第5話 暗号

・首相官邸会見室


 官房長官の鹿島は、付箋の付いた分厚いファイルを持って、演台の前に立っていた。

「本日未明に、千葉県船橋市で発生しました爆発事件に関して、現在の状況をご説明申し上げます。お手元の資料にあります通り、船橋市で連続三件の爆発が発生しました。千葉県警の調べによりますと、現場で爆発物が発見されたため、これを連続爆破事件とし、現在捜査を行っています。犯行声明等は現時点では出ておりませんので、テロかどうかは断定しておりません。なお当時現場近くの工場施設内にて、スマートフォンでライブ中継を行っていたものがおり、事件に関わる発言をしておりましたことから、拘束し、現在事件との関連を調査しています。その他詳しい情報については、お手元の資料、および千葉県警のホームページで公開しておりますので、そちらをご覧下さい。」

 鹿島の発言が終わると、司会の役人が記者からの質問を受け付けた。

「ご質問がある方、挙手をお願いします。指名されましたら所属とお名前をおっしゃってからご質問をお願いします。」

 一人の記者がひときわ大きな声を上げて挙手する。鹿島は眉をピクリと動かして、その記者を示した。

「東都民報の剣持です。ライブ中継を行っていた女性は、なぜ拘束されているのでしょうか?何かテロ事件と確たる関連があるという証拠があるのでしょうか?あればご提示いただきたいのですが、ないのでしたらそれは不当拘束なのではないでしょうか?」

「いや現に中継中に爆発に言及していて、天誅という言葉を述べ、少なくとも二回発言直後に爆発が起こっている訳で。」

「それは証拠ではないですよね。不当逮捕じゃないんですか?そもそも発言も『みんなの力が』と述べているだけで、本人がやったとは言っていませんよね。確たる証拠もなく発言だけでテロ実行犯として逮捕するとか、まるで戦前の憲兵みたいな…」

 鹿島は手元の資料をめくり、チラリとそちらを見る。

「逮捕拘束は、あくまでも工場施設内への不法侵入に基づくもので、爆発事件に関しては参考人という位置づけです。それに私はテロ実行犯とは一度も言っていませんが。」

「いえ、もう結構です。決めつけによる不当逮捕だという事がわかりましたので。結構です。」

 それを部屋の入口付近で見ていた秘書官の稲妻は、右手の指でしきりにこめかみを押していた。

 

「いつもながら全く!」

 記者会見から戻った鹿島はファイルを執務机の上に軽く投げ、テーブルを囲む歓談用のソファーに腰掛けた。そのテーブルの上には、昨日から危機管理センター、関係閣僚会議等に出入りする鹿島のために、つまみやすい食べ物が置かれ、今は濃い緑茶と鹿島が好きな羊羹が置いてある。鹿島はその羊羹を見て、少し心が和らいだ。

「この羊羹、君が買ってきてるんだよな。」

「そうです。」

 鬼瓦のような顔の稲妻が、どや顔で返事をする。

「この桜の柄をあしらった羊羹。」

鹿島は羊羹を一切れ、竹フォークで自分の目の前に掲げた。

「他にも季節限定のを良く買ってくるけど、君は本当にメルヘンチックだな。」

「長官、失礼ですな。張り詰めているときに、せめと地元のお山を思い出すようにと思っているのですが!」

 鹿島はクスクスと笑う。秘書官として優秀でありながら、こういった愛嬌があるのは希有な人材だと思う。

「張り詰めていては、いざという時、周りを見回す余裕がなくなります。指揮官はいつも笑顔で!」

「分かった。ところで、ネット系の捜査は?」

「椎名のところが動いています。適時報告が入ります。」

 その時、稲妻の携帯が鳴った。鹿島は出て良いというジェスチャーをして、羊羹を口に含んで、緑茶をすすった。

「椎名です。」

 稲妻は携帯を指さしてそう言った。

「TTV?おキツネさま?!」

 稲妻はテーブルの上にあったテレビのリモコンを持って電源を入れ、TTVにチャンネルを合わせた。ニュース番組が放送中で、丁度冒頭のニュースコンテンツの簡単な紹介が終わり、それぞれの詳しい内容を放送するところだった。見ると、先ほど参考資料として配付した、ネット放送に使われたキャラクターが、CGで動いてしゃべっているところだった。

