第74話・イシュリンという人

 

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 私とイシュリン、飛翔の三人は、日が暮れるとキリアの町へ戻った。


 海は広大で深く、海底も地形の凹凸(おうとつ)や沈没船など紛らわしいものもあり、そのたびに魔力で作った空気の玉に入り潜って調べた。

 そのため、なかなか範囲をせばめることができなかった。


 町では小さな家を借りていた。

 気力、体力、魔力を回復させるためにも、朝と夜は町の食堂でしっかり食べ、家でよく寝るスケジュールになっていた。


 イシュリンは神官だが、特別な食事ではなく、リバティーでオムレツを食べていたように、肉も魚も食べる。そのことで祈ったりもしない。


 服装も特別ではない。

 綿でできた丸首の長袖シャツを着ており、くるぶしまであるワイドパンツの上に腰より長い裾を出している。胸を覆う程度の短いV字の薄手のカーディガンを重ね、腰に細い革のベルトを二周巻き脇腹で結んでいる。


 いかにも神官といった体(てい)の首からかける勾玉やメダルのような装飾もない。意識して衣類以外は何も身につけていないようだ。足元もよく見るつま先の丸い革靴だった。


 ネイチュの人は髪や瞳の色が自然と同じで、葉や草、空や水、土や炭の色であり、イシュリンの若草色の髪も神官は必ずそうなる色だったが特別なものではない。


 ワイクは金髪だが、正確には実った小麦が陽を浴びて輝く色だ。


 その服装は丸首の長袖シャツの上から袖なしの腰下まであるカーディガンをあわせ、ストレートのパンツは膝下の長さ、その下にくるぶしまでぴったりした長い物をあわせている。

 色も草木や木の実で染めた素朴なもので、イシュリンと大して違わない。


 オーヤも同様だ。黒いTシャツに深緑のパンツをはき、すねの下で絞っている。


 イシュリンは特別な存在というオーラを出すことはなく、言われなければ神官とはわからない。


 帝都の居酒屋で“見えない神殿”と聖なる玉の話を手に入れたと聞いたが、ありうることだと納得する。


 少し、髪色や髪型を変えれば、澄んだ青空のような瞳をもつ整った顔だちの青年だと振り返られるかもしれないが、無害で穏やかな雰囲気と目立たぬ服装のせいでそのままやり過ごされ、帝都を警備する魔力を持った役人にも怪しまれることはなかっただろう。


 感心したのは、スプリングのドームの強度や大きさがちょうど良く、状態が安定しているときは神殿から出て、レジスタンスの人々とともに仕事を選ばず求められる労働をうけおい働くことだ。


 土にまみれて畑仕事をしたり、鶏舎を掃除することもあれば、重い荷を運ぶこともある。

 年寄りの手を引き、誰かの赤子を背負いながら井戸端で汚れのひどい服を男ならではの強い力でいくらでもしっかり洗う。


 内職をする者たちの集まる家にも行き、ズボンなど力がいる硬い生地の縫い物をする。シャツのような柔らかい布を縫う女たちと世間話をして笑い、針仕事を覗く子供たちに縫い方を教えたりもする。


 至極まっとうな“普通の人”であり、他の人々もそれを当然として受け入れていた。


 そこに、レジスタンスの結束の強さをみた。


 だが、“普通の人”に見えたとしても、特別であることに変わりはない。


 神から与えられた強大なチカラは、今アルマでもっとも強い魔力を持つとされるアキですら、歯が立たず、アルマの統治に従わぬ勢力であるレジスタンスを維持させ守っているのだ。


 そんなイシュリンと私は行動をともにしている。




<続く>

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