古賀朋絵と桜島麻衣
クローゼットには、麻衣が着ていそうなワンピースや、男の自分の感覚では決して着れそうにない小さなTシャツやスカートが並んでいた。しかし、スカートを履くのはどうしても抵抗があるというか、履いたとして周りから咲太が女装しているように見えないだろうか?
栗色の髪をどうにかポニーテールに結ぶと、上から桃色のボーダーワンピースと、膝丈のスキニージーンズを履いた。玄関にはヒールのついた靴もあったが、咲太が履いていたものに一番近いスニーカーをえらぶ。
マンションを出ると、景色が違って見えた。化粧っ気などない咲太だが、整った美貌とブタ野郎の雰囲気に何人も振り返った。バイト先に到着するまで、男の胸チラ視線がどんなものなのかわかった気がした。
「こんにちは、先輩」
エプロンを結び厨房に入ると、朋絵がかつてなく礼儀正しく挨拶してきた。ほんの少しだが、羨望も含まれている。
「古賀にも、僕がJKに見えるのか」
「はあ?」
どうやら見えるらしい。繰り返す夏の日々で、咲美はサッカー部の先輩にちょっかいを出し、朋絵が傷つくのを止めようとした。それで懐かれたというのだ。これで咲太自身も正義の女子高生だ。
「質問なんだけど、僕と古賀は尻を蹴り合ったりしたか?」
「先輩……? 尻ィ? いっちょんわからん!」
無かったことにされていた。そればかりか、麻衣とのデートも、麻衣に告白したことも無かったこととなっている。
「桜島麻衣先輩は知っている?」
「超人気女優さんじゃないですか」
麻衣は峯ヶ原高校には在学しているが、直接的な面識は無かった。近くに住んではいるが、登下校時刻もバラバラ。ガールフレンドのバニーガール先輩は、思春期症候群によって無かったことにされたのだろうか。
「先輩は言ってましたよ? あーいう眩しい人と自分はたぶん関係ないんだろうって」
「そりゃあ、そうだよ。男なら彼氏彼女になることはできても、女同士じゃ友達になれるかどうかってことだからね」
「先輩友達少ないですもんねっ!」
そう言って朋絵が腕にしがみついてきた。咲太の、いや咲美のものよりは大きな胸が肘に当たり、なんとも言えない気持ちになる。
バイトの仕事自体は変わらずこなせた、と思った。かなり好意を持っている朋絵がいる手前、どうしても張り切ってしまう。タイムカードを押して、ファミレスを出るとこれはこれで楽しかったよな、と思った。
とはいえ。今は楽しくても明日からは困ってしまう。何時もよりも周囲に気をつけながら帰途についた。まさかあり得ないと思うが、ひったくり、痴漢といったブタ野郎共が居ないとも限らない。
角のコンビニを曲がって、自宅への坂道に差し掛かると、見覚えのある後ろ姿がキャリーケースを引っ張っていた。
「麻衣さ……!!」
声に出してみてから、しまったと思う。今、思春期症候群の咲美と麻衣とは面識が無いからだ。
「あら、あなた……、うちの近くの2年生ね。こんばんは」
咲太にはなかなか見せてくれない、営業スマイル。
そうか、この麻衣さんは僕のとは違う麻衣さんなんだ。気づけば頬を涙が伝っていた。
「ちょ、ちょっと?あなた大丈夫?」
朋絵と尻を蹴りあった公園のベンチ。麻衣は咲太が口を開くのを十分以上待っていた。どうしてだろう。感情をコントロール出来ないくらいに涙が止まらない。
「ごめんなさい、麻衣さ……、桜島先輩」
「あなたが呼びたいように呼んでいいのよ。梓川さん」
何か、のっぴきならない事情があるのだと察してくれた麻衣。咲太は素直に甘える決心をする。
「麻衣さん、どうしよう! 思春期症候群で女子高校生になっちゃった!!!」
「はぁ……?」
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