第28話 風の獣

 駆ける、駆ける。武彦は生まれて初めて任務ではなく、殺意をもって敵を追い求めていた。

 それは、自分が命を救った少女を殺される所だったからと言う、酷くエゴに紛れた殺意だったのかもしれない。

 それは、我が子の様に慈しみ見守っている少女を殺される所だったからと言う、父性に似た何かだったのかもしれない。

 それは……。


 先ほどの襲撃者の影は見えない。この水に浸かった町でそれ程自由に動けるとなれば、予めボートなどの水上移動手段を用意していたのだろうと武彦は考える。

 ただ、敵が何を考え、どう行動しているのかは関係ない。それは武彦の殺意を鎮める理由にはならなかった。

 静かに、重く、冷たく、熱く。武彦の中には天を覆う台風の様な殺意が渦巻いていた。


「見つけた」


 武彦はぼそりと呟き、足元の屋根瓦を蹴り上げる。ガシャンと、まるで大岩が直撃したかのように瓦が飛び散る。

 武彦はその中の一枚を空中でキャッチした後。大振りに振りぬいた。





 あれこれと物が置かれた狭い車内。町の地図が広げられた台の前で竜也と虎が向かい合っていた。


「それで、虎はどうする?仮想武彦君の撃退に向かう?」

「んー、行けと言われれば行きますが。あまり食指は動きませんね。俺が殺りたかったのは現役の奴だ。壊れちまった奴には興味は無い」


 武彦がどの程度回復したのかは調べていないが、以前河原で合った時はびっこを引いていた。その有様では思う存分楽しめはしないだろう。弱者をいたぶるのも嫌いではないが、より大きなカタルシスを味わえるのは、強者と奢っているものを血だまりに叩き付ける時だ。


「よし、分かった。それでは予備の戦闘部隊の中から向かわせよう」

「……態々相手しなくても、適当に煙を巻いておけばいいんじゃないですかい?」

「その通り、煙に巻いてお目当てから遠ざけるだけさ。大事な場面で横合いを入れられちゃたまんないからね」


 竜也はそう言うと、無線機を手に取った。





 至近弾。

 驚異的なコントロール。いや、驚異的な腕力によって投擲された瓦は、暴風雨をものともせずに直進し、水面を爆発させる。


「なんて奴だ!幾ら離れてると思っていやがる!」


 度肝を抜かれたのは、標的となった監視員だ。二人乗りのカヤックに乗っていた彼らは至近弾によって崩れたバランスを取るのに至難しながら叫びをあげる。


「おい!逃げるぞ!引きながら射撃だ!」

「まだ射程距離外だ!この雨の中だぞ!」

「知るか!奴の弾は届くんだ!四の五の言ってないで撃て!」


 隠密性を重視してカヤックで来たのが仇となったと思いつつも、運転手は必死になりパドルを漕ぐ。射手は大雨に目を凝らしながら照準を合わせ。サプレッサー付きのサブマシンガンを乱射する。

 だが。


「がっ!」


 9mm弾などとは比べ物にならない質量が、人間の限界を遥かに超えた膂力で投擲され続ける。それは風を切り、雨を霧散させ、カヤックに直撃した。

 交通事故に合った様な衝撃がカヤックに走り、2人は大きく空中に跳ね飛ばされる。


「ばはっ!!」


 水面から顔を出した二人は、武彦の姿を探し、背中合わせで警戒を始める。暗視ゴーグルと、サブマシンガンは先程の衝撃で紛失してしまい。頼りになるのは各々の拳銃だけだった。

 二人は、全身に冷たい汗を掻きつつも必死になって目を凝らす。漆黒の世界に止めどなく振り続ける豪雨。視界は最悪、五感も聞かない、迫り来る危機を前に、拳銃が頼りなくカタカタと震えていた。


 ばしゃんと大きな水音が立ち、極度の緊張状態にある二人はとっさにそちらに銃口を向けてしまう。


「「がっ!!」」


 直後に、2人の後頭部に物凄い衝撃が襲い。ヘルメットが砕け散った。





「グロック、とか言ったか」


 武彦は、気絶した敵を溺れない場所に持っていき、武装解除を行う。己の肉体を武器に戦う彼にとって、回収したプラスチック製の拳銃は如何にも頼りなさそうに見えた。


 マガジンとチャンバー内の弾丸を抜き取った武彦は、メキリとその拳銃を握り潰しガラクタに変える。銃の分解方法など知らない彼にはそれが最も手っ取り早い方法だった。


「起きろ」


 武彦は、敵の頬を張り、目覚めを促す。その彼は幸運な事に指を砕かれる前に目を覚ました。


「うっ……」

「起きろ、お前には竜也の居場所を吐いて貰う」


 武彦はそう言って、ガラクタと化した拳銃を彼の目の前に持っていったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る