第76話・聖なる玉はどうなった?
ーーーーー
その後も数週間にわたり探していたなか、ワイクはマンゲールの湖の最も深い場所でモノクロームの目に輝く箱を見た。
全身を包む空気の球を作り潜水する。
百メートル近くもぐった湖底には、縦横が三メートル、高さがニメートルある山形の屋根がついた石の神殿が沈んでいた。
“見えない神殿”をついに見つけた。
周囲を回って調べたが、神殿は切り出されたひとつの石でできており、継ぎ目はなく、正面に別に作られた両扉がついているが、取っ手らしきものはない。
屋根にあたる部分の前面には『処女のみ歓迎する』と文字が刻まれている。
禰宜(ねぎ)であるワイクがいくら扉を開こうと細い隙間に手をかけ力を込めても、オーヤを呼んでふたりで引いても、開けることはできなかった。
魔力は中にある聖なる玉を傷つけるかもしれず使えなかった。
浮上して湖上に立つ。
オーヤが舌打ちした。
「ナジの言ったことは本当だったな」
「憂理たちを呼ぼう」
ワイクの方が転移の距離が長かったため、オーヤが残り、ワイクはカタルタへ向かった。
ーーーーー
イシュリンがワイクを連れ、海中を捜索していた私の元へ転移してきた。
「憂理、マンゲールの湖でワイクが“見えない神殿”らしきものを見つけた」
「イシュリン……。それ本当?」
私は安堵して少し涙ぐんだ。
ここまで来たら、あとひと息だ。
急ぎカタルタの宮殿から離れた海にいる飛翔を呼びに行った。
「見つかったのか!」
と、飛翔は興奮し、朗報を届けた私の肩を強くつかんできた。
ふたりで、いったん、宮殿の前の海へ戻り、そこで待っていたイシュリンとワイクとともに、マンゲールの湖へ向った。
ワイクが目印に作った光るポールの脇でオーヤと合流し、皆で水上に立った。
ワイクはイシュリンに告げた。
「『処女のみ歓迎する』と確かにあった」
場の空気は少し複雑になった。
真の信頼関係が試されるときが来たのだ。
「私が聖なる玉を持ってアルマ側に逃げることを疑い、信じられずにいるのなら、はっきり言う」
屈辱的な身の上について語る。
「数カ月前、皇帝に会う機会があった。皇帝は異世界から来た処女の私を抱きたがった。私は絶対にいや。それなら死んだほうがましだと思っている。でもアキは新帝都の建設が上手くいかず、すべての町が結界で守られていることから、私の魔力もいらなくなり、皇帝の歓心をかうために私を皇帝に差し出そうとした。皇帝の寵愛を受けている愛流を気に入り、引き換えにするつもりだといった。だから、私は逃げてきた」
おぞましさに体が震え、怒りのあまり両脇でこぶしを作った。
「アキはそうして皇帝にへつらいながらも聖なる玉を手に入れ自分が皇帝になろうとしている。もしも魔力の強いアキが皇帝になったら今以上にネイチュは魔力がすべての世界になる。町は全部潰され、奴隷都市とアルマの都市しかない世界にされる。そんなこと許されない。絶対に聖なる玉をアキに渡してはいけない」
イシュリンが水面を見つめていた青い目を向けてきた。
「憂理、聖なる玉を取りに行ってほしい」
右手を肩に置いてくる。
「アキをそうするしかない状態から救いたい。私たちが聖なる玉を手に入れ皇帝と交渉すれば魔力に負ったアルマの支配を終わらせることができるはずだ」
飛翔はイシュリンを押しのけるようにして、私の両手を握る。
「憂理、頼むよ。この世界を救えるのは憂理しかいない」
「わかっている。飛翔」
あらためて皆の顔を見回し、うなずく。
「自分とレジスタンスのために行く」
飛翔が手を離して体を引くと、私は魔力で水面を持ち上げ全身を包む大きな空気の玉を作る。
目的に向かい、ポールの足元へもぐった。
そして、深い湖底に、“見えない神殿”を見つけた。
表にまわり、石の両扉に指をかけたあと、屋根の前面に刻まれた文字を読む。
文字を、手でなでた――。
そして浮上して湖面に立ち、自分を包んでいた薄い球を割る。額をぬぐい、待っていた四人に首を振った。
「ネイチュの文字がわからない。私は中に入れなかった。ワイク、本当に『処女のみ歓迎する』って刻んであった?」
「おれも潜って読んだ」
オーヤが答える。
「魔力を持つ憂理は穢れない存在だ」
飛翔が断言した。
「私のモノクロームを見る目は深い水に沈んだ神殿が間近に見える。確認する」
ワイクは“見えない神殿”の正面が見える位置まで数メートル後退し、湖面から海底を透かして文字を読む。
そして、目を見開いた。
「……『神官のみ歓迎する』とある!」
「なんだって!?」
オーヤは水上を短く飛んでワイクの元へ行き、彼に迫った。
「おれも読んだんだぞ。確かに『処女のみ歓迎する』と刻まれていた!」
水面に目を転じ、足をつける。
「もう一度、潜って確認する!」
そのとき、水上を何かが走った。
私たちはそちらを向いた。
七十メートルほど離れた湖上で空に立ち、見下してくるラセンがいた。
全員の息が止まりそうになった。
飛翔が叫んだ。
「聖なる玉を奪いにきたんだ!」
視野を覆う黒い盾を作って浮かせ、腕を伸ばして手首の内側をつける。
「戦って倒す!」
「飛翔、だめ!」
私は手でさえぎる。
「前に言ったはず! アルマはレジスタンスの私が倒す!」
ラセンは攻撃せずにこちらを、正確にはイシュリンを見ていた。
「私は聖なる玉を奪いに来たわけではない!」
声を張り上げた。
「お前たちが玉を使うことでアキを皇帝から解放するつもりでいるのか、それとも苦しめるつもりでいるのか、それを確かめに来た」
「そんなのただの口実。この男は私たちレジスタンスを見張り、聖なる玉を見つけたところで奪いに来たのよ。私はアルマの言うことなんて信じない! アルマなんかに騙されない……!」
手首を合わせる。
「イシュリン、聖なる玉を手に入れたらそのまま転移してドームへ行って!」
腕を高く上げ、魔力をこめる。
ラセンにむけ手のひらを開いた。
湖面がうずを巻きながら立ち、イザヨイに沈められたはずの大石が何十個も高く浮く。
ラセンの真上から次々と落下し、叩きつぶそうとした。
ラセンは特別に強い盾をつくり、腕で支えながら山型にして防ぐ。
ワイクが急(せ)かす。
「イシュリン、聖なる玉を! 早く!」
飛翔はふたたびかまえる。
「憂理、おれもやつを攻撃する!」
「だめ! ふたりで攻撃したら同士討ちにされる!」
私はラセンよりも高く空に上がると飛翔たちを巻き込まない角度を取り、再度、攻撃した。
守るラセンを中心にして湖が爆裂する。跳ね上がった水は鋭く凍り、巨大な剣となって全方位から襲いかかる。
ラセンは盾を多面にしたが、突き抜けた一部の刃に体を切られた。
私は額に気を集中させると体を曲げ光の矢を強く放つ。
盾を貫いてラセンの額を刺し、十数メートル後退させた。
かなりの魔力を奪ったはずだった。
さらに腕を振り下ろし空気に亀裂を入れ、何万というカマイタチを塊にしてぶつける。空気が金属音を長くかなでた。
イシュリンは立て続けに強い攻撃を受け、次第に傷つくラセンに動揺し、無我夢中で湖に潜った。
私はラセンを攻撃しつづけ、時間をかせいだ。
ワイクが叫ぶ。
「イシュリンが“見えない神殿”に入った!」
ラセンも水中を見る。
私は攻撃を中断し、ラセンから目をそらさずに待つ。
ラセンは強固だった盾を薄くして解く。
分厚いそれを支えていた両腕をおろした。
私も体の力を抜き、かまえを解いた。
湖面で大きくバウンドした水が徐々に収まり、やがて不気味な静寂が辺りを包んだ。
耐えきれずに、右手で口元を押さえる。
「おれが倒す!」
飛翔は私がラセンを倒しきれなかったとみて攻撃する。だが、ラセンが少し攻撃しながら手のひらをクロスさせると、その魔力は飛翔自身に跳ね返り激しく傷ついた。
ワイクは焦っている。
「イシュリンが出てこないぞ!? どうなっているんだ!?」
気づいたオーヤが煮えたぎる目を向けてきた。
飛翔は流血しつつ湖上でふんばる。
「憂理、聖なる玉はどうなったんだ……?」
私はため息をつく。
「聖なる玉……? なんのこと?」
冷たい唇で問い返すと、飛翔の顔色がサッと変わった。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます