第11話 逢魔

・アイナンアイト、電子作戦室


 数時間後、確認できるだけの情報を集めたメンバーは電子作戦室に集合した。事件の処理に追われ警視庁の合同捜査本部に詰めている椎名が参加するためには、その方法がもっともてばやいからだった。椎名は集められた情報を見て、おおよその予想がついて、頭を抱えた。

「もうオリンピックの開幕は今週末で、三日後には歐亞中央の大統領が、開会式に参加する多恵に来訪して、各地を視察するというのに、これか。」

「リー大統領がターゲットかどうかは別として、駒の出そろい方を見ると、やはりオリンピックの開幕が時期的な目標でしょう。」

 椎名の苦悩は想像できる。多分今本部では愚痴を吐く余地がないのだろう。

「犯行声明や要求もなく、あるのはキツネの世直しぐらい。何が目的なんだ。北洲の国家崩壊だって、衛星が落ちて、情報通信が復活したら国が消えていて、我が国は関与して居ないし、むしろ当時の医療派遣や治安維持、難民保護に関してはむしろありがたがられるぐらいだろう。」

「ただ、北洲と、武器、プロフェッショナルの影が見え隠れしている今、ハクティビストの愉快犯よりだけも、遙かに重いケースを考えるべきでしょう。」

 椎名は言いたいことをいって、少しガスが抜けたのか、椅子の背に体を預けて返事をした。

「そうだな。最悪のケースをプレゼンしてくれ。」

「我々がGENESIS内で見つけたこのAK47のバリエーションと思われる自動小銃、GENESISの頭文字を取って、仮称AK47Gとしますが、これを持った少なくとも全国40カ所以上での銃乱射テロの連続テロです。」

「理由。」

「GEEKSがこのAK47Gの一部部品を制作可能な、5軸NC工作機械がインターネット上からクラッキングできる状態で存在するか、もしくはその所有企業に侵入し機械まで乗っ取れるか、あるいは正規の発注で何食わぬ顔で発注できるかその多方面から、公にならず入手可能なルートを探りました。その結果、複数の金属部品試作会社で、試作部品として正規に受け付けた例、受注から出荷まで高度に自動化されたラインに、勝手に生産指示を出し、出荷までを行った例などが多数見つかりました。また樹脂部品に関しても3Dプリンターで試作部品を作る会社に発注が行われていました。それらの部品は東京の衛星落下地点の復興作業を行っている作業所の実在の人物の名前で送付され、営業所止めだったものを、本人確認の委任状を持ったオートマタが受け取りに現れ受領。所轄がその人物の確認と部品の存在を確認しに行きましたが、本人は全く知らず、部品も該当の地域にはありませんでした。ここでいったん部品の流れが途切れます。」

 秋尾はギルマスが集めた情報、スピアが作った銃の分解写真などを表示しながら話を進める。

「もう一つの鍵は、昨日我々がつくば市に行った帰りに、我々を車で襲撃した者の関連情報です。実行犯の一人を情報収集のために泳がせて、主に通信関係の情報収集をしていたのですが、常時暗号通信でダークネットに接続しているため、その方面の有用な情報は得られませんでした。ただ監視をつけていたので、頻繁に運送業者が宅配を行っていることを確認。また郵便物を多数受けていることも判明していたので、郵便局で待ち構え、容疑者宛に届いた封書のX線検査を、法律上は保存されないので、リアルタイムで閲覧しました。その結果、これが見つかりました。」

 秋尾がX線写真を表示するモニターを撮影したものを表示、さらにAK47Gの部品写真一覧から1枚を拡大した。

「照門。銃を構えるとき、目標をターゲットにするための、2つのパーツの1つとよく似ています。問題なのはこれが、普通郵便で送られてきていることです。おそらく発送者は身分を示さなければならず、また検査が厳しくそのデータの保存義務のある小包や宅配便を避け、極力部品ごとに、普通郵便を活用して部品を送りつけていると思われます。そして容疑者に送られてきた普通郵便のデータを遡ってみると、ほぼ同じ場所や同じ名前で発送された物はなく、多種多様な場所にある、実在の店舗や氏名を使い送られてきていました。もちろん無断使用です。さらに言えば、そのすべては、集荷のルートに監視カメラがないポストが存在するそうです。なお、昨日をもって容疑者の元への普通郵便は途絶えているので、おそらくもう部品はすべてそろっていると考えるべきでしょう。」

