第70話・ナジの話(2)
私は驚き、くりかえした。
「アキを助ける?」
飛翔も怒っている。
「この町を貧しくしているのはアキじゃないんですか?」
ワイクとオーヤも理解しかねている。
ナジは体を起こしたが、まだ目に涙をためていた。
「アキさまは被害者です。とても苦しんでおられる。カタルタの宮殿をご覧になりましたか?」
飛翔が答える。
「ここへ来る途中で見ました」
「あの宮殿の前面にアルマの紋章がえがかれた大きな広場がありますが、なにをする場所か、ご存知ですか?」
イシュリンは目を伏せたが、私たちは顔を見合わせた。オーヤが肩をすくめる。
私はたずねる。
「なにをする場所なんですか?」
「あそこは皇帝が十年に一度、十代の皇子たちを魔力で戦わせる闘技場なのです。生き残った者が皇太子になる。敗れた者は教育係の側近ともども刻まれて海へ捨てられる。皇帝と貴族たちはそれをショーにしながらベッドで楽しんでいる。誰が勝つのかを、賭け事の対象にしつつ。アキさまはそんな辱めを受けながら、十年のあいだ、苦しんで魔力を伸ばしてきたはずの兄弟の皇子たちと、初めての対面で殺しあわなくてはならなかった。そうしなければ生き残れなかったのです」
皆、黙った。
「どうか“見えない神殿”に隠されている聖なる玉を使ってあの皇帝を倒し、アキさまを救ってやってください」
私はナジがどうかしているとしか思えなかった。
「アキを救うだなんてとんでもない!」
強く反対する。
「あの男は町を破壊し何千人を殺しても平気でいる。もともと残忍で冷酷な皇子だからよ。そして今は自分が皇帝になる機会をうかがっている。私たちが皇帝の次に倒さなければならない敵でしかない」
断言する私に飛翔のほうが戸惑う。
「……憂理」
「人を騙すのもよく使うテだから。ナジ、あなたも騙されているのよ」
「あなたは“処女の妃”ではないのですか?」
顔を上げたナジに問われ、言葉につまる。
飛翔がかばった。
「今は違う。レジスタンスだ」
ナジは言い繕う。
「いえ、責めているのではなく、その神殿に入れるのは処女だけだと聞きました」
私は皆の視線を感じた。
オーヤが腕組みする。
「つまり“見えない神殿”を見つけたところで、聖なる玉を持ち出せるのは憂理だけということか」
「それが本当なら、私が取りに行く」
答えた私にナジが身を乗り出す。
「でも、気をつけてください。“見えない神殿”に入っている間はすべての特別なチカラが失われます。能力のない者になってしまいます」
「わかった。そこでは普通の人のように息を止めて、できるだけ早く聖なる玉を持ち出すようにする」
ずっとたたみを見つめていたイシュリンが目を上げ、私たちを見回した。
「ともあれ、“見えない神殿”を見つけよう。私たちは聖なる玉を持たねばならない。アルマの蛮行をやめさせるために」
飛翔は決意を新たにする。
「全力をつくして見つけてやる」
皆が首を縦に振った。
ナジがは海図を取り出し広げた。
「この色のついた部分が私が特殊な重りをつけた網で底を引いて調べた場所です。宮殿に近い場所は船が近づいてはいけないので調べていません。離れた場所は遠くて調べられませんでした」
イシュリンはねぎらう。
「十分です。私たちが残った場所を探します」
海図を指さし、指示した。
「宮殿に近い海は私と憂理が行こう。飛翔は離れた海。ワイクとオーヤはマンゲールの湖を探してくれ。あそこも広くて深い」
ワイクとオーヤもうなづいた。
「わかった」
私は飛翔を気づかう。
「飛翔の範囲の海はすごく広い。ひとりで大丈夫?」
「心配するなって」
笑った飛翔に、私はまた頭をくしゃくしゃとなでられた。
「もう、子供扱いしないでよ」
「お互いさま」
イシュリン以外のレジスタンスたちが笑う中、私は唇をとがらせ、頭の高い位置で作ったおだんご結びを直した。
<続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます