第25話 再会
降りしきる雨、漆黒の世界、その中に誰にも気づかれずに水面に浮かぶ二人乗りのカヤックがあった。
『コマンダー、ターゲットが隊を分けました』
『OKそのまま監視を続けて』
移動司令室と化したウニモグの中で竜也はその報告を受け取った。ただし送られてきた暗視カメラの映像は雨により唯のノイズにしか見えなかった。
「虎、どう思う?」
「俺は一介の殺し屋ですぜ、戦況分析なんか十八番違いだ」
そう言いつつ、虎が覗いた映像には明らかに組の人間、スーツでも戦闘服でもない人間の姿が映っていた。
「これは……誰ですかね。比良坂の奴らではなさそうだが……ええい、もっとハッキリとした写真はねぇのかよ」
「ははは、無茶言ったらだめだよ虎。けど君に心当たりはないかい?この状況で魔王から仕事を任される部外者の存在を」
「……電話は、使えないんですよね」
「そうだよ。通信施設もすでに破壊してある」
「そんなら、依頼があった訳でもなく、好き好んでこの状態の町をほっつき歩いていた人間って事になりますか」
虎は暫し考える。魔王と契約している殺し屋は幾人か知っている、皆腕利きだ。だがこんな状況の町を散歩するような酔狂な人物に心当たりはない。
体が資本の殺し屋だ、任務でもなければ……。
と、考えた所で、さっきまでこの車内にいた1人の少女を思い出す。
「……まさか」
「うん。僕もそのまさかだと思うんだ。そう思ってこの映像を見れば、そう見えてこないかい?」
「……背格好はそう見えますが」
偵察班の映像では、黒スーツの運転するバイクの後ろに跨る男が一人。荒くノイズの多い映像だが、確かにそれは鞍馬武彦のようにも見えた。
「まぁいいや、取りあえず武彦君と言う事にしておこう、今フリーの殺し屋で彼ほど腕の立つ人間はいない、警戒しておいて損は無いよ」
はっ、と虎は笑いをもらす。
膝を壊された殺し屋なんぞ、警戒する必要も無い。と、言いたいところだが、あの男は別だ。規格外、いや、超能力と言ってもいいほどの剛腕の持ち主なら話は別。おまけにこの足場ではなによりも力が肝。
「とは言え、所詮は過去の遺物。出来るなら現役の時にやり合いたかったものですがね」
「あははは。虎は、根っからのバトルジャンキーだね」
困ったものだと、竜也は嬉しそうに笑った。
ゼロメートルの視界の中、必死に目を凝らす。雨音とエンジン音の隙間を縫って、耳をそばだてる。
聞こえた、確かに聞こえた筈だ。
間違いじゃない、間違いじゃない。
あの声は確かに聞き覚えのある、あの声を確かに覚えている。自分があの声を聞き間違うはずがない。
あの叫びは聞いたことがある。かつて自分が生んでしまった音だ、無くしたものを埋めようと足掻く慟哭だ。
あの時は火の中だった、今は雨の中、あの時と違う、あの時と同じ叫びだ。
武彦は願った、少女の無事を。
武彦は祈った、少女との再会を。
彼の今までの人生の中で、もっとも濃密な時間だった、最も焦燥感に溢れた時間だった。そして彼の視界に……。
誰かが、私を呼ぶ声が聞こえる。
誰かが、私を求める声が聞こえる。
暖かい、と私は思う。
暖かい、と私は感じる。
芯まで冷やす水の冷たさとは逆の、優しい日溜りの風の匂いだった。
「おい!おい!嬢ちゃん!しっかりしろ!」
「……おっちゃん」
「そうだ!俺だ!目を覚ませ!」
「おっちゃん?」
パシパシと頬を張られる。やめてほしい、顔は女の命だ。
「おっちゃん!」
目を覚ました私はおっちゃんに抱き付いた。暖かかった、水に飲まれ体温の低下しきった、私の芯まで響いて来る暖かさだった。
その温もりに、こわばりが溶けていく。その力強さに、凍ったものが溶けていく。とうになき果て枯れ果てたと思った私の心に優しい風が流れ込み、私はまた人目をはばからず大泣きした。
「大丈夫か」
「うん、もう大丈夫」
恥ずかしい、我に帰って、我真っ赤。
正気に戻った私は、おっちゃんと半人分の距離を開け会話をする。どうやら私は気力体力尽きて、休憩したつもりが気絶していたようだ。短時間に2度も気絶したのは生まれて初めてだが、二度も溺れなくて済んだのは僥倖である。
「あのー、それでそちらの方は?」
私はどう見ても救助隊の様には見えない黒スーツの方についておっちゃんに尋ねる。正直な所、それ以外にもおっちゃんには話すべきことは幾らでもあるが、ひじょーーーーにプライベートかつセンシティブな話題なので、部外者が居る場所では喋りにくい、と言うか誰だこの人たちは。
私がこう質問をすると、おっちゃんはまるで初めてそこに人がいることに気が付いたように、焦りながらそっちを振り向いた。
「用事は済んだな、では行くぞ」
「待ってくれ、先ずは彼女を安全な所に」
「今は任務が先だ」
黒服の方たちは、まるで機械の様に無表情のまま、そう語る。私は突然傍観者となり話の輪から放り出され、その様子をぼーっと眺めていると。いきなりおっちゃんが私の方に振り向いて大声をあげた。
「伏せろ!」
えっ?何?と聞き返す暇も無く、衝撃が私を襲った。
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