「遅きに失したということか。」

 椎名は目を閉じ、片手で額を掻く仕草をした。

「で、秋尾隊長が考える対処策は、なにかあるのかい。」

「政府のメンツと天秤で、しかも解決策ではなく軽減策ですが。」

「いい。とりあえずは何でも行ってくれ。選択肢を得た後に政治判断がある。」

「おそらく、間違いなく、どこかでテロが発生します。ではなぜ、どのように起こるのかです。その経緯からお話しします。先ほどウチのメンバーが、カナリアの情報提供を得て…。」

「また出たのか。今度はなんの情報だ?…いや、続けてくれ。」

「GENESIS上でこの自動小銃を使っているギルドの本拠地に潜入しました。その潜入するためのアカウント情報をカナリアが提供しました。タイミング的にカナリアはことこのGENESISの中では我々を常時監視していると思われます。」

「ゲームの中だけだといいんだがな…。」

 椎名がため息をついた。秋尾はそれを見て、一呼吸して続ける。

「その結果、この自動小銃の組み立て訓練、射撃訓練、そして、襲撃を起こすモチベーションを植え付ける訓練をしていて、その動機付けの訓練、もっと言えば洗脳して統率する訓練の中に、『雌豚を殺せ!』『我々には権利がある!』という台詞があったそうです。この話を聞いて思い出したのが、2010年代にあった、何らかの理由で女性に相手にされない男性が、その理由を社交的な男女が居るせいで自分に機会が回ってこないとして、学校での銃撃事件や、ショッピングセンターに車で突っ込むという事件が発生しました。そしてこの事件には、犯人をネット上で煽ったものの存在が確認されています。つまり本質的には『満たされない思いを持つ者を見つけ出し』『これを煽って』『犯行を起こさせる』という、扇動技術の普遍的なマニュアルを踏まえています。そして今回もこの話を下敷きにしているのではないかと思います。彼らは満たされない思いを、犯行という名で昇華してカタルシスを得ます。だからその犯行を阻害するには、代償を得て犯罪を実行してもカタルシスを得られないということを認知させます。」

「じゃあ、どうやってそれを妨げる。オリンピックの開催を延期させるとかはなしだよ。」

「もちろんです。ブラックハッカーの犯行をやめさせるのに最も効果的何はシステム的に守るのではなく、相手を探し出して、おまえを見ている、おまえはマークされていると突きつけることです。その為には、このGENESIS内の敵のアジトを襲撃して、そこに居るテロリスト予備軍に、警察だと宣言し、その銃部品が現実世界で送りつけられてきているだろう、おまえはすでにマークされていると宣言するんです。」

「令状もまだ決定的な証拠もないのにか?!」

「あの世界には、統治機構も法もありません。誰が警察を名乗ろうが関係はないし、また我々が身元や接続の痕跡を消して襲撃すれば、確かめるすべもありません。」

 椎名は一瞬、秋尾が涼しい顔をして言い放ったことが、何を意味するのかが分からなかった。そして数秒後に手を叩いて笑い出した。

「はは、はははははは。確かに、確かにそうだ。証拠がなければ犯罪にならないし、法がなければ犯罪にすらできない。インターネット企業やSNS企業が自ら作り出しながら、労力を払って統治することを放棄して、無法の荒野にしてきたことを突くわけだ。はははは。傑作だ。」

「無政府状態のエリアに突っ込むときの、活動の理屈と同じですよ。ただ万が一ばれた場合のために、リアルの世界での対応が必要です。それがメンツとの兼ね合いとなります。」

