第59話・イシュリンはひとりで帝都へ向かう


 イシュリンはサジンが去ると、怪我をして魔力も底をつきかけたオーヤとワイクを先にスプリングへ帰す。


 そのまま残り、人々を保護して森へ逃した。


 それが済むと、誰もいなくなった奴隷都市に向け、両手の人差し指と親指を合わせる。


 腕を伸ばして指の隙間から強烈な光を放った。


 奴隷都市が膝から崩れるようにして静かに役割を終えた。


 そして、ふたたび転移した。


 今まさに空から町を破壊しようとしていたアキの十メートル前に現れ、町を結界で覆った。


 結界はキラキラと輝きながら、あっという間に森ごと地平まで広がり、アキから攻撃の能力を奪った。


 アキはイシュリンを見据え、手のひらを開きかけたまま合わせた手首を離し、伸ばしていた腕を引いた。


 オーヤの話どおり、髪が短くなっている。


 長髪の重みが取れたせいか、頭の形に沿うよう軽く整えられると、細い毛は、ふわりと空気を包みこむ。耳を出し、額で右寄りに分けている。


 魔力を使うもののセオリーで、眉を見せ、強い風が吹いても目元が隠れず、視界をさえぎらないスタイルになっている。


 その目元を含め、鼻筋や唇、頬から顎にかけてのラインも、母親にとても似ていた。


 だか、どこまでも冷たい目は変わらない。


 ネイチュにおけるアルマの完全支配を妨げるレジスタンスのリーダー、そして、母親の愛情を奪い育った者として、イシュリンは二重の憎しみをぶつけられている。


 “イシュリン、アキを救って――”


 イシュリンには、あの“母”の夢がそのまま今に繋がっていた。


 アキに空で踏み出す。

 精一杯、心を込めて語りかけた。


「アキ皇子、あなたが強い魔力を使うことで、ネイチュの森が広がり、私の人々をかくまう結界も強くなりました。あなたが強い魔力を使うほど、私のチカラはあなたを上回るのです。私には神の加護があります。ですが、魔力は違います。あなたの強い魔力は、あなたを破滅させます」


「お前も……。それを望んでいるのだろう」


 返される低い声に、


「違います」


 嫌がるよう首を振る。

 レジスタンスのリーダーではあるが、今はただ同じ母親でつながる兄弟としての気持ちを伝えたかった。

 また、目を見つめる。


「私はあなたが心配なのです」


 その途端、アキの激しい憤りで裂けた空気が、イシュリンの頬をかすって切る。

 あなどられたと思ったのだ。

 母親の愛情をひけらかしたようにも感じさせている。


 それでも勇気をふるって右手を差しだす。


「私の仲間になってください」


 まるで投降を呼びかけるかのような響きになった。

 素直な気持ちを伝えられる言葉がないことに気づいた。


「お前に会うことは二度とない」


 アキは言い放ち背を向ける。こぶしを作ったまま転移して去った。


 イシュリンは、目を閉じてうなだれた。


 歯がゆかったが、どうしようもなかった。





 虚しい気持ちでスプリングへ帰った。


 このまま皇帝に使われ続ければ、アキは必ず自滅する。


  ワイクとオーヤ、さらに飛翔までが、アキの側近に傷つけられ戻った。


 アキの自分を拒絶する態度は揺るがない。


 数日の間、深く考えたが、ただアキを救いたいという一心で、誰にも告げず、ひとりで帝都へ行くことを決意した。





 当日は、いつもどおり神殿の近くの家で仲間たちと朝食をとった。

 だが、神殿へ戻ると、ひとりで奥の部屋に入る。


 千五百キロメートルあまり離れた帝都の近くの林の中へ一気に転移した。





 林から外に出ると石畳の立派な道があり、目でたどると皇帝の宮殿を頂点とした帝都がニキロメートル先に見えた。


 帝都は高く頑丈な城壁に囲まれており、転移も浮遊も禁じられている。

 強い魔力の持ち主が大勢で警備にあたっている。


 都市の外には、中では暮らすことを認められていない人々が、生活しながら商いをするテントの店が道沿いに長く並んでいた。


 それに近づき、合間のひと目につかない陰に入った。


 そこで姿を変える。

 普段の穏やかな神官の気持ちを変えるように。


 顎まである若草色の直毛を黒くし、髪型も首の後ろでななめに切り上げたショートにする。

 前髪は長めにつくり、額で分け、耳の前で顔に沿わせた。


 そして、帝都の厳重な入口へ向かった。


 門に立つ役人には、帝都の商人に下働きとして雇われたとする偽の証明書を見せた。


 役人はそれを確かめる。

 服装は普段から目立たぬもので装飾品もなく、怪しまれることはなかった。


 合図された別の役人から、よそ者にはめられる鉄の太い輪を手首につけられる。


 魔力があるとしても使えない状態にされ、入ることを許された。


 帝都の人口はネイチュ全体の三割をしめ、およそ十五万人が生活している。


 中では高い税金を納められる特別の人々が暮らしており、彼らの住宅のほかに、小奇麗な商店、マーケット、食堂、役場、病院、学校、図書館、公園、広場、講堂がいくつもあり、大小の通りが網の目のように張り巡らされている。


 都市の奥へ行くほど緑が増え、新たな壁がさえぎり、大商人の豪邸、貴族の館が身分を上げて続き、一番奥の高台に、皇帝の長さ1キロメートルもある四階建ての巨大な宮殿に到達する。


 このような大都市を、アキが建設するよう命じられていることに、イシュリンはあらためて愕然とした。


 目を見開き、しばらく地面を見つめたが、決意を固め、視線をまた正面に上げる。


 物騒な気持ちを隠して、賑わうメインストリートを強い足取りで目的に向かって進んだ。


 その時、道の脇で画板を首からかけ筆記していた背の高い男がイシュリンに気づいた。


 目を離さずに、かけていたものも手にしていたものもその場に捨てると、人をかきわけて近づき、長い腕を伸ばす。


 イシュリンはいきなり鉄の輪ごと右の手首をつかまれた。


「なぜお前がここにいる?」


 ラセンだった。





<続く>

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