実を二人に語った。

「なるほど、そんな事があったとは。しかし、義景様を利用してそのような暴挙に出るなど言語道断、到底許されるものではありません」

 村定が顔を赤くして怒りをあらわにした。

「そして、由里様。広野は青い短剣を探せとか、何やら騒いでおりましてかなり焦っておりましたぞ」

「そうだ、正統な国王の印である蒼月の短剣か! それを持っていなければ認めることにはなりません。と言うことは由里様がお持ちになっているのですか? それともどこかに隠されておいでで?」

 こちら側が有利に立っていることに気がついて、興奮気味に村定は由里を見た。

「短刀と言えば国王様。この間、廃屋でお会いした際にお忘れ物をされておりましたゆえ、お持ちしました」 

 田祁麻呂はそう言って懐から鞘に収められている短刀を由里に差し出した。

「こ、これは! 蒼月の短剣ではございませんか!」

「何とこれがそうなのですか!」

 二人共目をひん剥いて驚いている。周りの者達もあっけにとられて固まっている。

「こんな事があるかもしれぬと予想しておりましたので、あの時に置いていったのですよ。あの廃屋ならば、他の者に知られぬだろうと思いまして」

 由里はさして気にとめることも無くサラリと言って短刀の鞘を抜いた。短刀の刃は綺麗な薄い青色をしており、月夜に照らされて光っている。

「さて、村定。あなたの残り兵は今何処におりますか?」

「はい、ここより十キロ先にて横に長く陣を構え、こちら側に敵が来れないように数百単位で物見を出しております」

「分かりました。では、これより本城にいる阿部広野を討ち、混乱を収束させに行きましょう。それには一つ策があります、聞いて下さい」

 由里は説明を始めた。

「まず、村定の軍勢は本城である千乃葉城に攻め込む気配を見せるために、城の近くまで移動して下さい。向こうから敵が来た場合、戦う素振りを見せながらも、引いては押すを繰り返して時間を稼いで下さい。そして、私と青陰の者達は、本城から繋がっている脱出用の地下道がありますので、そこを通り城の内部に侵入して、広野を討ちます。なるべく同じ国の兵を傷つけたくは無かったのですが、仕方ありません、来る者は容赦なく倒します」

 今までいつも冷静な目をしていた由里だったが、ここにきて、言葉が僅かだが強よくなっていた。

 明け方になり、先に村定の兵士達一万五千が千乃葉城に向けて北に進軍を始めた。由里と青陰の百名は、村定の軍の後方を着いて行くと、途中から右回りで追い越して地下道の入り口を目指した。

 この地下道は城にいる重鎮達なら誰でも知っている訳ではない。国王と以下の右大臣と左大臣のみが知る秘密の地下道である。ならば当然左大臣の阿部広野も警戒しているだろうと考えるが、由里が幽閉されていた館の警護兵は全滅させているので、由里が脱出いるのをまだ知らされてはいないだろうと由里は考えている。

 地下道の入り口は千乃葉城から東へ一キロの所に小さな森がある。その中には民が使う共同墓地があり、その敷地内の一番奥にある無縁仏が埋葬されている墓石を動かすと地下に通じる階段があるのだった。

 由里達は森の中に入った。念のために青陰の者を墓地の偵察に行かせたところ、墓地には人の気配は無いとの報告が入り、すぐに墓地へ向かった。だが、敷地内に入ったところで状況が一変した。

 後方からかなりの数の馬が走る足音が聞こえてきて墓地の中に入ってきた。その後ろからも歩兵隊が駆けてくる。

「なるほど、墓地に我々の知らぬ抜け道があり、国王様の命を狙う賊が入るので滅せよと命令を受けて来てみたが、どうやら間に合ったようだな」

 隊長らしき男が馬から降りて鞘から刀を抜いた。

「あなたはこの隊の隊長ですね。私が国王の大伴由里です、刀を戻して下がりなさい」

 由里は一歩前に出て隊長の男に命じた。だが、男は声を上げて笑い出した。

「馬鹿を申すな。この小さな隊の長では国王様を見かける立場に無いが、そのような戯れ言を信じる俺ではない」

 下々の兵士達には、由里が捕らえられて幽閉されていたことは聞かされていないようだった。

 後方からは次々と兵が到着している。数にしておよそ百名ほどだった。

「お願いです聞いて下さい。私は左大臣の阿部広野に捕らえられて南側にある広野の館で幽閉されていました。それを何とかこの方達に助けられてここまで来たのです。それに、国王とその下にいる右大臣と左大臣しか知らない秘密の地下道をただの賊が知っている訳はないと思いませんか?」

 由里が必死になって説得しているが、周りの兵達はまともに聞いている者などいなかった。

「戯れ言など聞く耳を持たぬ。突撃せよ!」

 命令が下されると、後ろに控えていた兵達が一斉に由里達を襲った。青陰の者達がそれを迎え撃ち、乱戦の様相になっていく。その内の二十名ほどが由里を中心になって囲み守っている。

「国王様、ここは私に任せて先へ行って下さい。でなければこの混乱は収拾できませぬ」 

 田祁麻呂と十夜が前に出て由里を守る形をとっている。

「仕方ありません。十夜は何人か連れて私と共に来て下さい」

 由里に指示されて、十夜は部下を五名呼ぶと、縦二メートル横三メートルほどの無縁仏の墓石の前に立った。

「姉さん、これはどうやったら動かせるんだ? 俺達だけじゃ動かないぜ」

 十夜は墓石に右手を置いて押す仕草を由里に見せた。

「すぐ開けます、少し待っていて」

 由里は墓石の裏に回り込んで足元にある直径三十センチほどの石を見つけるとそれを足で上から踏みつけた。石は地中に潜り込むと地面がかすかに揺れだすと、墓石が鈍い音をたてて前方に動いた。墓石が立っていた場所には、下に降りる階段があった。

「中に入って下さい、階段を降りると城に通じる通路があります」

 由里を先頭にして十夜、田祁麻呂、そして青陰の者達が入って行った。

 階段を降りると、真っ直ぐ城の方向へ通路が広がっている。通路の幅は意外と広く、四人が横に並んで歩いても余裕がある。天井までの高さも二メートルほどあり、壁の両端が点々と火が付いていてかなり明るかった。

 由里を先頭にして皆が歩き始めた。

「すげえ、これは一体どうなってんだい姐さん?」

「扉を開けると、天井の両端に流れている油に火がつく仕組みになっています。油が切れてしまえば自然と消えるのです」

「先代の国王様が命令して作ったのかい?」

 皆、不思議そうに通路を眺めている。

「考案したのは私です。こういうこともあるだろうと思い、お願いしたのですが役に立ちましたね」

「へ~、姐さんはすげえな。武術だけじゃなくてこんなことも考えられるのか」

「私は元々学者です。武術は家柄が関係していてやっていただけなのですよ」

「この通路は、城のどこに繋がっているんだい?」

「城内の食料庫に繋がっています。逃げるときに少しでも持って行ければ、ひもじい思いはしなくてすみますから」

 やがて前方に登りの階段が見えてきた。先頭を十夜が変わり、由里は列の真ん中で皆に守られる形で階段を上った。

 十夜が扉を上に持ち上げて地上に出たが、その背中からは緊張をしているのが由里には分かった。前から順々に地上へ出て由里も上がり、様子を見てその理由を理解した。

 食料庫には五十名程の兵が待ち受けていて、その真ん中で、知った顔の男が腕を組んで胡床に座っている。

「ほ~う。広野様に言われて半信半疑でここに座って待っていたが、本当に来るとは思わなかった。国王様を救出したのは周りにいるお前達だな? あの警備の中を抜け出るとは大したものだ」

「また会えましたね、荒田」

「随分と余裕ですな国王様、その人数では、殺されに来たとしか思えませんが」

「抜け出たんじゃねえ、全滅させて出て来たんだよ。この国の兵隊も大したことねえな」

 十夜が一歩前に出て刀を構えた。田祁麻呂と他の者も由里を守るように武器を構えた。

「広野から話は聞いているのですか荒田」

「もちろんです。あの方こそ正統な国王と私は考えますね」

「義景様を騙したと知っていて、尚もそのようなことが言えるのですか?」

 由里は僅かに震えながら荒田を睨んだ。

「私はね、元々女のあんたが国王になるのには反対でね、それをあの老いぼれの先代王は、何を血迷ったか、お前なんぞに王の座を譲りやがって。相当お前の体が良かったのかね? 丁度良い、この機会にこいつらを始末した後に試してやろう。おい、お前達この女以外は殺して良いぞ。女は生け捕りにして謁見の間に連れてこい」

 そう言って荒田は兵達の中を抜けて食料庫から出て行った。

 十夜は荒田の言葉を聞いた後、背後から凄まじい殺気を感じた。恐る恐る背後を振り返るとあの冷静な瞳で感情を表に出していなかった由里の表情が、一変して怒りの表情に変わっていた。

「あなた達、前を開けなさい」

 由里の殺気が伝わったのか、青陰の者達はサッと前を開ける。それを見て十夜は慌てて由里をなだめようと両手を由里の肩に触れようとしたが、由里と目が合うとビックリして思わず両手を上げて道を譲った。

 由里はゆっくりと、腰に付けていた鞘から刀を二本抜いて兵士達に向かって歩き出した。兵士達もこちらに向かって一斉に走り出してきた。

 数分後、辺りは血の海になっていた。圧倒的な青陰の者達、いや、由里の攻撃力で立っている荒田の兵士は一人もいなかった。

「さっき、荒田は謁見の間と言っていましたね。行きますよ十夜」

 由里は、全身に切りまくった兵士達の返り血を浴びて真っ赤だった。それを全く気にせずに歩きながら二本の刀に着いた血と脂を着ている着物で無造作に振っている。十夜達は慌てて由里を囲み一緒に歩いた。

 食料庫を出て城の内部に入ると、中にいる臣下達が血まみれの女の姿を見て、唖然として通路の壁の際に寄りかかりその様子を見ていたが、それが由里だと分かると帰還を喜び、後ろから着いて来る者がかなりいた。

 階段を上がり、そのまま通路を直進すると謁見の間の扉がある。先頭にいる十夜が勢いよく扉を開けると、中にいた者が一斉にこちらを見た。

 正面の高台の椅子に広野が何事だと言う顔でこちらを見ている。段の下では荒田が膝を着いていて首だけこちらを見た。

「そんな、馬鹿な。その人数で私の兵士達を倒してきたのか、五十はいたのだぞ!」

 荒田は驚きながらゆっくりとこちらを向いて立ち上がった。。

「どういう事だ荒田! その女を捕まえたと言っていたではないか。何故、無事でいるのだ」

 広野は驚いて椅子から立ち上がると部屋の端へ逃げようとした。そして、この部屋にいる臣下達も慌てて動きだした。

「静まれ!」

 場内を由里のでかい声が響き渡った。初めて大きな声を出した由里の声に、臣下達はピタリと動きを止めた。

「阿部広野、荒田赤麻呂。お前達二人は絶対に許さん。十夜!」

「はい、姐さん!」

「広野と荒田は私がやる、お前達は残りの臣下達が逃げないよう出口を塞げ!」

「お任せ下さい。思う存分やってください」

 十夜は返事をすると、部下達に出口を封鎖させるように手を振って命じた。すると、青陰の者達以外の由里の帰還を喜んでいた臣下達もそれを見て一緒に動き出して出口を封鎖した。

「ハハハハハ! 何を言うかと思えば、お前が俺を倒すだと? 女子の分際で何ができる。やれるものならやって貰おうか!」

 荒田は笑いながら鞘から刀を抜くと由里に向かって一歩踏み込んだ。その瞬間、由里は素早い動きで荒田とすれ違うと両手に持っていた刀を振った。そして一瞬の間が開いた後、刀を持っていた右手の肘から先がゴトリと床に落ちた。

 荒田は叫びを上げて床に両膝をついた。右手の切られた箇所から血が噴き出している。

 由里は、後ろで叫びを上げている荒田を無視すると、前にいる広野を睨み付けながら近づいていった。

「うわぁぁぁぁ、来るな!」

 広野が後ろに下がりながら、刀を抜いて振り回している。

「私に対しての無礼はまだ許せる。だが、あの人を侮辱したのは絶対に許さん!」

 広野が必死に刀を振り回しているのに、由里は全く動じずにさらに近づく。

「分かった、私がわるかった! 王になんぞならん! だから、許し─ 」

 広野が言い終わる前に、由里は無言で右手に持っている刀を、左から右に振った。すると広野の右手首から先が宙に投げ出されて、弧を描いて床に落ちた。広野は床に尻をついて、あまりの痛みに喚いている。

「この中で私の命令を聞く者はいるか!」

 由里は大声を出して、周りにいる臣下達を睨み付けた。するとその場にいた全員が膝を着いて頭を下げた。

「国王様!」

 一人の男が顔を上げて由里を見た。

「誰だ、名を言え」

「はっ! 荒田の副官をしております、中村遠見と申します。上官の命とは言え、反旗を翻した罪は受けまする。しかし、今は外で阿部吉代野と村定岩雄の両将軍が戦闘中であります。ここは一刻も早く止めねばなりません。どうか私めにその任をお与え下さい」

 由里は中村の進言を聞くと、下を向いていつもの表情に戻した。

「いいでしょう。吉代野の背後に回って攻撃をしなさい。必ず吉代野の首を持ってくるように」

「かしこまりました。直ちに行って参ります」

 中村は立ち上がり一礼すると走って出口をでた。

「誰か、その二人を医師の所へ。血が止まり次第、牢に入れるように」

 臣下の者達が数人動き出して二人を連れて部屋を出た。由里はそれを確認すると後ろを向いて歩き出した。そして王の椅子に近づいて手で触れると、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

「広野の出生の事は聞いていますね。それと荒田の件も含めて、話し合いを行ないますので、各省の責任者を至急この謁見の間に集めなさい」

 この後、阿部広野と荒田赤麻呂両名の処分が話し合われた。広野は先代王の血を引いているとはいえ、国王である由里を拉致、監禁を行なった罪は重く、情状酌量の余地は無しとして、取り調べの後打ち首と決まった。荒田に関しては同じく打ち首と決まったが、その下の多くの兵士も命令とはいえ国王に反旗を翻した罪は許される事ではないとの意見が多く、処刑するべきとの声が多かった。だが、上の命令は絶対という軍の決まりが災いをしていたので、それについては由里が皆を説得して罪を問わないと決まった。

 会議の終わり頃に、阿部吉代野の軍が、中村遠見と村定岩雄の軍に挟撃を受けて敗北したとの一報を知らされた。吉代野は中村によって首を落とされ、それが済むと中村も自身の腹を切り命を絶ったと言う報告を受けた。これによって今回の事件は一応の決着と見たが、武上の国がどこまで関わっているのか、それは今後、広野の取り調べを待つことになる。

