第23話・ネイチュの文字に苦戦する

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 ドームを破壊してから三週間が過ぎた。


 宮殿の三十五階にはアキの執務室が置かれている。


 間口は六メートル、奥行が十ニメートルの長い部屋で、天井は丸く四メートルの高さがある。


 壁の一面は分厚い本が詰まった丈夫な本棚と大小の巻物が入った扉付きの棚になっており、その反対側は奥に向かってL字型になったガラスの壁で、眼下にアキが直接統治する都市シャビエルの整然とした街並みを望むことができた。


 その日の午前、アキは一番奥に置かれた専用の大きな机を前にして立ったまま地図と書類を広げ、アルマに対する忠誠心や納税率を鑑(かんが)みた町の“整頓”についてラセンと話しあっていた。


 ラセンは魔力の行使だけではなく政務でもアキをサポートしている。


 私はアキの命令で、長さが五メートルもある大きな楕円形のテーブルの長い方にひとりで座らされ、子供用の教科書を使いノートに文字の練習をさせられていた。


 言葉が通じるのは魔力のせいだと思う。


 なぜなら、文字がさっぱりわからないからだ。


 皇太子の妃が読み書きできないのではアキの沽券(こけん)に関わる。

 自分でも気に入らない。


 しかし、ネイチュの文字は見たことのない漢字が逆さまになっているとしかいいようがない。


 元の世界での勉強はできたつもりだったが……。


 ノートを持ってくるようアキから言われ、しぶしぶ見せる。


「これでよく魔法陣が書けるものだ」


 と、呆れられ卓上でノートを押し戻された。


 私は反論する。


「魔法陣は文字ではなく、そういう模様なんだと思っている」


「では、意味がわからずに書いていると?」


「……意味なんてあるの?」


 ラセンは顔に出さなかったが、部屋の内側で入り口を守っていたサジンは吹き出した。


「失礼しました」


 あわてて姿勢を正す。


「サジン、教えてやれ」


 アキがため息をついた。


 分厚い扉を背にして立つ好青年は、くせのついた水色の髪をショートにしており、少し緊張しつつも優しい瑠璃色の瞳を向けてきた。


 サジンはアキに対する揺るぎない忠誠心があり強い魔力を自在に操ることができたため、ラセンに推されアキの側近になった。


 二十ニ歳という若さでの抜擢だ。


 普通は魔力が安定しておらずコントロールも不完全な年齢だった。


 だが、コントロールが完全になるとピークをすぎて魔力が落ちてしまうこともしばしばで、サジンはその点、申し分がなかった。


 責任の重さもあり、堅苦しくとっつきにくいラセンに比べ、同じ側近でも比較的荷が軽いからか、近づきすぎない距離を置きながらも気さくな雰囲気があった。


 アキはその点でも気に入ったのかもしれないし、ラセンもそこを補ったのかもしれなかった。





 〈続く〉

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