第8話・私は復讐を忘れない(1)

 

 鉄の手錠を自分で外すことはできない。


 それで魔力を封じられていることもあり、牢のような場所へ閉じ込められはしなかった。


 神殿の横に小さな家を与えられた。和風の建物で畳が敷かれ縁側まであった。


 そこに腰掛け足を下ろし、ぼんやりとドームの天井を眺めていると、日が暮れていく。


 今朝、私は破壊するために人のいない町を歩いていた。それが、一日の終わりにはドームの中にいる。予想外の展開に気持ちがついていかず、現実が夢のように思えた。


 傍らのランプを灯すと、飛翔が表から回ってきて隣に腰掛けた。


「まだ手錠は外せないって」


 気落ちしている。

 私は足元を見つめる。


「自分がやったことを思ったら仕方がないよ。許されて受け入れてもらっただけで、十分ありがたいから」


「おれは憂理に知ってもらいたいことがあるんだ」


 飛翔は前置きすると、話し始めた。


「ここ、リバティーでは、八百人が穏やかに暮らしている。住む場所を失い、身寄りがなくし、飢えや病気で苦しんでいたところを助けられた者たちも多い。おれもそうだった。元の世界からここへ送られ憂理と離れたあと、森の中で気を失っていた。それをオーヤが見つけてくれた」


 ごろんと寝転がってプルシアンブルーの空を眺める。


「元々、ネイチュの人々は平和に暮らし、魔力を活かして生活してきた。けれど、魔力が強かったアルマ一族は、魔力で人々を支配していった。帝国を築きネイチュ全土を手に入れようとしている。とても乱暴なやり方で」


 私は黙って話を聞いている。


 飛翔は続ける。


「ネイチュの森は、昔はこんなに深く大地をおおうものではなかった。魔力が誤って使われているからどんどん森が膨れ上がっている。木々の高さも百メートルを超えてしまったし、森の面積も耕地の五倍になって人々の生活を脅かしている。ネイチュの神が怒っているからだ。神の怒りを鎮めないと、この世界は森に沈んでしまう」


 目つきを険しくをする。


「人々がアルマの命令で連行されて、町や産物を作らされているのは真逆だ。アルマは魔力を支配や破壊に使うことをやめて、異なった存在とみているレジスタンスを受け入れ、帝都を解放するべきなんだ」


 そして、深く息を吐いた。


「イシュリンは無抵抗の者を殺したりしない。たとえアルマであっても。だから、ネイチュの人々は、必ずまた平和に暮らせるようになる」


 私は飛翔の考えがよくわかって悲しくなった。


 飛翔から目を移してドームの高い天井をまた見上げた。


「アルマがネイチュのすべてを支配したら、輝く魔法陣が現れ、元の世界へ通じる道ができる。そう教えられた」


 その世界をつかもうとして繋がれた手を空へ伸ばす。


「それができるのは皇帝だけ。アキが皇帝になったら輝く魔法陣が現れる。私は愛琉(あいる)に復讐できる」


「その話は二度としないでくれ!」


 強く言葉を重ねられた。

 飛翔は素早く体を起こした。


「復讐なんて。愛琉はもう関係ない」


 語気を荒げる。

 そして、悲しい目をする。


「憂理。そんなことでは、いつまでたっても手錠を外してもらえない。おれは……。どこであろうと憂理がいてくれたらそれでいいんだ」


「……飛翔は何もわかっていない」


 私は手を下ろさずにいる。


 飛翔は黙り込む。


 衝動的に私の腕をつかんで体を押し倒すと、上に乗ってきた。


「憂理は本当に処女なのか?」


 そのまま押さえ込まれた。





 〈続く〉

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