異世界で闇堕ち妃になった私は処女のまま正義と戦いあの女に必ず復讐する

あおいまな

第1話・普通の人間だった私との永遠の別れ

  

 飛翔(ひしょう)は私と同じ高一(こういち)で、意志の強い目が印象的なイケメンだった。

 スポーツは何でも得意にしている。


 何より性格がいい。

 裏表がなく、誰と接しても態度を変えることはない。


 思いやりがあり、とても優しかったが、正義感は人いちばい強く、曲がったことに対してとことん立ち向かう勇気があった。


 やがて、クラスの女子のあこがれの的(まと)になった飛翔は“王子さまみたい”と噂されるようになった。

 何かが起きたときには、自分を守って助けてくれる――。

 そんな頼りがいのある人に思えたからだ。


 その飛翔と私はただの幼なじみだ。


 家は隣同士だったが、一歩外へ出れば、一番離れた場所にいる。


 だが、クラスメイトの愛流(あいる)は私と飛翔の仲を疑っていた。


 愛流はモデルもやっている美少女だったが気が強い。


 クラスを思い通りにするのは当たり前のことで、自分の役割だとすら考えている“お姫様”だった。


 人気のある飛翔が好きで、彼女きどりでいつも側にいる。


 普段はクラスメイトを召使いにして世話を焼かせていたが、飛翔の気を引きたがり世話をしたがった。


 美男美女でお似合いだと誰もが噂したが、肝心の飛翔は迷惑している。


 そんな飛翔の気持ちを理解できたところで、私は口にも態度にも出さずにいた。


 にもかかわらず、ある秋の日の夕暮れ時に、愛流から校舎の裏へ呼び出された。


「あんた、高校一年にもなって、まだ飛翔と特別な関係でいるつもり?」


 と、愛流は腕を組みキツい目で私を責めた。


 私は何度もしている話を繰り返した。


「飛翔は……」


 言い直す。


「飛翔くんは、幼い頃にお母さんを亡くしたから、家が隣だった私のお母さんが面倒を見ていただけ。だから“きょうだい”のように育ったけど、もう高一(こういち)だから、昔とは違う」


「そんな嘘に私がだまされるとでも思ってるの? 飛翔を呼び捨てにして仲がいいのを自慢して。憂理(ゆうり)はサイアクだよねって、私が言うのに、皆うなずいてるよ」


 私はため息をかみ殺す。


 皆、愛流が怖いから、逆らわないでいるだけだ。


「あんたは見た目もサイアク。髪は背中まで伸ばしているけどカラーリングもしてないし、耳の下でふたつに結んでるだけで巻いてもいない。本当にありえない」


 愛琉は呆れ返って、また私をにらんだ。


「だから、余計にむかつく」


 私に歩み寄ると結んだ髪をひとつ、手でぐいと引っぱった。


 私の耳を引きつけて声を大きくした。


「あんた、今日、飛翔としゃべったよね!」


「飛翔くんには、昨日休んだからノートを見せてと頼まれただけ」


「私より勉強ができないふりしろって言ったの、忘れた?」


 愛流はまた目をつり上げる。


 私はわざとテストの点を悪いようにしていたが、愛流がさらに悪い点をとるので、手に負えなかった。


 飛翔は、ただわかりやすく真面目に書かれたノートが見たくて、私に言ってきただけだ。


「ノートも汚く書けっての、わからないくらい頭が悪いのに。真面目ぶって先生の評判もよくって、あんたって、本当に目ざわり」


 愛流はつかんで揺さぶった私の髪から手を離すと、体を突き飛ばした。


 ひとつ息をつくと、思い出したふりをした。


「こないだ、学校の裏の森にある細い道を歩いていたら、全身が真っ黒で髪が足首まである男と出会った。私に特別なことを教えてくれると言うから、いやらしいことをした。何を教えてくれたと思う?」


「わからない」


 私はただ早く家に帰りたかった。


「教えてあげる」


 だが、愛流は、そこにあった五十センチ程度の棒をひろった。

 あらかじめ用意しておいた物のようだった。


 私を立たせたまま周囲を回り、一メートル外にぐるりと円を描いた。


「人を消す方法」


 もう一度、逆に回って、二メートル外にも描いた。


「この円から外へ出ようとしても、もう出られないから。一生」


 口の端を引き上げて残忍に笑う。


 私はからかわれているのだと呆れ、円の外へ出ようとしたが、なぜか足が動かなかった。


「ふたつの円のあいだに呪文を全部描きこんだら、あんたは消える」


 愛流は円の間に模様を描きこんでいく。


 その態度は自信にみちており嘘を言っているのではないと動かぬ足が教えてきた。


 私は、また逃れようとして、とりつくろう。


「愛流。私、飛翔くんのこと、無視するようにするよ。だから帰らせて」


 だが、愛流は聞き入れない。


「もう遅い。目ざわりなあんたには消えてもらう」


 模様を描き終えると、私を取り巻く円陣は紫色に光りだす。


「私の恨みを思いしるがいい。憂理、この世界から消えろ!」


 愛流は棒の先を私に向け、何かを書く。


 私は体がしびれて息苦しくなり、呼吸が大きくなる。頭は何かに締めつけられ、地面が波打って見えた。

 たまらず、その場にしゃがみこんだ。


 そのとき、別の方向から険しい声がかかった。


「愛流、なにやってんだ!」


 飛翔だった。


 飛翔はサッカー部だったが、日が暮れたことで練習を終え、着替えて家へ帰るところだった。


 校舎から自転車置き場へつづく近道を通ったとき、愛流と私の姿を見つけ、なにか嫌な予感がしたのだ。


 だが、手遅れに思えた。


 私は自分の体が透けていくのがわかった。


 それでも、飛翔に顔を向け助けを求めた。


「飛翔、私、消えちゃう!」


「憂理!」


 飛翔は、肩にかけていたバッグもボールも捨て、紫色の円の中に飛び込み私を抱いた。


 そのとき、円陣から強い光が私たちを包んで立ち上がり、空高くまで伸びた。


 予想外の出来事に、ぼう然とする愛流が光の壁の向こうに見えた。


「飛翔……!」


 愛琉は首をふり棒を捨てると膝をつく。


 左手で体をささえ右手を伸ばしたが、その姿はすぐに光に消された。






 私は飛翔とともに、光の中を上りながらも落ちていく。

 飛行機から落とされたかのように強い風が全身に当たってくる。


 あるいは、飛行機よりも、もっと高い場所、宇宙から落とされたのかもしれなかった。


 星になって地球へ降っている気持ちになった。


 体を囲む光の隙間から地球の丸い輪郭が見えてくる。


 吸いこまれる。


 緑色の大地がどんどん迫ってくる。


 それが海のように広い森だとわかったところで、強いちからが働き、私はしがみついていた飛翔と離される。


「飛翔!」


 必死に手を伸ばした。


「憂理!」


 飛翔も叫んで私をつかもうとした。


 だが、私たちは二手(ふたて)にわかれた光ごと、別々の方角に飛ばされしまう。


 そのまま真逆の世界に飲みこまれた――。




 〈続く〉

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