第6話 献花

・大歐亞中央社会主義共和国、首都大使館


 L国動乱時の大使館からの脱出で関わった自衛隊のドールなる人物から、外務省経由で連絡が入った時、二等書記官の桑原は背筋に嫌な汗が滲むのを感じた。命を助けるために救出されたというよりは、ドールのせいで命の危険にさらされたという記憶の方が強かったからだ。ビクビクしながら国外秘匿公用回線通話をスマートモニターで受ける。動画は表示されず、かわりに身分証明が表示された。

「お久しぶり〜。L国の一等書記官から歐亞中央の大使館の二等書記官なら出世じゃない。おめでとう〜。」

「あ、ありがとうございます…」

 一応、祝辞には悪い思いはしなかったが、その次のセリフは予感通りだった。

「ちょっとお願いしたい事があってね〜、要請は官邸からの形になるから逃げられないよ。ちょっとここに行って、『なにか』を探してきてほしいんだ〜。」

 スマートモニターに位置情報が提供され、地図に変換される。

「…そんな気軽に言って、ここってゆうに1000km離れているじゃないですか。知ってます?歐亞中央って途轍もなく広いんですよ!」

「大丈夫でしょ!歐亞中央には自慢の高速列車ネットワークがあるんだから。」

「それに『なにか』って、なんですか〜?!」

「その『なにか』が分からないから行ってもらうんじゃん。昇進祝いにアラジンの爆速便でプレゼント買って贈っておいたから、受け取ったらすぐ出発してね!現地に着いたらこの番号に連絡頂戴!じゃあね〜。」

 相手がそう言い終わると通信が切れた。桑原は頭を抱える。

「あの〜、桑原書記官。お荷物が届いていますが〜。」

 桑原は放心状態のオートモードで受け取って、力なく箱に書かれた文字を見る。

「『BMI連動型銃口検知システムカメラ。スナイパースコープ対応』…lっって、僕をどこにいかせるんですかー!!」

 桑原は机に突っ伏して涙をこぼした。


「パトロ、お前、いくつペルソナもってんだ…。」

 秋尾は横でパトロの会話を聞きながら、半ば呆れて質問する。

「自分の気持ちがあって優先するからぶつかる。お客さんに楽しませようと思えば、どんな形にもなれる。あと…」

「ん? あと?」

「MにはS。」

 秋尾は起伏の乏しい表情に、すこし自慢げな雰囲気を見ると共に、ああ、なるほど、と思った。

 

 他の地域の探索の準備は、GEEKSの面々の機転で加速的に解決した。

 普段匿名の攻撃に悩まされているだけあり、その研究成果を逆に利用して徹底的に、破棄して良い端末をかき集め初期化し、政府間協定がある代替戸籍で他国の使用済みかつ消しても良いものを複数入手、これを使い各国で7G回線の使い捨てカードを購入して、政府回線を使わず公衆回線からアクセスしたあげく、VPNを身元を隠して、多国間で利用情報が被らないように振り分け、可能な限り同時に探索する環境を構築した。ついでにレンタルアバターはアップデートされていないと現地のサービスにクレームを入れて更新させ、踏むと不正な通信がないかチェックするサイトを作り、しばらくそこで監察してから探索を開始する周到さだった。

「ま、図らずも悪ガキ時代の知恵が役立ちましたね。」

「お前等、この方が何百倍もかっこいいぞ!ははははは!」

 ギルマスは元ブラックハッカーの若いメンバー達を大げさに褒めて回った。ただ先行して探索に当たったメンバーは、現地に到着しても特にめぼしいものを発見出来なかった。

 

「こ、こんなところに、なにがあるんですかぁ?人もいないしぃいいい。当然のように公安の尾行がついているしぃ。」

 桑原が到着した場所は、成長期に開発された地方都市の新興団地だったが、経済発展にブレーキがかかり、結果的にゴーストタウンと化した場所だった。草が生い茂り人気も無い。

