第29話 嫉妬

 パパパン、パパパンと建物の外部から銃声が聞こえる。外の見張りと襲撃者が接敵したようだ。私はその音が鳴るたびに緊張で体を強張らせる。


 怖かった。火花が爆ぜる音にも似ているが、それは全くの別物で、血と金属の匂いがする音だった。


 抗争なら他でやってくれと思ったが。自称兄と他称実父の抗争だ、なによりおっちゃんが関わっている以上、私も無関心を気取ってなんかいられなかった。

 とは言え、無力な女子高生である私は、隅っこで膝を抱えて丸くなっている以上にやることが無い。


「……押されているな」


 ぼそりと、魔王が呟いた。


「はっ、申し訳ございません。敵の武装は我々を上回っております」


 何を聞いてどう判断したのかさっぱりだが、魔王の読みは当たっているそうだ。それに答えた倉田さんの回答も謎だった。彼は外部と連絡を取っている風も無く、ただ目を瞑って集中している風にしか見えなかったが、もしかして透視能力なんてオカルトチックな能力でも持っているのだろうか。

 それに、考えてみれば襲撃者の武装が魔王を上回っているのは当たり前のことだ、あの優男が、自分が不利な状況で口火を切るとは思えないからだ。私が見た装甲車みたいな奴の車内だけでも相当ごちゃごちゃしていたし、車外にも水上バイクに乗った兵隊さんとかが待機していた。


「RPG!」

「ひっ!」


 突然あげられた黒服の人の大声に、私が体を竦めるのと同時だった。窓際で警戒していた黒服の人が外に向けてサブマシンガンを乱射する。


 轟音、そして巨大な火の玉の明かりが室内を赤く染める。



「くくく」


 その爆炎を肴に何が楽しいのか魔王の笑みが漏れる。闘争の気配に歓喜しているのだろうが、勘弁してほしい。

 と言うか町中でロケットをぶっ放すなんて、あの男は何を考えているのか。ここは中東の紛争地じゃなくて平和な日本だ。そんなことしてたら直ぐに通報が……。


 来ないかも。警察、消防その他もろもろはそれどころじゃない、災害救助で手一杯だろう。おまけにこの停電の暗闇ではガス爆発か何かだと勘違いされるかもしれない。


 と考えていて、私は物凄い結論に至った。もしかして周回遅れの考えかもしれないが、分からない事を素直に聞いてみる事にした、聞く相手はこの中で最も暇そうな魔王だ。


「もしかして、全部小泉達也の仕業なの?停電も、洪水も全部」

「ああそうよ、奴は数万人を贄にしてこの儂の首を取るつもりよ」


 ニヤリと魔王は笑うが意味が分からない、納得できない、だが理解はできる。あの男なら、何を考えているのか分からないあの優男なら、何をやってもおかしくないと言う事なら理解できてしまった。

 ちゃちな放火で心が満たされる私とは大違い、あの男は世界を水に沈めても叶えたいものが有ると言う事だ。

 その事に、不謹慎この上ないが、メラメラと対抗心が燃え上がってくる。


 私も、私もだ。世界が燃え尽きる火を見てみたいと言う願望がある。だがそれはあくまで見果てぬ夢。かないっこない、叶えてはいけない思いだと言う事位分かっている。だが奴はそれを突破した。幾千幾万の生活を犠牲にし、何人何十人何百人の死傷者が出るのを構わずに実行した。しやがった。


 許してはいけないと、私は思った。これが許されるなら、これが実を結んでしまうなら、私の思いが成就してしまう世界が存在する可能性があってしまうではないか。

 それは……地獄だ。まさにこの世に顕現してしまう地獄に他ならない。


「許しちゃいけない、小泉達也はここで止めなくちゃだめだ」


 私は魔王の目を見てそう宣言をする。


「無論、元よりそのつもりだ、奴の首は今日ここで儂が取る」


 そう言い、魔王は懐から拳銃を抜き放った。飾り気が無くゴツゴツしたその拳銃は、昔の映画でよく見たコルトガバメントとか言う奴だった。





 銃撃はどんどん激しく、段々近くなる。それはすなわち追い込まれていると言う事。それはそうだ、此方は孤立している身、補給体制を確立している相手に敵いっこない。

 銃器の扱いなんて知らない私は、傷を負った黒服さん達の手当てに走る。とは言っても私が出来る事は、包帯代わりに布を巻く事位。幸いなことにがまん強い人が多いのか、私の素人手当でも、うめき声1つ上げずに任せてくれる人ばかりだった。


「増援はどうした」

「申し訳ございません、只今的包囲網の外線と戦闘に入っております」

「そうか、ならば時間の問題だな」


 朗報だ。相変わらず謎の千里眼で周囲の状況を教えてくれる倉田さんの情報によると、救援部隊が目と鼻の先まで来ているそうだ。

 ならば、後は時間の問題。救援がたどり着くまで耐えられるかどうかだ。


 だが、敵の攻撃もますます激しさを増す。RPGの射撃によりビルの骨組みにダメージが蓄積されて行き。ギシギシと嫌な音が鳴りやまない。

 猛攻、正しく猛攻だ。敵もここが正念場と見ているのだろう。その中で私が思うのは恐怖心ではなく、有ろうことか嫉妬心だった。

 ダムを破壊し、土手を破壊し、電力を喪失させ、通信施設を喪失させ。世界を水で満たし。好き放題にやっている小泉達也への嫉妬心だった。

 燃やす、燃やす、燃やす。竜也が水で満たすなら、私は竜也の全てを燃やしてやろう。そんな思いが胸の中でメラメラと燃えていたのだった。

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