第71話・アキは飛翔に“言葉”を残す
私はイシュリンとともにカタルタの宮殿の前の海へ転移し、その上に立った。
振り返ると岬のてっぺんから私たちを見下す白い宮殿があり、アキがそこで私を裏切ったことを思い出し腹立たしかった。
だが、神官のイシュリンはナジが話した内容がとても重かったようだ。
波が打ち寄せる穏やかな海面をにらんだ。
私はイシュリンのそこまで厳しい表情を見るのは初めてだった。
イシュリンは上げた強い目を私に向ける。
「憂理、目印としてナジが探した範囲の境界に赤い光の壁を作った。さらに五百メートルの間隔で光のポールを立てた。そこを通ると消えるようになっている。憂理は赤い光の壁を背にして宮殿に向かい、ポールを目安にして左右に折り返し面を作るように海底を探してほしい。私は宮殿前からそちらへ向かう」
「わかった」
私はさらに転移して宮殿から百キロメートル離れた。
この範囲の海の幅は約八十キロメートルもある。
全部調べるのに、いったい何週間かかるのだろう。
気が遠くなったが、ナジの情報があるからにはやるしかなかった。
海底の感覚に集中してスキャンするように浮遊し移動する。
気になるものがあったら、空気の泡に全身を入れて潜り、調べる。
イシュリンが請われたように“アキを救うため”ではなく、私たちレジスタンスがアルマに圧力をかけるため、聖なる玉はなんとしてもアキより先に手に入れなくてはならない。
イシュリンはペアを組むことで、私を半球の結界で守っていた。
そのため、アキが私にこだわり、奪回しようとしたところで魔力も腕力も通じない。
だが、アキは別のところに現れた。
ーーーーー
飛翔は、宮殿からもっとも遠い海に転移した。
イシュリンと同じように目印になる光のポールを海に立てた。
しばらく海中を探していたが、瞬間で気配をとらえ、すかさず多面の盾を作った。
飛翔を起点に海が爆裂する。
身を守りきり飛翔は光る目を防ぐ黒い盾を左手で作る。
七十メートル先に立つアキを見すえた。
冷たく睥睨する眼差しは変わらなかったが、長かった黒髪は短く整えられ、ゆるいカールが空気を包み込んでいる。
オーヤの話を信じかけた。
だが、自分が想う女はアキを愛してはいない。騙され、利用されていたのだ。
そしてアキをナジが話したような救うべき相手だとは思わなかった。
黒い盾を小さなものにし目の前に浮かせて視野を守る。
手首を合わせ両腕を高く上げて集中する。
ありったけの魔力をこめ、アキに向け手のひらを開いた。
同時に、異世界から来たことで特別に使えた光の矢を額から強く放った。
海が敵に向かって割れ、水が長い壁を作った。
アキは左手で厚い盾を作ったが二重の攻撃を受け後退させられる。
その指に金色の輝きはなかった。
滝のように落ちる波を体を包む多面の盾でしのいだ。
それがすべて流れ落ちると、飛翔を見すえ首を傾けた。
「お前は憂理を抱いたのか?」
飛翔は答えずにいる。
アキは顔をまっすぐに向ける。
「ネイチュに来てから憂理の裸を見たことはあるのか?」
「なんだと……!?」
飛翔は怒りに震える。
「お前は……。憂理をもてあそんだのか!」
怒りを込め、再びアキを最大級の魔力で攻撃した。
稲光を呼んだ竜巻がアキを襲った。
だが、アキの盾は左手一本でも強く、飛翔の攻撃を完全に受け流した。
アキは冷笑し、ひとりごつ。
「レジスタンスもまた憂理を処女のまま魔力を利用し、道具にしているということか」
後方に上げていた右手を下から弧を描くように前へ出し、見えない扉を押すようにして飛翔へむける。
飛翔はひるまず右腕を伸ばしアキをまっすぐ指さす。
「レジスタンスは憂理を騙しはしない。利用もしない。お前とは違う!」
「聞き苦しい」
アキは、手首を合わせ飛翔を攻撃する。
海が深くえぐれ、波が魔物になって飛翔に襲いかかった。
飛翔は、くの字の盾で防ぎきった。
アキは続けて強烈な光の塊をぶつけ、さらに体よりも大きく噴射した魔力で飛翔を消し去ろうとした。
立て続けに繰り出されるアキの攻撃を飛翔はすべて盾で防御した。アキをにらみつける。
アキは飛翔を挑発し、持っている魔力のすべてを自分への攻撃に引き出させたところで飛翔自身にはね返すことができたが、それをしなかった。
五度目の攻撃をしかけ、飛翔がそれを盾ではなく魔力で押し返すと、転移して去った。
飛翔は呼吸を落ちつけた。
自分を殺しに来たアキを実力で追い返せるようになったのだと安堵感よりも高揚感を覚えながら腕を引き、うなずいた。
次は必ずアキを倒す――。
ふと、波間に白く薄いタイルが漂っているのに気づいた。
アキが残した物のようだった。
手のひらに収まる小さなそれを拾い、そこに刻まれた言葉を読んだ。
血の気が引いた。
「憂理……。これは、本当なのか……?」
復讐にこだわる理由を知った。
アキはそれを伝えるために手加減していたのだ。
ーーーーー
アキはカタルタの海の中心に転移し空に立った。
夕方になっていた。
見あげた空は重く黒い雲におおわれていたが、宮殿がある方角では金色の輝きが水平線に沈みながら海面と雲の一部をフラミンゴの色に染めていた。
朝焼けに思えた。
左手を持ち上げる。
指輪のない薬指に長く口づけた。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます