第10話 偵察


・一色詠、自宅


「一応、正式な協力要請ですし、行動プログラミングという言葉自体は知っているけれど、私は別にそのスペシャリストじゃないのよ。いいのかしら。それにどながた私を指名したの?」

「自分の上官で、元は警察庁出身の審議官の椎名です。」

「椎名?知らないわね。」

「その、お呼びして申し訳ないのですが、上官もパトロを見てくださっているサイコドクターということで、名前を知っている訳ではないみたいで…。」

「なるほど。分かりました。まぁとりあえず、まずお伺いしますね。」

「ありがとうございます。」

 一色は秋尾からの電話を切れると、声を出した。

「ねぇサマンサ、電話ちゃんと切れている?」

「詠さん。電話はちゃんと切れています。なにかお食事とお飲み物の用意をいたしますか?」

 部屋の中の照明が、ほんの少しずつ明るくなり、ごく小さな音で、森の夜明けの環境音が聞こえてきた。照明も音楽もありがたかったが、もう今日は眠ろうとしていた時間だけにさあらにおっくうで、いまからまた外行きの顔を作るかと思うと、気が重くなった。

「歳をとると、たいへんなのよ…」

 誰に言うまでも無く、そうつぶやいて、いっそサマンサが家事用に使っているアバターで外出できないかしらと思ったりもする。一色がベッドサイドに置いておいた、めがね型のARグラスを着けると、小さなアラート音とともに電話着信のアイコンが表示された。該当の電話番号はないと、ARグラスは告げる。

「だれかしら?こんな時間に…」


 基地に到着した一色は、専門家ではないと言いながら、手際よく作業を行ってくれた。何よりもまず、少女の状況を確認すると、家族に対して新聞記事の「なにも覚えていない」関連の話を見せ、現在なんらかの理由で正常な状態に戻る途中にあり、カウンセリング的に正しく対処しないと記憶喪失ではなく多大なる記憶消去を起こす可能性があると説明、体よく言えば脅して隔離を認めさせた。家族側も先日の事件を含めて、同様の事例を報道で知っており、とりあえず無事である映像を見せることで納得させることができ、むしろよろしくお願いする旨の言質を取った。

 次いで基地に来るまでに取り寄せておいたのか、英語の文献を参考に彼女の状態を探ることになり、程なく、現時点で記憶に残っている、何を見たか、何を聞いたか、何を話したかといった、そしてどういうときに何をするべきかを、まるでソースコードのような形で聞き出していった。カウンセリングというのとは異なり、その手法は他人が書いたソースコードを読むようで、しかも常識というファイアウォールやライトプロテクトがない状態では、強く聞けばそれが即ソースに書きこまれてしまうとのことで、ゆっくりと、ゆるやかな対話のように作業は進んだ。

 そして驚いたのは、その結果得られたものが、GEEKSが行っていた、オートマタへのリバースエンジニアリングと、実に似通っていたことだった。AIはよく「なんでそういう結論に至ったか説明できない」と言われているが、GEEKSの作業もソースを読むリバースエンジニアリングというよりは、AIとの対話形式で行う必要があった。そのことはカナリアによって、オートマタのAIを解析しようとして取りかかるだろう、一番最初の選択肢のダイアログに残されており、うっかりそれを見過ごして、安易に作業を進めなくて良かったと、GEEKSのAI分析担当が胸をなで下ろしていた。そしてGEEKSの側も一色に助言を求めることで作業を進める。

 結論として得られた答えは、両者がほぼ同じ構造で作られた、行動プログラム体系に従い、与えられたタスクが異なるだけであった。つまり、異なるデバイス間で同じソースコードが動作する状況が作られており、その上に乗っているプログラムは、ほぼ同じものという考え方ができた。それはつまり、人間の行動がプログラムできるという現実を突きつけていた。

そしてその結論を得るには、それなりに長い時間を要した。


・GENESIS内 市街戦エリア

 

