第91話・「ひと目みたとき恋に落ちた」

 

「……いつ、私に醜い傷があると気づいたの?」

「初めから知っていた」


 答えられ、私はその顔を見上げる。


「アキの計画を全部教えて」

「そうだな。説明しなければなるまい」

 

 アキは語り始めた。

 

「私は皇帝の人々に対する圧政と皇子殺しをやめさせるために皇太子となり自らを利用させた。

 まずは皇帝を信用させ、倒すための準備が整うまでの時間を稼がねばならなかった。

 

 皇帝を倒す方法は、ラセンがマンゲールの神殿にあった秘密の書で見つけた。


『その者が不死とされる状態にあるときは、自らが呪った者によって殺される』、具体的には『たとえ間接的であっても呪いを受けた者に刻まれた呪いの文字に直接触れることで、その不死の体に亀裂が入り不死ではなくなる』とあった。

 

 異世界から憂理が降りてきたのを目撃した私は、破れた服の隙間から体に呪いの黒い文字が刻まれているのを確認した。


 皇帝には呪いをかける能力がなかったが、何者かに異世界で呪わせ、ネイチュに下ろす行為は、人をもてあそんで楽しむ皇帝の好むやり方であり、皇帝の仕業だと気づいた。

 

 憂理は自分に呪いを掛けネイチュへ送り込んだ者――愛流を恨んでいる。


 その復讐心を私は“利用”した。


 私が皇帝になったあかつきには皇帝しか作れない輝く魔方陣で元の世界へ戻り、憎い女に復讐することができるとそそのかし“協力”しあう関係に置いた。

 

 処女を失うことで魔力も失われると教えていたが、本当は魔力ではなく、呪いが消える。

 皇帝を倒すチカラが失われることをおそれ、結婚して“処女の妃”とした。

 

 皇帝は神殿と神官をあなどっており、自分が倒される方法のすべてを最後まで知ることはなかった。


 憂理を連れて対面したのは賭けだったが、警戒することはなかった。私に続いて憂理にも皇帝の足に口づけさせ、媚びを売らせることで奴隷のように利用する存在だと思わせた。

 

 タイミング良く、愛流が異世界から来たことで、皇帝の憂理に対する関心はさらに薄くなった」

 

 アキは、ひと息つくと、胸に抱かれながら見上げる私の目を見つめ返した。

 そっと髪を撫でた。

 

「憂理。お前を “破壊の妃”にしたくはなかった。


 私の宮殿の庭で意識を失っていたところを見つけたとき、少し涙を浮かべたお前のあまりの愛らしさに心をうばわれ恋に落ちていた。


 私の母親のことを調べ涙する優しい心を持ち、ご飯が食べたいと甘え、心を許してくれた。


 冷たくした私を愛し、私がお前を『道具として利用している』と話したことを信じず、皇帝にへつらってまで果たそうとした復讐さえ捨てると言った。

 

 計画のすべてを打ち明けたところで、お前の愛を利用し、皇帝に体をゆだねる決意をさせるのは耐えがたかった。あんなに青ざめて怯えていたものを。

 

 “その時”がくるまでは隠し続けると決めた。


 だが、“その時”がいつなのか、わからなかった。

 

 異世界から来た愛流が皇帝の寵姫となった事実をサジンがつかんだことで、憂理への接触を試みた愛流に、私が直接、接した。


 皇帝になった暁には憂理を捨て、妃にすると伝え、偽の指輪を与えたことから、愛流は『満月の夜に皇帝の宮殿を守るチカラが弱くなる』と教えてきた。

 

 嘘を言っているのではないかと、モノクロームの目を持つものだけに見える月をラセンに確認させた。


 私は宮殿の守りが弱まるときを調べるために、謁見の際、この階段を上るカーペットの下に指輪を忍ばせていた。

 本来、宮殿に入ることのできないサジンが、満月の夜に忍び込んで指輪を持ち帰ることに成功し、それが事実だと分かった。

 

 サジンは皇帝が気分によって寝室を変えることを知り、それに従事するものから当日、寝室に使う場所の情報もつかんでおり、そのベッドの下に私とラセンが使う為の剣も持ち込み、私が命じるのを待っていた。

 


 皇帝の体に亀裂が入ったあとの倒し方も、おごった皇帝が自ら愛流に伝えたことでわかった。


 愛流は、魔力、武器、毒、そして神のチカラが通用しない皇帝が、呪いによって不死の状態から解かれるとは夢にも思わず、『脳と心臓と肝臓を破壊すれば死ぬ』とおごった皇帝から直接聞いたことを話した。

 


 皇帝は輝く魔方陣を自らが使い、魔力のみを憂理たちの世界へ送っていた。


 そこで黒い男になり、愛流をそそのかして憂理を呪わせ、ネイチュへ送らせたことで墓穴を掘ったのだ」

 

 アキの長い独白が終る。

 

 だが、私にはまだひとつ疑問があった。

 

「どうして皇帝の三つの臓器を、剣で倒したの?」

 

「三つの臓器は剣でなければ破壊できないと気づいた」

 

 アキは振り返り、玉座の上にある大きなアルマの紋章に目を凝らす。

 

「なぜなら、アルマの紋章は剣を防ぐための盾をシンボルにしている。剣での攻撃を嫌っているからだ」

 

 皆がそちらに注目した。

 

 飛翔も壇上に上がっており、それを確かめた。

 ワイクが体を向ける。

 

「お前は輝く魔方陣が現れたとき、なぜ元の世界へ戻らなかったんだ?」

 

 飛翔は肩をすくめる。

 

「イシュリンが理想とする魔力に頼らない時代がこれから始まるってところで、戻るなんてありえない」


「本当か?」


 見抜かれて、失笑する。


「おれに言わせたいのか……?」

 

 優しい目を私に向けた。

 

「好きな女が幸せになるのを側で見ていたかったんだよ」





 ★〈次回、エピローグ〉

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