「聞こう。」

「何をしなくても何をしなくても、テロは発生しますし、おそらく今からではそのすべてを防ぎきることはできません。ならば一つでも減らすことを優先して、メンツを捨てます。具体的には、官房長官の会見で、この銃の存在を公開し、公共の放送でテロを行わないことを呼びかけ、どうやって相手を補足するかの手段を、少しだけ公開します。もし先ほどの照門が本物なら、時間さえかければ、配送関係からすべてを追跡することは可能なはずです。問題は時間です。だから時間には触れず、追跡することが可能であることだけをアナウンスする訳です。それと同時に国民に対して注意喚起を呼びかけ、銃はもちろんのこと、ナイフでの襲撃、あるいは不自然に多い荷物を受け取っている人物の情報提供を、緊急事態として法的にクリアし行わせる。さらに警察官の警ら用のカメラAI、犯罪予測プログラムAIに、この要素を入れましょう。これで何十もの網を張ります。ただこれを行うためには官邸の判断、警察の中の調整、各県警への通達と繁華街への警察官の配置など、調整が多岐にわたります。一方で今この瞬間にも、GENESISの連中が逃げ出すかもしれない。政治的な調整は1秒でも早くやってください。」

「国民を守るためなら、メンツなんぞ犬に食わせればいい。なるほど、僕も駒として使われるわけだ。」

「立ってる者は、陸将だろうと穴を掘らせます。」

 椎名は久しぶりに、秋尾を指さして言った。

「いいねぇ。思い出したよ。君と君の舞台を選ぶときにポイント、この『読みの秋尾』があったんだ。思い出したよ。今の話、頭の固い人たちを動かすために、紙一枚と資料写真数枚に、すぐにまとめてくれ。僕は話をできるところから話し始めて置くから。じゃあよろしく。」

 椎名はそういって会議室からOFFした。部屋の明かりがついて、電子会議室状態を解くと、秋尾は両手を伸ばしてテーブルに突っ伏し、ふうと大きな息を吐いた。そこに同席してたギルマスとシリウス、スピアが歩み寄ってきた。

「秋尾隊長、恐れ入ったよ。政治を動かすって、ああいう風にやるんだな。」

 秋尾は顔だけを横に向けて、応えた。

「俺だって、政治動かすなんてしたことないよ。自衛隊に居たときは下っ端の隊長だよ。まぁPKFの時にはよく演説をぶってたけど。」

 スピアが秋尾の背中をポンポンと叩いていった。

「隊長、やっとエンジンかかってきたじゃない。こっち来てから元気なかったもんねぇ。」

「頭で分かっても勝手が違うからなぁ。」

 シリウスがスピアを見て尋ねた。

「自衛隊のときからこうなんですか?」

「パースがそろうギリギリまで粘って、あるポイントを超えると盤上に駒を並べるようにゲームを予想し始めるの。これでウチの隊は欠落なしで救われてきたのよ。」

 ギルマスは感心したようだった。

「ウチは実戦ないから、遠い世界だな…。」

「そうですね。」

 シリウスがうんうんと頷く。

「いやギルマス、COMBAT NERDSも実戦やってもらうぞ。GENESISの戦闘に参加してもらう。物量で押したいんだ。それからウチのメンバーの分、AB360を至急手配できるか?」

「そういうことなら、ウチのメンバーも喜んで参加するぞ!AB360の件は任せてくれ。つてがある。」

「それと、GEEKSのメンツには、必ず捨ててもいいアカウントを用意させてくれ。ついでにウチのメンバー全員分の『いかにも警察官風の衣装』と。あと、例のコンダクター氏に、内容は伏せつつ合流してもらうよう話をしてくれ。」

「分かった!」

「シリウスは、コンダクター氏を捜査への民間協力者として、情報提供の手続きを頼む。実際の開示手続きは、現場で本人の意思を確認して、リアルを明かしてもらわないといけないから、準備を。」

「了解しました!」

そしてギルマスとシリウスはコマンドルームに戻っていった。秋尾とスピアも特殊部隊区画に向けて戻る。

「スピア、AB360を使って、先行して調整しておけ。いつもの本気のイイ仕事、見せてもらうぞ。」

「オッケー!」


「秋尾隊長、地ならしはやった。機密メールに官房長官会見の草稿を送ってある。ほぼ君の言ってる内容に沿っているはずだ。警察庁や各県警との調整も、長官の意向の形で、稲妻秘書官が相当動いてくれた。この一件が片付いたら、一度挨拶に行こう。それから、本件は法律に定められている薬物銃器犯罪として、『協議・合意制度』、いわゆる司法取引の対象となると、検察庁に確認してある。作戦行動時にそれを言って協力させてもかまわない。カードに使えるだろう。まぁ、君の言い方によれば、私たちはそこには居ないんだがね。」