「ハッピーの姉さん、あいつらい半端ないっす!」「まじ半端ないっす!」

 自陣後方で情報集約をしているハッピーことパトロのところに、敵陣となっているビルを、しらみつぶしに攻略してるNERDSの面々から無線が入る。

「ハンドサインとか組織的な動きとかはサバゲーでもあるんですが、やつらそれとはちがうっすよ!」「あー、撃たれたー、だれか助けてー。」

「本職が来ているのか?」

 ハッピーが尋ねる。

「いやぁ、ありゃ違うねぇ!」

「なんて言うか、確かに技術はあって訓練をしているんだけどっ!」

「連携の方は、まだまだだねぇ!」

 ハッピーの質問に、狙撃手として配置についているフロスティが、言葉の区切りごとに狙撃音を響かせながら答える。後ろでポインター兼、ドローンでの部隊誘導をやっている、イーグルアイことファルコンが、狙撃が成功するたびに、後ろでヒット、ヒットと言っている。

「対テロ戦手順に従って、懸垂降下で突入するだろ、すると、やっこさん待ってんだよ。それぞれがそれなりに訓練したゲリラ集団て感じだな。奴らがそろえて使っている自動小銃の扱いや、ナイフでどこを刺せば致命傷か、そういったとこはうまいんだ。」

 のんきにしゃべっているが、ゴリラことコングの後ろでは、手榴弾の爆発音やら、ドアを蹴破る音、スラッグ弾で壁ごと打ち抜く音がする。

「トラップとかもマニュアルどうりってか、こうなんかどっかで見たことあるんだじょ。さて、みんな、逃げてー。えいっ!」

コロポックルことハッパーの台詞とともに、えげつない爆発音がして、ブラッキーのところからも土煙が上がっているのが見えた。

「まとめて潰せば、万事オッケーだじょ。」

「コロポックル姉さーん、巻き添えがー。」

「…すまぬー。」

 絶対わざとやっているだろうと思いつつ、ハッピーは号令をかける。

「よし!いったん戦線を下げろ。出る!行くよ、ブラッキー!」

 ブラックサンドことハウが、2、3歩歩いてハッピーの横に来ると、腰から日本刀を抜き肩に担いでにやっと笑った。自陣に残っていたNERDSの面々が興奮して足を踏みならす。

「ヤター!」「待ってましたー!」

 無線の向こうでもNERDSの面々から歓声があがり、空へ向かって無駄撃ちをしているものもいる。

「ハッピーアンドブラックサンド!」「イエー!」「アーメンを唱えるお時間だ!」

 続く歓声の中、ハッピーが合図にオートマチックをパンパンと上空へ撃つと、いつものセクシー衣装の二人は、猛ダッシュで敵陣めがけて飛び込んで行った。

「あいつら、いつもこんなお祭り騒ぎやってんのか?」

 ハンドルネームをキャプテンにした秋尾が、後部を荷台にしたハンヴィーの運転席に座る、ハイウェイスターことタクシーに質問した。

「二人はAB360使っているんで、どんな動きをしてもマジ訓練ですけど、後はNERDSの連中のレクリエーションですね。やつら基本パソコン前の作業で、しかも基地は島の中でしょ。発散しないとやってられないすから、あいつらなりのお礼なんすよ。」

「なるほどね。でもたしかに…」

 秋尾は自分の手を見て、次にホルスターからグロックを抜いて左右から見る。

「このリアリティで全身フィードバックがあれば訓練になるよな。なんで自衛隊は採用しないんだ?」

「ま、隊にいても自費で装備を買うぐらいですから、キャプテンは堅いから知らないと思いますけど、結構やっているやつはいますよ。」

「そうなのか。…堅いか俺?」

「ちょっとイカした格好して、暴れてきたらどうすか?キャプテンも。たとえばこんなん。」

 ハイウェイスターがメニュー画面を開いて何かを見つけ、キャプテンに向かって投げる仕草をした。キャプテンの前に物品の受け渡し画面が表示され、「受け取る」「装備する」「拒否する」の選択肢が現れた。キャプテンが装備するを選択すると、全身が光って衣装が替わった。ハイウェースターが車のミラーをつかんでキャプテンの方を向けた。キャプテンはそれを見ると、驚いて、そして笑った。