 三日後、由里は右大臣の波田文屋の屋敷を訪れていた。幸い文屋の命は何とか繋がり今は自宅で静養をしている。

「ご心配をおかけしました。今回の事件は一応解決となりましたが、あなたに大怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした」

 由里は文屋が寝ている寝台の側の椅子に腰掛けて頭を下げた。

「とんでもございません国王様! どうか頭をお上げ下さい」

 文屋は上半身だけ体を起こしながら恐縮している。

「それにしても、あの当時の右大臣であった、阿部犬麻呂が関係していたとは驚きです。そして武上の国も裏で糸を引いていたとは、この事件は意外と奥が深そうですな」

「そうですね、それについては先ほど話しをした『青陰』に探って貰おうと思います。では私はこれで失礼させてもらいます。あなたはゆっくりと静養をして下さい」

 由里が椅子から立ち上がると、波田も立ち上がろうとしたために、由里は両手で波田の肩を押さえてそれを制した。そして、波田に一礼すると館を出て再び自分の御殿に戻った。

 従者を控えさせて一人で部屋に入る。暖かい日だまりが由里を包んだ。由里は夫が寝ていた寝台に腰をかけると、一つ溜息をついた。すると秋らしい乾いた風が由里の顔にあたり、ふと窓を見たが戸は締っていた。何事かと不思議に思い、しばらくの間部屋の様子を見ていたが、一瞬だけ何かを感じた由里は、小さく微笑んで下を向くと、寝台に手を置いて優しく撫でた。


       彩の国(さいのくに)

 空は雲が厚くかかり、北に見える山々は薄白く、そこからは冷たい風が地面に吹きつけ季節が変わったことを知らせている。この国は北から西にかけて高い山々が連なり、冬になるとこの大陸で最初に雪が降る。

 小さな雪がまばらになって飛んでいる中で、一枚の欠けた木の葉が舞っていた。だんだんと風の勢いが弱まってくると、少しずつ地面に向かって落ちていく。

 落ちて行く先には二人の旅人が馬に乗り、横に並んで移動していた。風が止むと、木の葉はユラユラと揺れながら落ちていき、右にいる男の右肩に乗った。しばらくの間離れずにいたのだが、男が頭に被せている笠を右手で少し上げて、北の山々を見上げるとハラリと落ちた。

「やっぱりこっちは風が冷たいな、外套を持って来て良かった。俺はいらんと言ったのだが、梶尚がうるさく言っていたのを素直に聞いて良かった」

 阿縣刀良は一度鼻を啜ると顔を空に向けた。

「……これは何の毛なのだ、刀良」

 いらないと言った後に「素直に聞いた」と矛盾している言葉に少し戸惑いながらも、千脇武彦は自分の体を覆っている毛皮を撫でながら刀良を見た。

「ん? ああ、これは熊の毛皮だ。あいつらが冬眠する前に随分と試し斬りをさせてもらったからな、いくつか作ってもらったんだ。お前は南の方で育っているから分からんだろうが、?の北側は結構寒いんだよ。真冬になると北平の国と、この彩の国は雪が降って移動が困難になる。だから、今のうちに此所と白羽の国の国王に挨拶に行くのだがな。しかし、助かったぜ、お前が白羽の国の国王と面識があって。俺一人ではいくら王族でもなかなか会ってはもらえないだろうぜ」

「武上の国と白羽の国は国王同士の仲が良くてな。俺もその時は第三王子だったので向こうとは良く行き来していたのだ」

 北平の国は、隣の彩の国と十年前から同盟を結んでいた。彩の国には、数年前から刀良が梶尚を連れて毎年挨拶に出向いていた。その際の土産品は先に届けられて、後に刀良達が出向いている。

 今回は武上の国が白羽の国へ突然攻め込んだと梟から報告が入り、それを聞いた武彦が、国王である真桑に手を組むように進言したのが始まりだった。白羽の国は?の中でも、経済や穀物の収穫などで一番豊かな国である。昔から中立の立場を取り、他国に攻め込む事はせず、交易を盛んにする政策をとっていた。その甲斐あって、切っても切れぬ関係を他国と結んでいる。

 例えば、他国に対しての銭の貸し借りが上げられる。?では共通の銭が存在していて、それで交易を行なっている。むろん、金や銀なども取引の材料として使われてはいるが、希少性が高いためにあまり頻繁には使われてはいない。あまり作物の取れない北側の国では銭で南側の国から必要な作物を買い付ける、その際に白羽の国から一時借り受けて買い付けるケースがあるのだった。逆に北には馬の一大生産地があり、南には馬はほとんどいないので買い付ける際にやはり白羽の国から銭を借り受けて馬を買い付けるケースがある。

 今回の武上の国の侵攻は恐らくその借金を反故にするために動いたのかもしれないと武彦は考えていた。一方的に攻撃を受けている白羽の国に手を差し伸べれば、後々北平の国に有利にはたらくはずであることを武彦は進言し、刀良と共に旅に出たのである。

 前方に集落が見えてきた。古无呂村(こむろむら)という。この村は宿が多く旅人の休息地となっていて、温泉も湧き出ている。

 ?の北の位置にある彩の国は山々に囲まれ、あまり多くの作物が採れない地域なのである。なので国として決して豊かな国では無いために交易もほとんどされていなかった。それを今から三代前の国王である犬養都木麻呂(いぬかい つきまろ)が国内にしか生息していない植物が豊富にある事に着目して、それを薬に使えないか家臣達に命じて始めたのが最初である。そして、この彩の国は、今や?の中で薬の一大生産地にまでなったのである。それから、歴代の王達が優秀な人材を集めて薬師に育て上げ、今までに無かった薬を次々と誕生させている。現在でも多額の報奨金目的で他国からも人が集まってきていた。

 そして、多くの温泉郷があるので、他国から湯治に訪れる人も多く、その収益の金額も莫大なものになっている。薬と温泉のおかげでこの彩の国はかなり豊かな国に生まれ変わったのだ。 宿に到着した二人は旅の疲れを癒やすために、のんびりと湯に浸かっていた。

 湯船は十畳ほどの大きさで、床の部分は滑らかな一枚岩を敷き。周りは様々な大きさの石を湯が漏れないように組上げられている。

「どうだ、初めての温泉は。なかなか気持ちの良い物だろう?」

 刀良は一旦湯から出て、湯船の周りにある石に腰掛けた。

「この気温だからな、体が温まって気分的に良いな。南では逆に暑くて長くは入れん」

 武彦は浸かっている湯を手ですくって顔を洗った。

「そうだろうな。俺は南側には行ったことがないが、夏などはどうなんだ?」

「蒸し暑いな。ジッとしているだけでも汗が噴き出てくる。調練などをしていると兵の何人かは必ず倒れる奴が出てくるほどだ」

「それは辛いな、俺は暑いのが苦手なんだ。南の攻略はお前に任せるかな」

 刀良は苦い顔をして肩をすくめた。

「仮に白羽の国と盟約を結んだとして、最初の石門の国を制したら残りは南側の二国だ。お前がいないと話にならん」

「分かっているさ、言ってみただけだ。雪が溶けたら本格的に行動開始だ、頼むぜ武彦」

「ああ、幸い預かっている騎馬隊の調練は一通り終わっているし問題無いだろう。武上の国にいたときの騎馬隊よりもこちらの方の出来が良いほどだ」

「ほう、何が違うんだ武彦?」

「まず、馬の質が南側とは大きく違う。こちらは体は大きくて、走る速さも持久力も上だ。さすがだな、昔から?以外の国の馬を仕入れて、こちらの馬と掛け合わせただけのことはある。それと、北平の国の民は、子供の頃から馬に乗り慣れ親しんで来ている。南側は階級の上の者達を騎馬隊に編成しているからそもそもの始まりから違うのだ。これはかなりの差だぞ」

「その割には、お前の騎馬術はなかなかのものだぞ。俺達との差は全く感じない」

「俺は王族だったからな。子供の頃から乗っていたし、師匠が良かった」

「ああ、例の総司令官の男か。軍事面は全てその男から教わったのか?」

 刀良は肌寒さを感じて再び湯の中に入った。

「いや、もう一人いたんだ。強烈な人物だった、剣術もほとんどその人の影響が大きかったし、軍学もあの男以上だった」

 武彦は湯に浸かったまま後ろに下がると、背中に当たった石組に寄りかかって頭を上げた。空には多くの星々が光を放っている。

「そいつ、すげえじゃねえか。今でも武上の国にいるのか?」

「いや、あそこからは出て行った」

「もったいねえな、俺だったら放っておかないぞ」

「女性だったのだ。軍には入れんし、あの男とはソリが合わせなかった」

「なるほどな。ソリが合わんと言ったが、その男とは何か関係があったのか?」

「兄妹だったのだ。兄が軍で頭角を現すと仲が悪くなって出て行ったのだ」

「今は何をしているんだ?」

「全く分かっていない、消息不明だな」

「そうか、そう言う人材こそ、うちに欲しいのだがな」

「いない人間の話をしても仕方ない、そろそろ出よう刀良」

 二人は湯から出ると体を拭き、脱いでいた着物を着ると宿の中に入った。通路を通り、客が出入りする玄関を抜けると自室に戻った。

 翌日の早朝に二人は宿を後にして、目的地の鳳仙城を目指し出発した。風がやみ、比較的温かい日になっていた。少し馬の速度を上げて進んだ二人は夕刻になって鳳仙城に到着したのだった。

 刀良は自分の名を名乗った。話が通っていたのか門番の兵は頭を下げて二人を案内し始めて城の門をくぐった。

「刀良様!」

 抑揚のある大きな声で、一人の少女が刀良に駆け寄り、勢いよく抱きついた。

「おおっと! 久しぶりだな雅。相変わらず小さいな」

 刀良は雅という少女の肩に両手を置いて笑った。

「もう。刀良様が大きすぎるのです! これでも昨年よりは伸びたのですよ」

 雅は頬を膨らませて上目づかいで刀良を睨んだ。

「そうなのか、まあ許せ。それよりも俺達が到着したのが良く分かったな」

「勿論です。数日前から兵を配置させて見張らしていたのです。刀良様のことは逐一報告させていたので丸分かりでした」

 私情で兵士達を使ったことに何の迷いも無く雅は笑っている。

「おい、おい。相変わらず無茶なことをさせるな。兵士をそんな風に使っては駄目だと言っただろ」

 刀良は苦笑いを浮かべて雅を見ている。

「仕方ありませんわ。他ならぬ刀良様のことなのですから、許嫁として心配をするのは当然のことですわ。……あら、ご一緒に来られた方は梶尚ではないのね?」

 雅が不思議そうな顔をして武彦に近づいた。すると、雅は右手を出し、武彦の頬に軽く触れて武彦の目をのぞき込んでいる。突然の雅の行動に少し驚いた武彦は、どうすれば良いのか分からずに目だけを刀良に向けた。すると、刀良はニヤリと笑うと、右手を上げて、そのままでいろという仕草をした。

「……あら? あなた、名前が二つあるのね。武樋と武彦どっちなのかしら。それと、その顔の傷は自分でつけたのね。……大変な思いをしてきたのね」

 雅の言葉を聞いた武彦は驚きのあまり動くことが出来なかった。

「どうだ、凄いだろう。その娘は犬養雅と言ってこの国の姫君だ。俺達とは四つ年下でな、特殊な能力を持っている。雅は触れた人間の考えていることが分かるんだよ。俺も最初はビックリしたぜ、ガキの頃初めて会った時に『私は小さくなどありません』と思っていたことを言われてな」

 雅は手を武彦から話すと再び刀良元に走り、抱きついた。

「私、この人のこと気に入ったわ。だって、刀良様と同じで裏が無いのですもの」

 雅はニッコリと笑いながら顔を上げると刀良を見た。

「そうだろう? 俺が認めた男だからな、雅も気に入ると思ったぞ」

「これは、驚いたな、そんなことが出来るお方だとは」

 武彦はようやく言葉が出て、雅を見た。

「彼は本当に正直な人なのね、刀良様に隠し事を一切してないもの」

 雅は刀良に触れて、武彦と刀良の心の中を比べたようだった。

「ああ、そうだろうな。こいつはそう言う奴だよ。……さて、早いとこ、岩由(いわゆ)様に挨拶に行かないとな、行くぞ武彦」

 刀良は雅を連れて城の謁見の間へ向かって歩き出した。雅は刀良の左隣を歩いている。その右手はしっかりと刀良の袖を握っていた。

 城の内部に入ると、突き当たりまで歩き、扉の前で止まった。扉の前にいる二人の兵士が頭を下げて扉を開けた。部屋の奥にある椅子に一人の男が座っている。見たところ四十代の中頃に見える。

 刀良はその男の前まで来ると頭を下げた。後ろにいる武彦は跪いて頭を下げている。そして、何故か刀良の隣にいる雅も、ニコニコしながら頭を下げている。

「お久しぶりぶりです、岩由様。お元気そうで何よりです」

「何よりです!」

 刀良の言った後に、雅もふざけて後に続いた。

「これ、雅。 ふざけていないでお前はこっち来て座っていなさい」

 犬養岩由は、娘の行動に困り顔で雅を見ている。

「嫌です! 許嫁の私が偉そうに座ってなんか出来ません。私の位置はここで良いのです、刀良様とお会いしたのは一年ぶりなのですよ、実に一年ぶりです! 大体、父上が悪いのですよ、会いに行きたいから出かけようとすると、危ないから駄目だと、いつも止めるのだから」