『みんな〜。昨日は放送が途中で終わってしまってごめんね〜。昨日みんなの力で成敗した三つの会社の事、調べてくれたかな〜。どんな会社だった〜?』

 キャラクターが、お面の耳の部分に手を当てるようにして、さも画面の向こうからの声を聞いているようなそぶりをする。

『うんうん。みんなわかってるねぇ〜。さすが〜。あの会社は、人を人とも思わない、社員をパワハラや過労死で殺しちゃった企業なんだね〜。やっぱり天誅ってあるんだねぇ〜。それじゃあみんな〜。おキツネさまの世直しを、おたのしみにね〜。』

 まるで児童向け教育番組のようなノリで動画は終わった。動画には終始、義賊か悪党か?次回犯行予告?といったテロップが載っていた。

『昨晩発生した爆発事件との関係はあるのでしょうか?ネットに同じキャラクターの動画が公開されました。』

 アナウンサーがそう言ったところで、稲妻は音声を絞った。鹿島はその稲妻を見て、羊羹を一つ頬張り緑茶を飲んで、微笑んだ。

「動じず、相手のペースに飲み込まれず、やるべきことやろう。私はもう、あいつらに賭けたしな。」

 


・警視庁3D機密電子会議室


 3D機密電子会議室には昨晩湾岸工業地帯で発生した爆破テロに関わる捜査関係者が集合していた。BMIを用いて、本人をベースに作り上げたアバターで円卓を囲んでいる。室内は気分がネガティブ思考に向かないように、明るめの設定となっていた。

特殊部隊員が同席する場合、あるいは関係上人物を特定する顔を含めた身体特長を得てはいけない場合は、代替の無個性なアバターや変成音声を使い、身分情報がマスクされて参加している。事件の類似性に思い当たることもあり、港湾管理会社であった『暁のラザロ事件』に関する捜査関係者も参加している。椎名は官邸近くの内閣官房の執務室から、基地からは秋尾とギルマス、無個性アバターでバトラーとパトロが参加し、状況自体はアイアンナイツのメンバー全員がモニタリングしていた。

「証拠が無い以上先入観を持っちゃいけないが、正直やってくれたなという感じだなぁ。」

椎名がため息をつく。

「そして、やはり重要参考人からは有効な自白はなにも取れなかったわけだ。」

 千葉県警の捜査チーム責任者が謝罪をしようとした。それを椎名が止めた。

「いや、責めているんじゃあないよ。せっかくうちが捕まえたのにどうこうという嫌みでもない。先日のラザロの事件の容疑者で、一般人の四名と同じだということと、また同じ空の器がでたってことにため息してるだけだよ。」

 いつものややふざけたような軽い口調ではなく、歯切れの悪い調子だった。

「自分が誰だか分かっているが、なんでここにいるのか、何をしていたのか、なぜそこに至ったのかさっぱり分からない…。手口が一度きりならともかく、続けばアラートを立て、三回目でシステム化されたとして対処するべき。と思ったら、さっきの投稿だ。便乗した愉快犯で無いなら、向こうからお越しになったって言うわけだ。ヴァーチャルなんとかチューバーよろしくヴァーチャル・ハクティビストでね。とりあえず、千葉県警と本庁の方はリアルで類似の手法がないが、心理捜査官たちで国内外の記録や文献を当たってくれ。ネット関係はこちらで担当するので、各警察サイバーチームとの情報連携は郷田隊長の方で頼む。必要であれば秋尾隊長もアシストを。郷田君、ネット関係の状況を。」

 指名されたギルマスが説明を始める。

「昨晩、秋尾隊長が爆破二件次時点でジャミングを行った結果、放送は尻切れで終わったのに、結果は爆破が三件で、おそらくこの作戦の画を描いた人間が望んだエンディングでは無かったと思われます。それでもインターネットミームとして『おキツネさま』は拡散中で、現時点でトレンドランキングをひた走っています。動画配信サービスに該当ライブ中継タイムシフト動画削の除の要請をしたところ、直接犯行を行った本人とは特定ではないと渋りましたが、工場侵入自体が犯罪でしたので、それを持って押した結果、削除されました。しかしこの手の常ですが、消せば増える、手を替え品を替え投稿している連中もいて各サービスも対応してくれていますが、そこに先ほどの動画が燃料を注いだので、現在は手出しできない状況です。鎮火作業は今は様子見です。そういった件とは別に、昨晩のアカウント作成経緯の特定や、トレンド化における拡散BOTの有無を調査中。アカウントは先週本人が作成したもので、動画配信会社、通信会社のログの提出を受けほぼ確定。拡散BOTは過去の拡散につかわれたアカウントとのマッチングからおそらくクロで有料のサービス。サービス側に各アカウントの停止をようせいしつつBOTサービス提供者の人物を特定中ですが、それが目星を付けているサービスだとすると、窓口がダークネットなのと、支払いが仮想通貨で匿名でオーダー可なので、特定は困難でしょう。先ほどの追い打ちの投稿の分に関しては、SNS会社に協力を要請しましたが、CGかつ爆発事故との関連があるかどうかの証拠がない中では、言論の自由のためにユーザー情報は提供できないと言ってます。拡散BOTとの連携の線から詰めて、情報を引き出したいと思います。」

 椎名がつづいて質問する。

「報告があったネットアジテーションマニュアル、ヒューマンデジタルマニュピレーションマニュアル。」

「はい。今回の配信と動画投稿で、おそらく今後もテロとネットを同時に使って、国民を煽る攻撃を行うと思われます。この手の手法は本来は国家由来のプロパガンダ攻撃なのですが、マニュアル化されて国家間で取引されていました。この手の資料が、ハッカーによって流出させられ、ダークネット等で配布されていないか調査中です。現時点では未発見。そしてもう一つ…」

 郷田が秋尾の方に目配せをする。秋尾が話を引き継いだ。目線は椎名に向け、反応を見つつ説明する。

「前回の暁のラザロ事件で、容疑者が犯行当時の記憶がない件に関して、独自に心理学方面から、マニュアル化、あるいは電子プログラムを用いた人間の記憶の改ざんの可能性を当たっていました。知見のあった自衛官などの定期メンタルチェックを行っているドクターの一色詠氏本人、帝都心理医科大学元名誉教授の故井戸栄介氏のアーカイブドパーソナルに当たり、」

椎名は目をつぶったまま、特に反応しない。

「その存在の可能性を感じました。この件も郷田隊長にダークネット上での流出と調査をお願いしています。存在した場合、今回の事件との関連性を洗います。」

 秋尾が郷田に向き、手で合図をする。郷田が頷いて話を引き取る。

「もう一軒、資料3にあります、黄色い鳥、カナリアの件です。以前から政府にテロ情報を提供していた情報提供者もしくはハッカーがおりました。該当の情報提供者はL国騒乱時に、事前に有効な情報を提供した事から、現時点で政府としてはホワイトよりのグレーであるとしていますが、これにセキュリティ業界で警告を発するものの呼び名であるカナリアを拝借して、仮称『カナリア』と呼んでいました。これが要素1。次に先日、我々サイバーコマンドがGENESISという感覚没入型VRゲーム内で戦闘訓練をしていたところ、カナリアの外観をした鳥が飛来し、暗号化された情報を提供して飛び去りました。これが要素2。その暗号を解読したところ、暁のラザロ事件の単語や人物情報のうち、3ステップ関連状態にあった、故人ではありますが在和北洲人団体の大物の名前で暗号解除され、位置情報を入手。その場所にあった施設には、前出の故井戸教授の件で訪れていた秋尾隊長がたまたま居合わせており、故井戸教授と面談中に同じように、ARではありますがカナリアに遭遇しています。ただしこの施設はネット上からはエアギャップで隔離されたオフライン施設なので、たとえ関連があったとしても弱めの要素3。しかし三アウトが捜査の原則なので、現時点でもっと有力な情報が得られると思われるGENESISの運営の神米BANDIT社に、出現時のデータの解析を依頼しました。その結果、該当のモデルはゲーム内に存在しないし、データ上も出現した痕跡、伏せ粋な手段で侵入が行われた形跡もない、という回答でした。この件はBANDIT社を洗う事を含めて引き続き調査します。」

「わかった。では次。爆発物、取り調べ関係。」

「はい。爆弾は時限式の単純なもので、民間のもので作り上げ、爆発そのものよりも派手に物理的炎上することを目的としたと思われます。鍵のかかった建物屋上に設置されていることから、おそらくドローンで運び込んだと思われ、周辺の動画やレーダーの記録を調査中。幸い爆発による被害者は現時点でも発見されておりません。容疑者の情報はお手元の資料5の通りです。東京都足立区在住の井上香織24歳、女性、女性ジェンダー、無職。ラザロ事件の関係者との接点は、リアル、ネットを含めてありません。現在聞き込みでの身辺調査中ですが…」

