第53話・イシュリンは母の夢を見る

 

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 ……同じ夢だとわかっていても、くりかえし見てしまう。


 夢の中の私は二十歳ではなく、十五歳の神官だ。


 十歳のとき、神から仕える者と認められ、特別なチカラを与えられた。

 それから五年が経っていた。


 その日、同じマンゲールの神殿内にいるはずのお母さまは朝から姿が見当たらなかった。


 どこへ行かれたのか――。


 不安にかられて、お母さまを探す。


 あの出来事の直前であり、余計にお母さまを求めた。


 神殿内の部屋という部屋を見て回る。


 一番奥にあるがらんどうの小さな部屋の真ん中でしゃがみこむその細い背中を見つけた。


 お母さまは肩を震わせ、すすり泣いている。


 私は急いで駆けつけ、前にまわってひざまずき、両方の肩にそっと手を乗せる。


「お母さま、なぜ泣いていらっしゃるのですか?」


 たずねて顔を覗きこむ。

 お母さまは指の内側で何度も涙をぬぐった。


 いつも忘れたように口にすることのなかった想いを、初めてみずから話した。


「今日はもうひとりの息子の誕生日なの。あなたより半年はやく生まれた。今日で十六歳よ」


 お母さまには神殿へ来る前に引き離されてしまった息子がいた。


 もう十年も一緒に誕生日を祝うことができずにいる。


 その悲しみと寂しさが私のこころになだれこみ、胸を締めつける。


「お母さま、心配しなくてもアキはきっとお母さまの教えを守っているはずです。皇帝の元で強大な魔力を制御できるようになったとしても、それで人を傷つけたりはしないはず。もし、そうなっていたら、私がアキにやめるように話します。きっとわかってくれるでしょう」


「ありがとう、イシュリン。お願いね」


 お母さまは微笑もうとする。

 私は、無理に笑ったりしないで泣きたいときは泣いてください、と伝える代わりに、お母さまよりも大きくなった体で胸に抱く。


「私は、皇帝が気まぐれに、ここ、マンゲール神殿の巫女をたおったことで生まれたと聞きました。巫女であった母は、そのような身になったことを嘆き、私を産むと命を断ってしまった。その母の代わりになり、お母さまは私を息子として、五歳の頃から十年も慈しんでくださっている」


 お母さまが初めて神殿にきたとき、幼かった私は、昨日まで可愛がってくれていた大切な人から自分は見捨てられたのだと感じていた。


 もう傷つきたくなかった私は、心を閉ざしたまま、離れた柱のかげから彼女を覗いていた。


 お母さまは近くにいた巫女から事情を聞き、私に目を転じる。

 体を向けて膝をつき、優しく微笑んて腕を広げた。


 “こちらへいらっしゃい。今日から私があなたのお母さんよ”


 私は嬉しくて走りより抱きついた。


 初めて“お母さま”と呼べる人ができ甘えた。


 私が幼いときにはしゃがんで目線を合わせ、私の背が伸びることでその姿勢もともに上がっていき、やがて私を見上げるようになった。


 その成長をそばで喜び、“私の息子”と呼んで、深く愛してくれた。


 正座した膝に何度も招き、不安なときも嬉しいときも、話をたくさん聞いてもらった。


 さまざまな料理を作り、衣服も成長にあわせ縫い直してくれた。


 神官として神に選ばれたことから黒かった髪が若草色に変わっても、変わらずに髪を切ってくれた。


 そして、神官として人々を導く立場になっても、ひとりの人間として弱いとされている存在に寄り添うことを忘れてはいけないと教えられた。


 そのお母さまの考えが私の道となり、まっすぐ立てる自分がいる――。


「お母さまに慈しまれた分、私は兄であるアキを大切にします」


 口に出して約束する。


 そっと体を離し、私にうるんだ黒い瞳を向けるお母さまの濡れた手をとる。


 お母さまは、強く握りかえす。

 私の目を見つめる。


「イシュリン、お願い。アキを守って」


 私はうなずく。


「何があっても、私はアキを守ります」


 お母さまは本当のところ、引き離されたときからアキが生きるためにお母さまの考えとは真逆のことをたくさん積み重ね、皇帝の兵器になるしかないとわかっていた。


 そして、そのことで、とても苦しむことも知っていた。


「イシュリン、お願い。アキを救って……」


 その時、神殿の鐘が鳴り、お母さまの言葉と重なった。

 頭の中で反響して私を包む。


 私は自分の役割を知る。


 生まれた意味も。


 天空にとどまる七組の光の息づかいとともに。





 ――そこで、夢から覚めた。




 寝床に横たわったまま、右手を裏に返して目元を覆う。


 お母さまに、また会いたい。


 会いたい。


 会いたい。


 私ですら、そう思うのだから、六歳で引き離されたアキはどれほど恋しく悲しい思いをしているのだろう。


 母に会うことは、もう二度と叶わない――。




 (続く)

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