第83話・反撃のとき

 こんなことになるのだったら、私が“永遠の棺桶”に入れば良かったのだ。


 だが、もう遅い。

 私は見世物にされて皇帝に体を奪われる。


 おびえて涙を止めどなくあふれさせる私に、皇帝は我慢ができないといった様子で愛流をうながし、身につけていた宝飾品を取らせ、着ていた厚い物を次々と脱がせる。


 太った体に腰布を一枚つけただけの姿になった。愛流が下がる。


 皇帝がベッドの後部から乗ってきた。


 私は叫びそうになったが、喉がひからびている。


 皇帝は膝で私にむかって進み、恐怖で虚脱した私の足を開かせた。


 ドレスを脱がせようとして胸の下で結んでいるシルクのベルトを乱暴にほどいた。


 愛流はベッドの近くに立ってほくそ笑み、悲劇を待っている。


 アキはベッドの上の様子がよく見えるよう、下手(しもて)で五メートルほど離れた場所に立つ。ラセンをしたがえ、腕組みしてこちらから目をそらさずにいる。


 ラセンも私から目を離さない。

 アキに何事かささやく。


 アキはゆっくりうなずき、ふたりとも静かに重い上着を脱ぐ。身軽なシャツとベストになった。


 皇帝も愛流もこれから起こることに興奮し、背後の変化に気づいていない。


 皇帝が私の視野をおおう。


 声の出ない私のドレスの首元に両手をかける。


 二重の真珠のネックレスを引きちぎりながらそれ破り、胸の間を大きく露出させた。


「……変わった刺青をしているな」


 縦に五センチの長さで記された元の世界の黒い文字を見た。


「“私は娼婦”という意味です」


 愛流に呪われ、つけられた文字の意味を、愛流本人が説明した


「誰が抱いてもこの女は愛されているのではなく、ただ体を売っているだけなのです」


「面白い」


 皇帝は下劣な笑みを浮かべる。体を重ねにかかる。


 私はその体の隙間から、もう一度アキを見た。


 アキとラセンは貴族がはく分厚いスカートを床に落とす。その下に軽い膝丈のものをつけていた。


 敵を狙う鋭い視線に戻っていたことを不思議に思ったが、もう遅かった。


 皇帝の体が私を押しつぶす。


 肌が直接、呪われた言葉をおおった。


 そのとき、私に刻まれた文字が、バチッと大きな音を立て、高圧の電気に触れたかのように皇帝を直接攻撃した。


 大きなダメージを受けた皇帝は叫び、私から体を離す。


 その胴体に縦横の大きな割れ目が入っていた。


 悶絶してベッドの後ろから転がり落ちた。


「サジン、やれ!」


 アキが大声で命じた。


 足の長いベッドのフリルをまくり、剣を持ったサジンが左下から飛び出る。


 立ちあがりかけた皇帝の背後から襲いかかり、頭を叩き割った。


 胸まで深く切り下げられ、皇帝の体から泉のように激しく血が吹き出る。がっくりと膝をついた。


 サジンは体を左にねじり、手首の向きを変えると、低い体勢から腕を右に振り切った。


 皇帝は手を浮かせたまま腰の上で体を両断され、床に伏した。


 愛流は何度も悲鳴を上げ、ベッドヘッドに向かって後ずさったがそこで尻餅をついた。


 アキがサジンとは逆側のベッドの下から剣を二本蹴り出す。

 腰を落としていたラセンがつかみ、一本をアキに渡す。


 アキは真っ先に高いベッドのへりに足を掛け、上に乗ると、剣を振り下ろし私をつなぐ銀の手錠の鎖を断った。

 衝撃で手錠が外れた。

 腕を引いて助け起こし、短いキスをした。


「怖い思いをさせてすまなかった」


 真摯なひとみで詫びてベッドから降り、サジンの左に回った。


 サジンは剣を逆さに持ち、ちぎれた上体の心臓を狙って突きおろす。


 だが、皇帝の体は跳ねて刃をかわし、“人”の字を逆さにした状態でふわりと宙に浮かんだ。


 そのまま、部屋の奥の出口から外へ逃げようとする。


 ラセンが立ちふさがり、ふたつに裂けたその首を一気にはね上げた。

 それは真っ黒な断面を見せて、落ちた。


 アキが叫ぶ。


「その頭は偽物だ。脳と心臓、肝臓は別の位置にある! とどめを刺せ!」

 

 狙ったはずの臓器は皇帝の体の中で位置を変え、逃げていたのだ。


 はたして、それらは皇帝の切り裂かれた体を捨て、飛び出した。


 それぞれの意志を持ち、飛びまわる。


 向きを変え、戦う男たちを外から取り囲んだ。




<続く>

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