第7話 阻止

・基地、コマンドルーム


「シリウスさん、この、クソぼろカメラ、勝手にセキュリティあてちゃ、だめですかねぇ。」

「だめよ。ポインターを付けて記録していれば侵入テストまでは免責になるけど、組織的攻撃による人的被害の発生が認められないかぎり、緊急避難の名目は立たない。だからだめ。ハッカーとして気持ちは分かるけど、いまは準備だけしておいて。」

「はぁい。ぜったいやられてますよ。反応鈍いもん。」

 臨戦態勢のGEEKSの若手のハッカーをシリウスはたしなめた。

【シリウスさん、どうしたの?】

 GEEKSの作戦用回線を聞いていたハウがシリウスにBMIを使った機密回線でシリウスに尋ねた。

【人物探索に組み込んだ、民間のライブカメラが、マルウェアに感染してるか、だれかのコントロール下にあるって言っている。ハウちゃん達にだす指示を、より的確にするために、可能な限り取れる映像情報は収集しているの。】

【ありがとねん。頼りにしてる。】

【そっちはどう?】

【ビルの天辺だから夜景が綺麗だよ〜。こんな作戦じゃなければ良いのにね〜。】

【ふふ。作戦開始まで、楽しめる間は楽しんで。】

【あいあい。】

 ハウは、新横浜新都心の高層ビルのヘリポートにいた。数人の整備班と共に、ビルからの飛び降り阻止のために、指示が下った距離に応じて、ヘリコプター、バイクドローン、ジェットタービンディスクを使い分け、現場に急行するためだった。

 作戦への猶予の三日は、全国に及ぶ警察等機関の説明、説得と、動員協力を仰ぐには時間が著しく不足していた。それでも条件を絞り込み可能な限りの予防策がとられた。

 おキツネさまを名乗るハクティビストの目的が、現状ブラック企業への制裁を目的としていることと、『青い鯨』事件に関する情報提供から、当面の保護対象は、ブラック企業で死亡者が発生した事案に関わっている人物とその子弟の保護とされた。しかし、報道されただけでもゆうに数百件、それに一件につき複数人、かつ全国に渡る身辺警護は、警察内でもすさまじい物議を醸した。結局は実際に事件が発生したのは企業だけであるので、事件関係者のみが対象となり、子弟に関しては聴取を行い、特段『青い鯨』に関するアプローチがないことを確認したに留まった。

 ただし、およそ致し方ないことだったが、期間の関係上、実際に聴取を行ったのがそれぞれの所轄の警察官であり、地方に行けば行くほど、『青い鯨』事件のなんたるか、何が問題か、どういう攻撃のバリエーションがあり、それを防ぐ為には何を聞けば良いのかが不明確になっていた。またそもそも『青い鯨』のように人を操る攻撃にまつわるネット関係の知識がなく、聴取時の動画や音声データを確認すると、伝言ゲームのようになった結果、かなりの数がまったく的外れな聞き取りになっていた。

 サイバーコマンド内での意見は、『聴取はできていないに等しい』となり、しかし期限がせまりやり直しもきかないため、作戦は対象者とその子弟の画像データの入手、そしてそのデータに基づき、人物の行動をトレースすることに重点を置くことになった。

 しかし、さらに問題が立ちはだかる。そもそもカメラを使って人物を監視するためには、盗聴などと同じく、犯罪抑止のための正当な理由と裁判所の許可が必要で、今回の対象者は犯罪に関わっている人物本人ではない。また許可無く行える車両搭乗者探知用であるN−FACEシステムは、車の運転席や助手席に関しては無類の性能を誇るが、後部座席やバスの乗客、そして歩行者や他の交通機関には一切役に立たないことだった。

