第62話・カタルタの宮殿はショーの特等席

 ネイチュは世界のほとんどが百メートルもの高さのある木々が作る深い森に覆われている。


 少ない平野以外にも、砂漠、荒野、山地、湿地などがあり、海もあった。


 とはいえ、元の世界のように、陸を取り囲んで世界全体を抱くものではなく、広大で深淵ながら湖のように陸の一部を占めているにすぎない。


 それでも、深い青色が白い波を持ち上げては浜辺へ打ち寄せる。


 月の見えない世界だというのに。




 風光明媚な岬の高台には、白く塗られたレンガの家が段違いになり数十軒ひしめいていた。

 プールつきの豪華な邸宅も多い。


 共通しているのは皆、一番大きな窓を海ではなく、ある場所に向けていることだ。


 最も高い頂きには皇帝が滞在するカタルタの宮殿があった。

 岬にそって弧を描き、海を威嚇している。


 白い石造りで中央の部分のみが二階建てになっている。長さはおよそ五百メートル。


 宮殿はすべての部屋が海に面していたが、宮殿の正面に当たる一階部分には壁がない。


 その代わり、海に向かって石の桟橋が立つ者をを見せつけるように伸び、先端についた階段を十九段下りると、舞台のように人が並ぶ横に長いスペースがあった。

 さらに、その中央から、四十二段の一気に下る長い階段があった。


 降りると、海との境に場違いな石の巨大な広場がある。


 幅が百メートル、奥行きは七十五メートル。

 実際にそれを使用する場合は、高さ百メートルの盾が築かれ、天井も張られる。


 箱にして使う場所だ。


 石の床には巨大なアルマの紋章が色の異なった石で描かれている。


 宮殿の二階も邸宅の窓も、この石の劇場をメインに鑑賞する作りになっている。




 その上空に転移してきたアキは、足元の広場と紋章から目をそらし、浮遊して宮殿の玄関である左翼に回った。


 仮面がいくつもついたデザインの錆びた鉄格子の門の前で着地すると、魔力で門を手前に引き、両脇に植えられたヤシの道を進む。

 海風にさらされ、本来の赤色がはげた木の大きな扉を開いた。


 皇帝が滞在する時期ではなかったため、宮殿内に人気はない。


 他の邸宅も同じで、海だけが波音で息をしているように感じた。


 二階の中央で張り出した部屋を目指し、砂が積もり先の見えない曲がった回廊を行く。

 途中で、その先の暗がりへ進むために、かつて見送った階段を上った。


 部屋へ近づくと扉のない大きな入り口には透ける布がかけられカーテンになっている。風を受けて揺らいでいた。


 一旦足を止め、動悸を鎮める。視線を足元に落とし呼吸を落ちつけた。

 顔を上げ、手でカーテンを分ける。


 初めてその中に入った。




 部屋は思ったよりも小さかった。

 幅、約八メートル、奥行きは五メトール程だ。


 正面は外観どおり、海に向かって半円形にせり出している。


 壁は分厚く、上部がアーチになった三カ所の大きな窓をさえぎるものはなく、手が伸ばせば海がつかめる気がした。


 手前にある石の広場はさらに近く、劇場を楽しむための特等席なのだとあらためて思い知った。


 その窓のカーブに上部を沿わせ、特別な形をしたキングサイズのベッドが置かれている。


 若い女がひとり、背を向け、寝そべっている。


 赤い花柄のレース生地のキャミソールとショートパンツを身につけ、大胆に肌を露出させている。

 緩い巻きくせのついた鳶色の柔らかい髪が、風に乱され肩で揺れていた。





<続く>

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