第22話 依頼
楓を探し、武彦は駆ける、沈みゆく町を当ても無く駆ける。
自転車はとうに壊れたので、塀の上を、屋根の上を、川と化した道路を駆ける。
その様は猿の様に俊敏で、獅子の様に力強かった。
「止まれ!」
だが、その歩みは銃声と共に遮られる。
園山組だと、武彦は判断した。町中で軽々しく引き金を引くよう連中に、他に心当たりが無かったからだ。
始めは無視しようかと考えたが、何か情報を持っているかもしれないと考え、武彦は大人しく両手を上げて、接近した。
それは焦りが生んだ油断だった、木端組員など幾らでも対処できると言う確信がそれを助長させた、だが、そこにいたのは木端組員だけではなかった。
「……組長」
「おう、久しぶりだな武彦」
武彦はその声に、反射的に膝をつく。
彼は殺し屋だ、それも百戦錬磨の伝説と謳われた殺し屋だ、自分より一回りも上の年かさの男一人に腕っぷしで負ける訳がないと分かっていても、源三の前では蛇に睨まれた蛙の様に、背筋に走るものを抑えることは出来なかった。
「息災のようだな」
「は、おかげさまで」
源三は眉にしわを寄せたまま、唸る様に喋る。
恐怖だ、恐怖しかなかった。武彦には源三の事が何一つわからない、いや分かる事はある、それは妄執とも言える程の金と力への執着心だ。それがあまりにもぎらつく光となって、源三の本心が何一つ分からない事が怖かった。
源三は武彦の様に、獅子の体をもって生まれてしまった小動物ではない。人の身にあらん限りの欲望を詰め込んだ、正しく魔王と呼べる存在だった。
「竜也を探している」
「はっ?」
「竜也だ、この仕掛けは竜也が仕組んだものだ」
その一言に、何故か武彦は合点がいった。この目を疑わんばかりの大水害が個人の仕業と言われても、相手があの竜也なら納得できる。そう思わせるだけの理解不能さがあの男にもあった。
魔王の子は魔王。竜也が源三の妾腹の子だと言う事は、周知の事実である。
竜也もまた、源三と別の面で何一つ悟らせない男だった。竜也は何時もしかめ面の源三とは違い、何時も笑顔を浮かべている。その下にあるのが何か、余人には悟らせぬまま、奇抜な発想と、それを成しうる実行力で実績を重ねて来た男だ。
武彦には想像する事すら出来なかった、魔王殺しと言う発想に至ってもおかしくはないと彼は思った。
「残念ですが、お力にはなれません。自分は竜也さんにはお会いしておりません」
「今日はそうだろう、だが貴様あ奴から何か聞かされているのではないか?」
見られていたのかと、冷えた体が更に凍り付く。確かに先日自分は竜也と会って話をした、だがそれは楓の事について幾つか言葉を交わし、子供の戯言ともつかない話を聞かされただけだ。
「……日本制覇、など仰っていましたが、何時もの冗談とばかり」
「はっ!はは、はっはっは!!」
笑う、魔王が笑う。
「冗談。ああそれは間違いも無く冗談だ。だが、奴は冗談を冗談のまま本気で実行する男だ
儂の首を取るついでに、その様な戯言を思いついても不思議ではない」
理解できない。理解できないが、納得はいく。人の身を外れた魔王同士ならばそう考えても不思議ではないのだろうと言う事が腑に落ちる。
「貴様、もう動けるのだろう」
「……5割ほどは」
「十分だ、それでも余人の倍はある」
源三はそう言うと懐から財布を取り出し、そのまま武彦に押し付ける。
「手付金だ、成功報酬は5億。武彦を殺せ」
楓には誰の声も耳に入らなかった。思い出した過去の記憶、汚された両親の思いで、裏切られた武彦とのこれまでの日々。
世界の全てが反転し、彼女を苛んだ。
竜也の
「…………」
「楓ちゃん、いや僕の妹よ。君に選択肢をあげよう。僕と一緒に全ての元凶である魔王、小泉源三を退治するか、全てに耳と目を塞いで、全てを無かったことにして生きていくかだ」
楓は、楓は……。
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