第3話 さばんなチホー
サーバルに連れてこられた三千年後のさばんなチホー。やはりそこもかつての景色は跡形も消え去っていた。
サーバルとかばんの二人が最初に出会った場所に行こうとしても、変わりすぎてどこかどうなっているのかなにもかも分からない。
天気自体は空を覆っていた暗雲は消え去り太陽が顔を出しているが、相変わらず気温は低い。そこら中を覆っていた草も枯れ果て、バオバブの木も倒木と化している。
広大な草原が荒れ果てた荒野と化し、かばんはその光景に大きく心を抉られた。
「ほんと、ひどい光景だよね」
サーバルが悲しそうに、悔しそうに、そうつぶやく。
「氷河期でここの気象も変わっちゃったんだよ。そのせいで木登りもできない」
「…」
かばんはなにも言えずに黙ってその光景をじっと見ていた。
「かばんちゃん?」
「…あ、ごめん。ちょっとショックだったの」
かばんはサーバルの呼びかけにようやく我に返ったようだ。
「ぼくとサーバルちゃんの出会いとすべての始まりであるこのさばんなチホーがこんな惨状になっちゃうのは、ぼく、耐えられない…」
「かばんちゃん…。そうだよね。わたしもホントショックだよ。大自然の脅威って残酷だよね。この先もこんな光景をこの島のそこら中で見ることになるけど、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないけど、サーバルちゃんと一緒だから頑張る…」
「うん、無理しないでね」
サーバルがかばんに肩を貸し、二人でくっついて並んで荒野を進む。
「さ、寒い…」
「大丈夫だよかばんちゃん。わたしがついてるから」
サーバルちゃんが冷たいから寒いんだけどね、などと思いつつもかばんは歩き続ける。
「かばんちゃん、ここ、あのときの崖だね。わたしがかばんちゃんをナマケモノって言っちゃったときの」
サーバルとかばんはいつかの懐かしの崖に来ていた。かばんが滑り落ちてしまったあそこだ。
「ああ…。懐かしいね」
「うん。三千年ぶりだね」
「懐かしいってレベルじゃない…」
相変わらずサーバルの感覚にたじろぐかばん。
「じゃあ降りよっか。かばんちゃん大丈夫?」
「大丈夫…だと思う」
かばんは自信なさげに言う。
「じゃあ行くよ…?」
サーバルがピョンピョンと軽々と崖を飛び下りる。
かばんも慎重に足場を見つけては慎重に飛ぶ。
「すごいねかばんちゃん!もうナマケモノとは言わせない身のこなしになったね」
「まあ、あの時からはいろいろあったしね…」
他愛もない話をしながらなおも歩く二人。そして倒木だらけの周りの中力強く聳え立つ一本の木に辿り着く。
「この木、わたしとかばんちゃんが休憩した時の木だね」
「この木はまだ健在だったんだね」
「ただ、もう枯れちゃったから健在とは言えないよ…」
「あ、そうなんだ」
葉が全部落ち、かつてかばんたちを癒した木陰を見る影もなくなった木を見上げてかばんはまた悲しくなる。
「休むほど気温も高くないし、さっさと行っちゃおうか」
「うん…」
先に進んでいったサーバル。かばんは名残惜しそうに木を見上げ、悲しそうな顔をしつつ、サーバルについていく。
「かばんちゃん。この坂の先がカバと出会った水辺だよ」
「あの水辺はいったいどうなってるんだろう…」
「…まあ、見ればわかるよ」
意味深げな言葉に不安になりながらかばんはかつて自分が滑って転んでしまった坂を容易に登りきる。そしてその先には、
「カバ…さん?」
「ん…?あ、あら?かばんじゃないの!?久しぶりね!!」
やはり真っ暗な瞳と化したカバが優しく出迎えてくれた。
「あなたならいつか戻ってきてくれると信じてましたわ」
「あ、ありがとうございます。そ、それよりカバさん。この水辺は…」
かばんの言うように、かつて二人の喉を潤した水は完全に凍りつき、水辺はただの氷の塊と化していた。
「ええ、本当に氷河期って嫌らしいですわ。満足に水浴びすらできないですもの」
「それよりカバ。まだ割れないの?」
「見ての通りですわ。この氷、あまりにも固すぎなのよ」
カバはそういいながら拳を振りかぶり、思いっきり氷に叩きつける。しかし、氷は割れるどころかびくりともしない。
「(カバさんの全力の拳を持ってしても割れないなんて、どんだけ固いんだろう…)」
「それよりかばん。この現状、どう思うかしら?」
「え…」
唐突にカバに話を振られ、少したじろいでしまう。
「えっと、ぼくはこの光景、とても悲しくさびしく感じました…」
「そうよね。私もそう思ってますわ。でも私たちという存在は、こんな状況でも生き続けてしまう。悲しい存在ね…」
かばんはそのカバの悲哀に満ちた表情を見て心が締め付けられそうになった。なんとかしなきゃ…、でも自分になにができる?とまたも自己嫌悪に陥ってしまうかばん。
「大丈夫だよ。かばんちゃんが気にすることじゃないもん」
そしてそんな時、いつも支えてくれるのがサーバルという存在だ。
「サーバルちゃん…。ありがとう…!」
「ホントにあなたたちお二人は最高のコンビね。これからどうするんですの?」
「かばんちゃんと一緒に、またこの島を旅するんだ」
「ぼく、みんなに会いたいですから」
「そう。ならば寒さに注意するんですのよ。寒さは舐めちゃダメですわ」
「ありがとうございます。それではぼくらは行きますね」
「またね、カバ」
「ええ、気を付けるんですのよ」
カバと別れ、二人でとぼとぼとゲートへ歩いていく。
「サーバルちゃん。ゲートの目印だった平たいのってここらへんだったよね」
「うん。でもあれも倒れっちゃったよ」
サーバルはそういいつつ、指をさす。その先には地面に倒れ伏している『平たいの』があった。
「…本当に、何もかも変わっちゃったんだね」
「仕方ないよ。ほら、かばんちゃん。もうすぐゲートだよ」
二人は、かつて大型セルリアンと戦ったジャングルのゲートへたどり着いた。そしてそこでかばんに疑問が湧いた。
「そういえばサーバルちゃん。セルリアンってどうなったの?ここに来てから全然見てないけど」
「ああ、セルリアンは片っ端から退治してるだけだよ。その結果全然見なくなっちゃったけど」
「そ、そうなんだ」
「今のわたしたちにとってはセルリアンなんて脅威でもなんでもないよ」
かばんはサーバルのその言葉に少し寂しさを感じた。いつも隣にいてくれたサーバルが、手の届かない存在のように思ってしまったからだ。
「だいじょーぶだよかばんちゃん。あなたにはずっとわたしがついてるからね」
そしてサーバルがまた元気づける。自分もいつまでもウジウジしてられないと、かばんは両頬を叩き、気合を入れる。
「さあ、ジャングルに行こうか」
「うん!」
そして二人は、変わり果てたじゃんぐるチホーへ足を踏み入れた。
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