「なんとか軍曹な。」

「そうそう。それでNERDSの奴らをいじってやると、奴ら喜びますよ。そういう笑いに飢えてるんす。」

ピピッとキャプテンの無線が鳴って、キャプテンをそれを耳につける。

「こちらハッピー。敗残兵が自陣へ戻り始めたわ。ハイウェイスターと一緒に合流して。オクレ。」

「了解した。オワリ。」

 聞いていたハイウェイスターは頷いて、キャテンが荷台に飛び乗ると、ハンヴィーを発車された。


 秋尾がGENESISにログインしている理由は、GEEKSの面々がGENESIS内で聞いた話が原因だった。

『揃いの武器を使った、スキルのある戦闘集団が居る』

 GENESIS MODERN GENERATIONを訓練や趣味で使う本職は居るが、それはあくまでも個人が参加しているレベルであって、職能やスキルによって個性が異なる。居ても最大小隊単位だ。それにそれぞれが趣味でやるのがゲームの基本だから、百人単位のギルドで武器もスキルがそろっているというのも聞いたことがないとのことだった。

また攻撃手法、あるいはゴリラが述べた、どこを刺せば致命傷になるか知っているナイフ・ファイティングなど、ゲームというのは違和感を覚えた。もしこれが自衛隊や警察であれば、その筋から話が伝わってくるはずなのに、それもない。なにか引っかかる点があり、ほぼ部隊総出でログインし、それぞれのスキルの視点から見ているのだった。

 ハッピーとブラックサンドに合流すると、ブラックサンドは助手席に、ハッピーはキャプテンがいる荷台に飛び乗ってきた。ハッピーは持っていた自動小銃とナイフをキャプテンに渡して、

「鹵獲した武器。」

 と言った。ナイフは特殊機構もなく、ありふれたものだったが、問題は自動小銃の方だった。ストックフォルダー式でやたらと角張っていて、可能な限り樹脂部品が使われている。

「この世界の銃は分解して整備できるようになっているわ。」

「いや、分解するまでもないだろう。これはガリルか?まさかイスラエル?でも違うな、それにこんなところで部品を接ぐか?」

 キャプテンは銃を目の前に持ってきて細部を確かめたり、稼働させたりする。

「GENESISは銃の開発もできるから、AKファミリーの基本線でオリジナルなのかもしれない。でもなんで角張ってたり、変なところで分解できるようになってたりするの?」

「それによって何かメリットがあるのか?例えばこの世界は、なにか力学的に忠実だったりするか?撃ったり撃たれたりした武器が、物理法則に従って壊れたり。」

「いえ、無いわ。ジャムとか構造自体が壊れないものは修正可能だし、メンテナンスしないと故障が起きるけど、整備すれば元に戻る。ただ破壊されたら、基本的にパーツ単位で使用不能になって、部品交換。曲がったり、折れたりはしない。」

「…なにか知らないポイントがあるのか?」

 キャプテンは思案げに首をかしげた。

「隊長、ついたみたいっす。どうもこの先はギルドのホームエリアで、入れないっすね。トラップもあるみたいっす。まぁ入ったとしても向こうの攻撃は有効で、こっちは無効。遺体も回収できなければ、キャラは永遠にロストっす。ギルド対ギルドの征服戦を宣言をして勝てば、自分らのものにできますけど。」

「藪の中に待避。ところで例えばこのギルドに加盟することはできないのか?」

「ちょっと待ってくださいね。……応募は出てないっすね。識別マークだけは分かってるんすが、クローズドなギルドみたいで、名前も公開されて無いんすよ。」

 ブラックサンドが車内から荷台を見てキャプテンに話しかける。

「さっきのあいつ、始末しないで捕虜で連れてくれば良かったね。えへへへ。ごめん。」

「えっ?」

ブラックサンドの言葉にぎょっとして、キャプテンは聞き返した。

「さっき私が、一人締め上げて話をさせようと、つるし上げて『最後になにか言うことはないか』って脅したら、『おまえら雌豚に、俺たちの気持ちが分かるか!』て言って、袖口に隠していたデリンジャーで撃ってきて、一発食らったんです。そしたらブラックが切れて、こう、…いろいろと輪切りに。」