 椎名が動き、警視庁が先日の実行犯を捕らえ、部品を押収して、それをてこに全体が動き、ここに至るまでに6時間もたっていなかった。政治としては異例のスピードだ。それだけにテロ阻止に関わる警察組織全体の意気込みを感じられた。すでに郵便物の線からも調査が進み、段取りとしては、長官会見、GENESISの作戦、そしてすでに目星がついている箇所の捜査に踏み切るということになった。先に捜査情報が流れて、関わった人間が萎縮して潜伏する前に、捜査に協力すれば不起訴や求刑が軽くなるということが先行することで、自首する人間をより多くすることが優先された。

「長官会見は1時間後、9時にスタートして、冒頭にこの件をしゃべることになる。だから、GENESIS内でこの件に触れるのがその時間以降になるように、襲撃を調整してくれ。」

 椎名は努めて明るくしているが、そうとう疲労困憊していることが声から感じられた。

「了解しました。」

「我々の初の攻めの作戦、吉報を待ってる。仮想空間での作戦が初めてになるなんて、サイバーコマンドらしくていいんじゃないか。」

 なんとか気分を盛り上げようと軽口を叩く雰囲気が痛々しく感じられたが、ここはその思いを組んで明るく応えた。

「もちろんです!待っててください!」

 秋尾は回線をOFFにして、整備班に助けられVRヘッドセットをかぶると、GENESISにログインした。


・GENESIS内、市街戦エリア、COMBAT NERDS ホームエリア


 キャプテンこと秋尾がGENESISにログインし、集合場所に着いた頃には、作戦参加者全員が、軍隊のように整列していた。メンバーの間の前に向かって歩いて行くと、自然と「キャプテン」のコールが始まった。キャプテンは前に出てマスターの横に並び、手を上げコールを制した。

 第1チームことナイト01のメンバーが9名、そして第3チームことGEEKS=ナイト03のメンバーが40名ほどになっていた。事前に通達しておいた通り、全員が英語でいうオタクを意味するNERD風の衣装になっていた。NERDSにお約束のチェックのシャツやパンツにめがね。ご丁寧に下のチャックからシャツが出ているものまで居る。和風のオタク衣装も居る。一方ナイト01女性陣は怖い系のメイド服や、コロポックルの名前の通りのアイヌ衣装、そしてハウは犬、パトロは瓶底めがねに猫耳という、NERDというよりは、ハロウィーン風の衣装だった。国家の威信をかけた対テロ作戦なのに、この姿がニュースで流れたら、きっと袋だたきに遭うだろうなあとキャプテンは気が遠くなった。ただ、この格好にも意味があるのだ。

「みんな、オペレーションDAY3に参加してくれて感謝する。」

 主にナイト03メンバーとコロポックルが歓声を上げた。キャプテンは横のマスターを見て、小声で「なんでDAY3なの?」と聞くと、マスターは「そう言うと喜ぶんだよ」とだけ言って話を続けさせた。キャプテンは咳払いをして続けた。

「それでは作戦を説明する。まず本作戦の目的は通常の制圧戦と異なり、敵プロフェッショナル部隊の戦力とその能力の記録と排除により作戦遂行の確度を高めること。ギルドマスターの権限を持つ人物の捕獲ないしは排除によって、ギルド解散やホームエリアの消去を阻止すること。そして特に第1チームは内部で訓練を受けている人間に到達して、あらかじめ決めてあるメッセージを伝えることにある。作戦配置は、第3チームとスナイパーユニットが敵正面、第1チームはあらかじめ敵背面。」