「わかった、わかった、そのままで良いから少し黙ってなさい」

 岩由は娘の癇癪が始まる前に慌てて雅を止めた。その後咳払いを一つすると刀良を見た。

「久しいな刀良。真桑殿は息災か?」

「はい。丈夫だけが取り柄なものですから、病一つしていません」

「そうか、では相変わらず戦では、先頭に立っておられるのだな、そろそろ息子に任せればよいだろうに」

「俺や家臣共がうるさく言ってはいるのですが、なかなか頑固な性格でして首を縦に振りませんよ」

 刀良が苦笑いをして右手で後頭部をポリポリと掻いた。雅は相変わらず嬉しそうな顔で刀良の腕に手を置いている。

「まだ、お若いのだな。羨ましいことだ。話は変わるが、しばらくの間こっちでゆっくりしていられるのだろう? これから雪が降って行軍はできんしな」

「それがですね……」

「えー! 明日には出られてしまわれるのですか!」

 刀良が何か言いかける前にかぶして、雅が大きな声で叫んだ。

「あ!雅、俺の心を読むんじゃねえよ!」

 刀良は驚いて、雅の手が置いてある左手を払った。

「だって、どれ位こっちにいられるのか知りたかったのですもの。それにしても明日出られるとは一体どういうことですの?」

「し、仕方ないんだよ、ちょっと事情があってさ」

 刀良は雅に詰め寄られて困っている時、後ろから武彦が近寄って来て、手に持っているのを刀良に見せた。

「ああ、そうだった。岩由様、真桑からの親書を持って来ているのです、お読みいただけませんか」

 刀良は後ろにいる武彦から書状を受け取るとそれを雅に渡した、

「何ですのこれ?」

 雅は頬を膨らませながら渡された書状を見た。

「大事なことなんだ、岩由様と一緒に呼んでくれ」

 少し納得出来ないと言う顔を雅はしたが、受け取った書状を持って父王の元に行き書状を渡した。

 岩由は受け取るとすぐ書状を広げて読み始める。すると、すぐに緊張した表情に変わってしばらくの間黙って読んでいた。雅も真剣な顔になっている。

「……なるほどな。雪が溶けたらいよいよ、打って出られるのか」

「はい、こちらの準備は整い、後は進むだけです」

 岩由が宙をしばらくの間睨んでいた。

「まあ、以前から真桑殿と話はしていたからな。問題はすぐ南にいる白羽の国だ、あそことは良い関係を続けてはいるが、こっちの戦力が減っていたら黙ってはいまい。それはどう考えてあるんだ?」

「それをこれから白羽の国へ赴いて話をするのです。あの国は現在、武上の国が国境を侵し始め少なからずも攻撃を受けています。そこで、岩由様の軍に動いて頂き、白羽の国と一緒に武上の国の軍を止めておいて頂きたいのです」

「そうか、その間に貴国は石門の国へ攻め入ろうと言うわけだな」

「白羽の国も単独で戦うよりは、彩の国と結んで戦う方が良いはずです。それを、これから俺達が赴いて説得しに行くわけです」

「ん? 俺達だと? 後ろの男は何者なのだ?」

 岩由が怪訝な表情をした。刀良が武彦の紹介をしようとしたのだが、その他の家臣達の目を気にして一瞬話すのを躊躇した。それは武彦が武上の国の間者ではないかと疑われるのを考えたからだった。しかしそれを見て、雅が父王の耳元で何か囁いた。

「……なるほど、あの村国の。そうか、そうか、それならば納得だ。分かった、ならば今すぐ向こうの国王宛てに親書を書こう。後は婿殿に任せるぞ」

 岩由が納得した顔をして刀良と武彦を見た。

「ありがとうございます。明日、ここにいる武彦と一緒に説得しに行って参ります。説得が終わりましたら、報告に参りますのでよろしくお願いします」

 刀良と武彦は同時に岩由に頭を下げた。

「いやですわ父上、婿殿なんて! まだ私は嫁いでないのですよ~」

 雅は嬉しそうな顔をすると、頬に手を当てて一人で喜んでいる。

「分かった。では、こちらもいつでも出られるよう兵の準備を急がせよう」

 岩由は家臣の一人を呼ぶと何か指示を出している。しばらくそのやりとりが続き、その間刀良と武彦は下がって様子を見ていた。すると、雅は小走りで刀良の側に来て嬉しそうに何か話をしている。

 岩由が家臣達との話を終えると、二人は頭を下げて謁見の間から退出した。刀良と武彦はそれぞれの部屋を案内されて、しばらくの間部屋でのんびりと過ごした。

 雅は刀良のいる部屋に入り、夕食から就寝まで刀良の側にくっついていた。その明るい声や笑い声は、隣にいる武彦の部屋まで聞こえるほどだった。

 翌日の早朝、刀良と武彦は国王の岩由に出立の挨拶に出向いた。その際に岩由から白羽の国の国王に宛ての親書を手渡された。岩由は何故か少し気分が落ち込んでいる様に見えて、最後には『面倒かもしれんが、後は頼む』と言って二人を見送った。

 二人は城にある厩に向い、それぞれの馬に荷物を載せると城の出口まで引いて歩いた。やがて出口付近が前方に見えてきた時に、何やら見覚えのある姿が見えてきた。外套を身につけて、何処から見ても城下町の町娘に見えるが、ニッコリと笑いこちらに向かって大きく手を振っているのはまごう事なき雅の姿であった。

「二人共遅いですわ! 女子を待たせるなんて失礼です」

 雅は腕を組んで頬を膨らませると、二人をジッと上目遣いで睨み付けた。

「朝起きてから今まで、どうも姿が見えないから、どうしたのかと思っていたが、民が着る外套を身につけて、ここで何をやっているんだ雅?」

「何をではありません。驚かそうと思って、早くからここで待っていたのですよ」

「見送りならば、城の出口でも出来るだろう」

「見送りではありません、ほら、早く馬に乗せて下さい」

 雅は当たり前の様な顔をして、両手を上げると馬の左横に移動した。

「なに? お前も行くつもりなのか?」

「当然です! 折角刀良様とお会いしたのに、一日だけで終わるなど私が納得できません。ならば、私も旅に同行すればその不満は解決いたしますわ」

 雅は自信満々で刀良を見上げてニコリと笑った。両手は上げたままである。

「国の代表として俺達は行くのだ、遊びに行くのではないんだぞ。しかも、馬車や供の人達もいないじゃないか、これでは安全が保障できん、駄目だ!」

 刀良は言葉を少し強めに話して雅を見た。

「嫌です! 父上の親書を、娘である私が直接向こうの国王に手渡せば、充分に国の代表としての役割となりますわ」

「だって、岩由様がそんなことを許すわけないだろう。黙って行くのは絶対に駄目だ!」

「あら? 父上には頼んだぞと言って頂きましたわ」

「なに! あの岩由様がそんなことを言ったのか、一体どう言うことなんだ?」

「簡単なことですわ。以前から父上にちょっと触れさえすれば、弱みの一つや二つ簡単に引き出せますわ! さあ、早く乗せて下さい刀良様」

 雅はコロコロと笑うと、今だ両手を上げて、自分を持ち上げるように催促をした。

「面倒かもしれんが後は頼んだぞと、何やら意味深しげに言っておられたのは、このことだったのか。 ……うむむ、どうすっかな」

 刀良は右手で顎のあたりを撫でながら黙ってしまった。

「良いではないか刀良。確かに国王の娘である雅殿がいてくれた方が親書も渡しやすいし、お前が雅殿と離れずにいれば問題無かろう」

 武彦が二人のやり取りを見て、苦笑しながら雅に助け船を出した。

「まあ! さすがは武彦殿、刀良様は実に良い友をお持ちですわね。さ、さ、刀良様早う出かけねば日が暮れてしまいますわ」

「仕方ねえな~、雅は一度決めたら何を言っても動かないからな」

 そう言って刀良は雅の両脇を手で添えると、上に持ち上げて馬の背に乗せた。雅は嬉しそうにニコニコしている。

「では、行くとするか!」

 刀良と武彦は馬に乗り込んで南に向かって馬を並足で動かした。空は澄んでいて冷たい風が吹き抜けていたが、雅の明るい笑い声が辺りに響いていた。

 

             白羽の国

 その男の髪は乱れ、口からは涎を垂れ流し、目は焦点が合わす充血して赤い。姿勢は猫背で足元はフラつき、すれ違う人々に度々ぶつかりひんしゅくを買っている。何かブツブツと言っているようだがこの町の喧騒でかき消されて聞こえなかった。

 一人の男と肩が強くぶつかり、通り過ぎようとした時に、相手の男の手が伸びて肩を掴まれた。大声で文句を言っているが全く振り向こうとしないのに腹を立てて、無理矢理振り向かせと右の拳で力一杯殴りつける。殴られた男は首をグルンと横を向きながら頭から地面に仰向けに倒れた。少しすっきりしたのか殴った男は一言何か言うと、そのまま歩いて行ってしまった。そして殴られた男は急に体をビクンとさせると、体を痙攣させながら嘔吐した。周りの者達はその様子を汚い者を見るような顔で遠巻きに見ている。時間にして五分ほど痙攣させた後、男の目がグルンと白目に変わるとそのまま動かなくなってしまった。

 一人の少女が、周りの者達の囲みをすり抜けて倒れている男の側に寄った。すると、男の手首に触れて何か確認をしている。すると男の額を左手で押さえると、逆の手の指先で男の顎を上にあげた。そして自分の口と男の口を重ねると勢いよく息を吹いた。その後すぐに男の胸の辺りを、重ねた両手で強く押したり引いたりを繰り返し始めた。見ている周りの者達はザワザワと騒ぎ出して囲むように見ている。

 二人の男が中に割って入ると少女の側に来てしゃがみ込んだ。

「急に走り出したと思ったら何やってるんだ雅?」

「話は後です。刀良様、私がやっていることを変わってもらえますか? 私の力では長く続けられません」

「お、おう」

 刀良がオドオドしながら雅と変わると同じように胸のあたりを押し始めた。

「武彦殿、私が合図を出したら、この方の口に息を吹き込んで下さい」

「わ、分かった」

 刀良が男の胸を三十回ほど上下させると、雅は武彦に合図を出して息を吹き込んでいる。同じようなことを十分ほど繰り返した時だった。

 男が激しく咳き込むと息を吹き返した、すぐに雅は持っていた水を飲ませた。男は嘔吐を繰り返していたが、次第にぜえぜえと苦しそうに呼吸するだけになり落ち着いてきた。それを見た周りの者達から歓声が上がり、雅達に拍手が送られている。

「刀良様、早くこの方を医療所へ運んで下さい。適切な手当をすれば助かります」

「分かった、武彦、場所は分かるか?」

「ああ、こっちだ!」

 刀良が倒れていた男を背中で担ぐと、武彦を先頭にして医療所へ向かった。本城である隼城の城下町は、?最大の町で、約三万人が住んでいる。城を中心にして放射線状に町が作られており、東西南北の四つに区画されていて、東は市場や細かな店舗が建ち並ぶ商業区、西は役場や役人の居住区、そして国王である当麻家の旗本の居住区がある。南側は一般の民が暮らす居住区で、北側は金や銀、そして?共通の銭である?銭(ふせん)を備蓄、貸し出しなどが行なわれている経済区になっていて、経済区だけは、国の許可が無ければ立ち入り出来ない様になっていて厳重管理されている。

 商業地区の大通りを本城に向かって二百メートルほど進むと医療所があり、刀良達は中に入って許可を貰い男を寝台に寝かせた。

 雅は施設の職員と話をすると、棚から薬草を数種類取り出して薬を作成し、それを寝台に寝かせた男に飲ませた。そして、男の着物をはだけさせると手で胃のあたりを触っている。

「雅殿は薬を作成できるのか、さっきの蘇生術と言い、驚いたな」

 武彦は感心した様子で雅を見ている。

「以外だろ? 雅は僅か十四にして、彩の国で薬師と医師、両方の資格を持つ天才なんだぞ。彩の国は薬の一大生産地で有名だが、その研究の一番上にいるのがあいつなんだ。医療の知識も他の大陸から色々な医師を呼び寄せて貪欲に学び、研究をしているようだ」

「ほう、それは凄いな。……ただのわがままな姫ではなかったのだな」

「失礼だぞ。……まあ、人は見かけによらんと言う事だな」

 武彦と刀良は目を合わせると、雅に見えないように低く笑った。

寝台に寝かされている男はしばらくすると薬の効果がでてきて、真っ青だった顔色も赤みを帯び落ち着いてきた。

「しばらく安静が必要ですが、もう大丈夫ですよ」

 雅が男のはだけていた着物をもとに戻している。

「危険なところを助けて頂いてありがとうございます。私は井加留と言いまして、国の仕事をしている者です」

「何か飲まされたようですね、嘔吐したことで吐き出され、大事には至りませんでしたが一体何故そのような目に合われたのですか?」

 雅が井加留に質問したが、それには答えられないのか、目線をそらして黙ってしまった。すると雅は井加留の耳元に何か囁いた。井加留は驚いた顔を見せたが、やがて真剣な表情に変わり雅を見た。

「それでしたら、お話します。私は国の命を受けて、武上の国へ潜入していた間者です。重要な情報を手に入れたため、戻って上の者に報告をした帰りにあの様な状態になりました」

「上役の方と会っていた時に、何か飲み物を口に入れましたか?」

「はい、帰り際に薬だと言われて猪口の中に入っていた透明の液体を飲みました。すると、気分が高揚して気持ちが良くなりました。しかし、しばらくすると気分が悪くなりあの様な状態になったのです」

 それを聞いて雅は難しい顔をして考えている。

「どういう事か分かるか? 雅」

「恐らくですが、乱の花からできた薬を飲まされたのだと思います」

「乱の花?」

「はい。乱の花からできた種に傷を付けて、中から出て来た液体を精製するとできるのですが、それを使うと恍惚な気分になり、とても高揚します。私の国では痛み止めとして医療用だけに限定して使わうように決められています。何故ならば多用すると依存性が増して心身共に異常をきたし最後には死に至る危険な薬なのです。しかし、乱の花は簡単に手に入る者ではありません。どうやって手に入れたのでしょうか?」

 雅は首をかしげて不思議がっている。

「それを知らせるために、私はこの国に帰ってきたのです。実は……」

 井加留は何か言いかけたが、周囲の様子が気になり話すのを止めてしまった。刀良はそれを見て何か言おうとしたが、武彦に口を手で抑えられて止められた。そして雅が口元に人差し指をあてて、話さないように合図をしながらこちらに集まるように促した。

「この部屋には私達以外誰もいません。しかし、何処で誰が聞いてるか分かりませんから井加留さんは話さなくて結構ですわ」

 雅は小声で皆に話した後、井加留の手をそっと握ると、そのまま、しばらくの間じっとしていた。井加留は不思議がってはいたが、そのままじっとしていた。しばらくして雅は真剣な表情に変わり井加留から手を離した。そして、再び井加留の耳元で何か囁くと、井加留は体をビクンとさせて驚きの表情を見せて雅を見た。

「何故私が言おうとしたことが分かったのですか?」

「私達はこれから国王の当麻男垂見(たいま おたるみ)様とお会いする約束があります。今私があなたに話したことを、私達が国王様にお話しましょうか?」

「国王様に謁見されるのですか! あなた達は一体何者なのですか? しかも、私が考えていたことも……」

 井加留は少し恐怖を覚えて刀良達を見た。

「詳しくはお話しできませんが、国王に謁見できるそれなりの人物だと言っておきますわ。気味が悪いのは分かります、申し訳ありません」

 雅は悲しそうな表情に変わり下を向いて黙ってしまった。

「なあ、井加留さん。こいつは、あんたを助けたいと思って言ってるんだ。だから信用してやってくれないか。まだ幼い女子が危険を承知で引き受けようと言っているんだぜ、それでも信用できないと言うのか? それから、あんたは簡単に人に話せない内容を誰に話そうと言うんだ、また命を狙われる危険があるんだぞ」