 その為、サイバーコマンドは、国土交通省が持つ道路や河川管理カメラ、犯罪防止協定により協力が得られた鉄道各社のシステム、そして一般に公開されているネットワークカメラ、サイバーセキュリティ衛生向上法によって規定された、過程を記録しながらの侵入テストの名目で、侵入して映像を引き出せるクローズドなネットワークカメラの映像を収集し、これをAIで処理し人物同定する簡易的なシステムを構築していた。もくろみとしては、もし本人や子弟がどこかへ行こうとした場合、たとえ身辺警護が見失っても、これで居場所を特定し、危険があれば所轄の警察官が、可能な限り現場に駆けつけ制止するというものだった。

若いGEEKSが苦言を呈したのは、このネットワークカメラ群が、乗っ取りに合う、あるいは既に乗っ取られていて、システムから脱落する可能性だった。他にも使用する端末の位置情報を取る事も可能だったが、事件や事故が発生していない状況での大規模な位置情報収集は、これも『今後、監視社会を作るための免罪符を得る布石』とそしりを受ける可能性があり、警察上部はこれを許可しなかった。国全体としての予防的措置へのアレルギーの産物であった。

 この『不測の事態が発生すれば、対象者を補足して保護する』というもくろみが機能しなかった場合に備えて、アイアンナイトのメンバーは、もし国民への恐怖感を与えることが目的ならば、より目に付くところでやるだろう、という推論に基づき、非番の警察特殊部隊の動員を含めて、全国五カ所の大繁華街で、ハウのように準備を整えていた。

「ナイトアーマー!フォーサーズ・ENCODE!」

 ハウがコマンドを発すると、ナイトアーマーが首回りから上を残して、ハウの背後から全身を覆った。

 整備班が両側から、小型のジェットエンジンに羽根が付いたような機器を、通常なら軽機関銃を2丁吊り下げるホルダー付近、アダプターを使って取り付けた。

「バイクドローンとジェットタービンディスクは、ハウさんが下りた後も基本的に上空をついてきて、BMIで呼べばすぐ横に来ます。ただ、それでも間に合わないで走って行く場合はこいつを使ってください。スラスターです。上手く使えば結構長く壁面走りとかもできますよ。」

 整備士が腰に付けた機器から有線をナイトアーマーのシステムに接続すると、BMI内に機能が表示され、ハウは『その機器を理解した』。

「赤が出たら、燃料切れなので切り離してください。あとで回収出来るようにしていますから。」

 ハウは整備士を見て、右手の親指を立てる。

【パトロ、準備はどう?】

【こっちも、腰にジェットエンジン付けられた。夜景が綺麗。これで飛べれば良いのにね。】

【ふふ、ほんとそう。】

 パトロは東京の、衛星落下の被害を受けなかった西側の繁華街、渋谷高層ビル群にいた。ビルの下には深夜近くにもかかわらず、数多くの人がいる。遠目にスクランブル交差点を行き交う人々と、それを取り巻くように照らす大きな街頭モニターが、季節感のない映像を流していた。

【他のみんなも配置についたみたいだし。】

【いいなぁ、札幌とか、大阪とか、福岡とか、おいしいものいっぱい有りそう。お腹すいた。】

【無事終わったら、おいしいもの食べに行こう。だから、今は頑張ろう。】

【わかってるよ〜。…ねぇパトロ。】

【なぁに?】

【おキツネさまって、ラザロなのかな。ラザロってそもそもなに。】

【キリスト教のイエス・キリストによって死から蘇ったもの、と言われているわね。事件的には北洲関連の残党だと予測されてはいるけど、結局明確にラザロって判明しているのは一人だけ。そういう意味じゃ、おキツネさまはハクティビストだとするとまだ人物としては登場していない。そして両者の共通点はほぼない。推論の範疇。】

【ふうん。たしかに同じ人だとすると、なんか雰囲気ばらばらだよね。】

 ハウが気の抜けたような返事をして、パトロはクスリと笑った。真剣で無いわけではなく、試合に望む選手の独自のリラックス方法のように、作戦前の二人だけの雑談はルーチンになっていた。

【本部に全国がつながるぞ。】

 秋尾が緊張感のある声で、チーム全体に号令をかける。

【必要に応じて本部の電子作戦室は見られるが、基本的に俺からの指示と情報に集中しろ。】

【了解!】

 各都市に散らばったメンバーが一斉に返事をした。

【時刻通りに始めやがるとは限らないからな!】

 各人のHUDの中に本部音声の選択が加わった。


【警察の合同捜査本部とつなげるぞ。連携班はデバイスをVRモードに変更して、電子作戦室に接続しろ。】

 ギルマスがGEEKSのメンバーに指示を出す。

 既にGEEKSの電子作戦室にいたシリウスは、電子作戦室の2面の壁が取り払われて、一気に体育館の一部にいるようになるのを見た。全国の警察本部が持つ電子作戦室の主要なメンバーが接続し、前週の壁面に各本部の把握している情報が表示される。そして前方のもっとも大きなヴァーチャルモニターには、左右にGEEKSが把握する情報と、現場が把握する情報が集約されて表示された。体自体は警視庁に詰めている椎名もGEEKSの区画に擬似的に着席した。他にギルマスが加わり、現場に出ている秋尾、バトラー、パトロは音声だけで加わる。

 間を置かず、モニター上に数字が表示された。


 保護対象者(本人)280 保護対象者(子弟)968

 保護対象者要捜索(本人)0 保護対象者要捜索(子弟)0

 保護対象者位置把握(本人)276 保護対象者位置把握(子弟)959

 

その他捜索要請(成人) 25 その他捜索要請(青少年)54 


【初手の情報としてはまずまずなんだが、これが現実の本当の数字なのかどうか…】

 椎名は苦い顔で数字を見てサイバーコマンドの幹部専用につぶやいた。

【その他捜索要請とは…】

 秋尾はたぶん、という考えはあるのだが、念のため尋ねた。

【フラッと出て行ってしまった認知症のおじいちゃんおばあちゃん。DVを振るったくせに、妻がいなくなったと届け出るろくでなし。家出で青春を満喫中の少年少女…。恒常的に発生している捜索願の数字だよ。まぁこんなもんなんだが、保護対象者の子弟の要捜査数があがらず、こちらだけがあがった場合、『青い鯨』が無作為に発動された、という可能性が出てくるなぁ。】

 椎名は明らかにそれを警戒している声で返事をした。

【念のため確認しますが、保護対象者以外のケースでは、我々は動かないと言うことでいいですね。】

【君らが言ったとおり、ターゲットの目的を達成するために、最大の効果を発揮するのは保護対象者かその子弟だ。そのケースが発生した場合、阻止出来るのは我々だけの可能性が高い。」

【了解しました。それともう一つ。今回、可能な限り避けはしますが、救助中ナイトアーマーを撮られる可能性があります。それでも、人命優先でよろしいですね。】

【無論だ。アーマーは既に、対テロ部隊法の機密対象機器に指定した。現場で撮影されたら、対テロ作戦に関わる罰則付きの拡散禁止警告ビーコンを周辺に打ってくれ。その後、記者に質問された場合は、対テロ部隊の情報開示は国益を損なうのでお答えできかねる、をやるしかない。】

【分かりました。】

 秋尾はハウとパトロだけに音声を繋いだ。

【パトロ、今の聞いていたな。ハウに説明しておいてくれ。】

【隊長、なぁに?】

【了解しました。ハウ、あとで説明するね。】

【ナイトアーマーで人目に付くのは、極力避けろってことだよ!】

 あとはパトロが噛んで含めるように説明してくれるだろうと、一旦、限定の通信を切った。


カナリアのカウントダウンが尽きるのは真夜中0時。あと20分というところでも、特に動きは無かった。区画によっては談笑している者もいて、場の緊張感が緩みつつあると椎名は苦々しく思った。椎名はシリウスの方を見たが、シリウスは首を横に振る。それを見て椎名はメインの大型モニターを向き直る。

ギルマスは電子作戦室の中を、様子を見るように歩き回っていた。電子作戦室では全ての人間の会話が同じ音量で入ってくると情報の取捨選択ができないため、実空間と同じように、距離によって音声の到達範囲が調整されているからだ。在室のメンバーの雑談の中にも手がかりを探す。

「…こんな夜中に海水浴って、通報されてもどうしろっていうんだよなぁ。」

「どうしてんの?」

「とりえず消防団が出て状況を調べているらしいけど…。」

 消防関係区画の会話に、ギルマスは足を止めた。

「なに、それどんな話?」

「それがさぁ〜」

 ギルマスの生来のラフな格好に、気軽に会話に応じた防災服の役人は、話し出してからギルマスの所属と役職に気付いて、驚いて背筋がピンと伸びた。

「し、失礼しました!」

ギルマスは起立しようとするのを制して、話を続けさせる。

「どうも、当県で若い女性が海岸から海に入っていくのを見たという通報がありまして!」

【椎名審議官!】

 ギルマスのバイの通信で椎名に呼びかけた。

【そうきたか!至急他県にも聞いてみてくれ!】

 ギルマスはやや大きな声で周りを見回しながら声をかけた。

「全県、消防関係で、海岸沿いの市町村で、若年者に関する通報や報告がないか調べてくれないか!」

 担当者は何事かと顔を見合わせていたが、すぐさま、数県の担当者から手が上がった。手を上げた担当者自身が周りを見て驚いている。他にも各県の本部に問合せをしたうえで

「見回り中、声がけしたら『海へ行く』と言っているものは?!」

 とギルマスが尋ねた。

「こう聞いてくれ、『海』関係の発言がある。ネットで誰か、あるいはSNS、アプリやウェブなどで、どこかに行けと指示されたというようなことを話しているか、と?」

【審議官、警察の補導や職質、海際を見回りに…】

【続けておいてくれ!政治をしてくる!】

 ギルマスの問いかけに、椎名は電子会議室内で立ち上がって、政府、警察幹部がいるエリアに足早に移動した。

「人物確保時の動画があったら、回してくれ!あと、確保したらその段階でARグラスやスマホ、通信機器はフリーズして、通信できないようにして保存してくれ!」

「動画あります、回しますか?」

「頼む!」

 消防担当者がギルマスを指さして、送信するジェスチャーをした。ギルマスはそれをチームの幹部に共有する。

(…目の焦点が定まってないな。反応が鈍い…)

 秋尾が動画を見て、以前椎名と本庁の取調室で見た男のことを思い出した。

 電子作戦室内に告知音が響き、メインモニター上に全国の海岸地域での、補導と職質の重点指示が警察官、消防官、補導員などに発出されたことが表示された。またそれに引き続きほぼギルマスが言ったのと同じ条件で、該当する案件は全国共通マーカー4を立てて報告するように指示が出されたことがヒョ持された。メインモニターの横にマーカー4の全国地図が表示される。案件の数は一気に百件近く表示され、その後はポツポツと増え続けた。

 ギルマスは次々と送られてくる動画を見続けて、椎名に話しかける。

【見る限り、補導しようとしても海に行くと激しく抵抗するものや泣き出すものが多数います。ただ、ARグラスやスマホを持たずに歩いている例が多く、家を出る前にすべて仕込みは終わっていて、今から端末を抑えても、多分リアルには何も出ませんね!】

【そうか。しかし、捜索要請を遥かに上回る数で、辻褄が合わないな。】

【たぶん、家族にも知られないように外に出ることが、プログラムの一つのステップなんでしょう。】

【死ぬのにか…】

【…】

 時計の針は0時を指そうとしていた。


 シリウスは二人の会話を聞きながら、気分が落ち込むのを感じていた。人にはそれぞれ役割があり、全能には慣れないのだが、こんな時にはまるで物語の中のハッカーのように、パソコンの前に座ってキーボードを叩けば、世界の全てが操れる、そんなあり得ない存在になりたいと思ってしまう。そんな馬鹿げた存在、あり得ないんだけどね、と冷めた気持ちを持ち、さらに政府の職員であることで、法的に課される制約も、時として重い鎖に観じる。

 そう思いながら親指の爪をかむシリウスが、反対側の手に持っていた私物のスマホが震えた。白か黒か分からないが、おそらく自分よりも自由である存在との蜘蛛の糸。電話、正確には相互フォローしたカナリアからのアプリ経由の音声着信だった。咄嗟に着信ボタンを押しながら、椎名の方に歩み寄って、耳に当てたスマホを指さしながら、前に回った。聞こえてきたのは合成音声、というよりはオンライン動画の字幕読み上げに使われる、パブリックドメインの音声だった。

「……コドモタチハ、ホントウニソコニイルカ……」

 それだけを言って、通話は切れた。

 シリウスは手を下ろし、椎名を見た。椎名も会話の内容を求めるように、身を乗り出していた。

「…子どもたちは、本当にそこにいるか、と…」

【広帯域のDOS攻撃発生!】

 GEEKSのメンバーがアイアンナイト限定の通信で叫んだ。

【どこを攻撃している!】

 ギルマスが返答した。

【サーバー攻撃ではありません!監視カメラを攻撃しています!】

 椎名、ギルマス、シリウスが、電子会議室内の背後のある、大型の監視カメラモニターを見ると、次々と動画がフリーズし、表示されている時刻を見る限り、更新が途絶えているのが分かった。

【民間のカメラだけじゃありません!一般に公開されている国交省のカメラも攻撃されています!】

 当初接続していたカメラ数のグラフがゴッソリと削り取られ、非公開のN―FACEや駅構内のカメラ以外は、ほぼ全て使用不能になる。

【カメラ自身もDOS攻撃に使われているらしく、全く反応がないので、対処しようがありません!】

ネットワークカメラはセキュリティも甘いのだが、能力的にもいわば貧弱なコンピュータであり、公開用のサーバーなどと比較すれば、そのパワーを苦潰し、活動不能に追い込むのはたやすい。それを認識して椎名は舌打ちした。

【審議官!】

 さらに大阪で待機しているギャルソンが椎名に呼びかけた。

【妙です!下でなにか騒ぎが起こってますね!】

 その声と同時に、全国五カ所を所管する警察の担当者から、どよめきが起こり、誰かが『メインモニターに回せ!』と叫んだ。ギャルソンがいる大阪の担当者が、交番に据え付けられたカメラの画像をメインモニターに回した。

 電子作戦室の全員が見たのは、何かを配る人物とそれに群がる人々、そしてそれを受け取り身につけてさわぎ始めた人々。なにか、とは紙で作られたおキツネ様の面だった。

【SNSに多数、BOTと思われる工作進行中!おキツネさま登場の予告と、五大繁華街に集まるように呼びかけています!SNS上で急速に拡散しています!】

 シリウスはその光景に息が止まったが、それよりも何らかの違和感を得た。

(なに…?)

 そして気付く。投影された画像の多くに、顔認識の枠がないのだ。

「あのお面で、顔認識が外れてます!!」

 シリウスは会議中に響く声で言った。その声を聞き終わる前に、椎名は席を立って各警察担当者の区画へ走った。

「監視カメラがDOS攻撃でつぶされ、キツネ面で顔認識もつぶされた!ネットでは人物トレースができないぞ!各警察は、保護対象者子弟・本人の順で、安否を今すぐ確認しろ!!繁華街にいる者は警ら中の警察官を走らせろ!」 

 そして続けた。

「本人を確認できたものにマーカー5でフラグだ!それとあのキツネ面の配布を止めさせろ!」

【審議官、だれか一人、子弟を確認しに行きます!】

【秋尾隊長、すまん。たぶん現場の警察官ではこの攻撃のツボが分からん!】

【了解しました!】

 秋尾は人口比では、事件を起こしてももっとも効果が薄い、札幌のコングに指示をした。

【コング、確認いけるか?!】

【行きます!】

 コングは待機していたバイクドローンを降り、ビルとビルの際に走って、手近な看板設備に効果ウインチのフックをかけて、そのままビル下に降下する。通りに走り出て、ARグラスに表示される飲食店街の一角を目指す。既に道警の警察官が、電話で連絡したらしく、AR上でフラグが経たない代わりに『通話不可』の表示が出ている。走りながらコングも通話を試みたが、コールするだけで相手は出なかった。目的の場所はカラオケで、受付でホログラムの警察バッジを表示しつつ、そのまま階段を駆け上がって、現在地と表示される場所の扉を開けた。そこには清掃中の従業員が驚いた顔で立っていた。しかしその従業員は、保護対象車の子弟とは明らかに異なった。コングが部屋を見回すと、テーブルの上にARグラスが置きっぱなしになっていた。

【隊長!いません!本人のARグラスだけが室内にありました!】

 そう言い放って従業員を問い詰める。

「ここの客は?!」

「一人カラオケだったんですが、お連れさんが来たんで帰られましたよ。」

 従業員は怪訝そうに答えた。

「客はこれか?連れはどんな人間だった、ビデオあるか?!」

 コングは写真を見せて、矢継ぎ早に尋ねる。

「この方です。お連れの方は、ビデオありますが、見ても分かりませんよ。」

「なんで?」

「お面?みたいなのかぶってましたから。」

「キツネのか?!」

「あ、そうそう。そうです。」

「何分前だ?!」

「5分ぐらい前ですかね?」

【隊長!連れ去りの可能性あり!】

【見ている。分かった。】

 コングが一階に駆け下りると、交番から駆けつけた警察官と鉢合わせた。子弟とキツネ面の人物のことを話し、手分けして捜索を指示し、建物の外に出た段階で、コングは驚く。かなり目に付く頻度で数のキツネ面を被った人間達がいたからだ。さきほどより大幅に増えている。

【隊長、こりゃキツネ面付けている奴っていう条件で探すのは無理ですよ。】

【分かった。】

 秋尾は通信を審議官にも共有していたが、コングの話を受けて話をしようと、通信を切って、環境を電子会議室に戻すと場が騒然としていた。

「こちらもです!保護対象者が制止を振り切って、車で外出しました!」

「現在、車両の位置情報にパトカーが急行中!」

【秋尾隊長、聞こえているか、こっちでは保護対象者が、警備の警察官を振り切って外出した例が頻発している!】

【先ほどの対象者子弟は、ARグラスだけを現場に残し、キツネ面を被った何者かが迎えに来てから、以降居場所が分かっていません。争ったというようなことはなさそうですが、友人かどうかは現状、判別付きません。】

【こっちで確認したものでも、同様の例が出てきている。全部キツネだ。おそらく、子弟で釣って対象者を呼び出している。誘拐の手口と同じだ。】

【全ての対象者が、出てしまった訳ではないですよね!】

【その通りだ。】

【では早急に消し込みを。もし海が陽動で我々の当初の意識を逸らして、こっちが目的なら、残った中に犠牲になる本命がいます。衆目を集めるという点では明らかにそうだと思いますし。】

【分かった。絞った情報を流させる。】

【それからギルマス!】

【おう!】

【動画配信会社、SNS会社、キツネの動画生放送は即対応するように渡りは付けてるんだよな!】

【連中張り付いているはずだ!再度確認する!】

【それから警察から連れ去り時点の動画を入手して、GEEKSの誰かに動作からアバターかオートマタの可能性があるか、調べさせてくれ!】

【了解!】

【ここまで姿を現していない以上、この多量の連れ去りなりに、いきなり人間を動員するとも思えない。それぞれが友人か知り合いの可能性はあるが、そうで無い場合コントロール下に置いたアバターかオートマタだろう。審議官、アバター、オートマタ関連の盗難情報を調べてください。疑似旅行用のレンタルトラベルアバターか宅配関係が一発で数を出せます。】