「なにそれ怖い。ちょっと、ゲームならまだしも、現実ではやめてください!」

「大丈夫、トライデントは切れないから。」

「いや、そういう問題じゃないよね、ね。」

 そのとき、キャプテンに外部からメールが届いた。メニューを開いて見ると、シリウスだった。

『Cからコンタクトあり、なにかのアカウントみたいです。どうします。』

 キャプテンはそれを、のぞき込んできたハッピーに見せた。

「タイミング良すぎだな、見てんだな、カナリアのやつ。そりゃそうだよな。」

「見てるんだ!」

 ハッピーは周りを見回したが、黄色い鳥は見当たらなかった。

「おそらくそのアカウントで入れってことね。そして交渉ごとは、専門がいるでしょ。」

「そうだな。」


・基地、特殊部隊区画


「大丈夫。これはリアルな交渉じゃなくて、死なないから。捕虜になって帰ってこれないとかないし、最悪遺体回収できるエリアに出たら、オフラインして帰ってきていいから。」

秋尾が説明する横で、コングが無言でバトラーをAB360にはめている。

「隊長、こう、いつも思うんですが、私、一応年長者なんで、ちょっとこう、時々は敬っていただけないでしょうか?モザンビアの時もソムレリの時も、そうでしたよね。いきなり交渉してこいとか、そりゃたしかに交渉術は学んでますが、潜入捜査とか…」

 コングは会話を無視して、VRヘッドセットをつけさせた。

「面倒くさいログインとかは自動にセットしておいたから、後は向こうでパトロに聞いてくれ。ゲームは分からなくても、AB360は歩けば歩くし、動けば動くから簡単だろ。じゃあよろしく。」

 秋尾がコングに指示を出すと、コングは機器にログインの指示を出した。

「あー、あー、あ?」

「うまくいったみたいだな。あとは潜入捜査して戻ってくるのを待てばいいか。それよりも問題はこっちだ…。」

 秋尾は鹵獲したAKシリーズの派生らしき銃の資料を見た。

「スピア、ちょっと整備班に付き合ってくれ。だれか無駄に銃関係の知識があるやつ知ってるか。」

「アタシと話ができるぐらいなやつでいいかい?」

「上等だ。」

「あとは…」

 そう言って、BMI通信でギルマスに呼びかけた。

【ギルマス、ちょっと手が空いていたら、整備班に付き合ってくれ。】

【分かった。10分後に行く。】

「三人よれば文殊の知恵だ。」

 秋尾がそう言うと、スピアが頷いた。


「この子が整備班の加持君。ウチの銃関係の整備もそうだけど、部隊で使っている細々としたものを作ってくれるアイデアマン。」

「よろしくお願いします。」

 つなぎを着た青年が、帽子を取って挨拶をした。手を見ると油がしみた、いい技術者の手をしている。

「ナイト01の秋尾です。いつもありがとう。」

「いえ、とんでもないです。お役に立つかどうか。」

「とりあえず、この写真とスピアが作ってくれた分解動画を見てくれ。ギルマスも。これは今日GENESISの中で見つけた、オリジナルの自動小銃なんだが、これを見て気づいたことを何でも言ってほしい。」

 加持はしばらく動画を見つめて、途中からテーブルを爪でたたいたかと思うと、バインダーに挟んだ紙に、鉛筆で何かをメモし始めた。動画を見終わると、加持はしばらく考え込んでから話し出した。

「ご質問は、これの性能とか、整備性とかのことでしょうか?」

「なんでもいい。ブレストだから。」

「僕はゲームのことは分からないのですが、生産性とかコストがゲームに関係あるのかもしれませんが、ぱっと見て思ったのは、模型を作りやすいかなっていうことです。長い金属部品はともかく、そのほかの部品は、例えば3Dプリンターで作ろうと思ったら、一つのパーツが大きければ大きいほど、大きな機械が必要になって高くなります。ただそれは単に飾る模型なので、エアガンの弾も撃てないですけどね。」

「続けて。」

「あ、でも構造は本当の銃の方が簡単か。昔3Dプリンターで作る銃ってあったじゃないですか。データの配布が差し止め請求になったやつ。あれは銃を作れちゃうのが危ないのもあるんですが、そもそも実弾を撃つのは作れても、耐久性が全然無いんです。でもみんな誤解しているのは、銃って、基本的には筒と弾と打撃する機構があればいいので、まぁその辺の鉄の部品があれば、あとは3Dプリンターで作れます。脱線しちゃいましたけど。」

