第31話 突破

 何が起きてるんですか、など呑気に聞く気にはならない。決まってる、ピンチなのだ。銃撃の音はますます近くなり、ビルの外からだけではなく。ビルの下からも聞こえてくる。

 何もやることが無いと、小泉達也への嫉妬心と、殺される事への恐怖心がシーソーの様に左右に揺れる。

 揺れる思いがギッコンバッタン。色気もへったくれもない、生きるか死ぬかのシーソーゲーム。


 小泉は、今後この件に関わらない事を条件に私を解放した、私は気絶している間に魔王の元に連れてこられたのだが、そんな言い訳を、あの気分屋が聞いてくれるか分からないし、そんな言い訳したくない。水に沈んたこの町の敵討ちでなく、ただ単純に嫉妬心で私はあの男が許せない。

 だが、私にはやれることが無い、銃も打てない非力な小娘は、膝を抱えて震えることしか出来ない。ただ待つことしか出来ない。


 撃たれた場所がじくじくと熱を持つ。私はおっちゃんの服の切れ端に手を重ねる。

 おっちゃん……おっちゃんはどこに行ったのか。ビルの外で倒れている人達の様に、ビルの下で殺し合っている人達の様に、人を殺してしまったのだろうか、それとも……。





『外線に新手です!』


 竜也の無線に焦りの声が響いて来た。


『どうしたのそんなに慌てて、比良坂の後詰が来たのは報告済みだよ?』


 竜也は少しワクワクしながら、焦らすように報告を促す。


『違います!比良坂ではありません!あんな機械みたいな不気味な連中じゃない!恐ろしい!もっと恐ろしい獣みたいな奴で――』


 ブツリとそこで報告は切れる。


「あは、あははははは!そうか来たのか来たのかい!そうだねそう、そうでなきゃ!敵味方に分かれちゃったのは残念だけど、やっぱりクライマックスには全員集合しないとね!」


 竜也はそう言って、子供の様な無邪気な笑顔を浮かべる。それは純粋な喜び、単純な好奇心。体が万全かどうかなど関係ない。心のリミッターが外れた獣の、本気の戦いを間近で見れると言う歓喜でしかなかった。





「組長、新手です。包囲網の外から……これは、援軍でしょうか」

「奴が来たか」


 私はその会話を聞いて喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からなかった。だけど分かった事はある。おっちゃんが、来たのだ。





「当たらねぇ!クソッ!なんて動きしやがる!」


 竜也の私兵は焦っていた。一方的な包囲ですり潰すはずが、何処から来るのか敵はわらわらと押し寄せてくる。

 それもとびっきり協力で、とびっきり厄介な敵だ。なにせ銃弾を数発当てた程度じゃびくともしないゾンビみたいな連中だ。その連中の対処にようやく慣れて来たかと思ったら、冗談みたいな追加が一人現れた。

 今度の敵は風を纏って現れた、突風の様な勢いで突っ込んできて、陽炎の様に弾をすり抜け、台風の様に一切合切を滅茶苦茶にしていく。それも目が合っただけでしょんべんをちびっちまうような殺意を放ちながらだ。

 士気はもうズタズタに崩壊し。その獣と目が合わないように逃げ出す奴が出る始末。だが、その獣はともかく、ゾンビの連中は背中を向けた奴に容赦はしない。

 獣が包囲に穴を開け、ゾンビがそれを丁寧に刈り取っていく。そんな地獄の様な光景が広がっていた。


「さぁさぁ、みんなクライマックスだ!魔王の首を取るのが早いか、それとも僕の首が落ちるのが早いか、んーいい感じに盛り上がって来たぞう♪」


 『と言う訳だから、虎、僕の首が落っこちないうちに早くしてね♪』等と言う緊張感のかけらもない通信をビルの階段を駆け上りながら虎は聞く。


「ちっ、奴は伝説を取り戻したって訳かよ」


 竜也からの報告では、武彦は全盛期の彼に勝る程の鬼気溢れる様子で戦線に乱入してきたようだ。

 あっちに行っとくのも良かったかなと思うのは後の祭り、こうなれば虎が魔王の首を取るのが早いか、武彦が竜也の首を取るのが早いかの競争だった。


「負けやしねぇ」


 虎は、物陰目がけて銃を乱射、そして弾切れになったそれを投げつける。


「シャッ!」


 銃撃が止み、迂闊に出してきた手首を切断、帰す刀で首を切り落とす、そのまま地に落ちる前の敵の手首ごと銃を奪い、後目も振らずに前進する。

 強引にでもビルに突入して正解だった。流石の敵もビルの内部では自爆はしない。そんな事をしていたら、いつビルが崩れるのか分かったものではないからだ。


 半水没したビルの地階を超えたら後は虎の独壇場だ、足が軽い、視界はクリアー、気分は言うまでも無く絶好調。

 虎の知る限りこの世で最も強い獣、即ち魔王の首を落とすことが出来るのだ。これ以上の喜びは無かった。


「ったく、勃起もんだぜこりゃ!」


 溢れる脳内麻薬は疲れなど忘却の彼方へと押し飛ばす。あと少し、虎の勘は告げていた、もう2階ほど登れば魔王の首に手が届く。そんな時だった。


「ここから先は通しません」


 うめき声すら上げない比良坂ゾンビとは違う、生きた殺気を向けてくる敵がいた。


「テメェが、比良坂の頭か」

「そうです、同時に園山組の若頭でもあります」


 倉田は、ジャケットを脱ぎ捨てそう宣言する。腰から抜くは2丁のベレッタM93R、通常よりも長いロングマガジンには49発もの弾丸を想定可能なマシンピストル。


 じり、と虎は腰を落とす。相手は魔王の側近、懐刀。戦闘力は未知数だが、虎の勘は生半可なものでは無いと言っている。


「テメェも体を弄ってるのか」

「答える義理も暇もありません、貴方は少々やり過ぎた、ここで死んで貰います」


 倉田がそう笑った瞬間、天井に張り付いていた影が静かに蠢いたのだった。

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