第66話・私はアルマと戦うレジスタンスになる

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 まだ熱が高い。

 下げたくないのかもしれない。


 私は髪を金のバレッタでまとめたまま布団から起きられずにいる。


 飛翔が何度もおにぎりやサンドイッチを持って枕元にきてくれた。


 何も食べたくなかったが、


「憂理、ひと口でいいから食べてくれ」


 と、頼まれ、横になったままで手を伸ばし、おにぎりをひと口かじった。


 喉を通そうとすると涙があふれる。

 裏返した左手で顔を隠した。


 私の薬指に指輪はもうない……。


「今はゆっくり休めよ」


 飛翔は私の頭をなでて立つ。

 部屋を去り、そのままひとりにしてくれた。


 あれから何日、経つのだろう――。


 私がスプリングの外で強い雨に打たれているとイシュリンが出てきた。


 高熱があった私はそこで崩れたが、走りでた飛翔が私を支え、そのまま抱き上げ運んでくれたのだと聞いた。


 私は縁側のついたあの小さな和風の家に戻った。


 起きあがれるようになった朝、もう泣かないと決め、ひとりでこっそりと涙の染みついた髪を洗った。


 部屋に戻って姿見の前に座り、シニヨンを作り直す。

 つけてきたバレッタは使わずにピンでまとめた。


 タンスの引出しを開けると寝巻きではない浴衣があり、それに着替えた。


 縁側に出る。

 おにぎりとお茶があった。

 飛翔の優しさが身にしみた。


 ひとくち食べて、レジスタンスの人々と働いた場所へ向かった。


 とはいえ、自分から加わりたいとは言い出せず、彼らの姿が見えたところで足が止まる。


「このサツマイモ、切って。ムシロに並べて干すから」


 ひとりの女が私に呼びかけ、以前と変わりなく仕事をくれた。

 私は急ぎそれを受け取る。

 皆、何事もなかったように私を仲間に入れてくれた。


 私は共同のキッチンへ入ると、まな板と包丁を取り出してサツマイモや人参を丁寧に切った。


 そうやって、休憩をはさみつつ、いちにち作業に加わった。


 その日は夕飯を同じ仕事をする皆で取る日だった。


 日暮れ前にキッチンを片付け、備蓄用の食料品を作る十人で丸椅子を持ちこむ。

 大きな作業用のテーブルに大皿の料理を載せ、四つ並べたランプの灯りを囲んだ。


 私はあそこで食べた時のことを思いだし、少し口にしただけで箸を置き、席を立った。


 レジスタンスに加わっているうちに心の傷が癒えたらいい。


 渦を巻く家並みの灯りから抜け出し、星明りに案内をさせ誰もいない場所を目指した。


 水音に誘われ、田んぼのあぜ道を行く。


 小川のそばに置かれた丸太のベンチに腰掛け、自由に舞う蛍の光ををぼんやりとながめた。






 数日後の夕暮れ時、仲間を通じてイシュリンから神殿に呼ばれた。


 彼の側にいるはずのワイクとオーヤが恐ろしかったが、前庭へ行ってみると、イシュリンはひとりで待っていた。


「ワイクとオーヤはここへは来ない。用があるときは私が彼らのところへ行く。憂理から遠く離れて、姿を見ることも、見せることもないように伝えてある。ドームはとても広いから会うことはない」


 と、私を安心させた。


 私は下駄を脱ぎ、初めてイシュリンの神殿にあがった。


 中央に生える木のそばに小さなランプが置かれ、イシュリンが腰を下ろす。


 私が座ると、たずねてきた。


「皇帝を倒すためには、“見えない神殿”にある聖なる玉が必要だと聞いた。“見えない神殿”の場所に心当たりはないか?」


 問いかけに首を振る。


 正直、皇帝のことなど、どうでもよかった。


 私はもう金の指輪をはめていない。

 はめるつもりもない。


「“見えない神殿”を探すために憂理の力を借りたい。私が全ての町を結界に入れていることから、皇帝は私のチカラが尽きるまで何年でも待つ気でいるだろう。その前に皇帝の支配をやめさせたい。ネイチュの人々を救うため私に協力してほしい」


 私は正座したまま黙っている。


 イシュリンは色よい返事を待ったが、


「気が向かなければ、それで構わない」


 と、微笑んで私をいたわる。

 立ち上がって去ろうとした。


「待って」


 それを引き止めた。


「私……。やる」


 弱気な自分を恥じて叱咤し、伏せていた目を上げイシュリンを仰いだ。


 傷ついたからといって逃げてばかりではいつまでたっても先へ進めない。


 私にもプライドがあると裏切った者に思い知らせてやりたかった。


「私、今日からレジスタンスのために魔力を使う。敵であるアルマを倒すために」


 心を決め、闇に顔を向けた。


「私はアルマと戦うレジスタンスになる」





<続く>

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