 刀良にそう諭された井加留はしばらく黙ってしまったが、やがて決意したように顔を上げると雅の手をそっと握った。

「雅さん、あなたは私の命を救ってくれた恩人です。ですから私はあなたを信用します。この内容は大変危険な話です、それを引き受けて頂けるのならよろしくお願いします。そして、ありがとうございました」

 井加留は雅に頭を下げて礼をした。それを見た雅の表情はパッと明るくなると嬉しそうな表情で頭を縦に振った。

「この話を直接話されても、国王様は信用されないかもしれません。私が今から自分の所属先と共に内容を書き記そうと思います、それを直接お渡し願いますか」

「そうだな、その方が良いだろう。では、よろしく頼む井加留さん」

 刀良は医療所の人間を呼んで墨と紙を借りた。井加留が詳しい内容を紙に書き記して刀良に渡した。

「井加留さん、あんたはこれから身を隠した方が良いだろう。気分が回復次第どこかに身を寄せたほうがいい、できるか?」

「分かりました。身を隠すのは私の得意分野ですので、大丈夫です。もし、何かあって情報が欲しい場合は、ここに来て私の名を言って下さい、ここの者が連絡を取ってくれます」

 井加留がもう一枚の紙に書き記すと刀良に手渡した。

「よし、では俺達は行くとしよう。井加留さん、達者でな」

 刀良はそう言って片手を上げて部屋を出ていく、武彦もそれに続いて部屋を後にした。最後に雅がぺこりと頭を下げて井加留に別れを告げると、井加留も礼を口にして頭を下げた。雅はニコリと笑うと部屋を後にした。

 三人は診療所を出ると、本城に行くために大通りを西に向かって歩き出した。

「雅、井加留さんが持っていた情報て言うのはどのよう内容なんだ?」

 刀良は井加留から受け取った書状を懐に入れながら雅に聞いた。

「簡単にお話しいたしますね。現在、武上の国で大量の乱の花が栽培され、それを趣向品として?だけで無く他の大陸の国々にも売りつけようと計画されているそうです。先ほど話したとおり、この花の種から作られた物を使用すると恍惚な気分になります。その効果は絶大で数回使用すると依存性の高さからそれが無いと生きていけなくなるぐらい激しいものとなります。更に使用し続けると体と精神が犯されて最後には死に至る恐ろしい薬物なのです」

 雅は表情をこわばらせながら、知ってしまった恐ろしい情報に押しつぶされまいと前を歩く刀良の手を握り耐えていた。

「と言うことは、それが世界にばらまかれたら多くの人々が苦しむことになるな」

 武彦は雅を守るように背後に回ってそれとなく警戒しながら歩いた。

「それだけじゃねえ。依存性が高いってことは、次から次へとその薬物を欲しがる人間が増えて売りつけている武上の国がかなりの収入を得ることになる。人の弱みにつけ込んだ汚いやり口だぜ、絶対に止めないとな」

「井加留さんの持っていた情報では、実験として、まずこの国に薬物をばらまいて様子を見ようと計画されているそうです。一刻も早くこのことを当麻男垂見様にお話しないと大変なことになりますわ」

 三人は歩く速度を速めて、行き交う人びとの中を縫うように進んだ。目線を上げると町の中心にある隼城が小高い山の上に建てられているのが目に入る。

 城に入るには長い坂道を進むことになる。坂道の前に建てられている大きな門の前に、数人の門番兵が立っている。刀良達は彼らに話を通すと道をあけられて中に入ることを許可された。そして、城の入り口でしばらくの間待たされたが、案内人の男が一人現れて三人を中へ通した。

 謁見の間へ通されると、周りには国王の家臣達がずらりと並んで刀良達を値踏みするような目で見つめていた。

 やがて、国王の当麻男垂見が登場すると、三人を含む全ての者が頭を下げて跪いた。男垂水は玉座に座ると、大きく溜息をついて足を組み、肘掛けに左肘をのせると顎を左拳の上にのせた。その表情は曇り、とても他国の王子を迎える雰囲気ではなかった。

「良く来た、北平の国の王子よ。そして彩の国の姫君」

 男垂水は不機嫌な声で刀良達の来訪を歓迎した。

「お初にお目にかかります、男垂水様。私が阿縣刀良と申します。隣にいますのが―」

「挨拶はよい、早う今回来た要件を申せ」

 刀良が挨拶の言葉を口にしている途中で、男垂水が被せてそれを止めた。刀良は一瞬鋭い目で男垂水を見たがすぐによそ行きの表情に戻した。それを見た周りの臣下達から冷笑が聞こえてきた。

「はい。では、まず両家の親書をお読み下さいますようお願いしたします」

 臣下の一人が刀良に近づいて親書を受け取ると、男垂水の前で一礼してそれを渡した。男垂水はぞんざいな態度で受け取り親書を開き読み始めた。その間刀良達三人は無言でその様子を見ている。周りの臣下達は刀良達を見ながらヒソヒソと話していた。

「話にならんな」

 男垂水は両家の親書を読み終えると、無造作にそれを床に投げ捨てた。それを見た刀良が目を剥いて睨み付け、男垂水に近づこうと立ち上がろうとしたが、雅がそれを手で制した。

「両家の親書を投げ捨てるとは、些か無礼ではありませんか男垂水様」

 雅は冷静を装いながら男垂水に微笑む。

「無礼なのはそっちであろう。確かに我が国は、現在武上の国の攻撃を受けておる。だが、他国の応援が必要なほど落ちぶれてはおらぬ。どうせ、こちらに兵を派遣して一緒に戦う振りを見せておきながら、こちらの領土を少しでもかすめ取ろうとするつもりであろう。見え透いておるわ!」

 男垂水は立ち上がり、大きな声で怒鳴りつけると刀良達を睨み付けた。

「恐れながら申し上げます、男垂水様。それは飛躍しすぎだと思います。両家はこの国のためにと思い、こちらに参上したのです。どうか話をお聞き下さいませ」

 刀良達の後ろに控えていた武彦が、我慢できずに進言した。

「ん? お前は村国武樋ではないか。そんなところに控えていたので気がつかなかったわ」

 男垂水は刀良達に関心を無くし、武彦の方を見た。

「お久しぶりでございます、男垂水様」

 武彦は一礼して男垂水を見た。

「滅ぼされた一族の生き残りが何をしに来たのだ? 何故お前がこの二人と共に行動しているかは面倒なので聞かん。それよりも、今や王家でも無い、一般の民であるお前が儂の前に出てくるとは何事だ、即刻出て行け!」

 その言葉を聞いた刀良は怒りのあまり体が震えだしてきた。それを見た武彦はそっと近づくと刀良の肩に手を置くと軽く握って、怒りを抑えろと合図した。

「これはご無礼いたしました。男垂水様の仰る通りでございますれば、我々はここで失礼させていただきます」

「まったくだ、早く出て行いくがよい。この部屋からのことではないぞ、この国から出て行けと言っておるのだ」

 武彦が冷静な目で男垂水を見ると黙礼し、怒りを何とか抑えている刀良を立たせて謁見の間から退出した。刀良は怒りをあらわにしながらも、何とか自分を抑えて城から出た。そして大きく息を吸って勢いよく吐き出すと近くにあった建物の壁を手のひらで叩きつけた。

「まったく、何だよあの態度は! おい、武彦。お前が俺に言った男垂水の人物像を、もう一度言ってみてくれ」

 叩きつけた壁をにらみながら刀良は武彦に聞いた。

「温厚な性格で、頭も良く。民のことを一番に考える名君だ」

「その名君が、他国の使者を、それも王族の人間に対してあの態度か? 親書を投げつけやがって、その場で殴りつけてやろうかと思ったぜ」

「隣にいて私もハラハラしましたわ。刀良様が怒りのあまり震えていましたものね」

「しかも、武彦のことを、滅ぼされた一族の生き残りとぬかしやがって、絶対に許せん」

「あの様な態度をとるお方ではなかったのだが、何事かあったのだろうか」

「武上の国にちょっかい出されてイライラしているんだろう。もうここには用はねえ、とっとと彩の国へ戻って岩由様に報告しよう」

 刀良はブツブツと文句を言いながら大通りを歩き出した。それを見て雅と武彦が後を追った。

「刀良様、私お腹が空きました。どこかの店に入りませんか?」

 雅が刀良の袖を引っ張っりながら歩いている。それに気づいた刀良がピタリと歩みを止めた。

「うん? そうだな、取り敢えず何か腹に入れるとするか。腹を満たせばこの怒りも収まるだろう。武彦、どこか知っているか?」

「軽い麺類から、肉を出すところまで色々あるがな」

 武彦が、この町にある知っている料理店を説明し始めた。ところが、雅は好き嫌いが多いようで、行く店がなかなか決まらず、あそこがいい、そこは駄目だと言い合って、刀良と少し揉めている。そのやりとりを見ていた老人が、腰を曲げながら近づいてきた。

「話し中に申し訳ない、あんたら旅の人かい?」

 突然現れた老人の登場で、刀良と雅は思わず話すのを止めて老人を見た。

「あ? ああ、そうだが爺さん何か用か?」

「いや、飯屋の話をしていたみたいだからの、良かったら儂の店に来ないかの?」

「爺さんの店? ま、構わないけど、がっつり肉料理が食べたいのだがあるかい?」

「私、肉料理は苦手ですの。野菜中心の料理なんかはあります?」

「うむ、両方出せるぞ。この大陸の料理だったら何でも出せるので安心じゃぞ」

「それだったら安心だな。雅、爺さんの店で良いだろう?」

「そうですね、それならば安心です。それでは案内して頂けますか?」

「分かった。では、付いてきてくれ」

 老人はニコリと笑うと大通りを西に向かって歩き始めた。刀良達もその後に続いている。

「ご老人の店の名は何と仰るのですか?」

 武彦が老人の隣に行き、並んで歩いている。

「麻見亭と言うのじゃよ」

「ふーん、有名な店なのか武彦?」

「……麻見亭ですか、私はこの町には頻繁に来ていますが、聞いたことがないですね」

「それはそうじゃろ、何せ一人だけのためにある店じゃからのう」

 老人はカラカラと笑った。

「一人だけ? 何だそりゃ、そんな店聞いたことねえぞ」

「刀良様、私激しく嫌な予感がするのですが、大丈夫なのでしょうか」

 刀良と雅は、警戒するような顔をして老人との距離を少しとった。

「心配せんでも大丈夫じゃよ、味は保証するでな。それに、儂の店の料理を食えるなど幸運なことなのじゃぞ。黙ってついてくれば良い」

 そう言って老人は前を向きながら歩いて行く。途中脇道を左に入り細い路地に入った。そこは人通りが少なく、大通りと比べるとかなり寂しい雰囲気だった。老人はしばらく北の方向に向かって歩いたが、やがてぴたりと足を止めた。

「ここじゃよ、入ってくれ」

 そこは奥に細い作りになっている二階屋だった。両端の建物は割と立派な作りになっていて、その間に申し訳なさそうに老人の店が建っていた。

 老人に促されて中に入ると、少し驚かされる様子がそこにあった。

 中は色彩豊かな水彩画が壁にいくつも掛けられ、見たこともない物で作られている真っ白な皿や水差しのような物が棚に並ばれている。さらに、金や銀で作られた細かな細工の物も飾られていてまばゆいほどだった。

 刀良達は少し圧倒されながらも老人の後に付いて行く。階段を上ると、奥に繋がる通路があり、左右の壁には綺麗な色彩の絵が並んで飾られていた。

 老人は奥まで歩き扉を開けた。部屋の中は二十畳ほどの広さになっていて、真ん中に円卓が置かれ、そこに一人の男が椅子に腰掛けていた。どこかで見覚えのある風体であったが、すぐには分からず、刀良達と男の間に少しの間があいた。

「……男垂水様」

 武彦が男の正体に気がついて口に出した。

「へ?」

 刀良と雅が同時に同じ言葉を発してキョトンとしている。先ほどいた城内での豪奢装いでは無く、極めて質素な服装であるが、武彦の言った通り間違い無く当麻男垂水であった。

 男垂水は椅子から立ち上がると刀良と雅の前に来て、膝を床に着けると二人の前で頭を下げた。

「刀良殿、雅殿、先ほどは大変ご無礼いたしました、この通りお詫びいたします」

「え? 何であなたがここに? さっきまで城にいたのに」

 刀良は訳が分からないという顔をして男垂水を見下ろしている。

「男垂水様、頭を上げて下さい」

 武彦がすぐに男垂水の側にしゃがみ込んで男垂水の体を起こそうとしている。      「そうはいかない、私はお二人に大変無礼なことをしたのだ、謝罪をさせてほしい」

 男垂水は武彦の手を押しやって再び頭を下げた。

「ちょっと待って下さい。わ、分かりましたから頭を上げて下さい男垂水様」

「そ、そうですわ。少しはあれですけど、私たち全く気にしてませんから」

 刀良と雅も膝を床に着けて、男垂水の体を無理矢理起こした。

「何か訳がおありなのですね? 以前の男垂水様とは違っご様子でしたので、変だとは思っていましたが」

 三人は、男垂水を先ほど座っていた椅子に座らせて、興奮していた男垂水を落ち着かせた。

「実は本城では本音で話せない事情があるのだ、武樋。……いや、今は千脇武彦だったか。村国一族が全て抹殺されたということだけは、何とか耳に入ってきたので心配していたのだ」

「私一人だけ、運良く逃げることが出来たのです」

「そうだったのか、生きていてくれて良かった。武上の国の事変を聞いて、あの子が心配をしていてね」

 そう言うと男垂水は再び立ち上がると、刀良達が入って来た扉とは反対派にある扉を開き、誰かに入ってくるように声をかけた。すると一人の女性が部屋に入ってきた。

「……伊妤殿」

 武彦が驚いた様子で女性の名を呼んだ。

「武樋様、ご無事でいらいたのですね。……良かった」

 伊妤は武彦の側に来て、手で顔を覆いながら涙を流している。

「えっと、武彦さん。この女性はどなたなの? それと、男垂水様も何故ここにおられるのか分からないのだが」

 刀良はこの部屋に起こっている状況が読み込めず、どうしていいか分からない様子だった。「今からお話しますので、どうぞここにお座りください。料理の方も出させますので、食事をしながら聞いて下さい」

 男垂水が円卓の椅子を勧めて刀良達を座らせた。そして、人を呼ぶと料理と飲み物が運び込まれて卓の上に並べた、魚料理から肉、野菜など様々な料理が並べられている。男垂水が食事を取るように勧めたので、各自箸を動かしている。

「まずはこの子をご紹介をせねばなりませんね、娘の伊妤と申します。この子と武彦は同い年で小さき頃からの馴染みでしてね。将来は二人を結ばせようと村国氏長殿と話あっていたのですよ」

「と言うことは、私と刀良様と同じような許嫁のご関係ですのね」

 雅が箸を止めて、複雑な表情で武彦と伊妤を見つめた。以前、武彦の心の中をのぞいた時に見た、武彦の絶望を雅は思い出した。

「二人がこの年になって良い仲になってくれていたのは前々から知っていました。なので嫁ぐのを楽しみにしていた時に村国一族が全て抹殺されたと聞きましてね、愕然としました。詳しい情報を集めようと人を送ったのですが、一人も帰って来ないので全く分からなかったのです」

男垂水は一旦話を止めて自ら自分の椀に茶を注いで一口飲んだ。

「それについては私がお話しいたします。麾下の副官と数名の兵士に本城の様子を探らせたところ。宰相である大生部福留が将軍の高倉真事を使い謀反を起こしたと。そして、高倉が実行部隊となって我々村国一族を皆殺しにしたと聞きました」

「そんな。まさか、あの二人が。二人共氏長様の忠臣であったではないか」

 男垂水は椀を持ったまま驚いた様子で武樋を見た。以前武上の国に訪れ、二人に会ったことがある男垂水には にわかには信じられない様子であった。

「どういった事情で謀反を起こしたのかはわかりません。しかし、実際に私は高倉真事に追いやられ、何とか逃げ切ってあの国を出ることができました」

「……そうなのか。では、今は大生部が国の実権をを握っているということか、何と大それたことを」

 それを聞いた男垂水は、大きな溜息を一つすると頭を下げてうなだれた。

「何と言うことだ。そんな恐ろしいことが武上の国に起きていたとは。どうりで武上の国が突然我が国の領土を侵し始めたわけだ」

「向こうは何と言って攻めてきたのですか?」

 刀良が少し厳しい目つきで男垂水を見た。それは、武彦や男垂水の境遇が、以前自分が体験したことと重なったからだった。自分が信じ、心を許した者から裏切られた気持ちというのは計りがたいほどの心の痛みを感じるからである。

「簡単に言えば、今までの国王が死んで別の者が立つから我が国との交易でできた借金を無効にしろと言ってきました。当然そんな無茶な要求は突き返しましたが、要求を飲めないのなら攻め込むと言って少しずつですが国境を侵し始めて来たのですよ。しかし、そんな折りに刀良殿と雅殿が来て下さった。私は親書を読まして貰って大喜びしたかった。……しかし、既に我が国の中にも敵がいたのです」

「家臣の中に間者となって、男垂水様や白羽の国の状況を報告する者がいるのですね?」

「その通りなのだよ武彦。まさかとは思って調べさせたが重鎮である者を含めてかなりの者達がいるようなのだ。なのでそんな重大な話を決定してしまえば、すぐにでも向こうは攻め込んでくるだろう、そう思って先ほどは失礼なことをしたのです」

「……では、先ほど我々が出した提案は」

 刀良は思わず身を乗り出して立ち上がり、男垂水を見た。

「是非ともお願いしたい。彩の国が味方になってもらえれば、こんな心強いことはない。後で返事を書かせていただきますので、両国の国王にお渡し願いたい」

 男垂水は迷うこと無く返事をした。

「ふえ~、良かった。このまま帰ったとあっては親父と岩由様に合わす顔がなかったぜ~」

 刀良がへたり込んで椅子に座ると大きく息を吐いて天井を仰いだ。

「でも、よろしいのですか? そうなると我々北平の国は、石門、蒼月、更に武上の国を制した後、この?を統一することになりますが」

 武彦が念を押すように男垂水に質問した。

「真桑殿の親書を読ませてもらったが、私も同盟に参加しよう。長年、各国が争ったり結んだりを繰り返してきたが、この?は一つの国としてまとまるべきだ。統一した後、国の平和と民の幸せのために政をしてくれるのなら喜んで参加させてもらおう」

「分かりました。では、早速彩の国へ戻り、岩由様に兵の派遣をお願いに上がります」

「いつ頃こちらに派遣されるのだろうか?」

「すぐにでも動かせるようにしておくと言われておりましたので、二十日前後には到着できるかと思います」

「そうか、ならば一安心だ。これで一方的にこちらが蹂躙されることはないな」

 男垂水は安堵の表情を浮かべて、隣にいる伊妤に話しかけた。

「ところが、もう一つ危惧する案件があるのです、男垂水様」

「何だ武彦、もう一つとは。まだ何かあるのか?」

「刀良、井加留さんから受け取った書状をくれないか」

「ああ、分かった。男垂水様、これは武上の国へ間者として向かい戻って来た井加留と言う人からの書状です。彼は上司に武上の国の内容を報告すると、その上司に薬を盛られ瀕死のところをこの雅が救いました。そして、彼から事情を聞き、直接男垂水様に報告しようと思い、一筆書いてもらい預かっていました。雅、男垂水様に薬のことを話してくれないか」

 刀良は懐から、井加留の書いた書状を取り出して男垂水に手渡した。内容を知らない男垂水は首をかしげながらも書状を開き読んでいたが、乱の花から精製される恐ろしい薬物の内容を雅から聞くと、ことの重大さに気がついて顔色ががらりと変わった。

「我が国の民を実験の道具に使おうと考えるとは、何と恐ろしいことを考えるのだ。何としてでも奴らの計画を防がねば、この白羽の国だけでなく?全体の危機となるだろう」

 男垂水は内容の恐ろしさに少し震えていた。

「先ほどにもお話した通り、これは非常に依存性が高いのです。それがなければ生きていけなくなるほどの欲求に駆られ、最後には死に至るおそろしい薬物ですわ」

「この薬物を頻繁に摂取した人を治す方法はあるのですか?」

「摂取するのを止めれば、時間とともに体内から抜けていきますわ。しかし、それにはかなりの時間を有し、再び摂取したいという感情から戦わないとなりません。それは気が狂うほどの激情なので、寝台に縛り付けなければならないほど激しいものなのです」

「そんな状態の民が、数千、いや数万もいたら収集がつかずに、国としての機能が麻痺してしまう。……一体どうしたら良いのだ」

 男垂水は絶望で打ちひしがれ言葉を失ってしまった。それを聞いた武彦と雅も押し黙り、部屋には沈黙が支配した。

「ならば、それを我ら北平の国が解決いたしましょう」

 刀良が沈黙を破り力強く語ると皆一斉に顔を上げて刀良を見た。武彦はその言葉の意味を理解して刀良を見ると二人で同時に頷く。

「何と、解決する方法があるのですか刀良殿」

「はい、男垂水様。解決法は一つ、乱の花を栽培している地帯に潜入し、一つ残らず燃やしてしまうほかありません。必ず成功させてまいりますのでご安心ください」

「……おお、何と心強い。刀良殿、我が国で、できることがあれば何でも言って下さい、是非とも協力させていただきたい」

「では、後ほど詳しい内容を説明いたします。一旦我らは外に出ますので、今から五時間後に再びここで合流いたしましょう、その時にお願いすることがあるかもしれませんのでお願いします」

 そう言って刀良達は屋敷を出た。刀良は懐から藍色の手拭いを取り出して左手首に巻き、東の出口に向かって歩き出した。途中、円になっている広場に来るとそこで歩みを止めた。

 そこは、円の外側にぐるりと色々な食べ物の屋台が並んでいて、中央に屋台で買ってきた物を食べるための長椅子とそれと同じ長さの卓が並んでいた。

 刀良はそこに腕を組んで腰掛けた。武彦と雅もそれに倣って反対側に座った。すると、隣の卓に一人の老人が屋台から買ってきた物を持って腰掛けたそして、紙で包んでいた物を開けると食事を始めた。

「何かご用ですか武彦様」

 刀良達を一切見ないで、老人はしゃがれた声で話しかけた。

「え? おじいさん、刀良様とお知り合いなの?」

 雅がびっくりして老人を見た。すると隣に座っていた武彦が人差し指を自分の口に当てて、話をしないように促した。それを見た雅は状況を理解して、「しまった」と言う顔をして両手の手のひらを口に当てて黙った。

「三日後の夜までに、どれ位の梟の者達を集められる?」

刀良がわずかに口を動かし、周りの者に気がつかれないように声を出した。

「そうですね、五百は集められると思いますよ。何か急を要することでもできましたか?」

「ああ、ちょっと頼みたいことができた。先ほどまで俺達がいた屋敷に五時間後に来い、そこで説明する」

「分かりました、では五時間後」

 老人はなんとなく立ち上がると、そのまま食べながら離れていった。

「ねえ、刀良様。今のおじいさん誰なの?」

「梟と言ってな、うちの隠密だよ。雅も会ったことあるはずだぞ。さて、井加留さんと会って場所を聞かないとな、行くか!」

 刀良と武彦は立ち上がると、井加留がいる場所に向かって歩き出した。

「え~! 私、あのおじいさんとは会ったことありませんわ~」

 雅は首をかしげ、口をとがらせながら刀良達を追って歩き出した。

 刀良達三人は、井加留のもとを訪ねて、武上の国にある、乱の花の栽培場がどこにあるのか詳しい場所を聞き出した。井加留本人の体調はかなり回復しており、顔色も良かった。三日後の夜に敵地に潜入することを聞いた井加留は、自分も是非行きたいを話していたが、戦闘が予想され、危険な状況になることが予想されるので、刀良は止めるように説得した。

 深夜になり、三人は再び男垂水と昼間会った麻見亭に入った。二階に上がって扉を開けると、既に男垂水と娘の伊妤が到着していて、円卓にある椅子に座っていた。そして男が一人、男垂水の後ろで控えるように立っていた。ひょろりとしていて線が細く、目つきは細く、不敵な印象だった。

「おお、刀良殿、ご到着されたようですな。乱の花の栽培場がどこにあるのか分かったのですか?」

 男垂水が立ち上がって。右手を出して、座るように勧めた。

「はい、男垂水様。これから三日後の話し合いをしたいと思いますが、そちらの方は?」

 刀良は、男垂水の後ろにいる男のことを聞いた。

「黒伏真(くろ ふくしん)と言いまして、軍の統括をしています」

 紹介された黒は、刀良を見て深々と頭を下げた。

「軍の統括ですか。失礼ですが、見たところ文官の方とお見受けしますが」

「その通りです、刀良殿。我が国では軍の頭は軍人ではなく、文官が頭になり命令を出します。軍人に全ての権限を与えてしまうと、その力を自分のものとして、国に対して危険を脅かす存在になりかねません。それを防ぐために文官を頭にしておるのですよ」

「なるほど、非常に考えられた組織形態ですね。作戦の立案などはされるのですか?」

 刀良が関心を示して黒を見た。

「作戦の立案は、直接の指揮官と私で話し合ってから国王様に上奏し判断を仰ぎます。ですので、軍事に関しては一応の知識は必要となりますね」

 黒が刀良に説明をしている途中で、先ほど刀良達が入って来たドアが開くと、さっき広場で話していた、梟の人間である老人が入って来た。

「おう、来たか。こっちに来てくれ」

 刀良は自分の後ろに来るように手招きした。老人は頭を下げて刀良のもとまで歩いた。

「うちの隠密部隊の指揮を執っている者です。三日後には、こいつの部下を五百ほど集めて、我らと共に乱の花の栽培場まで行く予定です」

「貴国の隠密と言いますと、『梟』ですね。聞いたことがあります、大変戦闘力が高く諜報任務もこの大陸の国々の中でずば抜けて優秀だと聞いています」

 黒が興味深そうな顔をして老人に自分の身分を明かした。そして、雅も食い入るように見ている、先ほど刀良に会ったことがあると言われたので必死に思い出そうとしているのだ。

「だとさ、評判が高いじゃねえか」

「男垂水様、黒殿お初にお目にかかります。隠密ゆえ、名は申せませんが、ご容赦ください」

 老人が二人を見て頭を下げた。そして、雅はいまだ睨むように老人を見ていた。

「お久しぶりですね雅様、また背が伸びたようですね」

 老人はしゃがれた声で雅に声をかけた。すると雅はスッと右手を出して老人の手に触れた。

「ああ、清原梶尚だ! 何でおじいちゃんに変装してるのです? 分からなかったですわ」

 老人の正体がようやく分かって、嬉しそうに雅がネタばらしをしている。

「ちょっと、雅様! 今、名は申せませんって言ったじゃないですか、駄目ですよばらしてわ」

 梶尚が元々の自分の声に戻すとあきれるように雅を見た。その声を聞いた男垂水達は驚いた様子で見ている。

「いつ来たのよ、梶尚」

「刀良様と武彦殿が北平の国から出発した時からずっとですよ」

「来なくていいって言ったのに付いてきたんだぜ、こいつ」

 刀良は少し意地悪な顔をして雅に声をかけた。

「私は、刀良様の従者なんですから当然じゃないですか。大体、王族の人間が供を一人だけしかつけないで旅に出るとかおかしいでしょ?」

「梶尚、いるなら私に挨拶をするのが筋じゃありませんの? 知らない仲ではないのですから、それを黙って付いてくるとは許せませんわ」

 いつもの刀良と梶尚の言い合いと、雅の文句が始まりそうだったので、武彦が素早く三人を止めると男垂水に謝罪した。男垂水と伊妤の三人のやりとりを唖然として見ていたが、やがて楽しそうに笑うと武彦の謝罪を了解した。

「さて、これから作戦をご説明します」

 武彦は一つ咳払いをして、これ以上騒がないように刀良達を目で牽制した。そして、黒から国の地図を借りて卓に広げた。

「現在、武上の国の軍勢は、この国の南東付近の国境地帯を侵しています。しかし、完全には攻め込まずにこちらの反応を覗っている様子が見て取れます。これは男垂水様がおっしゃっていた敵国からの要求を飲ませようと脅かしているだけでしょう。しかし、この軍勢を無視していただきたい。そして、兵一万程を、本城から南側にある雀城に集結させから南進して国境を渡り、敵の大室城を攻め込む構えを見せて下さい。敵は大室城を取られれば、南側には本城である加利山城がすぐ近くにありますので取られるわけにいきません。なので急いでこれに対処するべく軍を派遣するでしょう」

