第68話・海辺の町キリア

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 私はイシュリンたちとともに、カタルタの海に面したキリアという古い町へ行った。


 宮殿や貴族たちの別荘が集まる岬と、そこからもっとも離れた海の突き当りの、ちょうど中間に位置している。


 町は昔の日本の漁村のようで囲う壁もなければ門もなかった。


 港には木製の漁船が何艘も繋がれている。


 海に向かって並ぶ素朴な家は木と土壁とでできており、その前には竿を組んだものが置かれ、開いた魚やイカがぶら下がり、ザルにはエビや小魚が干されている。わかめを茹でる匂いもした。


 朝の漁を終えた漁師たちは引き上げた網にかかった魚をより分けており、私たち五人には関心がなかった。


 港に面してのれんのかかった大きな店があった。


 イシュリンが、


「あそこで海に一番くわしい者を教えてもらおう。あまり大人数で入っても威圧的だ。ワイクとオーヤは外で待っていてくれ」


 と、ふたりを置いて私と飛翔を連れ、中に入った。


 店中は、がらんとして暗い。


 さまざまな海産物が売られているのを想像していたが、低い台ばかりが並び、こちらに向け斜めに置かれた四角い大ザルは三枚に過ぎず、それもイワシを干したものが少しとわかめが載っているだけだった。


 飛翔が私に耳うちした。


「収穫した物はほとんどアルマに取られているんだ」


 太った中年の女がため息をついて台に載せられたイワシを袋にしまい始めた。


「新帝都だかなんだか知らないが、また税が上がってイワシの干物まで取られる。浜辺の砂でも煮て食べろってのかね」


 ボヤいていたが、私たちを見て、


「つい愚痴を言っちまった。あんたたち、旅人かい? 見かけない顔だね?」


 イシュリンが答える。


「私たちはレジスタンスです。海に詳しい人を探しています」


 女は黙り込む。


 アルマもレジスタンスも歓迎されていない。


 それでも、女は、


「ナジは港から真っ直ぐ伸びる太い道の三番目の細道を左に入って四軒目のボロい家にいるよ」


 と、教えてきた。


 元の世界に戻れば高校生というコドモの私と飛翔に目を移す。

 人数分のお椀を取り出し、奥にある鍋から何かを注いだ。

 少し腕にかかった。


「熱い、やけどしちまった。バカ」


 濡らした布巾で抑えながら私と飛翔、そしてイシュリンにもわかめの味噌汁をふるまってくれた。

 私たちは礼を言う。


 私は、それを少し飲むと、


「どうして誰を探しているのかわかったんですか?」


 と、たずねる。


「ナジが、レジスタンスに話したいことがあるから来たら教えてくれって」


 飛翔が確認する。


「この町に古くからいる人なんですね」


「町がもっと栄えていたころ、アルマが来る前から漁師をしていたんだ。今は陸(おか)にあがって縄を成っている」


 イシュリンは私たちが飲み終えるとお椀を集めて返す。


「ごちそうさまでした」


 潰して貨幣にできる長さ三センチの細い銀の棒を台を撫でるようにして数本ならべた。


「こんなの、味噌汁ぐらいで」


 女が戸惑う。


「とてもおいしかったです。それに知りたい人を教えていただきました。今はこれぐらいで申し訳ないのですが、いずれもっと大きなものでお返しします」


 女は仕方なく受け取った。


「今やけどした手を貸してもらえますか」


 求められて出すと、イシュリンはその手をそっと撫でる。

 やけどが治った。


「えっ、魔力に怪我を直すチカラなんてない。あんた、もしかして神官なのかい?」


「そうです」


「神官が本当に生きていたなんて。早く、早く、ナジのところへ行っておくれ!」


 女は興奮し、追い出すように布巾を持った手を振った。




<続く>

 

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