「僕も外務省の職員ですからね、ここが何の場所か調べましたよ。でも何か調べようたって、草ボーボーで人もいなかったら、手がかりも何もないですよねぇ。」

「だーかーらー、そういったことは百も承知で、桑原さんの外務省職員としての知見をもとめているの。他の場所は全部アバターで行ってて、生身なのはアバターが使えない歐亞中央の桑原さんだけな訳。お願い、なんか探して!」

「はいはい。ほんと。はぁ。公安が見てるんで、スパイだとかなんとか言われないように、いったん切りますよ。」

「あっ!」

 ドールの返答を待たず、そう言って通話を切ると、桑原は草を漕いで被害者が亡くなった場所まで辿り着いた。そして周りを見回す。人の声も聞こえない、虫と鳥の、草と木々のさざめきだけがそこにあった。

「…ほんと、可哀想に。『青い鯨』なんかに誘い込まれなければ、きっと誰かが手を差しのべてくれただろうに。君も街も忘れ去られて……。花でも手向けてあげようか…。」

 桑原は周りを見回して、歩いてきた方向のひび割れた道の際に、少しだけ花が咲いているのを見つけて歩き出した。道に戻りしゃがんで、一つ一つ小さな花を摘む。ふと思い立って、顔を上げ、物陰から彼を見ている二人に声をかける。

「おーい。そんなところで見てるんだったら、こっち来て一緒に花を摘もうー。君たちの同胞に花を手向けてやろうー。」

 言葉は翻訳されてARグラスのスピーカーから再生されたが、二人は無反応だった。

「まぁ、しかたないか。お仕事だもんな。」

 桑原は再び草に分け入って、先ほどの場所に戻った。しゃがんでその場所に花を供える。そして両手を合わせて目を閉じた。

「どうか、安らかに…」

 しばらく桑原が祈りを捧げ、目を開けると、目の前に一人の少女の顔写真が現れた。

「えっ?」

 それはこの場で亡くなった少女の顔だった。桑原はドールに教えられた番号に通話する。通話はコールをする前につながった。

「何か見つけた?」

「可哀想だったんで、花を摘んで手向けて、祈ったらARに出ました。ここで無くなった女の子の顔写真ですね。」

「お祈りしてくれたんだ。」

「まぁ、余りに何も無くって、自分だったらさみしいだろうなって。この画像、未来を失ったこどをも偲んで、っていう言葉が添えられているのと、でも広告になっているのかな。ADって書いてあるし。選択してもどこにも飛ばないなぁ。」

「広告?!位置とトリガーの広告か!その画像と状況の動画送って!これ、貸しイチね。あと、祈ってくれてありがとう。お願いしようと思っていた。これも貸しにしておいて。今度お礼する!」

「いいですよ〜。これも仕事なんで。動画は撮ると色々と面倒なんで撮ってませんよ。画像だけ送りします。」

「了解!この番号取っておいてね。」

「はいはい。」

 桑原は通話を着ると、水でも供えてあげようかと思ったが、道すがら何もなかったことを思いだして、とぼとぼと帰路についた。


・基地、コマンドルーム


 コマンドルームでパトロのメッセージを聞いて、ギルマスはレンタルアバターにダイブしているGEEKSのメンツに、メッセージを送った。

『トラップに注意しつつ設定のADブロックを切れ。その上で該当の地域で花を供えて祈るジェスチャーを!位置情報を切っている奴はそれもONだ。』

【出ないはずだよ。そりゃみんな用心して、マルバタイジングとか食らわないようにセキュリティガチガチに固めているだろうし、捕捉されないように位置情報切っているやつもいる。盲点だったな。】

 秋尾は移動中の車内からギルマスの通話に答える。

【祈るポーズはともかく、おそらく位置情報と花を認識させる事がトリガーだろうな。】

【歐亞中央のものは分かりませんが、おっしゃっている通りです。うちのメンバーが回収している画像の広告出稿は、いずれもオンラインで発注可能なもので、同一人物がボタン一つで行える仕掛けですね。】

 声の主はシリウスで、相変わらず手が早く、既に広告出稿会社から情報収集しているようだった。

【シリウス。画像からは何か出たか?】

【CICADAのクエストの例に従って、ステガノグラフィー、画像サイズなどからチェックしていますが今のところなにも。加えて一部の画像の下に帯と文字を書き込んだものがあります。こちらも無意味な文字列です。たぶん画像を集めきらないと、有意性は見いだせないかと。いや、いまあがってきている三個ほどで、画像の作成日が妙ですね。一律に未来になっています。三日後。時刻もほぼ一緒。秒単位で違います。】

【先入観にとらわれず、広くチェックしてくれ。】

【この感じだと、画像が全部集めきるのは今日夜半になります。】

【分かった。秋尾隊長、それぐらいに…】

【それまでに基地に戻る。】


 時差の都合上、真夜中にレンタルアバターを借りるのは現地の営業時間外のケースもあり、最終の画像回収は向こうの昼、こちらの時間の夜半となった。その頃には既に入手した画像に対する可能な限りの解析が進んで、おそらくと思われる回答に従い、画像を組み上げる作業が進んでいた。サイバーコマンドの電子会議室には椎名を含め、秋尾やギルマスなどの幹部は自分のアバターで、他のメンバーは匿名アバターで参加していた。

「最後、テキサス州サンアントニオの画像が回収されました。」

 回収された画像は百個。ファイルの微妙な時間のずれと、ファイル作成のタイムスタンプ的に最後になる9枚の下に帯が着いていたため、おそらくこちらを下と仮定して、時系列順に組まれた。帯には意味不明な文字列が記述され、判明している9枚までの文字の文字列を解析にかけたが、現時点ではなにも判明しなかった。そして最後の一枚が届く。

「はめ込みます。」

 おそらくシリウスと思われる匿名アバターの音声がした。そして参加していたメンバー全員がため息をついた。はめこまれた画像の帯の部分に乗った文字列の最後が.ONIONで締めくくられていたからだ。つまりその無意味な文字列は、ダークウェブ上にあるサイトのURLだったことを示している。シリウスが続ける。

「URLを表示します。」

 表示された画面は素っ気も無いもので、またもや意味不明な文字列と、意味不明な横顔のイラストが並んでいた。

「この顔は何だ?」

 椎名が呟いた言葉に直接は応えず、シリウスは話を続ける。

「モチーフになったCIADA3301のクエストのうち、シーザー暗号、素数を探す、ステガノグラフィー、古代文字の暗号置きかえ、指定された電話番号に電話するという要素がまだ使われていません。まず画像の下のある顔写真は、オリジナルでも使われた古代マヤ文明の数字のバリエーション。現時点で13に当たる文字が出ているので、おそらく16進数と仮定し、シリアル値に変換。これを日付にあわせる形で修正されていると仮定すれば…」

 画面上に、三日後の日時が表示された。

「次にその上の意味不明の文字列ですが、暗号化キーと想定して、組み上がったとおりの一通りのステガノグラフィーツールで…」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

 椎名がシリウスを制止した。

「ついさっき画像が届いたのに、まるでもう何日も解析してるような説明をしているけど、どうなっているの?」

「説明をしつつ、後ろで支援AIを走らせています。この手の話は向こうが、知識があったり、プロであるほど手の内の想像が付きます。チェスや将棋と同じように、ルールが決まったゲームのようなものなので事前に準備しておきました。こういったことはむしろアマチュアの方が想像が付きません。」

