第61話・“見えない神殿”を探せ
ラセンはイシュリンの母親の弟だった。
家は下級に近い貴族であり、娘を神殿の巫女にすることが精一杯だった。
皇子の誕生は家にとっては幸運で光栄なことだったが、ラセンは二歳上の清らかな姉を十七歳で死に追いやった皇帝を恨む気持ちがあった。
その感情を押し殺すことで口数が減り、表情をなくした。
皇子はそのまま生まれた神殿で育てられることになったが、一族の身分が一気に引き上げられると、若くして強い魔力を自在に操ったことから宮廷で重んじられるようになった。
二十一歳のとき、その魔力と真面目で控えめな性格を見込まれ、帝都へ来た強い魔力を持つ六歳の皇子アキの教育係兼側近となった。
以来、ずっとアキの側近でいる。
それまではマンゲールの神殿を足繁く訪れ、そこで育てられていた幼いイシュリンを撫でては抱き上げていた。
姉の忘れ形見である十五歳年下の甥を息子のように愛しく思い、来るたびに重くなるその体に成長を実感し姉を失った傷が癒えていった。
――今日のイシュリンの“変装”は無意識なのか、神官になることで髪の色が変わる前と同じ姿であり、すぐにわかった――。
「私がお母さまに十年のあいだ慈しまれ育てていただいたことでアキが私に母親を奪われたと感じているのなら、私だってアキに大切な人を奪われている」
幼い甥はラセンが去ろうとすると、しがみついて泣いた。
ラセンは無言で棚へ手を伸ばし、アルマの紋章のない純白のハンカチを選んで指にはさみ、イシュリンに差し出した。
イシュリンが体を伸ばし、受け取ったところで腕を組む。
「“見えない神殿”を知っているか?」
「……知りません」
イシュリンは涙をふくと顔を上げた。
「お前がもし本当にアキを救いたいと考えているのなら“見えない神殿”を探せ。そこに隠された聖なる玉に不死の皇帝を倒す力が宿っている。私はマンゲールの神殿が廃止になり、そこにあった蔵書を全て焼いた時に偶然そのページを読んだ」
「……本当ですか?」
「我々も探しているが見つけられずにいる。それさえあれば皇帝を倒せる。アキが名ばかりの皇太子として酷使され、人々の怨嗟の的(まと)となる状態からも解放される。魔力を使いすぎて自滅することも止められる」
ラセンはさらに続ける。
「アキは憂理の願いを叶えるため一旦は皇帝になるが、皇帝しか作れない輝く魔法陣で憂理を元の世界へ帰したあとは皇帝の座を降りると言っていた。お前が人々の指導者になることを願っている」
「わかりました。“見えない神殿”を探して必ず聖なる玉を手に入れます。皇帝を倒してアキを自由にします」
「頼んだぞ」
「はい」
「もう行け」
イシュリンは落とし所を得たことに安堵した。渡されたハンカチを返そうとしないため、ラセンは持っていくよう合図する。
「叔父さまと話せてよかったです」
大切にしまい、笑顔をみせてイシュリンは席を立つ。
ラセンの前へ回り、深くかけたままの叔父をしっかりと長く抱いた。
「お体を大切になさってください」
およそ敵にかける言葉ではなかった。
イシュリンが部屋を出ると、ラセンは首を振り薄笑いを浮かべる。
だが、笑みはすぐに消えた。
扉を開ければ間にあう。
それをこらえる。
顔をそむけ、繰り返される拷問に歯を食いしばり、耐えた。
ーーーーー
アキはその日の夕方、破壊された古都マンゲールのすこし上空にひとりで立った。
足の下には壊れた石の壁や割れたレンガに混ざり宮殿の一部が覗いていた。
そのまま近くの湖のすぐ上に転移した。
風が暗い水面を撫でながら吹き抜ける。
岸辺のレンゲ畑に目をやった。
誰もいなかった。
草花でできた冠はもうない――。
懐に手を入れ、折りたたんだ手紙を取り出す。
『憂理、カタルタの宮殿で待っている。愛琉』
と、日本語で書かれていた。
<続く>
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