第23話 条件

 知った……事かーーーーーーーーーーッ!!!!!


 私の愛は私のものだ、私の火は私の物だ!誰に押し付けらたのでもない!誰に歪まされたのでもない!

 私が、この私が!生まれつき持っていた大切なだ!今更誰に何と言われようとそんなもの構っていられるかッ!!





 落ち込んだ、混乱した、昏迷した、後悔した。

だが。

 楓の内なる火は、竜也の水に染まることなく、それを蒸発させた。


 理性を取り戻した楓だが、それを悟られる訳にはいかないと、じっと目を瞑り、耳をふさいだまま思考する。

 状況は依然、絶体絶命鳥かごの中なのは変わりない。薄暗くゴチャゴチャした車内に大の大人がすし詰め状態。これでは逃げられる筈もない。

 ここで提案を断ろうならば、あっさりと始末されかねない暗い予感もあった。





 そもそも、こいつとは馬が合わない。第一こいつの言葉を丸ごと信じていいか大いに疑問だ。

 私は頭を切り替えて、何とかここから脱出する手を探る。こいつの口車に乗って色んな意味で無事に済むとはとてもじゃないが思えなかったからだ。

 さて、それでは古典的な手口から始めてみようと考えた。


「……トイレ」

「あっ?なんだガキ」


 私の呟きに反応したのは虎さんだった。


「トイレ……ちょっと一人にさせてほしい」

「あっ?テメェその前に返事聞かせろよ」

「トイレって言ってるでしょ!!傷心の乙女心を慮りなさいよ!!」


 ここは引かない。私は涙で真っ赤にはらした目を見開き、虎さんを睨みつける。


「あ゛?」


 だが、彼も殺し屋。高々女の涙如きで怯みはしなかった。

 だが!私が傷心しているのはホントの事。私は正々堂々正面から虎さんの視線殺気を受け止める。


 暫く、にらみ合いを続けていると、水入りが行われた。


「まぁまぁ、虎。女の子には優しくしなきゃ駄目だよ」


 チャンス、と私は視線を虎さんから外さずに、耳に意識を集中する。小泉の事は見ない、見たら何を言い出すか、私自身に自信が持てない。


「ほら。アンタの親分がそう言ってるわよ」

「んだテメェ。調子乗ってんじゃねぇぞ?」

「あはははは、楓ちゃんも元気になったようだね。虎の視線を真っ向から返せる人なんてそういないって言うのに」


 ん、しまった。調子に乗り過ぎたか?まあいいやこのまま押し通そう。せっかく燃え上がった情熱を消すのは勿体無い。


「虎、良いよ、行かせてあげて」

「良いんですか、竜也さん。この女逃げる気ですぜ」


 ばれてた、案の定ばれてた。流石殺し屋、切羽詰まった人間を見て来た数が違う、と私が感心していた時だった。


「いいよ、虎。僕は彼女に選択肢をあげたんだ。見ざる聞かざるで縮こまって暮らすのを選択すると言うなら、その意思を尊重するよ」

「……条件は?」


 私は、虎さんから視線をそらさずに、小泉に尋ねる。

 小泉の方を向いて真意を覗き込まれないようにと言う意味もあるが、この殺意の塊から目を反らしたくないと言う意味もあった。


「てめぇ、何交渉なんてしようとしちゃってんの?」

「!?」


 私は、彼から目を反らしてなんかいない、それでもいつの間にか私の首筋には虎さんのナイフが添えられていた。


「あっはっは、大丈夫だよ虎。彼女は、我が妹は約束してくれるよ、もうこの件には関わらない、ごく一般的な生活に戻ってくれるって」

「……それを破ったら?」


 喋るたびに、冷たい鉄の塊が喉を撫でる。私はその感触に背筋を震わせながらも、小泉に疑問を投げかける。


「さぁて、その時はどうなるか分からないねぇ」


 ニコリと、視界の端で小泉が楽しそうに笑う姿が映った。





 武彦は押し付けられた財布を両手で抱え微動だに出来ずにいた。

 今はこんな事をしている暇はない、一刻も早く楓を探しに行きたかった。

 だが、長年魔王の元で働いてきて彼に逆らう事がどれ程恐ろしい事であるか、よく知っている。彼は逆らうものには容赦しない、もしここで逆らうようならためらうことなく、武彦を始末しに来るだろうか。いや、竜也と敵対している今手駒を温存するために、この場は見逃してくれるだろうか。

 暫しの逡巡の後、武彦は意を決して、源三の目を見た。


「……条件があります」

「なんだと」


 源三の太い声が静かに響く、眉間のしわが深くなる。武彦は精一杯の気力を振り絞り、それに真っ向から対峙する。


「これをしでかしたのが、竜也さんだと言うのなら。あの人の傍にはある少女が居る可能性が高いです。

 もしその場合、自分にその少女の処遇をお任せください」


 賭けだった、小泉の元に楓がいると言う賭け。それを源三が認めてくれると言う賭け。その2重の賭けに武彦はベットした。


「女だ?」

「はい、立花楓と言う少女です。自分とは多少の因縁のある少女でして」


 ギラリと源三の目が光る。

武彦は知らない。楓について武彦が知っているのは、放火癖があり、かつて自分が殺めそうになった少女と言うだけだ。その他の事については一切知らなかった。


「……良いだろう、好きにしろ」


 源三は決を下す。今の源三にとって最優先すべきは竜也の首を取る事、その他は些事であった。

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