第43話・皇帝は処女の私を抱きたがる

 皇帝は大柄で体も腕も足も太く、黒いダイヤがストライプを作る黒いシルクの長袖の上から首と脇を真珠に縁取られた赤いベルベットの貫頭衣を身につけていた。


 胸には大きなアルマの紋章が金糸で刺繍され、内側をダイヤが埋めている。その上から、大きな宝石を連ねた金の首飾りをかけていた。


 太いウエストを金の板を横につなげたベルトで締めており、膝下まである赤い裾を無数のダイヤが、その下から覗く黒く分厚いスカートではルビーが、いずれも金の台座でつながれながら飾る輝きが見えた。


 足は金色のストッキングを履いており、靴は白い光沢のある革のショートブーツで、足首に当たる部分は絹のプリーツになっている。

 こちらからは見えない甲の部分に何かの宝石がついているようで下から光を受けて虹色にきらめていた。


 指にも関節ひとつ分はある大きなエメラルドやサファイア、真珠などの指輪をいくつも重ねてつけており、同様に大きな宝石がついた太い腕輪が手首をおおう。


 そして、金を土台にした重そうな冠は、上が波型で正面にはアルマの紋章が刻まれている。それを飾って様々な宝石ひしめき、最もまぶしく光をはなっていた。


 美しいというよりはただ権力を見せつけるためのものであり、私は威圧されて息苦しくなった。


 カールのかかった白髪を額で分け肩まで伸ばした皇帝は、青黒い顔をしており七十代にみえた。


 金と宝石で出来た大きな椅子の背にななめにもたれ、どろりとした赤紫色の瞳で十五段下の私たちを虫のように眺めた。


 自らも宝石で装ったアキが、


「皇帝陛下に拝謁を許され光栄に存じます。陛下のご健勝は私の喜びでございます」


 と、抑揚のない声で述べた。


 皇帝は、首を左右の肩に向けて伸ばす。


 玉座の手すりに載せた指で何度も同じ場所を叩いた。


「この帝都と宮殿も飽きてきた。こんな山を背にした台地よりもネイチュで一番大きな平野の真ん中に新しい帝都と宮殿を作れ。町からは厳しく税を取り立て、住人を集めて建設のために働かせろ」


「仰る通りにします」


 アキが無表情で受ける。


 私がその横顔の真意を測りかねていると、皇帝は、


「お前の妃はまだ処女なのか」


 と、関心を示したので、前方の階段を必死に見つめた。


「抱いていません」


 アキが答える。


 私は皇帝に目が行く。


 皇帝は身を乗り出してきた。


「アキ、たくさんいるわしの妃から美しく交わりの上手い女をやろう。半年前のお前の結婚式では目立たぬ娘だったので許したが、かなり色気づいている」


 視線で舐めまわす。


「その妃をよこせ。異世界からきた処女の娘を破瓜(はか)したい。お前がその娘を気に入っているのなら飽きるまで味わってから返してやる。わしの子供を孕(はら)んだらお前の子供ということにしていい」


 私は頭の中が真っ白になり、隣のアキに目で助けを求めた。


 アキは顔色を変えない。


「憂理は処女であるがゆえに、ひ弱な娘に見えながら強い魔力を持つことで利用しています。レジスタンスの拠点を破壊する際は相手を油断させる道具にしました。皇帝陛下の新しい帝都の建設にも必ず役に立ちます」


「そうか。……まあいい」


 再びふんぞり返った皇帝が招くのでアキは階段を上り、ひざまずいて床に手をつく。


 皇帝の足に口づけた。


 息子と言うよりは臣下、いや奴隷のようだった。


 私は衝撃を受け、また息ができなくなった。


 壇上の皆が面白がってそんな私を見下ろした。


 胸を上げたアキが玉座と階段の段差にそっと左手を伸ばし、階段を這う赤いカーペットの下へ何かを隠したことには誰も気づかなかった。


 ななめ後ろで片膝をつき控えるラセンを振り返る。ラセンは何故かそちらを見ていなかった。


 アキに名前を呼ばれ顔を向けた。


 上体を起こしたアキは皇帝についた膝をこちらに向かってずらしており、胸に両指を当てたまま、私を見下し蔑(さげす)んだ。


「お前はその程度なのか。憎い女に復讐したくないのか。なぜ呪われた体になったのかを思い出せ」


 声には出されなかったが、その唇を読み、頭がさえた。


 アキは私の体の秘密を知っている。


 いつどこで知られたのかはどうでもいい。


 自分はどれほど宝石で飾られていようと奴隷よりも価値がないことを認め、立ち上がり階段をのぼった。




<続く>

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