 シリウスがこともなげに言うと、参加しているメンバーから、ヒューという軽い口笛と、どよめきがあがった。

 椎名は以前から警視庁のサイバー部隊を率いていながら、こういった才能を飼い殺しにしてしまっていたことにチクリと胸が痛んだ。

「…こんな風に追い詰めるから、いつも嫌われるんだわ…」

 シリウスがぼそっとしゃべった。ギルマスは腕を組んだまま、渋い顔をする。

「ん?なにか?」

 椎名が聞き返す。

「いえ、なんでもありません。」

「じゃあ、続けてくれ。」

「続けます。この画像を外務省が用いるステガノグラフィーツールで暗号解除をすると、電子透かしが抽出できました。その結果がこちらです。」

 投影された画像に、場の空気が凍り付いた。投影された画像は、例のおキツネさまのイラストだった。

「……犯行予告か…」

 椎名が深いため息をついて言葉を絞り出した。

「まだです!」

 シリウスが少し強めに言った。その言葉が凍り付いた部屋に響き渡る。

「画像から素数を探すものがオリジナルのクエストにあり、この組み上げた画像、元画像のサイズが一定ではなかったのでそう思ったのですが、やはり縦横共に素数でした。この2つの素数を元に演算のバリエーションで検索したところ、大手検索エンジンが運営していた終了予定のSNS、WISEMAN+のアカウントがヒットしました。そこには期間を限定して表示出来るTHROWRIESという方式の投稿があり…」

シリウスがSNSの画面を投影した。そこには

『最も早くこの地に辿り着いたもののみに情報を共有する』

と言う文字と、残り時間が数分であることが表示されていた。

「これです!おそらく私たちは間に合ったのですが、このアカウントにフレンド申請をしてもよろしいですか?」

「許可する!」

 シリウスが自分の調査用のダミーアカウントで友だち申請をすると、直後にメッセージが届き、意味不明の英語文字列が表示される。

『qxf mx hxd mnlxmn cqrb lryqna』

「『お前はこの暗号をどう解くか』と聞いています。クエストの要素で残っているのは、シーザー暗号と電話番号で、これはシーザー暗号の9個ずらし。シーザー暗号と打ち込みます。いいですね。

「やれ!」

 シリウスが、シーザー暗号を示す『ceaser cipher』と打ち込んで送ると、しばらくして『フレンド申請が受理されました』という表示が出て、アカウントの投稿が削除され、アカウント自身も鍵付きマークとなった。

「これでターゲットと、なにがしかのパイプが確立されました。残った要素は電話番号なので、たぶん最後は電話がキーになると思います。」

 シリウスがふうっとため息をつくと、全員から拍手喝采が起こった。

「シリウスさん、すげー!」「シリウスさん、マジカッケー!」

 おそらくGEEKSの若い面々だと思われる声が歓声を上げていた。

 シリウスがターゲットの画面を閉じ、SNSのシリウス自身のホーム画面に戻った。その画面を見て、歓声が一時止まって、場がざわついた。アカウント名が『天狼星』となって、アイコンがナルシスト風の男性キャラだったからだ。GEEKSの一人が、フォローするように、やや間延びした声で言った。

「て、天狼星さん、かっけ〜?。」

 シリウスは真っ赤になって叫んだ。

「ど、どうせ私は…」

 その言葉を食うように、ギルマスが大きな声ではっきりと言った。

「シリウス!良くやった!」

もう一度シリウスの方を見てはっきりと言った。

「良くやった。」

椎名も、普段の口ぶりが戻ったように、シリウスを指さして言った。

「やるねえ、すごいよ!査定に付けとくからね〜。」

全員がどっと笑って、拍手も起こった。

「審議官、このアカウント関係をマイルドに洗い、ターゲットからのコンタクトがあればすぐに報告します。」

「あとは、相手が首謀者なのか、情報提供者なのか。それを特定しないといけないねぇ〜。」

「発言よろしいですか?」

 秋尾が手を上げて発言を求めた。椎名は秋尾に手をさしだして発言を促した。

「外務省の桑原書記官が発見してくれた、花を手向けるというトリガーは、カナリアの属性を判断する上で参考にするべきかと。カナリアがL国動乱の時の情報提供者と同一という保証はありませんが、L国動乱の時、そして今回のクエストに関しても、どうも我々の能力を試している気がします。仮にカナリアがホワイトハッカーであった場合、もっとも必要とするのは、いや彼らに決定的に欠けるのは、リアルの世界での行動力です。カナリアの意図に沿う道具として使われるべきではありませんが、我々の使命である国民の生命と財産を守るという方向性とマッチする限りは、協力ができるのではないかと思います。」

「その方向性でいいよ。ところで外務省のステガノグラフィーツールが使われた件だが、まさかカナリアが外務省の職員ってことは無いと思うけど、漏れてたらお仕置きが必要なんで、誰か調べてねぇ。ほか何か無ければ、今のところは解散。」

 ギルマスが椎名にハンドゼスチャーで、この後バイで通話と合図した。椎名は頷いて、接続を切り替える。切り替えいた室内には椎名とギルマスだけになった。

「審議官、シリウスの不安定なところちゃんとしますんで、ぜひ、目、かけてやってください。」

「もちろん。」

 椎名は手元の資料を整理しながら答えた。

「自分で作った部隊が、間違ってなかったっていう、いいものを見せてもらったよ。」

「ありがとうございます。」

「CICADAって、CIAかMI6がやったスカウトプログラムだろ。彼女盗られないようにしないとなぁ。」

「はは。」

「じゃあ、よろしく!」

「はい。失礼します。」

二人は電子会議室からOFFラインした。


「秋尾隊長。連れてきたぞ〜。」

 ギルマスがシリウスを連れ立って、特殊部隊区画の待機室にやってきた。秋尾がより迅速な連携のために、シリウスの区画への立ち入り許可と、面通しの許可をしたのだ。特に、ハウとパトロとは、気軽に意思疎通を図る関係を作っておいた方が良いと判断した。

「このダンディなのが副隊長のバトラー。あっちのポニーテールがパトロ。金髪のハウ。」

 ハウは部屋の隅から飛んできて、シリウスの両手を持ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。シリウスはわけが分からず、一緒に小さくはねる。

「うわー、シリウスさんだ〜。きれ〜。髪もながくてさらさら〜。」

「や、やめて下さい。恥ずかしいです…。」

 シリウスは消え入りそうな小さな声になる。

「パトロです。リアルでは初めまして。よろしくね。」

「バトラーです。副隊長をやっています。同職ですね、よろしくおねがいします。」

 パトロとバトラーとも挨拶をして握手をした。

「まぁ座って。」

 秋尾はシリウスとギルマスを、ミーティング卓に誘導した。

「来てもらったのは面通しもあるんだが、シリウスさんに今後の展開の予想を聞きたいと思ってね。」

「は、はい。つまらない、あれですが…」

 バトラーがいつの間にか全員分のコーヒーを用意して、ウェイターよろしくみんなの前に置いていく。シリウスはバトラーに大げさにお礼を言ってから、小さく咳払いをして話し始めた。

「で、では僭越ながら…。もし、カナリアが敵対的立場だった場合、カスタマイズした『青い鯨』を利用した、子ども達の同時多発の自殺事件、友好的立場だったら、これを阻止しようとしていると言うのが基本線です。ただこの場合、例のおキツネさまが言っていた世直しとはマッチしません。おキツネさまの口上は社会悪の成敗であり、現状では主としてブラック企業をターゲットにしていると思います。だとすると、自殺させるべきはその会社の役員などですが、役員クラスの人間の場合、『青い鯨』のように、多感な感受性につけ込む方法は通用しません。その場合は『青い鯨』であるように見せかけ、何らかの別の手段で行い、自殺事件を納得させるための名前を借りると考えられます。それに加えて前回と同じようにネットで煽動をして、疑問を挟む前に事実として確定させてしまうという方法を取ると思われます。もう一つの問題は、人、場所が特定できていないことです。我が国をターゲットにしていると思われますが、もし国中で同時多発でやられたら、対処のしようがありません。先ほどのカウントダウンが事件の実行時間だとすれば、事件は夜起きます。昼間であれば、飛び降りようとする人が、何らかの理由で発見される可能性があり、途中で阻止されたり、通報が来てから駆けつけて止めることが出来るかもしれませんが、夜だとその可能性も低くなります。そして日付が分かっているとは言え、どこで起こるか判らないもののために、警察や消防を総動員することはできません。逆にやった場合、警察や消防を手薄にして、なにか別の事を行う陽動の可能性もあります。」

