ロジカルウィッチは青春ブタ野郎の夢を見ない

井守千尋

梓川咲美と国見佑華

浜辺で3人、花火をした。自分の都合を放り投げて駆けつけた咲太と佑真。大事な友達と、友達以上の思いを持つ相手に理央はつい、本音を漏らしてしまう。

「君たちが女子だったら良かったのに」

咲太と佑真以外に、これといった友達がいない理央の本音。咲太が女子だったら、だらだらと自分に付き合ってくれる親友になっていただろうし、桜島麻衣と付き合うこともないだろう。佑真が女子なら、この余計な感情を捨て去ることができる。行きたい場所がある。食べたいスイーツがある。着たい服を扱うショップがある。自分ひとりで行くことに確かに抵抗はないけれど、自分一人よりも楽しい場合があると思う。

「一度スカートをはいてみたかったんだ」

咲太は(おそらく)冗談を言ったが、本当にそうしてほしいと思ってしまう。


朝まで遊んで眠くなって、帰るなりリビングのソファに身体を預ける。もし、咲太や佑真とこれまで以上の仲になったのであれば……。十分に発育した身体を抱いた。鳥肌が立つ。クラスの女子がやたら生々しく体験談を囁くものだから、どうしても意識してしまうのだ。そうなったら、私は……。


「起きてください。遅刻しちゃいます」

学校は今夏休みだろう……。眠い目を開けると、茶色い猫っ毛が邪魔だった。払おうとするがいかんせん量が多い。

「かえで、どいてくれ? あれっ?」

レコーダーで録音した声を聞いたような、押したキーと違う音が出てしまう感じ。

「あれ…………? えっ?」

自分は石川界人のような声だったはずだが、女性声優の、えっと名前出ないな、アイドルの声当ててるあの人……みたいな声が出た。かえでを押し退けようとしても、思うように力が入らない。

「お姉ちゃん起きましたか? バイト遅刻しちゃいますから!」

ベッドから降りて、パンダパジャマ姿のかえでは部屋を出ていった。直後飛び起きて、鏡を見る。

「…………セクシー」

無造作な猫っ毛ロングの美少女が、眠そうな目をそこではかっぴろげていた。どうも襟元から覗く谷間に目がいってしまい、鏡でなく自分の胸元を見下ろすと、ようやく非常事態だということに気がついてしまう。

思春期症候群だ。

梓川咲太は、その瞬間にきゃぴきゃぴなJKの梓川咲美(あずさがわ えみ)でもあることを思い出した。落ち着かなきゃと胸に手をやり、セオリー通りに弾力を帯びた乳房を揺らしたのだった。

「お姉ちゃん何やっているんですか!」


真っ先に理央に電話した。理央がきちんと覚えていてくれればいいのだが。

「やあ梓川。どうしたんだい」

咲太の女声を聞いても、全然動じることはなかった。

「駄目かぁ……。昨夜の花火、あのあと双葉は何か変なことをしたか?」

「変なこと? 三人で夜通し騒いで、疲れ果てたから帰って寝たんだけど、変なことあったかな」

「あんまり気にしないでくれ。僕は国見にも聞いてみる。ただ、思春期症候群とかで、僕は実は男子高校生だったとしたら双葉はどう思う?」

「何を言っているんだい。梓川はブタ野郎だね。切るよ?」

理央は本気でびっくりしていた。ということは、関係無いのだろうか。今度は国見佑真の携帯へと電話をかける。

「国見佑華です。あっ、梓川」

「国見は佑華ちゃん、になるんだね」

咲太よりもずっとメインヒロインぽい声が聞こえてきた。

「マイペースだな梓川は。俺は焦って仕方ないのに」

「僕も困っている」

お互いに、俺、僕、と男が使う一人称を使っている。相手に、自分は少女ではないという抵抗だ。

「思春期症候群だ。おそらく、双葉の願いによる世界改変だよ」

「俺と梓川が女子だったらいいなってやつ? いい迷惑だ!」

「とりあえず双葉に会ってみよう」

翌日昼過ぎ、喫茶店で会うことにした。


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