 秋尾は続けて、というように手を差し出した。

「たらライフリングなしじゃ、精度が悪いですし、ライフリングがある筒は作るとすぐばれますけど。」

「すぐばれるって?」

「ああ、そこはアタシから説明しようか。」

 加持がスピアを見て頷く。

「例えば国内で密造銃を作ろうと思ったら、どこかで警察のアンテナに引っかかるようにしないといけない。その一つが、バレルにライフリングが切れる機械をマークするっていう方法なんだ。他の部品はともかく、鉄の筒にライフリングを切る用途なんて銃以外にあまりないから、その機械を保有するのに際して、警察がそれをマークするわけさ。まぁただ逆に言えば、単発の射撃の精度を求めない散弾銃みたいなのはライフリングを切らないでいい。よく誤解があるが、銃ってのは極端な話、強度がある鉄パイプでもいいし、なんなら弾にライフリング効果を生むものもある。しかしその考えで自動小銃を作ったらとてつもなく精度が悪いか、よほど接近しないと使い物にならない。」

「じゃあ射撃精度を求めない、という条件なら、網に引っかかりにくくなるって言うことだな?」

スピアは秋尾の質問に頷いた。

「他の部品は?」

 加持が話を続ける。

「ご存じかと思いますが、本物はほとんどが板金プレスです。あとスポット溶接。それが軽いし安いからです。でもこいつはネジを多用していますよね。コストが高くなり、耐久性と緩みに目をつぶれば代用できないこともない。緩み止めネジを使えばいいか。板金の部品は…、これはCGからかもしれないんですが、こいつは板金に見えないですね。」

「なんでそう思うの?」

「角が板金のように丸くないんです。板金で打った部品は、角がやや丸まるんです。角材を面取りしたものはそれはそれで形に癖があります。でもこれは板金の丸とも、面取りとも違う。多分均一ではない曲線をしている気がします。それにこのコルゲート、あ、板にでこぼこを打って強度を高めることですけど、こっちは直角ですね。あと、板と言うには若干厚いかな。」

「仮に板金じゃなかったら、何で代用できる?」

 秋尾は徐々にイメージが固まりつつあったが、あえて何も聞かず、加持になるべく自由にしゃべらせる。

「僕がこれを作れと言われたら、試作屋に頼みますね。プラモデルなんかの樹脂型の試作の雄型にも使われてますけど、試作屋にCADデータを送ると、5軸のNC工作機械で切削で削り出して送ってくれるんです。あんまりやっちゃいけないんですが、補修部品を海外から取り寄せている時間が無いときに、パパッと送ると翌日には届きますね。自動化されているみたいで早いです。そっか、そう言われればこのコルゲート、フライス盤加工っぽいんだ。」

黙って聞いていたギルマスが、つぶやいた。

「…SHODANか。」

 秋尾も加持の話ではなく、ギルマスの方を向いて答える。

「SHODANだな。スピア、こういった工作機械は規制対象になっているのか?」

「いや、聞かないし、この妙な継ぎ具合は、パーツで見たときに銃のパーツだと見えないように割られている。」

「そうか、わかった。加持君ありがとう。大変参考になった。また今度お礼するよ。」

 加持を残して3人は席を立つと、足早にコマンドルームの方に歩き出した。

「ギルマス、いくつかの可能性を考えよう。一つは乗っ取れるNC工作機械があるか。2つめはそこから工場全体を入り出含めて乗っ取れるか、さらにその工場がこの前のお面の配布会社みたいに、自動化しすぎていたり、いちいち何を作っているか考えないで、金だけチェックしているかどうか。これで乗っ取り、正規のオーダーでの手配の可能性が洗える。対人の問い合わせはソーシャルエンジニアリングは得意なやつに、偽装会社の名前で探りを入れさせてくれ。スピアはGENESISに戻って、パーツごとの写真を作ってくれ、各社に作った記録がないか照会できるように。」

「了解!」

「秋尾隊長、でも、銃はそれで作れたとして、弾はどうするんだ?」

「弾は小さいからな、銃を密輸しようとするよりも、遙かに簡単なのさ。」

 秋尾がギルマスと別れて、AB360の設置場所に戻ると、すでにバトラーはGENESISから帰ってきていた。近くに設置してある椅子に腰掛け、テーブルに突っ伏している。それを後ろからパトロが背中をさすっていた。