「目的はなんだと思う?」

「世直しではなく、たぶん社会不安の醸成や、国民の政府に対する信用の失墜じゃないかと。対応が不十分だった場合、『見殺しにした』というワードで、政府を避難すると思います。仮に『青い鯨』のように百人単位の人が亡くなったとしても、悪意の攻撃者はそれが単なる駒にしか考えません。昔ランサムウェアという奴で病院のシステムをフリーズさせて身代金を要求したように攻撃者には人の命なんてなんでもないんです。だから命だろうが何だろうが、目的のためには使い捨てにするでしょう。」

「なるほどね…。パトロ。」

 パトロは秋尾に促されて、テーブル越しにシリウスに紙をさしだした。

「君の意見に流されないように、事前にうちのパトロがやった思考実験だ。タクティカルなことを書いてあるが、『青い鯨』関係の予想は、ほぼ一致。課題は『青い鯨』とおキツネさまの目的の齟齬。そして、国中はカバーできないこと。他人頼みだが、カナリアが味方だとしたら、こんな無茶をふったままとは考えられないし、パイプを作る必要は無いと思う。あてにはせず、でも何か提供された場合、敵対的で陽動でという可能性も考えつつ対処する。とりあえず君が窓口になるから、特殊部隊チームの作戦ネットワークへのアクセスキーも渡す。よろしく頼みます。」

「いえ、あの、よろしくおねがいします。」

「なんだ、GEEKSにいるときと違って、借りてきた猫みたいだな。」

 ギルマスが茶化すと、光のような素早さで、シリウスの肘がギルマスの肋骨に打ち込まれた。

「ぐ、ぐはっ…」

「すごーい。隊長、シリウスさんにチーム女子力物理に入ってもらっていい?」

 ハウはパチパチと手を叩きながら、秋尾に尋ねた。

「念のために聞くけど、レクリエーションの方のことだよな。」

「え、なんですか?」

「うちのメンバーの女性が集まって親睦を深める会です。一緒にご飯食べたり、遊ぶんです。」

 パトロが説明をする。

「シリウスさんは、お前達みたいに自分で自分を守れる仕事じゃないんだから、基地の中だけにしとけ。」

「バーベキューとか、お肉とか食べよう!」

「肉?!ぜひ!」

 シリウスはぐっと手を握って身を乗り出した。

「ちなみに、レクリエーションじゃ無いほうって…」

「ムキムキになって、銃を持って突撃!」

 ハウが軽機関銃を構える仕草をする。

「いやいやいや、そっちは勘弁して下さい。」

「いつも室内ばっかりだから、ちょっともんでもらった方がいいんじゃないか?」

 シリウスが両手を前に出してぶんぶんとふって遠慮し、ギルマスをにらんだ。

「ははは。ああ、それと、うちの指揮命令は、俺が脱落した場合、戦略的な事はバトラーに、サイバーに特化したことはパトロ経由でバトラーが指示するから、二人と直接機密回線をつなげるようにしておく。」

「私も!」

 ハウが挙手をするが

「ハウは機密回線でくだらない事をしゃべるからなぁ。」

 と却下した。が、翌日秋尾はハウにソーシャルエンジニアリング攻撃を食らって、ハウとシリウスが直接接続できるようにさせられてしまうのだった。


 決戦は三日後。サイバーコマンドは本庁を経由して、各県警と全力の調整を始めることになる。

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