第88話・皇帝は死んだ

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 ラセンはそのとき激しい出血で体が冷え、息をするのが精一杯だった。


 アキが皇帝を倒したのかを確認したかったが、動くことが出来ず、壊れたベッドに体を預けていた。


 涙があふれた。サジンに対してだった。


 巻き込まなければ平穏に暮らしていたはずの若者を犠牲にした。


 毒を浴びたサジンがすぐ近くで膝と顎をつき、うめき声を噛み殺していることは感じており、長い苦しみのあとで死ぬことを知っていた。


 今すぐ楽にしてやりたかったがそれすらもできない。


 自分の死はすぐに来る。


 迷いも後悔もない世界へ行く。


 ふと、甥のセツナ――神官としての名前はイシュリン――の面影が浮かんだ。


 死んで魂になったのなら、あの湖に潜り、いつまでも側にいたいと思った。


 面影に血濡れた手を伸ばす。


「セツナ、お前の理想とする世界を実現するためにはお前を封じるしかなかった。私を許してくれ……」


 目がかすみ、視界が消えかかる。


「大丈夫です、叔父さま」


 返事が聞こえた気がした。


 その手に起こされ、温かい胸に抱かれた。


 痛みが抜けていった。

 しびれていた体に確かな感覚が戻る。


「叔父さま、今、傷を治しました」


 求めていた顔がはっきりと見えた。


 イシュリンは振り返ると、苦しむサジンに手をかざした。


 サジンの体から抜けた毒が球になる。


 それをとても小さなものにしていき、つかむと手の中で消した。


 サジンの痛みがおさまった。

 体にちからが入らなかったが顔だけをラセンに向けた。


「皇帝はどうなった……? アキさまは……?」


 入り口を背にしたオーヤがイシュリンの横に立った。


「皇帝の臓器はすべて破壊され、灰になった」


 ワイクも続く。


「皇帝は死んだ」


 サジンに歩み寄り、膝をつき助け起こした。


「セツナ、アキは?」


 ラセンはその姿を見つけられぬまま、血のりが入り口とは逆の扉へ続くのを見つけた。


 回復したばかりの呼吸が荒くなり、甥の肩をつかむ手に力を込めた。


「セツナ、アキは!?」





 〈続く〉

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