 キャプテンは自分の後ろ上部に、電子黒板を表示しつつ説明する。

「作戦開始とともに、マスターが敵陣営に対して制圧戦を宣言。それと同時に、だ3チームがいかにも素人集団が数で押してきたというように、きわめて素人っぽく突撃。敵が出てきたら、あくまでも射撃がうまくないように、外しながら銃撃。ある程度の距離を取り、敵が突撃してくるまで待ち、弾が切れたら素人っぽく、マガジンを落としたりしながら交換。敵が陣地から出て突撃してきた場合、なるべく1対1でこれに対処し、なるべく長く、銃やナイフのスキルを記録しろ。俺から指示があった場合、もしくはスナイパーが敵のスキルが一通りとれたと思ったら、狙撃開始。狙撃の優先順位は敵ギルドマスターが見えた場合はそちらを優先。ギルドマスター排除に伴いギルドマスターが移動した場合は、そちらを次に優先。狙撃開始とともに、今度は本腰を入れて攻めろ。やり方は任せる。」

地図を全体図から敵エリアの見取り図に変えて話を続ける。

「第1チームは、第3チームが開始され、敵の注意が引きつけられた段階で敵陣地に侵入。訓練兵へのメッセージを伝達を目指す。安全確認よりも到達を優先し、訓練兵が見えたら警察官制服に衣装を変えて、口頭でメッセージを伝えるか、メッセージキューブを放り込んで再生しろ。指導官が攻撃してきた場合は適時排除。訓練兵が反撃してきた場合は負傷させて、行動不能にしろ。陣地内の見取り図はこのとおり。ハッピーとブラックサンドのチームは銃の分解整備室。コロポックルとハイウェイスターは射撃教習エリア、俺とムスタッシュは教化訓練エリア。ゴリラとドンペリは可能なら、街地訓練エリアを目指せ。フロスティとイーグルアイはスナイパーユニットだ。」

 秋尾は地図をしまって号令をかけた。

「総員、準備はいいか!」

「オウ!」

「乗車!」

 メンバーはそれぞれ、中東のゲリラ御用達の、ピックアップトラックに機関銃を着けたものに鈴なりになって分乗し、目的のエリアに向かった。


 時刻は9時になり、キャプテンたちは敵陣地後方の山の中に潜んでいた。山あいのやや開けたところにあり、後方の山から回り込むのは手間がかかったが、獣もいなければ山側にはトラップも見当たらないので、比較的割り込むのは容易だった。この手のゲームに詳しいコロポックルに言わせると、「山ルートがとれることを知らないのはゲームを熟知していない証拠」とのことだった。ただ敵陣地は制圧戦を宣言しない限りは見ることもできないただの山の風景なので、キャプテンは先ほどの襲撃の『雌豚』の件もあるので、コスプレ風衣装は、やめさせ、なるべく体型の出ない、迷彩服と装備に変更させていた。

 キャプテンHUDにシリウスからメッセージが届いた。

『鹿が来た。』

 無線で全員に開始準備を告げる。数分後またメッセージが来た。

『鹿が鳴いた。』

 それを見てキャプテンは無線に告げた。

「状況、開始!」

 目の前に敵陣地の建物群が現れ、遠くの方から鬨の声のようなものが聞こえてきた。双眼鏡で見ると、丘の向こうから統率のとれていないバーサーカーの群れのようなものが走ってくる。陣地内の建物から出てきた数名が、入り口に回り込んで望遠鏡でそれを見ると、指を指して笑うのが見えた。

「よし、油断してくれているな。」

「さっきは追い立てられてあまり確認できませんでしたが、見たところ10名、分隊規模ですかね。」

 建物の中から訓練兵らしき者が出てきたが、教官たちが余裕の雰囲気で戻れ戻れとジェスチャーをしている。おそらくこういった襲撃はしょっちゅうなのだろう。

「よし連中が打ち始めたら突入する!」

 各員が態勢を整える。そこでブラッキーが質問した。

「キャプテン、私たちもあんな感じで走った方がいいの?」

「いや、全力で行ってください。お願いします。」

 ハッピーと目を見合わせて、やれやれ、という仕草をしていた。程なく銃撃戦が始まり、にらみ合いで発表し合うが、第3チームの弾があまりに当たらないので、一部の兵士がナイフを取り出して、援護射撃の中第3チームへ突撃した。

「よし!GO!GO!GO!」

 それぞれのバディを送り出すと、キャプテンはやや離れて援護射撃ができるように離れてついて行く。50mほどの下り坂を駆け下りて敵陣に入ると、さすがにアラートが設置してあるようで、残っていた兵士がこちらを見て応戦しようとした。ブラッキーが相手が構える早く懐に飛び込むと、足払いで相手を足下からすくい上げて、体当たりをし、もう一人の方に吹き飛ばすと、体制を崩したところに、サイレンサーをつけたM5カービンを袈裟懸けに放つ。後方からハッピーが2発ずつ頭に打ち込んで吹き飛ばす。そのまま教室に向かおうとしたところ、前の前にログインした新しい兵士が現れて、避けきれずにぶつかる。お互いの頭と頭が近い位置に転んだところを、ブラッキーは手を体を浮かせてダンスするように回転して、相手の顔を蹴り倒す。M5カービンを取り上げる前に、ハッピーが背中を足で押さえつけて、また頭に打ち込んで吹き飛ばした。サイレンサーをつけていたのだが、教室の中の訓練兵たちもさすがに気づいたようで、教室の中から首を出し、やいやいと騒いでいる。しかしその雰囲気は、あくまでも野次馬っぽい。一方教官たちは一目で相手がプロだと判断すると、無線で外にいる兵士たちに呼びかけて、陣地内を先に争闘しようとする。

「キャプテン。基地内に戻ろうとしているから排除します。」

 フロスティがむせんでそう言う、キャプテンが返事をするまでもなく、入り口近くでこちらに銃を構えた兵士が、連続して打ち抜かれて倒れ、5人ほどが倒れたところで連続して発砲音がした。

「もう一発。ハッピー、ブラッキー、教室の引き戸のそばから離れろ!」

 二人が反射的に左右によけると、ガラスの割れる音と、ボスっという音がして、金属製の引き戸に穴が開いて、何かが飛び散る演出が出た。ハッピーが廊下のガラスから教室内を窺うと、中にいた4~5人が、突然の狙撃に呆然としているので、ハンドサインで中に突入すると合図する。

「キャプテン、教室に入ります!」

「了解!」

 顔を見合わせて合図で教室の前後のドアを蹴破って中に入り、中の訓練兵に銃口を向ける。

「「動くな!警察だ!」」

 ワードトリガーにしてあった衣装チェンジで、装備が変更され警察官の制服になった。訓練兵の一人が、

「女だ!」

 叫んだで腰の拳銃をつかもうとしたので、

「雌豚とかいうなよ!おまえらのリアルに、この自動小銃の部品が送られてきているのを知って居るぞ!」

 と怒鳴り返した。襲いかかろうとした全員が固まり、明らかに挙動不審になる。そこにさらに追い打ちをかける。

「郵便物から、すぐ住所も名前も割れる!リアルに警察が来る前に、ログオフしないでそのまま投降し協力すれば、司法取引の用意がある!分かったら捕虜になることを了承しろ!」

 そう言って、ブラッキーが全員に向かって捕虜状態のリクエスト投げる。全員がそのリクエストに了承した。

「隊長、5人確保しました。」

「よくやった。こっちはまだ戦闘しているが、もう終わる。」

「そっちに…」

「いや、第一チームがすぐそこに行くから…」

 ブラッキーが隊長と会話していると、教室の反対側にいたハッピーの後ろに白い者が駆け込んだ。

「ハッピー!」

 ハッピーが反応する間もなく、白い者は後ろからハッピーを拘束した。M5カービンもたたき落とされる。ハッピーはもがいて拘束を逃れようとするが脱出ができない。そのわずか1,2秒でどうやったのか腕は拘束具で拘束され、さらに首元に肌を沿わせたようにナイフを突きつけられた。ブラッキーは白い者の頭の位置にギルドマスターのマークがついているのを見つける。撃って排除しようとするのだが、白いシーツをかぶった、てるてる坊主のようになっていて、どこが体なのか判別がつかなく躊躇した。

「ハウ!死なないから、撃…」

 白い者は躊躇無く、喉元にナイフを刺し、気道まで貫通するとそれをこじった。それによりハッピーはヒューヒューと音を立て、しゃべれなくなった。そのハッピーの頭の中に声がした。

【あれがハウなら、おまえ、キサラギ・ミカゲ…ダな。】

(こいつ、私の名前を知っている?!)

