第84話・三つの臓器を破壊せよ

 アキと、ラセン、サジンは、三人の背中で三角形を作る。一歩離れて、それぞれ距離を取り、構える。

 

 アキがほかのふたりに呼びかける。


「皇帝の臓器は体から出たことで強烈な毒を含んでいる。傷つけられるとそれを浴びせてくる。気をつけろ!」


 彼らを中心にして激しく円周を回る心臓と脳の向こうに、縦に振り回されたような動きをした肝臓が逃げる。


 アキは周回するふたつの臓器の下から転がり抜けて立つ。それに迫った。


 気づいた肝臓は、アキを円に入れると、上下しながら周囲で激しく回転する。


 アキは剣を構えたまま、目を閉じた。


 深くゆっくり息をする。


 肝臓は軌道を変え、天井から床へと不規則に跳ねながら回る。


 スピードを増したそれが天井から叩きつけられたように床でバウンドし、襲いかかってきた瞬間、アキは目を開け、剣の先で打つように右から左へ切り裂いた。


 分断された肝臓は離れた壁にたたきつけられる。最後に毒を吹いたが、アキには届かなかった。


 床にべちゃりと落ち、白い灰になった。


 アキが振り返ると、心臓は依然として空中をぐるぐると横に回転している。


 ラセンは軌道の外に出て構え、狙っている。


 軌道が下れば内からサジンが斬りかかり、上がれば外からラセンがなぎるが当たらずにいる。

 

 アキの背後にサジンが目をやる。


「アキさまは、皇帝の脳を!」


 アキは部屋を奥から抜けようと床近くを浮遊する脳の先にまわり、たたき斬ろうとした。


 だが、脳はとびすさって避ける。

 脳を頭にしてむくむくと影が立ち上がる。

 シャビエルの肖像画で見た若い皇帝の真っ黒な形になった。


「これが皇帝の正体か。皇帝だけが作れる魔方陣をつかい、ネイチュでの魔力と引き替えに異世界へ“本体”を送っていたのか。そのため、この世界に残った肉体は不死を保っていたが、それが破壊されたために戻らされたのだ」


 アキは正体を見破る。


 この黒い男が愛流(あいる)に魔方陣を書かせ、私をネイチュにおろさせたのだ。


 黒い男も体の中から取りだした黒い剣を持つ。


 アキは間合いを取ると右から顔を切りつける。


 ゆらりと後退され、避けられた。


 皇帝の刃がカメレオンの舌のように伸びてアキの喉を貫こうとする。


 アキは右にかわすと同時に右下から脇腹をななめに切り上げる。


 手応えがあり、皇帝の影はひずみを見せた。


 だが、影は鋭くアキの左肩に斬りかかる。


 アキは剣の左側で受け、さらに右に移動する。しなやかに手首をかえすと、左に振り切り胴を断った。


 それでも皇帝の影は分断されたはずの体を影でつつんで回復させ、またアキに剣を向けた。


 私はヒュンヒュンと空気を切る音が高まる方を見た。


 皇帝の心臓は細かく高度を上げ下げして、ラセンとサジンの間で刃から逃げている。


 そのうえで回転を徐々に縮小し、内に立つサジンを追い詰めていく。


 突然、心臓から裂けたような口が現れた。

 野獣のように太く長い二組の牙が伸びてガチガチと噛み鳴らし、正気を奪う恐怖へ引きずり込もうとする。


 だが、サジンは冷静だった。


「円は小さくなった方が好都合だ。牙が出たぶん空気抵抗も増し、回転速度が落ちている。その分、倒しやすくなる」


 顎を引いてにらみ上げた。


「私をなめるなよ。私はこのために、“第一にアキさまのために命を投げ出すことができる者、第二に剣が使える者、そして第三に魔力が使える者”としてラセンに選ばれたのだ。命を投げ出す覚悟は出来ている」


 心臓がまだ一段と近づいた。


「手が届くところまで来い。青いダイヤの指輪で殴り倒す!」


 その右手の中指で、まばゆい輝きを放っていたのは青いダイヤだと知った。


 だが、突如、心臓は表裏を変えた。


 外で狙うラセンの胸に体当りして食らいつき、深く牙をめりこませた。


 ラセンは大きく腕を広げる。


「サジン、私ごと斬れ!」


 サジンは迷うことなく飛び、皇帝の心臓もろともラセンを深く斬った。


 真っ二つに裂かれた心臓は最後に毒の血をサジンに長く浴びせた。


 固唾をのんで戦いを見守っていた私はショックのあまり涙が止まらなかった。

 唇はふたりの名を呼んだが、声にならなかった。


 息を浅くして、アキを探した。


 アキは黒い影の剣を受け止めながら、何度も斬りつけ、ダメージを与える。

 皇帝の影は防ぐことすらできなくなる。


 アキは、ふた呼吸おいてから剣を振り上げ、皇帝の影を頭から渾身の力で切りさげた。


 影を操っていた脳が両断された。

 影は、すとんと落ちて消えた。


 アキは床で白い灰になったものを踏みにじった。


 そのとき、アキの右手に紫色の光がやどった。

 光はどんどん強さを増した。


 剣を投げ捨てる。

 離れた場所で立ちすくむ私に背を向けた。


「憂理、お前の復讐をしろ!」


 直後に膝をついたのは疲労したからだと思っていた。





<続く>

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