「バトラー、どうだった?」

 バトラーは秋尾の声を聞いて、起き上がり、一、二回頭を振ると、シャキッとした。

「いや、ひどい目に遭いました。」

 バトラーは若干斜めに目線を合わせず、声もいささか弱い。

「銃で蜂の巣にされて、殉死するってああいう雰囲気なんですね…。いや、報告します!」

 秋尾は前半の言葉にはあえて応えず、バトラーの肩に手を当て、一回ぎゅっと握ると報告を促した。

「たのむ。それと報告と言うより、普通の言葉で聞かせてくれ。ニュアンスが知りたい。」

 バトラーは頷くと、少し力を抜いてしゃべり始めた。

「結論から言うと、中は新兵のブートキャンプでした。殺伐としていてこれは言葉一つ間違うとやられるなと思い、当初から偵察を目的に接近しました。敵に発見されるまでに見つけたものは、自動小銃の組み立て訓練、その自動小銃を使った射撃訓練、憎悪を増幅させるために敵を罵り、洗脳して画一的なパーツを作り上げる強化訓練などがありました。他にも市街地訓練施設などがあったのですが、目標までは開けていて距離もあったので、あきらめて、当初たどり着いた訓練施設だけに的を絞りました。見かけた人数はおそらく40~50名。全員男性です。随時消えたり増えたりしていました。内部の雰囲気としては、建物や施設はCGなのできれいで匂いもないのですが、隊長覚えていますでしょうか、アフリカのPKFで少年兵の軍事訓練施設の偵察を行ったときのこと。あのときは、東側の軍事国家からそれ専門の教官が派遣されてきていて、あのときのキャンプと同じ雰囲気がしました。手法が似ているんです。ただ違うのは、あのとき少年兵たちは、兵士になるためにまず家族を殺させられたのですが、今回は射撃訓練でも、罵りの訓練でも、ターゲットに、町中を歩いているような服装の、美男と美女のマネキンというか動かないロボットを用いていること。そして少年兵たちは、いやがって泣きながら撃っていたんですが、こうなんというか、ノリがいいゲリラのように、『我々にも権利がある!』『これは権利を求める戦いだー!』「雌豚を殺せ!」と口々に言って、言葉は悪いのですが前向きにのめり込んでやっていました。しかし、そこは基礎的な訓練から始めていない兵隊なので、個々のレベルはさておき、部隊レベルとしてはそれほどではなく、組織的に対峙したとしても脅威とは感じません。ただ、結局は見つかってしまってフォックスハントされたのですが、そのとき出てきた教官たちは、能力も手順も組織力もプロでした。捕獲され後ろ手にされ、口も塞がれたので、メニューを出すこともできず、その兵士たちのところに連れて行かれて、射撃練習の的にされ、戻ってきました。蜂の巣は、ある意味、ゲームと分かっていても貴重な体験でした。二度とごめんですが。」

「助かった。感謝する。」

「ああ、あと、誰か北洲語をしゃべっていました。おそらく翻訳機能を入れ忘れたと思うのですが、いったん大声で命令した後、翻訳機能を入れて再度命令していましたね。」

「ありがとう!必要な情報をすべて集めてくれる、その仕事ぶりに本当に感謝している。」

 秋尾はバトラーの手を両手で強く握った。

「そういっていただけると、ありがたいです。」

 バトラーが、強く握り返した。

「ところで、次にゲームで潜入するときは、ぜひ一緒に参りましょう。私たち、バ・デ・ィのはずですから。」

 そう言ってにっこり笑ったバトラーのこめかみには、怒りマークが浮かんでいた。

「よし、パトロは手が空いているものを連れてGENESISに戻り、敵拠点の周辺監視。敵ギルドメンバーが出てきたら捕獲しろ。ところで、GENESISには捕虜のシステムあるのか、捕らえたらログオフできないとか。」

「ゲームなのでログオフは自由だけど、捕虜にしているときに強制的にログオフしたら、結構なペナルティを食らう。だからそれを盾に何らかのインセンティブで交渉する?」

「それでいい。あと雌豚って言葉がキーになってるな、女子は前に出ない方が交渉をしやすいかもしれん。」

「わかった。副隊長、行きましょう。」

「え、え、また行くんですか?」

「頼む!おれは審議官と交渉ごとがあるから。な。」

 秋尾はバトラーを拝み倒して送り出した。




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