 秋尾が持っていた北洲人のアーカイブドパーソナル、夜半の訪問者の身元、レンタカー貸出の経緯などは、三アウトに届かなかったので、椎名の判断で現状はこの会議の俎上には登らなかった。


 会議が一段落し、秋尾と郷田は管理棟の食堂で、食事がてらブレストを兼ねてミーティングをする。機密事項の会話をするので食堂の個室とした。情報の並列化のためにパトロを、GENESISの件もありハウを同席させる。本来なら副隊長のバトラーが同席するべきなのだが、ことハッカー系の内容はパトロの方が明るく、その方面の作戦で万が一秋尾が脱落した場合は、実質的にはパトロがバトラーを通して部隊の指揮を取る事になっているからだ。

「で、やっぱり全然入れないんだ。」

「入れない。きちんとポインターに記録させて、被害を及ぼさない限りなら、政府機関は公衆衛生上の目的で、予告無しにネットの侵入テストを行えるわけだが、さすがにネットにつながっていなければ侵入しようもない。ある意味、物理以外は攻撃を受けない最強のセキュリティだな。」

「たしかに。」

 秋尾はフォークで、ゆですぎたパスタをこねる。

「その美森っていうオートマタは、おそらくその『物理』の方も兼ねていると思うぞ?」

「ああ、そういうことか。昨日駐車した車をアニマルドローンに監視させておいたら、帰り際にきちんと持って帰れって、釘を刺されたんだ。」

「間違いない。おそらくARグラスに被せたレイヤーへのアクセスも、敷地外からはアクセス出来なかったろ。内部にいるときにそこをたどって解析しようとしたら、『お客様、困ります。』って飛んでくるはずだ。」

 秋尾はその光景が想像出来て、少し笑う。パトロとハウは聞いてはいるのだろうが、二人の会話を邪魔しないように、黙々と、いやもぐもぐという感じで食べていた。時折パトロがフォークでおかずを突き刺し、ハウの口元に持って行く。ハウは自分が嫌いなものだとイヤイヤをしている。

「だから、その幸せが眠る森で見たカナリアは、たぶん偶然か、井戸教授の記録から創出された単なる演出の一つだと思って、思考からは除外した方が良いな。さっき俺が引用したのも、カンで捜査を続けたい方便だ。それで、おそらくGENESISのカナリアが、インタラクティブな接触をせず一方的に情報を押しつけるのは、ヒントを投げてこっちの出方を見ているんだろう。ハックなテロリストが餌をまいて手の内を探るという可能性もあるが。」

「でも人命にかかわる可能性があれば、ほっておくわけにはいかないしな。」

「通常対応の範囲なら、それで構わないと思うが。気を付けるとしたらイレギュラーな時の対応能力だな。それを知りたがるだろうな、部隊の危機対応能力の規模がわかる。昨日の話は、爆破事件の線と情報を使った陽動トライアルの側面がある。物理的なテロの場合の方が明快で、ネットの情報戦の方がやっかいだな。」

「ああ。爆発の方は単にドローンで遠隔操作のを落としておいてだけのようだ。煽った心理的効果の方が大きい。」

「ところで、現状カナリアにリアルタイムに接触したのはハウだけなんだが、空いている時間借りていいか。もう一度コンタクトできるかどうか、ベタだが試したい。」

「借りていいかじゃなくて、最優先だろ。使ってくれ。二人とも、現場や本庁に出かけることも多いから、俺から特に命令が無い場合は、優先的にギルマスに協力してくれ。パトロは同行して状況観察。気付きがあれば報告。ゲームで暴れたのがトリガーの可能性があるから暴れてもいいが、くれぐれも本職っぽくしないようにな。」

 秋尾に命じられたとき、パトロは丁度ハウの口の周りをナプキンで拭いていた。二人はぱっと秋尾の方を振り向き、ハウはうんうんと頷き、パトロは小さく頷いた。

「やった!いっしょにゲームだよ!」

「ゲームじゃない!仕事だ!」

 秋尾がたしなめるとハウはビクッと首をすくめる。するとパトロは手でハウの鼻をつまんで、くいくいっと二、三度横に振って、くすりと笑った。ハウも頭に手を当ててえへへへと笑う。


 翌日、秋尾がメンバーミーティングで見たものは、サングラスをかけてビキニにタクティカルベストを着て、積み上げた死体の山の上でハウとスペースオペラのポーズを取り、宙に向けて軽機関銃を乱射している営業モードのパトロの動画だった。山の周りにはGEEKSが神をあがめるように祈りを捧げ、それをさらにパトロが煽っていた。秋尾は処理オチしながらパトロに尋ねた。

「えーと、パトロさん。アカウント名が『ハッピー』で、たしかにトリガーハッピーって感じで、全然本職っぽくないんですが、こう、なんか、この格好、恥ずかしーとかって気持ち、ないんですか?」

「…ダイビングの仕事はビキニが制服だった。慣れた。」

「なんか、こう非常に盛り上がっているのは、なんでかな〜。」

「…お客さんにまた来てもらうには、盛り上げないといけないから。勉強した。」

「で、黄色い鳥さんは?」

パトロとハウは顔を見あわせ、ハウが答えた。

「出ませんでした。てへぺろ。」

「隊長〜。こういうコンビは、黒いのと白いのとか、二人の天使とか、姉と妹とか、サブカルの王道だじょ。突き抜けてパロってると思われた方が、それっぽくなくていいんでないの?」

 ハッパーがクスクス笑いながらフォローをする。秋尾は軽く頭痛を覚え、ARグラスを外して、人差し指と親指で眉間の辺りをもんだ。しかもそのネタの中のいくつかが、理解出来る自分が悔しい。

「いや、秋尾隊長、たぶん来なかったのはこのせいじゃないと思うんだ。」

 同席していたギルマスが助け船を出した。

「このとき、運営会社に頼んで該当エリアの接続を、常時モニタリングしてもらったんだが、たぶんそのせいだ。鳥が出なかったんで、この後一旦モニタリングを打ち切って、GENESISの説明がてら中世ステージに行ったら、それらしいのが近くまで様子を見に来た。だが、またモニタリングを頼むと消えたんだ。おそらくカナリアは何らかの方法で、というか明らかにハックだろうが、モニタリングしてサーチされている事を認識して、警戒していると思われる。」

「じゃあモニタリングしなければコンタクトしてくるってことか?」

「可能性はある。」


 そして予測通り、GENESIS MODERN GENERATIONでハッピー・アンド・ブラッキーが再び暴れまくったところにカナリアが現れた。秋尾は、暴れるのがフラグなのかと思ったが、決してそうではないらしい。近く木から様子を見るだけで何もデータを吐かなかったが、数回のち、ハウの手の上に乗ってつぶやき始めた。今回はモニタリングしないかわりに、運営元から日本人向けのコンダクターを依頼されている人物を紹介され、彼をあくまでもメンバーとして同行させていた。

 ハウの手に留まり、次々と二次元バーコード情報を吐き始めるカナリアを見て、コンダクターはひとしきり思案したあげく、周りを見回した上で、おもむろにメニューを開き、手早く情報をあさり始めた。

「あ、これModだ!」

コンダクターがそう声を上げるとカナリアは彼を振り返り、再びハウに向き直って情報を吐き終わると、そのままの状態で接続を切ったのか消失した。

「あいたたた。消えちまったか。…しかし、Modかぁ?」

 マスターが頭を搔きつつ、納得した顔をした。

「でもなんで…」

「特定のエリア内のプレイヤーの総数ですよ。僕の画面は管理者寄りなんで、利用状況などを確認するために、数字が出るんです。」

「マスター、Modってなに?」

 ブラッキーが尋ねる。

「キャラクターの外観の、ユーザーによる非公式の改造のことだ。」

「一応規則違反なんですけどね。つまりカナリアは鳥に見えてユーザーの一人ってことです。おそらく友だち申請を拒否、サーチを拒否、情報開示拒否で、本来なら待ち伏せなどをするような設定をして、さらに外観を鳥に替えたんでしょう。たぶん。ただ、友だち登録もしてないのに、なんでステージを変更しても、的確に皆さんの場所を探し当てたのか。脳波パターンマッチングのお薦めを毎回漁ったのかなぁ?とりあえず、プレイヤーの特定を…」

 ギルマスがあわててそれを制した。

「まってくれ。とりあえずメッセージの暗号を解読してからにする。」

「マスター!」

その言葉の最後を食うように、GEEKSのメンバーがハンドサインで、外に出るという仕草をしている。

「俺は一旦OFFする。全員追って連絡があるまで待機。」

「了解!」

 集まっているメンバーが全員敬礼した。そしてマスターはコンダクターに向き直って、

「ありがとう。後のことは連絡します。」

 と礼を述べ落ちた。


 ギルマスがダイブルームでGENESISから戻ると、残って解析に当たっていたGEEKSの副隊長の女性が脇に立って待っていた。

「出ました。」

「やけに早いな。」

 連れだってダイブルームを出て、ARグラスを付け機密区画に移動する。

【秋尾隊長、今乗れるか?鳥の件。】

【…乗った。何か出たか?】

 ギルマスは音声と映像を秋尾にシェアする。

【出たらしい。】

「暗号関係の用語の辞書攻撃で、文字の置き換えバリエーションです。ワードは『CICADA3301』。あまり隠す気はないですね。」

「あのワールドワイドの暗号クエストCICADAか?」

「はい。」

「中身は?」

「今回も座標です。ただ大量に。あと最後に英語でですが『トレースするならもう渡さない』と。」

「情報はやるが、正体はさぐるなってことか。座標は?」

「世界中に散らばっています。欧州はポルトガル、ブルガリア、ルーマニア、ユーラシアがカザフスタン、インド、歐亞中央、新露、カザフスタン、北米がメキシコ、神米。」

「それらの国の有意性をAIで。」

「出てます。『青い鯨』。」

「……シリウス、今なんて言った?!『青い鯨』?!。2010年代の洗脳のあれか?」

「正確にはその事件で、子ども達が飛び降り自殺した場所です。」

 ギルマスは大声を上げてテーブルを叩き、険しい顔で副隊長のシリウスを見た。シリウスはそれに臆せず、しっかりとした眼でギルマスを見上げる。

「秋尾、『青い鯨』…」

「知っている。…知ってる。」

 サイバー系の教本には載っていなくても、サイバー攻撃で何が出来るか、自ら調べる意志があれば必ず突き当たる事例。そしておそらく世界でも初めて、システマチックに人を死に追いやることに成功した心理プログラム。オリジナルを作った人物が逮捕されてもなお、そのバリエーションは拡散し続け、世界で少なくとも100人以上の、悩める若者を、その心の隙につけ込んで自殺へと追い込んだ。

「カナリアがこれをCICADA3301と絡めてきたと言うことは、おそらくCICADAのクエストのうち、情報パーツ集めをなぞれと言うことだと思います。ただ…。」

「ただ、なんだ。」

「CICADA3301の時は世界中の人が協力してパーツ集めをしました。今の時代では仮想旅行用のレンタルアバターを使えば、外部からの接続を禁じている歐亞中央を除く国には、ここにいたままクエストを行う事ができると思います。一方カナリアが悪意のハッカーであった場合、まず100以上の地点を捜査するため、どれぐらいの動員力があるのか目算がつきます。2にレンタルアバターを借りるにはクレジットカードと場合によっては身分証明が必要になります。代替戸籍とカードを使用すれば身柄は安全に情報を収集することが可能です。ただ最悪使い捨てになります。3に、地域によってはレンタルアバターの選択肢がほとんど無いと思われます。したがって数少ない、かつおそらくセキュリティ管理が甘いであろうレンタルアバターにあらかじめマルウェアやバックドアが仕込まれていた場合、あるいはもっとダイレクトにレンタルだと思ったらハニーポットのように誘導された場合、こちらに逆侵入するための目星を付けられる可能性があります。」

「…さすが攻撃のエキスパートだな。」

「…いつもこんなことばっかり考えさせられているから、性格悪いって言われるんだわ…」

 シリウスは小声で愚痴を言った。シリウスは聞こえないように言ったつもりだが、ギルマスのARグラスは声を拾って視界に字幕状に文字表示し、共有している秋尾にもそれが提供された。

【あ〜。シーラさん、あ、ありがとう。どうだろう。使い捨ての代替戸籍とカードは椎名審議官から手配してもらう。歐亞中央に関しては、外務省につてがあるからそこから当たってみよう。状況が整い次第、うちとGEEKSでやろう。】

「了解だ。」

 シリウスも納得したようで頷いた。

 秋尾が落ちたあとに、ギルマスはシリウスに近づいて小さく、

「性格悪いなんて、思ってねぇが。」

 というと、シリウスは全力でギルマスのすねを蹴って、自分のワークデスクに帰っていった。

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