第2話・“処女の妃”と呼ばれて
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あれから、どのぐらいの時が過ぎたのだろう――。
私はここでの生活に慣れるよりも早く、魔力についての知識をすべて身につけた。
それは、この世界ネイチュでは呼吸をするよりも大切なことだった。
すべての魔力の基本は魔法陣だと教えられた。
まずは、攻撃したい対象を中心にして円を描く。
これでタ-ゲットにされた存在は、その場から動けなくなる。
次に、その一メ-トル外側へ円を描くことで、攻撃の準備が整う。
最後に、ふたつの円のあいだに呪文を記すことでタ-ゲットにダメ-ジを与える。
ダメ-ジは、かすり傷から命を奪うものまで、かける者のレベルによって異なってくる。
要するに、物質をどこまで破壊できるかだ。
――私が愛流あいるにされた“ターゲットを異世界に送る”という魔法陣は、特殊なものであり、ネイチュに来た私の目的のひとつになった。
それは愛流が魔力の持ち主かどうかは、まったく関係のないことだった――。
一般的な魔法陣の作り方と強さは、その者が持つ魔力によって異なってくる。
一番簡単なものは、棒を使って直接、地面に描く方法だ。
魔力が弱い者、あるいは、全く持たない者は、これを小さく描くのが精一杯になる。
魔法陣を描くために棒を使っていると、それを握っていた手のひらに魔力がやどる者がでてくる。
彼らは第二段階へ進む。
手のひらでふたつの円と間の呪文を描けるようになり、道具なしで魔法陣が作れるようになるのだ。
やがて、魔力が強まり、指先までやどる者もでてくる。
彼らは第三段階へ進む。
内側の円、外側の円、そして間に描き入れる呪文と、三度に分けて印していた魔法陣は、最初にタ-ゲットの固定ができるようになり、三種類を同時進行で描けるようになる。
立ったままタ-ゲットの周囲の地面を、指で振子ふりこのように円の幅を指しながら歩く。
そして、生みだした魔法陣を何度も見つめているうちに目に魔力がやどる者もでてくる。
彼らは第四段階へ進む。
円と呪文を意識して地面を見ながらタ-ゲットの周りを歩くだけで魔法陣が描けるようになる。
そして最後の段階へ到達する者もいる。
体全体が魔力のかたまりになるのだ。
ターゲットの周りをただ歩くだけで殺したいものを殺せるようになり、破壊したいものを破壊できるようになる。
同時に、別の進化も遂げられる。
足に魔力を集中させるのだ。
すると、体が浮かびあがる。
魔力が強いものほど体がより高い場所で、より長い時間、浮くようになる。
しまいには、空中を歩き回れるようになる。
まるで見えない床があるかのように。
そして、魔力を強く手にこめることで、手の中に魔法陣が現れる。
手首を合わせて頭上にかかげ、魔力を集中させてから、ターゲットに向かって手のひら開き攻撃する。
直接、魔力をぶつける最強の攻撃だ。
魔力を使うもの同士の戦いになった場合、敵に大きなダメージを与えることになる。
また、魔法陣は描いて自らを守ることもできる。
空中に魔法陣の面を作ることで、盾にする。
敵からの攻撃のダメージを和らげるために、あえて面を斜めにしていなすようにする。
攻撃にせよ守りにせよ、その者がもつ魔力の強さに左右される。
魔力が強いほど、攻撃力も上がる。
相手より優勢な位置からの攻撃、素早く、長く、魔法陣を応用した複雑な攻撃ができた。
守りも同様だ。
相手の強い攻撃に耐えうる強い盾、全身や全体を守る多面の盾を作ることができた。
その全てをこなせる者だけが、“強い魔力の持ち主”とされるのだ。
そして、異世界――ここの住人からみて、私が高一コウイチまでいた世界――から降りてきた者は、無条件でこの強い魔力を手に入れることができた。
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異世界から降りてきた私は、ネイチュを統治するアルマ帝国の皇太子アキの宮殿の敷地内で気を失っていたのだと聞いた。
その場にいたアキは、私の価値を見抜いてただちに保護した。
私はしばらくの安静の後、バラの浮かぶ風呂に入れられ女官たちに体を清められた。
背中まで伸ばして耳の下で二つに結んでいただけの髪もほどかれる。
いつの間にかゆるいカールが毛先にかかり、丁寧にとかれるとつやが増した。
おくれ毛が顔をふわりと包む。視界を良くするために前髪は短かく作られた。
私の身長は百五十五センチと女子の平均だったが、体は細く小顔だったため、もう少し大きく見られた。
用意された白いシルクのロングドレスはフレアで足首までの長さがあり、肩はぎりぎりまで大きく開いてる。
短い袖は柔らかな透ける素材でドレープをつくり肘の少しの上で細いリボンでしぼられていた。
胸の下を金色のシルクの三センチ幅のベルトで巻くと、いったん背中で結んでからウエストまで交差させておろす。
それをまた後ろで結び、ウエストで数回巻いてから前にして少し右側でちょうちょ結びにされる。
最後に、色白をいかした薄いメイクをほどこされ、ほのかに甘い花の香りの香水を耳の下と手首につけられた。
そして、首からひと粒のダイヤがついた金のネックレスをかけられ、皇子であるアキの前に出されると、アキはしばらく私を見つめた。
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当初、礼儀作法もなにもわからずにいた山出しの私を、宮廷の高貴な人々はあなどって蔑さげすんだ。
だが、私が強い魔力を使う者として本領を発揮しだすと、その目もあからさまに変わった。
そのため、皇太子であるアキと結婚し、妃となったことに異議を唱える者はいなかった。
四歳年上で二十歳の夫、アキも、とてつもなく強い魔力の持ち主だ。
私は魔力にまつわるすべてアキから教わった。
そして、肝心なこと。
私のように異世界から降りてきた娘は、処女を失うことで魔力を失ってしまうことも――。
それゆえ、結婚してもアキと肉体的に繋がることはない。
アキも私ではなく、私の魔力と結婚したと思っているはずだ。
“処女の妃”――。
そう呼ばれる苦しさを、私は敵にぶつけた。
〈続く〉
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