【分かった。】

【秋尾隊長!】

 シリウスの切羽詰まった声だった。

【なんだ?】

【またカナリアから通話がありました。】

【『鯨は空を飛ぶ』と。】

【…分かった。ナイト01メンバー!現在一カ所当たり二台体制で対処する予定だったが、これをとりあえず一台にして、もう一名はドローン索敵任務に変更。所轄からも徴発して飛ばせるだけ飛ばせ!】

【ハイ!】

【ファルコン、5カ所全部いけるか!】

【隊長、無茶言ってくれますねぇ。ルーチン飛行の警戒態勢を展開する形で良ければ!】

【それでいい。各員ドローン全体のコントロールはファルコンに回せ!撮影は捜査目的にしてカメラの機能解除、アバターとオートマタの識別をして表示しろ!】

【私は自分の鳥たちも使いますがよろしいですか?】

【やれ!】

 横浜にいたハウの後ろでバイクドローンにまたがっていたファルコンがヘルメットと取ると、近くに置いてあった10個ほどのトランクが自動的に開いて、数百の小さな鳥が飛び出して行った。

「ハウ。私はVRモードに入りますので、救助はお願いしますよ。」

 ファルコンはハウの方を見てそう言った。

「任されたよ!」

 とハウは答える。

渋谷にいたパトロの後ろでも、秋尾がバイクを降り、索敵ドローンの準備を整え飛ばし始めた。

 その秋尾に椎名から通信が入る。

【秋尾隊長、悪い知らせだ。警察官を振り切って飛び出した対象者の車を発見したが、車に本人はいなかった。おそらく乗り換えたと思われる。自動運転車、タクシーには手配を出したが、シェアドライブは捕捉できない。後部座席に乗って身をかがめられるとN―FACEにも引っかからん。車を乗り換える前にパトカーで制止できたものもいるが、子どもが危ないと言うこときかんやつもいる。どうやら誘拐と同じ手口の予想は当たりだ。】

【了解です。対象者と子弟、両者を押さえられた場合のみ消しこみを続けてください。】

【繁華街に出ている警察官もARグラスのカメラで見当たりしてるが、今のところ見つかっていない。】

【おそらくどこかでキツネ面を被せているんでしょう。ファルコンへの指示を出しますので、それを現場警察官にシェアして下さい。】

【分かった。】

【秋尾!動画が荒いので確定的ではないが、現状アバター・オートマタの確率、85%以上だ。】

 ギルマスが秋尾のオーダーへの返答をした。

【ファルコン、第一優先は顔マッチ、第二優先は分かる限りの対象者の服装マッチ。第三優先アバター・オートマタと人間の二人連れ、この場合いずれか両方がキツネ面だ。】

【了解。セットして探索します。】

 秋尾は考えられる指示を出して、ため息をつく。その様子を見て、バイクドローンにまたがるパトロが声をかけた。

「隊長。私、こいつらの思考が分かってきた気がする。」

「俺もだ。嫌な商売だな。攻撃者の手を先読みするには、攻撃者自信の思考にならないといけない。どうしたら最もダメージが与えられるか、それが実現に向かって転がっていく。」

「ゲームのルールが分かれば、思い通りにはさせない…。」

 パトロはバイクドローンを降りて、円形のサーフボードのようなジェットタービンディスクに近づいた。

 その時、足元の繁華街で大きな歓声が上がった。なにやらコールも起こっている。

【ファルコン、歓声が起こっているところに一台回せるか?】

【隊長、こっちも歓声が起こっているよ。】

 ハウが答えた。

【回せますが、5カ所全てで歓声が起こっているみたいですよ。はぁ…。これです。】

 ファルコンがドローンを通じて送信してきた画像には、それぞれ地点でもっとも大きな交差点を取り巻く街頭モニターが、全てジャックされ同じ画像が表示されている様だった。

【くっ…キツネ!】

 それはまたもや、おキツネさまの画像だった。

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