 ハッピーは頭の中で考えられ得る限りの顔を想像し、相手を探った。サイバーコマンド?自衛隊?もっと前?しかし、この状況や戦闘スキルを考えると、思い当たる者がない。

【おまえのことを知っているぞ。昔、自分の片割れを、殺したな…。】

(昔の私を知っている?!)

【おまえが殺した片割れが、…おまえを、殺しに、来るぞぉ…。ほうら、来るぞぉ…】

 首に刺された傷の痛みがズキズキと響き、秒ごとにダメージを蓄積して、意識も視界も遠くなる。白い者の声が遠いエコーがかかったように、頭の中に響いた。

「うぉぉおまぁあああえぇえええー!パトロから離れろ!!」

 白い者に気を取られている間に、ハウの形相が変わり、まるで獰猛な猟犬の、いや狼のような咆哮を上げ、M5カービンを投げ捨て、ナイフを持って突進してきた。

(ハウ、だめ…。だめ…。昔の私みたいに、怒りに溺れてはだめ…)

 突進して、振りかざしたナイフの真ん前に向かって、白い者はパトロを蹴り飛ばした。ハウが一瞬ひるんだ隙に、パトロの影から回り込んで来ると、ハウの逆側の手をつかみ、引き回して地面に押さえつけようとする。ハウは自らの体を投げ飛ばすことでそれを逃れ、握られた手を引き抜く。間髪を抜かず、ナイフで何度も刺そうとするが、そのたびに躱され、いなされ、後ろに回り込まれると、パトロと同じように拘束された。

【おまえ、シライ・ミナミ…だな。】

「!!なんでそれを!」

 ハウが驚いて反射的に答えると、白い者はまた躊躇無く、喉元にナイフを突き立ててえぐった。

【おまえ、子供の頃の、記憶が、無いな。】

(なんでそのことを知っているの?こいつ、誰?!)

【おまえのそのからだ、もともと、おまえのものじゃないなぁ。】

(えっ?!)

【おまえは、その体に、勝手に入り込んで、元々の人間を殺したんだ。】

(なに?それ?なんのはなしなの?)

【元々、その体の持ち主だった人間が、おまえを消しにくるぞう。ほうら、そこまで来ている。消しに来るぞう…。ハハハハハ】

(誰?誰のこと?!)

【おまえがこのことを誰かに話せば、そいつ来るまでのおまえの寿命が、半分になる。もうひとりに話せば、また半分に。どんどん、どんどん、みじかくなるぞう。】

 ハウもまた、首からのダメージがかさみ意識が遠くなった。白い者はハウを上向きに地面に転がすと、今度はもう一度パトロの頭に触った。しばらくすると、パトロも上向きに転がす。

 二人は意識が遠くなり始めた目で、白い者の顔のあたりをみた。首のところや、胴のところ、ところどころが縄で縛られているように見えた、やがてその白い者の顔の右上当たりに、なにか文字が表示された。

(暁の…ラザロ…あのラザロ?!)

【…俺の、名前は、暁のラザロ。…権力の木偶人形たち、覚えておけ。我々の復活を、阻む者は、みんな、すべて、死ぬ…。】

「二人とも!どうした!」

 キャプテンが教室に駆け込んでくると、振り返ったラザロと、足下に倒れた二人を見つけた。キャプテンがラザロにM5カービンを向けようとする間もなく、一瞬で間合いを詰め、ナイフでキャプテンの喉を掻ききろうとした。M5カービンを盾にして、それを寸でのところで受け止める。目の前に迫った顔らしき部分の横に、キャプテンは『暁のラザロ』の文字を見つけた。

「貴様!ラザロかぁ!!」

 キャプテンがM5カービンごと押しのけようとした瞬間に、マント状になった白い布の下から、拳銃で両足を数発撃たれバランスを崩した。ラザロは倒れるのを見届けると、その場でログアウトして、その姿が消えた。

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