第51話・私はアキを愛している

「剣を離せ!」


 オーヤの仲間が抱えていた私の喉に短剣を当てる。


「この女を殺すぞ!」


 私は悔し涙があふれた。


「アキ、こんなやつの言うことを聞かないで! 私は死んでもいい……!」


 アキはこちらを一瞥(いちべつ)し、腕を下すとオーヤから後退する。


 剣を手の届かない場所へ投げ捨て、丸腰になった。


「やつを殺せ!」


 私をつかんだ男が命じる。

 オーヤの仲間たちが剣を持ち、アキを囲んだ。


「やめて!」


 私は鉄の手錠から必死に逃れようとした。


 オーヤの仲間が後ろからアキに剣を振り上げる。


「もういい!」


 オーヤが大声で止めさせた。


「おれたちの負けだ。その女を離してやれ」

「オーヤ……」

「これ以上の醜態は晒したくない」


 アキを取り巻いていた者たちが退いた。


 私は拘束を解かれる。


 足場の悪い砂地をつんのめりながら走り、初めてアキに抱きついた。


 顔を上げ、私を映す黒い瞳を確かめる。

 声が涙になった。


「アキ、愛している」


 アキは視線をはずさない。

 金の指輪がはまった左手を私の背にまわした。


「怪我はないか?」


 気づかわれ、首を縦にふる。


「大丈夫」


 アキは安堵して息をつき、持ちあげた右手の指で私の乱れた前髪をていねいに直す。


 そのまま、ゆっくりと顔を近づける。


 結婚の誓いで交した形式的なものではない優しいキスをした。


 時が止まったように長く感じた。

 時間などなくなればいいと思った。


 そっと唇を離したアキの瞳が陰る。


「私たちは皇帝の奴隷だ」

「アキと一緒ならいい……」


 私は目をそらさない。


 再び永遠を感じる口づけをした。

 愛していると世界中に叫びかった。


 足りないキスをあきらめ、アキの温かな胸に頬を押しつける。

 その鼓動を強く感じる。


「シャビエルの宮殿へ戻るぞ」


 それを当然として背中を軽くひとつ叩かれ、しっかりとうなずいた。


 互いの体に回した腕は解けるが、アキはすぐに同じ指輪がはまった左手で私の右手をとる。


 裸足のまま先を行き、砂漠の外を目指した。


 ふと、足を止め、振り返ってオーヤを蔑(さげす)む。

 そして、また正面に直った。


 私も後ろに視線を投げた。


 オーヤは砂に膝をつくと肘もついて両手に顔を埋めている。


 惨めなおのれに耐えているとわかった。





<続く>

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