第86話・私たちは愛流に復讐する

 

「飛翔、助けて! 私は無力なのに、この女は私を殺そうとしている!」


 愛流が飛翔に訴えた。


「愛流、憂理にお前を殺させない」


 愛流はほくそ笑み、私は涙がとまった。


 私の仕打ちを飛翔が恨んでも当然だった。愛流の側についても自業自得だ。


 飛翔は私の前に回る。愛流を庇っているように見えた。

 

 それでも私は自分の仇を討たねばならない。


「飛翔、そこをどいて。お願いだから、私に復讐させて……!」


「わかっている、憂理」


 飛翔は振り返って愛流を見た。


「愛流が憂理を呪い、体に侮辱的な言葉を刻んだことは知っている。カタルタの海でアキと対戦したとき、アキはおれに憂理の体に入れられた模様、日本語で書かれた文字をタイルにしるし置いていった。アキは憂理を利用したとしても貶(おとし)めることはしない」


 飛翔は体の横で拳を握りしめ床をにらんだ。


「おれが、憂理を貶めた愛流を殺してやると思った……!」


「……飛翔」


 私がその顔を見る。


 飛翔は愛流に向き直った。


「なによ、私を助けてくれるんじゃなかったの? デキてたの? その女は“娼婦”なのよ。実際に、元の世界では飛翔との仲を自慢して、こっちでは皇太子に媚びを売っていたんじゃない。処女でも“娼婦”に間違いないでしょ!」


 愛流は私を指さしゲラゲラ笑った。


 飛翔が怒りをこめて愛流に踏み出す。


「それ以上、憂理を侮辱するのなら、お前の舌を抜いてやる!」


「できるの、飛翔。やってみてよ。クラスで一番人気の男子で、“王子様みたい”って皆、憧れていた。強くて優しくて、弱い者をかばうのが飛翔なんだって!」


「そうだ、弱い者をかばうのがおれだ!」


 言うなり魔力でその舌を奪った。

 

 愛流の開いた口から血があふれる。


「飛翔……」


「おれはこれで憂理の仇を討ったことにする。憂理は憂理の恨みを晴らすんだ」


 飛翔が背中に庇っていた私から体をどけた。

 私はうなずく。


 私がされたことと同じことを愛流にやり返す。


 その体の表に日本語で“娼婦”と書き込み、体を裏返すとネイチュの言葉でも刻む。


 愛流は、のたうち回る。


「本当に裏も表もないよな」


 飛翔は冷やかだった。


「あの女はあれでいい。美しいことが自分の価値だと思っているから」


 私は大きく息をつく。


 何もかも終ったと思った。

 肩の力が一気に抜けた。


 そのとき、王座の階段の下の私とアキが皇帝にひざまずかされていた場所に、床から光が立ち上った。


 それは私たちと愛流を隔て、三メートルの大きな円をえがき、その外側にも逆向きに円をかいた。


 円と円の間にネイチュの文字が記される。


 “汝の命は我が手にゆだねられた”――。


 それが魔方陣の模様に見えた言葉の意味だった。


 輝く魔方陣は本当に現れた。





<続く>

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る