第27話 親子
黒服に連れてこられた何処かの建築途中のビルの一室。町の明かりが消え闇の支配する世界だった。寂しく埃っぽい室内には、室内だと言うのにたき火がなされたその部屋で、まるで闇を凝縮したような強くて黒い雰囲気を醸し出す男の人がどっしりと椅子に腰掛けていた。
「それが、立花の娘か」
その人の声は太く重く、私は一目でこの人が小泉の言っていた魔王。小泉源三だと分かった。
「……貴方が、小泉源三さんですね」
寒さのせいか、恐怖のせいか、私は震える膝を我慢してそう言った。魔王はほうと、面白いモノを見たように口角を歪め値踏みする様に私を見る。
背筋に震えが走る。ここはまるで魔王の玉座、魔王の体内だ、そのギョロリとした瞳で射抜かれると、まるで金縛りにあった様に、体の自由が利かなくなる。
怖い、怖い、怖い。
私は、肩に巻かれたおっちゃんの服に触れる。暖かな風が心に吹き込み、頼りなく揺らいでいた勇気の火が勢いを増す。
私は大きく息を吸い込み、魔王を見つめ返す。
小泉の話だと、この人が私の本当の父親と言う事らしい。でもそんな事知った事じゃない、私の両親は私を育ててくれたあの2人だ。火の中に消えたあの2人だ。誰が何と言おうとも、それ以上でもそれ以下でもない。
「貴様を」
魔王がそう呟く。
「どうこうするつもりはない」
目障りだ、隅で大人しくして居ろと、魔王は顎で指図する。私は、大人しくそれに従い、たき火の傍に行く。
火だ火だ、久しぶりの火だ。ガスコンロの火とは違う、たき火の火は久しぶりだ。私はここが魔王の手の内と言う事を脇に置いて、身も心もほっこりする。
先ずはびしょ濡れの体を少しでも乾かし、体力を回復させるのが先だ。傍に居た黒服の人から手渡された水と携帯食を、もそもそと食べながら周囲を見渡す。
黒服の人は10人ほど。中には拳銃を手に窓に張り付き周囲に目を光らせている人達もいる。
ビルの一室にいると言うのに、深くて暗い深海の中にいるような圧迫感が部屋を支配していた。
「武彦さんに、竜也さんと戦えと言ったんですか」
「……戦えではない、殺せ、とだ」
私の呟きに、魔王はこっちを見ずにそう返した。
「……武彦さんに、そういう事は向いていないと思います」
そうだ、この人たちがそう言う世界で生きている事は否定しない。私だって放火魔だ、火のない所では生きていけない。きっとこの人たちも暴力なしでは生きていけない、そう言う人種なんだろう。
でも、おっちゃんは違う。あの人は優しい人だ、何よりも誰よりも優しい人なんだ。
「くく、はっはっはっは」
そんな私の思いを魔王は一笑に付した。
「あの男が殺しに向いていない?否、断じて否よ。奴は修羅。奴こそ修羅よ」
ギロリと魔王の眼球が私を射抜く。
カチンときた。その言いぐさに、そして誰よりもおっちゃんの事を知っている風なその目に。おっちゃんが修羅?ありえない。この魔王のおっさんは、自分の姿をおっちゃんに反映させているだけだ。暴力の世界で過ごしているからおっちゃんをそんな色眼鏡で見てしまうだけだ。
おっちゃんが誰よりも優しい事は、私の腕に刻まれたこの火傷の薔薇がそう語っている。
「違います!」
燃え上がる怒りが、恐怖を凌駕した。思わず私は我を忘れてそう叫んだ。暫し魔王とガンを付け合う。背筋が凍るような視線だが、そんなのに負けてやらない。やるならやれ、けどこの
がるるるると咬みつくような視線を向けていた私の肩を叩く人物がいた。
「まぁまぁ、お嬢さんもそのあたりで」
私の肩を叩いたのは、落ち着いた感じの若い男。まぁ若いと言ってもおっさんと同じぐらいの歳の男性だ。30代半ばと言った所だろうか。
「えーっと。貴方は」
「私は、園山組若頭の
私はその柔らかな物言いに、毒気を抜かれる。小泉の胡散臭いずぶずぶとした柔らかさとは違い、ごく普通の柔らかさだ。
私は、もう少し何か言ってやりたかったが、倉田さんの顔に免じて、魔王から視線をそらしてやることにした。
そして、陰鬱で圧迫的な空気に黒服の人の機械的な声が響いた。
「敵です」
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