第67話・“見えない神殿”を見つけたら飛翔に言いたいことがある

 神殿を出て与えられた家へ戻る。


 飛翔が縁側にまわって来た。


「スイカをもらったから食べよう」


 丸いのを半球にし、さらに切り分けたものをふたつ載せた大きな皿を持っていた。


 灯したランプをそばに置き、並んで座る。

 両手でスイカの端を持ち、みずみずしいそれを食べた。

 元の世界のこども時代に戻ったようで気持ちが落ち着いた。


 飛翔は私をまじまじと見る。


「その赤い生地に白い小花が咲いてるような浴衣、似合ってる」


「ありがとう」


 私はそれでまた和む。

 くすくす笑った。


「なに?」


 飛翔も笑って聞いてくる。


「サッカーの試合のこと思い出した。去年の夏の。中三で、飛翔がキャプテンしてた時の」


「ああ」


「私、見に行ったじゃん。2対0で負けていたのに、残り十分で飛翔が三点取って勝った」


「覚えているよ」


「フリーキックとPKと、最後は味方の縦パス一本でゴールを決めた。すごくカッコよかった」


「そういえば、こっちに来てからボールに触ってないな。ネイチュの人はボールで遊ぶ習慣がないみたいだ」


「飛翔がリフティングを見せたら、魔法使いだって思われるよ」


「実際、魔力があるからな」


 おかしくて、ふたりで笑った。


 そのあとで飛翔は空を見上げる。


「おれは、ここの人達にもサッカーを教えられるようになりたい」


「それが飛翔の夢?」


「それもあるな」


「飛翔」


「なに?」


「私、頑張る。“見えない神殿”を探す。飛翔と一緒に」


「あまり、りきむなよ」


 苦笑して、頭を撫でてきた。


 私は幼なじみの飛翔といると自然体になれる気がした。


 食べかけのスイカを皿に戻し、大きく息をつく。

 飛翔の肩にもたれかかった。


「“見えない神殿”を見つけられたら……。私、飛翔に言いたいことがある。それまでは秘密だけど」


 ドームの天井の外にある明るい星空を見上げた。星座は元の世界とは違っており、何座とは言えなかった。


 それでも四つの星が強く輝いて四角形を作っているのが望めた。


 それから視線を移した。


 ーーー


 翌朝は、動きやすい服に着替えた。


 長い髪はサイドを残しつつも、高い位置で強く結びねじって根元から巻き、またピンで留めた。


 腰が隠れる長さの紅茶染めの長袖シャツの上からもう一枚きなりの半袖を重ね、細身の黒いパンツに革のショートブーツを履く。


 アルマだった時は目立つ色をして風で広がるドレスとショールを身につけていた。だが、レジスタンスは逆に目立たぬ色とシンプルな服がメインになる。


 密かに行動するためだ。


 飛翔とともに、イシュリンが待つ神殿の前の広場へ行く。

 呼ばれていたワイクとオーヤにも目を合わせた。


 結局、私がこの世界で生きる動機は愛琉に復讐することだ。


 レジスタンスになることで、それが果たせるのなら全力を尽くす。


 私が歩み寄り握手を求めると、彼らもそれに応じた。


 そのまま皆で相談した。


 オーヤがイシュリンに向け腕を広げた。


「“見えない神殿”を探すにしても、見えないからには、どこにあるのか、まるで見当がつかない」


 ワイクも口元に手を当てる。


「見えない、とされるからには、本当に透けるクリスタルでできているのか、それとも鏡で周囲の風景を取りこみ化けているのか」


 私は知っていることを話す。


「それほど大きくない。幅と奥行きは三メートル、高さはニメートルしかないとアキから聞いた。私の言うこと、アキが言ったことを信じるのなら」


 私以外に手がかりがないため、皆が私を見た。

 イシュリンが続きを求める。


「他には?」


「広大な森の中ではない、と。それを使う者にとっても場所が分からなくなるから。触れることはできるはずだと言っていた。新帝都の建設のためという名目で都市や町の地下も調べたけれど見つけられなかった。残るは砂漠か山の洞窟か……。あるいは」


 私は心を引き裂かれた場所を口に出すのが苦しかったが、言わなくてはならない。


「……海。アキはカタルタの海をよく見に行っていた」


「海か」

 イシュリンは目を伏せた。


 ワイクは納得する。


「ありうるな。見えない、の意味は、水中にあることで目に触れない、という意味なのかもしれない」


 オーヤは皆の顔を見回した。


「相当広い。長さはおよそ三百キロメートル、幅も百キロメートルはある。アキでも見つけられないものがおれたちに見つけられるのか?」


 飛翔は前に出る。


「やるしかない」


 私は声を絞り出す。


「カタルタの海沿いにキリアという港町がある。私は、そこに住む人に話を聞いてみたら、とアキに言うつもりだった」


 唇を噛む。


 ワイクがそれに乗る。


「そこへ行こう。手がかりがそれしかない」


「私……。騙してないから。もし、アキや他のアルマがいたら、私が戦う。私の敵だから」


 私はうつむき、体の横でこぶしを作った。

 顔を見せたくなかった。


「憂理の敵はおれの敵だ。おれが奴らから憂理を守る」


 飛翔は元の世界にいたときと変わらない。

 頼りになり、いつも優しい……。


「飛翔、ありがとう」


 私は見つめていた闇から顔を上げ、飛翔に精一杯の笑顔を見せた。




 〈続く〉

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