「武彦殿は攻め込む構えを見せると言ったが、本気で攻め込む訳では無いのですね?」

 黒が腕を組んで地図をにらみながら武彦に質問した。

「そうです、黒殿。あくまでも敵の注意を引いてもらうことが目的です。その隙に我々が敵地に侵入して乱の花の栽培場を焼き尽くします」

「それは、さっきお前から聞いたが、どうやって侵入するつもりなんだ? 敵の国境地帯では物見隊がうろついているはずだから見つかる可能性が大きいぞ、武彦」

 刀良が地図にある、大室城のところを指で指して武彦を見た。

「ここ白羽の国と武上の国の西側には深い山々が南北に連なっている。我々はこの山から侵入して栽培場へ向かう。乱の花の栽培場は敵の本城である加利山城から、西へ八十キロのところにある。ここは西の山の麓にあるため、山を下りれば、すぐ近くにあるために作戦を速やかに実行に移せる」

「確かに栽培場は山の麓にあります。しかし、この山々はかなり山深く、道になどありません。進軍するには困難を極めますし、時間も多くかかりますぞ」

 黒が武彦が作った作戦の不備を指摘した。

「問題ありません黒殿」

「問題無いって、ありすぎだろう武彦。いくら動きの速い梟と言ったって、山での体力は相当に消費する、現地に到着してからの戦闘は充分に考えられるから、満足に戦えるとは思えんぞ」

「その通りだ、刀良。だが、この山々には、古来よりここで生活を営んでいる者達が居るのを知っているか?」

 武彦はそう言って、他の者にも知っているか目で問うたが、誰も答えられなかった。

「土田一族と言われる者達がここにいる。彼らは狩猟や山で採れる植物を採取して生活をしていて滅多に山を下りることはないのだ。縄張り意識が非常に高く、入って来た侵入者がいたら武力で追い出すほど好戦的だ。だが、私は武上の国にいた頃、彼らとは交流を持っていたので問題無い。金の袋を一袋ほど渡せば近道を案内してもらえるはずだ」

「そのような一族がいるとは初めて聞きました。しかし、必ず現れる確証はあるのですか?」「先ほども申しましたが、彼らは縄張り意識が非常に高いのですよ黒殿。一人や二人なら放っておくでしょうが、五百程の人間がまとまって山の中をうろつけば、間違いなく彼らは我らを追い出しにやってきます」

 武彦は確信を持った顔で皆に断言した。

「確かに、敵の目から逃れて侵入するには、お前が言った策しか方法はないな。いかかでしょうか男垂水様、我々の兵は三日ほどで集まる予定です。実行日は、その次の日から始めようと考えていますが」

 刀良が男垂水に作戦の決定を仰いだ。

「それでお願いします刀良殿。我らは今すぐ兵の準備を整えますので、そちらの準備が出来次第動くことに致しましょう」

 男垂水は立ち上がると、黒に兵の招集を命じた。そして、刀良達は男垂水に挨拶をして、準備のために館を後にした。

 そして三日後の昼に、梶尚の要請で集まった五百名の梟の者達は、隼城の城下町に集結していた。そして、刀良と武彦、梶尚の三名が城下から離れて西へと歩き出すと、それを合図に一人、また一人とバラバラに西の山へと歩き出した。

 白羽の国の一万の軍勢は、その一日前に雀城に集結すると、ゆっくりと武上の国の大室城へ向かって進軍を開始していた。

 刀良達は深夜になっても歩きを止めず西へと歩き続けている。周りを見るとバラバラに散って歩いていた梟の者が徐々に集まりだすと、やがて刀良達を中心にして一つのかたまりとなって進んでいた。歩いている速度はかなり速く、普通の人ならば小走りをしている速度で皆歩いていた。

 一人の男が梶尚に近づくと何か報告をして下がっていった。

「刀良様、後方で敵の間者らしき人影は見当たらないそうです。我々はうまく城下町から抜け出せたようですね」

「表向き、俺達は男垂水様から相手にされなかったことになっているから、敵の間者がいたとしても注目されていなかったのだろうな。それに白羽の国の一万の軍勢が動いているから、そちらに目は奪われいるしな」

「それにしても、よく雅様が付いてこなかったですね。あの姫様のことだからてっきり来るのかと思いましたが、さすがに戦闘が予想されるので遠慮したのかな」

 梶尚は歩きながら刀良に話しかけたのだが、それを聞いた刀良は小さいため息を一つした。「遠慮なんかする娘かよ、説得するのに大変だったんだぞ。乱の花は私が一番詳しいのだから連れて行けとか、刀良様と離れるのだったら死んでやるとか、無茶苦茶だったぜ」

「……やはり、そうでしたか。それで何と言って説得したのですか?」 

「最終的には、武彦が上手く言ってくれたよ。この国は珍しい薬草が国外から流れてくるから見ておいた方が良いってな。そうしたら目を輝かせて是非みたいって言ってくれてな。それに追い打ちで、美味い果実も豊富だぞって言ったら。そっちの話に夢中になってさ、伊妤殿に頼んで預かってもらったよ」

「……なるほど、それは、それは」

 梶尚はそれ以上何も言えず、無言のまま刀良の後を歩いていた。

 やがて、東の空が明るくなると、刀良達の前方には大きな山々がそびえ立っているのがはっきりと見えてきた。武彦は迷うこと無く、先頭で山の中に入って行った。

 青々と生い茂り、非常に高い木々がびっしりと並んでいるこの山地は、千五百メートルから二千メートル級の山々が連なっている。多種多様なキノコや野生のイノシシ、熊や鹿などが生息していて、狩猟をするには最適の場所ではあるのだが、この山に好んで入る人間はほどんどいない、山の奥深く入ると、谷や川が複雑に入り組み、見る景色も変わらないために一度迷うと山から抜け出すのが非常に困難であるからだ。

 武彦は普通の人には分からない有るか無きかの道を南へ向かって歩き出した。

「なあ武彦。不思議とお前が通るこの場所は、急斜面の山の割には比較的歩きやすいな」

 刀良は山の中を目で探るように武彦に話した。

「分からないだろうが、今俺達が歩いているところは連中が使っている道になっているのだ」

「連中と言うとこの前言っていた土田一族か」

「ああ、俺が武上の国にいた時に、連中と知り合って教わったんだ。多少上り下りするだろうが、それでも何も知らないで歩くよりは楽だと思う」

「なるほどな。じゃあ、この山に入ったときから感じるこの視線みたいなもんは連中からなのか、武彦」

「刀良様も感じますか。これ、かなりの人数がいるようですね、殺気を消そうともしてないや」

 梶尚が少し緊張した様子であたりを見回している。

「この人数で、しかも武装して山に入っているから当然だな。間違いなく見張られているようだな」

 武彦がそう言った刹那、前方の木々の上の方から鋭い風斬り音がして歩みを止めると、足元に数本の矢が音を立てて突き刺さった。

「これ以上の通行は看過できぬ、ここは我々の土地だ。今すぐこの山から下りろ、さもないとお前達を皆殺しにするぞ!」

 どこからともなく男の声が聞こえ、あたりを響かせている。辺りから感じる殺気はかなり多く、刀良達と同じかそれ以上だった。

「土田清麻呂に会いたい、いるのなら出て来てもらえないか!」

 聞こえてきた声に答えるように武彦は大声をあげた。しばらく山の中はシーンと静まりかえって何も聞こえなくなったが、やがて刀良達の右側の山の上の方から、音を立てて人が三名こちらに向かって降りてきた。

「何故俺の名を知っている。お前は一体何者だ?」

 獣の毛皮を着て、顎から口の周りまで髭を生やした一人の男が話しながらこちらに近づいてきた。

「久しぶりだな清麻呂。私だ」

 武彦もその男に近づいて声をかけた。男は訝しげに武彦を見つめていたが、やがて思い出した様子で明るい表情に変わった。

「おお、村国武樋ではないか! 死んだと聞かされていたのだが、お主生きていたのか」

「お前にも話は通っていたか。何とかあの国から逃げおおせてな、無事でいるよ」

「去年の秋頃、いつものように山で取れた獣の毛皮や肉を、加利山城下町に売りに行ったら、町の中に入れてもらえなくなってな。お主の名を出したのだが、その男は死んだと門番の役人が言いおってな、町を出入りしている人間を捕まえて聞いてみたら国王が替わったと言うでは無いか、何があったのだ? それにこの連中は何なのだ、見たところかなり腕の立つ者達のようだが」

 清麻呂の問いに武彦は今までの経緯を語り、今回の白羽の国の作戦を話した。

「なるほどな、そんなことが会ったとはな。名も変えたとは、お主、随分と苦労したのだな、それでこの大きな男がお前の大将と言う訳か」

 清麻呂が頭を上げて刀良を見上げた。

「阿縣刀良と言う。話は武彦が言った通りだ、山を通ることを許してもらえないか清麻呂殿」

「そう言うことなら問題無い。俺とこの男とは友だ、ならばお主も俺の友ということだ。友の頼みなら喜んで応じよう」

「すまんな清麻呂、これは気持ちだ受け取ってくれ」

 武彦が金の入った袋を清麻呂に差し出した。

「友の頼みにそのようなものはいらん。だが一つだけ聞いて貰いたいことがあるのだが、お主も知っている通り、我らはこの山々で生活している。だが、生活に必要な物はお主達がいる城下町に豊富にあってな、武上の国に出入りできなくなり、手に入れられなくなって難儀しているんだ。できれば白羽の国で、山々で取れた物を売り、その銭で必要な物を手に入れたいのだが口をきいてもらえないか」

「今回の作戦は、白羽の国と関係している。作戦が終わった後に、清麻呂の話は国王である男垂水様通しておくから安心してくれ」

「そうか、それはありがたい。ならば武上の国への近道を案内しよう、そこを使えば通常三日掛かるところを二日で行ける、付いてきてくれ」

 そう言って清麻呂は付いてこいと腕を振って歩き出す、刀良達は清麻呂の後を歩き出した。すると、木々の間や上から山に住む者達が次々と姿を現して刀良達を取り囲むように歩いている。皆、清麻呂と同じように獣の毛皮を着込んでいて、背中には弓を背負い、腰には刀を差しているが、刀良達が使っている刀より短いようだ。

 山に住む者達の歩く速度はかなり速い、刀良達でさえ何とかついて行けるぐらいであった。だが、そのおかげで夜には武上の国の国境地帯を越える地点まで進むことができた。

 刀良が一旦そこで野営することを提案し、夜を過ごすことになった。清麻呂が部下に命じて事前に捕まえていた猪を数頭解体すると、鍋に入れられてそれが今夜の夜食となり全員に配られた。山の民族がよく使う調味料で味付けしてある鍋は非常に美味で刀良達を喜ばせた。

 刀良が周りを見ると、鍋を熱するための焚き火の灯がいくつも見られるのを確認した。

「こんなに人数がいたのか。このような足元が定まらん場所で戦ったら、俺達でもただでは済まないな。戦闘の調練などもやっているのか、清麻呂殿」

 刀良が同じ鍋で食事をしている清麻呂の武装を見て話しかけた。

「清麻呂でいいぞ刀良。この山々には俺達土田一族以外にも暮らしている部族がいくつかあってな、共闘して戦うことになっているのだ。十五になった男は三年間強制的に戦闘の調練を受けることになっていて、調練の期間が明ければそれぞれの部族に帰り、生活をすることを許されているんだ」

「どれ位の人間が暮らしているのだ?」

「全て合わせると五万ぐらいかな。その内、戦闘要員は二万と言うところだろう」

「見たところかなりやりそうな連中だな、動きに無駄が無い」

「まあな、自分達の土地は自分達で守らないとな。昔、武上の国が五万の軍勢で山に攻め込んだことがあったらしくてな、それを僅か一万五千ほどで撃退したことがあるらしい」

 清麻呂は刀良達を見るとニヤリと笑った。

「僅か一万五千だと、本当かよ、武彦」

「本当だ。彼らの戦い方は山を味方に戦う。平地から来た人間では見分けられない罠があちこちに設置してあり、はまれば絶対に逃げられないようになっている。それに背負っている弓矢も特殊でな、毒を仕込んであって掠っただけでもあの世行きだ」

「そんな連中とどうやって打ち解けたんだ、武彦。お前達は敵同士の関係じゃないか」

 刀良が二人に話すと、清麻呂と武彦がお互いに目を合わせると口を横に広げた。

「五年ほど前に、子供が数人で山には行ってきて狩りを始めたんだ。武上側の山だったので大人がまだ子供だった俺に追っ払えと命じてな、相手と同じ人数で撃退に行ったのだが、一人かなり強い奴がいて逆にやられてしまったんだ。二刀流を使いこなす凄腕でな、びっくりしたぜ。そうしたら、そいつが俺達を強いと褒めてくれてな、良い調練なるから次からは命のやり取りはなしで戦おうと言いだしてな、笑ってしまったぜ」

 清麻呂は、話しながら左手の親指を出して武彦に向けて笑っている。

「その話を父の氏長に話したら興味を持ってな、後日に数人だけ引き連れて山に入り、彼らの長と会って話をしたのだ。二人共意気投合してな、それから交流が始まったのだ」

「そうだったのか。しかし、俺の親父も言っていたが、氏長殿と言う人は随分と人に好かれる人物だったのだな、敵同士の関係でもすぐに打ち解けられている」

「その通りだよ、刀良。毎年夏になると、涼みに山に入って来て、長の家に何泊かしていたもんだった。その時に色々な土産物を持って来て貰って皆喜んでいたよ。一国の王だというのに偉ぶるところが無くて皆に好かれていたが、亡くなったと聞いたときは非常に残念だった。葬儀の日、我ら山に住む者達のほとんどが平地に降りてきて見送りに行ったよ」

 清麻呂は持っていた枝を二つに折ると、二本とも火の中に放り込んだ。パチッと言う音とともに火の勢いが強まった。

「そんな名君が治めていた国を家臣が裏切り、我が物顔で牛耳るなど外道のすることだ。明日は必ず成功させよう」

 刀良は武彦と清麻呂を見た。武彦は頷いて返事をした後に、自分の顔の傷を左手で触れた。

 翌日、日の出とともに刀良達は出発すると、夕刻の時刻になって、乱の花の栽培場近くの山に到着した。栽培場は山の麓にあるが、そこは五メートルほどの崖になっていて、縄を使って降りなければならなかった。刀良は栽培場の様子を探るために、梶尚に部下を連れて様子を見に行かせていたが、三十分後戻って来た。

「随分と大きい栽培場ですね。白羽の国の城下町がすっぽり入ってしまうほどの大きさです。畑の中は、作業員がほとんどで、武器を携帯している警備の人間は少ないと感じました。それと、北側の栽培場の入り口に一棟、中央に北から南に大きな平屋の建物が三棟並んで建っています。恐らく警備と管理している者が泊まりで在駐している場所だと思います」

