第26話 血

 黒い世界に血の花が咲く。世界がスローモーションに代わる。

 銃撃。

 遠くにマズルフラッシュの火花が散る。この悪天候だ、当たれば幸いの乱射が武彦たちを襲った。そしてそれが運悪く比良坂の1人と、楓に当った。


「嬢ちゃん!」


 武彦は自らを盾とし、楓に覆いかぶさる。

 むせ返る程の血の匂い、嗅ぎ慣れた匂いだ。

 ぬるりと滑る血の感触、自分の手に染みついた感触だ。


 それが、自分の胸の中の少女から零れ落ちていた。


「嬢ちゃん!しっかりしろ!」


 運が無かった、実際に立てとしているわが身には銃弾は当っていない。マズルフラッシュの具合から考えて100mは離れている、どんな腕の良い狙撃手でもこの豪雨の中を狙い通り撃てる筈がない。


「あ、う……」


 楓の囁くような力ない呻きが聞こえる。この暗闇の世界でご丁寧にバイクのライトをつけっぱなしにしていたのが悪かった、そもそも、狙われている中で呑気に立ち話をしていたのが悪かった。

 後悔が雨の様に降り溜まる。


 パンパンと、無事な比良坂の片割れが反撃を開始する。だがハンドガンでは相手に届いているのかすら怪しい。

 此方がワンマガジンを消費したころだ、相手も弾切れを起こしたのか、それとも唯の牽制だったのか、銃撃は止み雨音だけがその場を支配していた。





「嬢ちゃん!」


 武彦は服の袖を破り包帯代わりにして傷口に当てる。そこから現れたのは醜く焼けただれた火傷の痕だった。


「おっちゃん、やっぱり」


 楓は朦朧とした頭で、それを見た、それはどうしようもない位に自分の記憶を裏付けさせる証拠だった。

 自分はあの時もこうして助けられたのだ。


 薄れゆく意識の中、私は両親の仇であるおっちゃんに……。





 楓が負った傷は2か所、肩口と側頭部だった。幸いとも2発とも直撃しておらずかすっただけだったが、1か所は頭部と言うこともあり出血はひどかった。おまけに衝撃により楓は気絶してしまった。


 だが、運が悪かったのは比良坂の一人だ。彼は頭部に直撃しており、脳漿をぶちまけて絶命している。


「いく「行くぞ」」


 無事な比良坂の発言を遮り、武彦は座った眼でそう語気を強める。


「あんたは、この少女を組長の所へ運んでくれ。くれぐれも慎重にだ。これ以上かすり傷一つ負わせないようにだ」

「駄目だ、その指示は受けていない。優先すべきは竜也の首、それだけだ」

「あんたは俺のサポートだ!俺の指示に従え!」


 にらみ合いが続く、そして……。


「了解した、その代り任務は必ず果たせ」

「言われるまでも無い」


 武彦は手当てをした楓を比良坂に預けると、膝のチューブを巻き直す。きつくきつく、自分を痛めつけるかの様に、自分を戒める様に。


 準備は出来たと、バイクを向くがライトを目印に射撃が行われたのだ、一台は何とか動きそうだが、一台は大破していた。

 武彦は無事な一台を比良坂に預け、膝の調子を確かめる様に一歩を踏み出す。

 

 一歩。


 地面をける。その反動で膝蹴りを振る様に足を蹴り上げ、地面を覆う水の呪縛から解き放たれる。


 一歩。


 飛沫を纏いつつ、飛び上がった勢いで壁を蹴り上へ上へ。塀を上り屋根を進み、軽やかに力強く歩を進める。


 武彦は風を纏いつつ、1本の矢となって、襲撃者が逃げた方向へと突き進んだ。





 ガタガタ揺れる振動で目が覚める。どうやらまた気絶してしまっていたようだ。確か、何かが光った後に、おっちゃんに押し倒されて……。


「おっちゃ……」


 違う、暗いのと雨で顔は分からないが、私はおっちゃん以外の誰かの胸の中でバイクに乗せられ運ばれていた。服装を見るにおそらくはおっちゃんに付いてきてた人だろう。


「あの、何処に行くんですか」


 私は緊張しながらそう尋ねるも、私を運ぶ黒服の人は全く無視して運転に集中している。

 あの、と私は言いかけるも、冷たく凍った機械の様な雰囲気に、私は大人しくされるがままにした。

 大丈夫怖くない、と自分に言い聞かせる。頭と肩にはおっちゃんの服が巻きつけられてある、おそらくは止血の為だろうそれは、じっとりと血がにじんでいた。

 その事が私を安心させる、勇気づけさせる。私の手当てをしてくれたと言う事は、おっちゃんは無事な筈だ。何か外せない用事があって、おっちゃんは私を彼に任せて別行動を取っているのだろう。

 だが、その別行動の内容が気になって、妙に気分を落ち着かせ無くする。おそらくは、いや確実に碌な事ではないだろう。それは、私を運ぶ黒服の人から匂ってくる硝煙の匂いが証明していた。


「……戦いに行ったんですか」


 私はそう呟く、返事が来ないのは分かっていたのでこれは独り言だ。

 おっちゃんは唯の優しいおっちゃんだ。言われなくては、元殺し屋だなんて分かりっこない穏やかな人だ。河原での暖かな日々が胸によぎる。柔らかな笑みが脳裏に浮かぶ。

 おっちゃんは戦いなんて望んでない。まして人殺しなんて、好きでやっていた筈がない。もしそうならば、あの時に火の中で泣きじゃくる私を命がけで助けに来たりなんてするはずがない。


 私はおっちゃんの服を撫でて不安を宥める。嫌だった、おっちゃんが殺されるのも殺すのも。例えおっちゃんが両親の仇だとしても今は私にとって掛け替えのない人なのだ……。

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