第30話 虎
「前線の戦況は、こちらのやや優位で膠着と、流石は比良坂やるもんだ」
指揮車の中、竜也は独りそう呟いた。竜也の計算違いは比良坂を超人的な能力を持つ個人と考えていたところだ。だが、実際はそうでなかった、彼らは薬物投与と人体改造によって作られた人造の超人兵の集団だった。
重装備の水上バイク部隊で戦況を有利に運んでいるものの、比良坂の正しく超人的な粘りにより、あと一歩攻め込めていない。そうこうしているうちに、背後から比良坂の増援部隊が接近していると言う始末だ。
「それにしても、どうやって連絡を取っているんだろうね。普段からスマホと無線機の2台持ちなのかな?」
通信施設を破壊した今、スマートフォンは無用の長物、唯の金属板に過ぎない。だが、彼らは確実にこちらの包囲を突き崩さんと連携して襲ってきていた。
「うーん。こんな事ならミサイルも買っとけばよかったかな。けどそれじゃ趣が無いよね」
もしもの時の為、武装一式込で戦闘ヘリは用意してあったが、この台風の中ではとてもじゃないが飛ばすこと出来ない。足と情報を封じ込める為に台風を舞台に選んだが、それは逆に最大火力を封じ込める事となっていた。
「それじゃあそろそろ、虎に頑張ってもらおうか」
竜也は、地図上に置かれたチェスの駒を動かしながら、そう呟いた。
「くそ!なんなんだこいつ等は!食らっても食らっても向かって来やがる!」
比良坂は傷みも恐怖も感じない。只々命令通りに敵の命を狩る為に突き進む。弾が尽きれば、ナイフを手に持ち、ナイフが折れれば、拳でもって殺しに掛かる。
「ひっ!来るな!来るなーーー!!」
「ぎゃーぎゃー騒ぐなうっとおしい」
すぱりと、竜也の私兵に迫っていた比良坂の首が落ちる。その背後には、くの字に曲がった大振りの鉈を持った虎が居た。
「ほーう、よく切れる。さっきもこれを持ってけばよかったな」
虎は満足そうにその鉈を眺める。それは日本刀の造りで製造されたククリナイフと呼ばれるものだった。
鉈の重さと、日本刀の鋭さを持ったそれは、虎の技能と合わさって、弾切れを起こした比良坂たちの首を軽々と落としてゆく。
「はっ、銃が使えないテメェらなんぞ怖かねぇよ」
銃が使えないとは言え、比良坂の運動能力は虎を凌ぐ。だが、虎はその研ぎ澄まされたナイフ技術と、野生の勘をもって、紙一重のカウンターで次々と襲い掛かってくる新手を切り裂いてゆく。
「おらおら下手糞共!ビビってんじゃねぇ!相手はただ死ににくいだけだ!」
虎の激に後押しされ、それまで慌てふためいていた兵たちは冷静さを取り戻す。
「殺れ殺れ!首を落とせ!心臓をぶち抜け!」
比良坂は強い、強いが、竜也の私兵達は1人で敵わないなら2人で、2人で敵わないなら3人で。数と武装を頼りに、押し込んでいった。
ひゃははと、虎は大笑いしながら地の雨を降らせていく。虎の強靭な爪は、粘土の様に人体を切り裂いてゆく。
そして……。
「まずいですね、奴ら慣れ始めました」
ポツリと、倉田が呟く。
「だろうな、奴らの不死性は短時間では効果的だが、これだけ長引けばタネもばれる」
そして、魔王はこう続けた。
「だが、それで終わらぬのが比良坂よな」
「その通りです」
魔王の問いに、倉田は静かにそう答えた、その直後だ、ビルの外から連続した爆発音が鳴り響いた。
轟音。
地面に沈んだ比良坂の死体が突如光に包まれ、水柱をあげ爆発した。
「んっだ、こいつ等!!」
間一髪、虎はとっさに、仲間を盾にしてその爆発を回避する。
だが、戦場は阿鼻叫喚に包まれる。冷静さを取り戻していた竜也の私兵達もパニック状態に陥った。
「人間爆弾って奴か」
いくら弾丸を食らっても死ににくい体、そして驚異的な運動能力、それらが組み合わされば接近戦に持ち込まれるのは避けにくい。それに加えいつ爆発するのか分からないおまけ付きだ。
「ちっ、喧しいのは性に合わねぇぜ!」
虎は、物言わなくなった仲間のサブマシンガンを奪い取り、迫り来る比良坂に乱射する。
「クソ!止まらねぇ!」
だが、急所以外にはどれだけ当たろうがお構いなしの比良坂には中々有効打を与えられない。
ここに至って戦局は混沌の体を成してきた。
雑魚どもを相手にしていても無駄だ。虎はそう判断する。この場に居るのは高性能人間爆弾。唯の兵器に過ぎない、このまま続けていても勝てるのは勝てるだろうが、その後の後詰めの舞台に全滅されかねない、ならば手段は唯一つ、多少強引でも防衛戦を突破して敵の中枢、司令部を叩いて指揮系統を混乱させる。
「ちっ、たかが殺し屋に戦術面を考えさせんな!」
虎は、そう愚痴ると号令を出す。
「散らばれ!そんでどこからでもいいからビルに入れ!頭だ!頭を潰すんだ!」
当初の予定では、クリアリングを基本戦術とし、場所場所の安全を確保してから攻め込む予定だった。だが、今の混沌とした状況ではそれは望めない。早く、早く、少しでも戦力を保持するため、突貫することを選択したのだった。
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