 梶尚が地面に敷地の様子を書き込んで説明した。

「どう思う、武彦」

 刀良が武彦を見た。武彦は腕を組んで梶尚が書いた地面をにらんでいた。

「警備の人間が少ないな」

「今、白羽の国の軍が攻め込む形を見せているから、こっちの警備の人間をそっちに送っているんじゃないのか?」

「それはあり得ますね。それに、作業員に怪しい動きは無く、淡々と作業をしていました。皆白の作務衣を着ているので一目で分かると思います」

「そうか、ならば非戦闘員には攻撃しないようにしてほしい。恐らく彼らは雇われている一般人だろうからな」

「分かった、それは全員に徹底させよう。目的は敵を殲滅させることじゃない、乱の花を燃やすことだ。達成したら速やかに撤退しよう。まず、梶尚は二百ほど連れて入り口の建物を燃やしてくれ、騒ぎを見て警備の人間がそっちに行くのを見計らって、俺と武彦が残りを連れて畑を燃やす作業を行なう。梶尚は無理して戦うなよ、危険と判断したらすぐにこっちに合流するんだ」

「分かりました。それでは今から人を選別して山を降りていきます」

 梶尚は部下を招集して選別を始めた。

「こういうのは何かわくわくするな。俺達はどうすれば良いんだ、刀良」

「清麻呂達は、俺達に何か起きた時のために山の中で待機して貰えるか? 撤退する時に敵に後ろから攻撃を受ける可能性が高い、その時に援護が欲しいんだ」

「分かった、敵が来たら矢をぶち込んでやるよ。敵がたっぷり来ても任せろ」

 清麻呂はニヤリと笑って仲間の方に歩いて行く。刀良は清麻呂のやる気の高さに苦笑すると、歩いて行く後ろ姿を目で追った。その時、側にいる武彦の表情が浮かない様子なのを見つけた。

「どうした武彦、何か心配なことがあるのか?」

「……いや。戦わないといけないのは分かっているのだがな」

 この武上の国は武彦の生まれ育った国である。いくら事情があって国を去ったとは言え、武器を携帯している警備の者は兵であり、直接では無いが部下であった者達だ。切り込むことに抵抗がないと言えば嘘になる。

「何だったら、お前も山で待機していても良いんだぞ。無理をするな」

 刀良は気持ちをくみ取り、武彦の肩に手をポンと置いた。

「大丈夫だ。北平の国の人間となり、戦場に出ることになったからには覚悟はしていたのだ。この作戦によって多くの人達の命を救えるのだ、行くとしよう刀良」

 武彦は立ち上がると右手を刀良に差し出した。刀良は武彦の右手を掴むと勢いよく立ち上がった。


 眼下には広大な栽培場が広がっていた、一面淡い薄紫色の乱の花がびっしりと咲き誇っている。少し風が吹いているのか南側から北側に向かって揺れ動いている。中にいる人間もここからはっきりと分かる。梶尚が言っていた通り、ほとんどが作業員で花を収穫し、荷台に載せて運ぶ者や新たに種を蒔くために土地を広げている姿が見て取れた。

 刀良達は栽培場の西側にある、山の中に潜んでいた。梶尚が出て行って三十分後、栽培場の北側辺りから黒い煙が立ちこめているのが見えた。

「上手く施設を燃やしたようだな、では俺達も降りるとしよう。いいか、畑が燃え広がってきたら各々の判断でここに戻って来い、ゆっくりしていたら火に巻き込まれるから注意しろ」

 刀良はそう言って梟の者達を送り出した。一斉に数十本の縄が下ろされる、梟の者達はなれた様子で次々と素早く下に降りていく、最後に刀良と武彦が下に降りていった。

 刀良が下に降りて素早く周りを見回すと、行けと腕を出して合図を出した。畑を燃やすこちらの人数は三百である。三人ひと組にして、それを十組編成すると、皆、事前に打ち合わせた場所に走り散らばっていった。

 武彦は刀良の前を走り、自分達が受け持つ栽培場の東側に向かって駆けている。栽培場の異常を知らせる鐘の音が北側から聞こえてきて、武器を携帯している警備兵がそちらに向かっているのが見えた。

 突然の鐘の音に、作業をしている者達が驚いた様子で煙を見ていたが、梟の者達が駆けているのを確認すると、作業を中断して逃げるようにそれぞれが散りだした。

 武彦は逃げる作業員の男の背中を追うような形になって東側へ駆けていた。すると、前を走る男が駆けるのを止めてその場にしゃがみ込み、こちらを振り向いて武彦と目が合った。徐々に男との距離が近づく、無論武彦はその男を切るつもりは無いので、そのまま通り過ぎすれ違った。しかし、何か違和感を武彦は感じた。目が合った男に恐怖の表情が感じられなかったのだ。

「あぶねえ、武彦避けろ!」

 距離を取って後方を駆けている刀良の声が聞こえた。武彦は背中にゾクッと嫌な感じを受けて、思わずそのまま前方に身を投げて花の上を転げ回った。その瞬間ブンと何かを振り回す音が聞こえたのを武彦は耳にした。

 態勢を立て直して膝立ちになった武彦は、音が聞こえた後方を見た。そこには、先ほどすれ違った作業員の男が刀を持ち武彦に向かって振り下ろす姿だった。

 その姿はいやにゆっくりに見えた。男の顔は怒りに歪みこちらを見下ろしていた。武彦は何が起きたのか理解できずにいたが、体だけは反応して左の鞘から刀を抜くと男に向かって刃を滑らせてすれ違った。僅かなうめき声が聞こえて、男の腹から血が飛び散ると前のめりで花の上に倒れた。

「平気か武彦」

 刀良が倒れている男を見ながら武彦に近づいた。

「どういう事だ、この男はただの作業員ではなかったのか」

「どうやら、一杯食わされたようだ。見て見ろ」

 刀良が顎で見るように促すと、いつの間にか周りには武器を持った作業員達が周りを囲んでいた。武彦はゆっくりと動くと、刀良と背中合わせにして左手で右にある刀を引き抜いた。

「なるほど、ここにいる人間は全て兵だったというわけか。こんな下らん手に引っかかるとは情けない」

「仕方ねえよ。武器を畑の中に隠していたら遠目では分からねえ。それを梶尚に文句を言うのは酷ってもんだが、帰ったら雅のおもりをさせる刑にしてやる」

「それは大変だな、まだこの状況の方が楽だぞ」

 二人は低く笑い、お互いの背から離れると、向かって来る敵兵に攻撃を仕掛けた。


 栽培場の入り口にある建物から煙が上がり、徐々に燃え始めている。自分達が姿を現しても防いでくる警備兵の抵抗は僅かなものだった。作戦は成功したかに見え、畑にいる刀良と合流を果そうと梶尚が部下達に指示を出して走り出したが予想外のことが起きた。騒ぎを聞きつけて集まって来た、作業員達の中を突っ切ろうと近づいた時に、先頭を駆けている何名かが切りつけられて倒れたのだ。梶尚達は立ち止まり、突然襲ってきた作業員達とにらみ合う状態になった。

「参ったな、作業員も兵だったのか。これじゃ、人数的にかなり不利になったな」

 梶尚は少し困った顔をしながら背中に背負っていた鴛鴦鉞(えんおうえつ)を取り出して、それぞれを両手で持つと、前方にいる敵兵に向かって走り出した。

 前方で攻撃している敵兵四名に、梶尚が近づいて素早くすれ違うと、その四名はがくりと崩れ落ちた。そして、すぐにまた敵兵の中へ入っていくと、一人また一人と次々と敵兵が倒れていく。動きの速い梶尚の攻撃に、敵兵は翻弄されていた。部下達もそれを見て攻撃を開始して激しい戦闘状態になっていった。

 梶尚が一旦停止して周りの様子を見ると、若干二百ほどのこちら側に流れが傾いたに見えたが、梶尚の後方で別の戦闘の気配が伝わってきた。

 一人の指揮官らしき刀を持った男が、先頭に立って梟の部下三名をあっという間に切り伏せていた。尋常で無い気配を梶尚はその男から感じた。隙が無く冷静な様子で兵達を指揮しているその男は、背が高くかなり痩せていて顔色も悪い。だが、その目の奥からは何か不気味な感じを梶尚は覚えた。

 だが、すぐに梶尚は動き出し、その男に向かって高く跳躍すると鴛鴦鉞を振り回して着地した。周りにいた兵三名を切り倒したが、男には傷を与えることは出来なかった。間髪を入れず右、左、そして、しゃがみ込んで足元を切り込んでみるが全て躱されてしまう。しかしそれでも梶尚は攻撃の手を緩めること無く鴛鴦鉞を振り回していると、一太刀、二太刀と深く胸のあたりに切りつけることに成功した。だが、男は痛みを感じて無いのか下がる様子が無かった。

 男が梶尚の一瞬の隙を見つけると右足で胸のあたりを蹴りつけた。梶尚は両手でそれを防ぐが、後方へ飛ばされてしまった。態勢が崩れた梶尚であったが、そのまま後方へクルリと一回転すると何事もなく着地する。

「ほう、珍しい武器を持っているな、周りの者達も動きが速い上に読みづらい、ただの兵では無いな。白羽の国でそんな者達を持っている話は聞いたことが無い、別の国から来たと言うことか。山から仕掛けて来たのは意外であったが、お前達の人数ではここを潰すことはできない、残念だったな」

 指揮官の男は周りの兵に命じてこちらに攻撃を仕掛けてきた。梶尚の後方では、いまだに戦闘が続いていて、前後から挟まれているかたちとなってしまった。それでも梶尚は武器を振るい敵兵を倒している。だが途中で指揮官の男が梶尚に向かって刀を振るってくると、それにかかりっきりになってしまい部下達の手助けができなくなってしまった。敵の指揮官は立て続けに剣を繰り出してくる、何とか梶尚は防いでいたが左腕に深い一太刀を受けてしまった。

 一旦下がり、部下達を自分のところに集まるように指示を出す。束の間お互いがにらみ合う格好となった。

 多勢に無勢である、周りをぐるりと敵が囲み、逃げる隙が無くなってしまった。このままではこちらが敵に押し包まれて全滅してしまう。

「伊大知(いたち)さん。こっちへ」

 梶尚は、この隊の副官を呼び出した。

「あなたが先頭になって、燃えている建物とは反対側の方へ走り、囲みを突破して下さい」

「若はどうされるのです?」

「勿論、僕も後ろを守りつつ、後に続いて行きますよ」

「それでは危険です。しんがりの守りは私がやりますので若が先頭の方で先に抜けて下さい」

「隊長が部下達よりも先に逃げるなんて出来ませんよ。話は以上です、早く行って下さい」

 梶尚は有無を言わせない目をして副官に命令した。

「……分かりました、くれぐれもご無理をなさらないで下さい」

 そう言うと伊大知は建物とは反対側へ走って行った。そして合図の指笛が鳴らされると、全員で一斉に動き出して敵の一点を攻撃し始める。そして、梶尚とその周りにいる部下は、しんがりで敵の攻撃を待つために振り向いた。

 先頭の方は上手く突破出来たようで、栽培場の南側に穴が開いたのだが、隊の後方は乱戦模様になっている。後ろに下がりながら敵の攻撃をいなしてはいるが、敵の数が多くそれも限界に達してきた。少しずつ味方が削られてきている、梶尚もいくつも浅傷を受けていて激しく息を切らしていた。

「さすがにこの状況は不味いな、無理かなこりゃ」

 そう梶尚が諦めかけた時だった。栽培場の東側から何かが勢いよく飛込んで来るの一団を梶尚は目の端でとらえた。そして、それはそのまま自分達を攻撃してくる敵に向かってぶつかっていく。二人ばかりが先頭で切り込んで敵に攻撃を仕掛けている。一人は二刀持ちで素早い動きで敵を切り刻み、もう一人は一振りで三人ほどを真っ二つに切り飛ばして敵を圧倒している。 そんな滅茶苦茶な攻撃が出来る男達を梶尚は知っている、刀良と武彦である。二人の圧倒的な攻撃力で敵の勢いが止まり、後方へ下がって行った。梶尚は後方にある乱の花の畑の方を見た。盛大な煙が方々で上がっている。

「無事だったか、梶尚」

 刀良が梶尚の側に来てニヤリと笑った。

「あまり無事では無いですけどね、助かりましたよ刀良様」

「減らず口が叩けるようなら平気だな」

「うまく畑は燃やしたようですね。しかし、状況はあまり良くは無いですね、敵の数はこちらを圧倒していますので逃げ切るには難しいかと」

 梶尚が息を切らしながら、自分達を囲んでいる敵を見た。

「確かにな、だがこのまま潰されるわけにはいかねえ、さっきお前達がやったように南側へ一気に突破してずらかろう。まだ動けるんだろう、梶尚」

 刀良が自分の手拭いを梶尚に渡した。

「勿論です、刀良様と武彦殿がいてくれれば、突破は可能です」

 梶尚は受け取った手拭いをを左腕の傷口に巻いて、口で縛った。

「よし。武彦、三人で突っ込むぞ」

 刀良は武彦に声を掛けたが、武彦はジッとして動かず、一人の男を見つめている。先ほど梶尚と戦っていた指揮官だった。

「どうした武彦」

「……高倉だ。随分と痩せてはいるが、間違い無く高倉真事だ」

「あいつが高倉真事か。それじゃ、この兵の偽装も奴が考えたのか」

「恐らくな。こういうことを考えるのは奴らしいと言えるがな」

 武彦が高倉を睨んでいると、向こうも武彦に気がついてこちらを見ている。笑っていた。思わず、かっとなった武彦が勢いよく高倉に向かって駆け出そうとした時、刀良が武彦の右肩を掴んでそれを止めた。

「落ち着け、武彦。いま突っ込んでいったところで勝ち目は無い」

 武彦は振り返り、一瞬刀良を睨んだがすぐに自分を取り戻したようで駆けるのを止めた。

「時が来れば、嫌でも奴と戦うことになる。こっちの準備がきっちり整ってから乗り込んでやろうや」

 刀良は掴んでいた手を緩めると、そのままポンと武彦の肩を叩いた。

「お前の言う通りだ、今はここを抜けることが先決だな」

 武彦はこちらを向いて南側に歩き出した。

「よし、みんな聞け。一気に突破するから俺達に付いてこい」

 刀良が周りの者達に声を掛けると、皆頷いて返事をした。そして、刀良、武彦、梶尚の三人が横並びになり、それぞれが武器を構えると一気に走り出した。

 刀良を真ん中にして、先頭で南側の敵に戟を振るってぶつかっていく。攻撃を受けた敵兵五人ほどが吹き飛ばされると、刀良の両翼にいた武彦と梶尚は素早い動きで次々と敵を切り倒していき、後方の味方を前へ走らせた。そして、最後方にいた兵と共に抜けていくと一気に山の方角へ駆けた。

 敵の包囲を突破してしまえば、前に塞がってくる敵は微々たるもので、味方の梟の者達が蹴散らしていく。だが、最後尾にいる梶尚が肩を回し後ろを見ると、敵の先頭が三メートル近くまで来ている。

 今度動きを止められたら、逃げ切れずに全滅してしまう。そう考えて駆けているのだが、先ほどの戦闘で皆体力を使ってしまい、徐々に速度が落ちてきている。だが、山の入り口が見えてきてあと少しの距離まで来ている。梶尚の後ろから迫ってきている敵兵が手の届く距離まで近づいて来た時、前方で向きを変えた刀良がこちらに向かって駆けて来るとすれ違い、戟を振るった。

 刀良の攻撃で敵の前列が無理矢理止められて少し混乱している。

「何やってるんですか刀良様。早く山へ行って下さい」

 梶尚も立ち止まり敵の前列を攻撃し始めた。

「しょうがねえだろう、誰かが止めねえと逃げ切れないんだから」

「だからと言って大将のお前が残ってどうするのだ。ここは我らに任せて先に行け」

 武彦も側に来て両手の刀を振るっている。

「そうはいかねえ。友を置き去りにする位ならここで果てた方がマシだ」

「ああ、真桑様、後継ぎの息子様を守れず申し訳ありません」

「こら、梶尚! 不吉なことを言ってねえで手を動かせ」

 三人が武器を振るっているおかげで他の者達は逃げ切ることができたのだが、刀良達の前には敵兵が徐々に増えてきて押され始めてきた。三人は下がりながら剣を繰り出すのだが敵の数が多く体の至る所が薄くだが切られている。敵の攻撃を受けきれないところまできた時だった。 後方から無数の鋭い風斬り音が聞こえて来ると、前方の敵群へ無数の矢が降りかかり、一人、また一人と倒れていく。次々と矢が降りかかり敵が慌てて下がっていく。そのおかげで刀良達三人に向かって来ていた敵の数が減ってきて、遂に押し返すことに成功した。

 何事が起こったのか、梶尚は後ろを振り向いて確認すると、安心して大きく息を吐いた。清麻呂率いる山の民族が、全員で矢を放っていたのである。

「おい、深追いはするなよ。弓で蹴散らす程度でいいからな」

 清麻呂が部下に命じながらこちらに近づいてきた。

「助かったぜ清麻呂。さすがにもう駄目だと思ったぞ」

 刀良は戟を肩にのせて安堵している。

「上から見ていたらよ、もう少しで弓の範囲内に来ると思って待ってたら。大将のお前が向きを変えて、味方を逃がすために敵に突っ込んで行くじゃねえかよ。慌てて下に降りて来たんだぞ」

「ほら、やっぱり誰が見たってそう言いますよ。ああいうの、勘弁して下さい刀良様」

「まったくだ。一人で突っ込むなど、親子よく似ている。お前は人のこと言えないぞ」

「何だよ武彦まで一緒になって。説教は後でいいから早く山の中へ行くぞ、急げ」

 刀良は少し膨れた顔で一人で山の方へ歩き出した。清麻呂はそれを見て笑っている。

「走る必要はないぞ三人とも、山の中には同胞が昨日の倍は来ているんだ。戦いたくて、うずうずしているから安心しろ」

「そんなに来ているんですか? 驚いたな」

 梶尚も山の方へ歩きながら清麻呂を見た。

「だから言ったろ、敵がたっぷり来ても任せろって。援軍を頼んだら、戦闘が好きな奴ばかりだから喜んでみんな集まったよ」

 清麻呂は高笑いをして梶尚の横を歩いている。梶尚が武彦を探して後ろを振り向くと、武彦がじっと敵を見つめて立っていた。声を掛けようとしたが、何かを振り切る様子でくるりとこちらを向くと歩き出した。上を見ると、今だ無数の矢が敵の方へ飛んでいるのが見える。

 刀良達が山の中に入ると、清麻呂が部下に命じて矢を放つのを止めさせて全員山の中に入って来た。敵が追って来るかと思っていたが、山の民族を知っているのか入っては来なかった。 梶尚が栽培場を見渡すと、畑一面に炎と煙が上がっていている。作戦は成功した、後は帰るだけだと思った。

 二日後、刀良と武彦は白羽の国に到着した。梶尚とその部下数名は先に白羽の国へ行き、作戦が成功したことを報告に行っている。刀良達は麻見亭に入り、老人に男垂水を密かに呼んでもらおうとしたが、本城まで来て欲しいとの返事を受けて、隼城の門まで来た。門番に話を通すと、案内の男が足早にこちらに来きて平身低頭で二人を案内した。この間と同じで謁見の間まで通されて中に入ると歓声が湧いた。中にいる臣下達は笑顔で迎えている。

 以前、あれだけ辛辣な空気であったのが嘘のようであった。王の椅子から男垂水が立ち上がり、二人を出迎えた。その前には先に来ていた梶尚と雅が立っている。雅は刀良を見つけると小走りで近寄ってきて勢いよく抱きついてきた。

「お帰りなさいませ、刀良様。梶尚から作戦の成功を聞きましたわ、無事に帰ってこられて良かったです」

「何とか上手くいったよ。俺達が出ている間、良い子にしてたか?」

「勿論ですわ。それに、城の中で少し男垂水様のお手伝いもしていたのですよ」

「手伝い? 何をしたんだ?」

「ここではお話出来ませんので後でお話いたしますわ」

 雅は嬉しそうな顔をして片目を瞑ってみせた。

「阿縣刀良殿、今回の武上の国の件、誠にありがとうございます。あなた方がいなかったら我が国は未曾有の危機に陥っていたことでしょう」

 男垂水は刀良の手を取り頭を下げた。

「とんでもございません、男垂水様。貴国の力になれて良かったです。それに、今回は私達だけの力で成したわけではありません」

 刀良は武彦から通じて力になってくれた、山の民族の話を男垂水にした。

「そうですか、以前武彦から聞いていた山の民族が兵を出してくれたとは」

「彼らは、この国との交易を望んでいます。交易と言いましても、山で狩猟をした獣の皮や肉、それに山の幸などをこの国の町に持ち込み、得た銭でこの国の物産を買って帰りたいだけなのですけどね」

「そんなことでしたら今すぐにでも了承しますぞ。詳しい話を家臣に話していただけますかな」

「分かりました。武彦、よろしく頼む」

 武彦は頷くと家臣の一人と話し始めた。刀良は男垂水に武上の国の栽培場の詳しい話を始めると、周りにいた臣下達も真剣に耳を傾けている。そして、雅からも乱の花の恐ろしさを話してもらい、秘密裏に国内に持ち込まれないように警備を厳重にすべきと提案した。そして、今後の武上の国との対処を話し合った。

 話し合いは三時間後ほどで終わり解散となった。男垂水は酒宴の席を麻見亭に用意したので来て欲しいと告げて刀良達は了承した。

 夜になり、刀良達は再び麻見亭に赴いた。中には、前回と同じく、男垂水、伊妤、黒の三人が出迎えた。全員が円卓の席に座り、すでに用意されていた料理を口に入れ始めた。

「そう言えば、黒殿。陽動とは言え敵の大室城を攻めた話はどうなったのですか?」

 刀良が酒を口に放り込みながら黒を見た。

「あの城を抜かれれば本城である加利山城は目と鼻の先になりますからね、本城を我が軍が出た時点で慌てて引き返して大室城の前で陣を組んでいましたよ。戦闘になっても、我々は出ては引くを繰り返していたので、敵の指揮官は何かあると感じたようで無理に攻め込んでは来ませんでしたね。結果作戦としては充分に果たせたと思います」

「そうですか。では、軍が隼城を出た時点で動いたと言う事は、やはり城の中に間者がいると言うことになりますね。だとしたら、先ほど城内で話し合った今後の対応を話し合ったのは危険であったと思いますが」

「それについては、問題ありませんぞ刀良殿。あなた達が栽培場へ移動している間に、雅殿がご自分の能力をお話くださいましてな、我が家臣のうちの重鎮である者三十名程の者に体の診断と称して触れていただいたのですよ。おかげで二名の者が間者として敵の手に落ちていることが分かりましてな、現在直接証拠となる物を見つけるために泳がせております。ですから重要な話し合いの場にいた方が都合が良いのですよ」

 男垂水が酒の入った銀製の容器を手に持って刀良に注いだ。

「そんなことをしたのか。能力のことを話して平気なのか、雅」

「だって、刀良様が命をかけて戦われているのにわたくしだけのんびりできませんわ。何かお手伝い出来ればと思い、伊妤様にお話したのです。勿論他言無用で男垂水様にはお話してありますわ」

「体の診断と称してと父が申していましたが、本当に体の悪い家臣を見つけると、自ら薬をお作りになってお渡しになっていました。そのお年で医師と薬師をされているなんて驚きました」

 伊妤は感心した様子で、隣に座っている雅の皿に料理を盛った。

「そうですね、雅は昔から学問が好きで、色々な国から書物を取り寄せていたものな。良くやったじゃないか、えらいぞ」

 刀良は雅の頭にポンと置くと優しく撫でてやった。雅が嬉しそうに笑って刀良を見たが、やがて表情を変えて皆を見た。。

「重臣の方達を調べていた時に、間者となった二人には恐ろしいことが分かりましたわ。まだ初期の段階ですが、乱の花に対しての依存が見られます」

「その二人に薬物を使って依存性を高め、言う事を聞かないと薬物を渡さないとぞ、と脅すようにさせていると言うことか」

「依存度が高くなり薬物の効果が切れると、人は発狂するほど薬物を欲するようになりますわ。だから使い方次第で本当に恐ろしい物なのです」

「確か医療目的で使う場合は、痛み止めの効果があると雅様はおっしゃっていましたよね。では、あの時もそうだったのかな」

「どうしたんだ、梶尚? 難しい顔をして」

「実はですね刀良様。あの高倉真事と戦っている時、奇妙な事があったんですよ。こっちが深く高倉の胸を切った時に平気な顔をして反撃してきたんです。普通なら痛みで一旦下がるじゃないですか」

「とても興味深いですわ。もしかしたら薬物を摂取して戦っていた可能性がありますわね」

「じゃあ、高倉真事は薬物を摂取させられ、依存度が高くなったので言う事を聞かされていると言うことか? ……もしそれが本当だったら」

 刀良も難しい顔になって腕を組んだ。

「それが本当であったとしても許される話ではない」

 武彦が強き口調で言った。

「あの日、何人もの親族や部下が犠牲になったのだ。おまけに私は自分を襲ってきた一般の村人までもこの手にかけている。薬物の依存だろうがなんだろうが、あまりに多くの血が流れてしまったのだ、到底許されることではない」

 武彦の話で皆何も話せず沈黙した。だが、顔を上げた刀良が武彦を見た。

「お前の言う通りだ、武彦。いくら薬物の依存だからといって、武人であり、将軍である男が国王や部下を殺して良いわけが無い。もし、後悔をしているのであれば、俺であったなら自ら腹を切る。責任を取らずに生きていると言うことは、やはり野心があったと考えるべきだ。武上の国は危険な国だ、いずれ戦う事になる。その時はきっちりと責任を取ってもらおうじゃないか」

「そうだな、刀良。そのためにはこれからの戦、負けるわけにはいかんな。俺も全力でお前と共に戦おう」

 二人は顔を合わせると同時に頷いた。

「武彦は良い主君を持ったのだな。いや、友と言うべきか。実は刀良殿にお願いしようとしたことがあったのです」

「何でしょうか男垂水様」

「武彦を私にもらえないかと思っていたのですよ。知っての通り娘と武彦は良い仲になっております。伊妤と婚儀を済ませ我が息子となった後、彩の国との同盟で軍を編成する際には一軍を率いてもらおうと考えていたのです」

「……父上」

 伊妤は男垂水の言葉に驚いて両手を口にあてた。

「しかし、その考えは捨てることにしました。今の話を聞いていると武彦は北平の国の兵として刀良殿と一緒に戦った方が良さそうだ」

「私を高く評価していただきありがとうございます、男垂水様。仰る通り私は刀良のもとで戦い、いずれこの?を統一することを夢としています。そして、その後必ず私は男垂水様の元へ赴き伊妤殿を迎えに行きたいと思います。……伊妤殿、時間は掛かると思いますが、必ずあなたを迎えに行きます。待っていて頂けますか?」

「はい、何年、何十年経とうとお待ち申し上げます。……どうか、ご無事で」

 伊妤は何度も頷くと両目から大粒の涙がこぼれた。雅はそっと伊妤の背中に手を置いている。 男垂水は武彦にニコリと笑うと二度頷いて了承した。それを見た刀良と梶尚も笑みを浮かべて二人を見ていた。

 酒宴はそのあとも続いた。互いの国のこと、他国との交易のことや個人の身の上など様々な話を語り合った。雅はすっかり伊妤に懐いたようでしきりに話しかけている。料理も大変美味で、刀良や梶尚が多く食しているのを見て伊妤が驚き、そして笑っていた。やがて、三時間ほど続いた酒宴は終了し、刀良達は男垂水らにお礼を言って麻見亭を後にし、宿に戻った。

 一夜明け、刀良達は再び男垂水の元へ赴き別れの挨拶をした。男垂水から彩の国と北平の国への親書を受け取ると隼城を後にした。

「いや~、それにしても上手く事が運んで良かった、これで、親父や岩由様に安心してもらえるな」

 刀良は馬上で嬉しそうに笑った。

「ちょっと刀良様! どうして私は梶尚の馬に乗っているのですか?」

 雅は頬を膨らませて梶尚の後ろで刀良をにらんだ。

「そうですよ、さっきからブツブツと文句を言いながら、雅様が私の背中を叩いていて痛いんですから変わって下さいよ。」

「仕方ないだろう、元々馬は二頭で来ていたんだ。雅が白羽の国から買ってきた膨大な薬草と果実があって、俺と武彦の馬で運ぶしかないじゃないか。それに梶尚は歩いてここまで来ていたんだぞ。荷物が無ければ先に行かせるけど、雅がいるからわざわざ馬を借りてきたんだ。この馬は小さい体だから荷物を背負うのは無理だし我慢しろ」

「もう! 梶尚の背中は刀良様と違って細いからきらい。……あ、梶尚。今迷惑だな~っておもったでしょ!」

 雅が怒って梶尚の背中をバシバシと叩いている。

「ちょっと、雅様。私の心の中を読まないで下さいよ!」

 それを見た刀良と武彦は笑って見ていた。少し冷たい風が吹いて武彦の顔にあたった。ふと空を見上げると渡り鳥が群れを成して飛んでいた。越冬のために南へ飛んでいく。ここも冬が来ると武彦は思った。 


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我が血潮流れ落ちるとき、大地は清められる 西方レイジ @satietu

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