第18話 襲撃
「組長大変です!」
「どうした騒がしい」
広い広い日本家屋の屋敷の中で、源三は部下の慌ただしい報告に眉をひそめる。
「土手が決壊しました!直ぐに反乱した水が押し寄せます!」
「なんだと」
バタバタとその日の当直が慌てふためき避難の用意をする。
「取りあえず隠れ家のマンションに行きましょう、あそこなら安心です」
「ふん」
源三は不愉快そうに鼻を鳴らす。床上浸水となれば無駄な出費がどれ程かさむか、苛立ちが増すばかりだった。
金は自らの血と変わりない。事故だろうが天災だろうが、喜んで自らの血を流す人物が何処にいるのか。
源三が車に乗り込み、発車して直ぐの時だった。
「止めろッ!!」
源三が叫んだ直後、目の前の道路から爆発音とともに水を纏った火柱が吹き上がった。
「マジかよ、アレをかわしやがった」
源三の屋敷の直ぐ近くのビルの一室で、双眼鏡越しにその光景を除いていた虎は唾を飲み込む。
避難に焦る出発直後、ちょうどスピードが乗り始めた時を見計らってマンホールの下に設置していた爆弾に火をつけたのだ。
タイミングはドンピシャの筈だった。こっちの爆弾班だって、いくつもの要人暗殺を繰り広げて来たプロを雇ってある。
通常ならばかわせるはずの無い一撃を、間一髪でかわしてのけた魔王に、虎は冷や汗と共に、頬を歪ませた。
「くくく、そうだよな。その程度はやって貰わないと色々と仕込んできた甲斐が無い」
「くっ、組長!襲撃です!」
「分かっとる!ガタガタ騒ぐな!周囲の警戒をしろ!」
「はっ!」
源三の予知にも等しい野生の勘により間一髪直撃は免れたものの、爆発の煽りを受けた防弾使用のBMWは、フロントがいかれてしまいまともに走行できそうにない。
かと言えここで巣穴に戻っても、水攻めの勢いは今後どうなってくるのか、分かったものではない。まだ台風はこれからが本番なのだ。
「野郎、儂一人を取るためにここまでするか」
源三はそう言いニヤリと笑う。この大災害による被害が等しく自分の命の価値。そう考えるとにやけ笑いが止まらない、さりとてこんな所で死んでやるほど、自分は子供思いの人間じゃない。
源三はこれを仕掛けているのが、我が息子竜也だと直感的に判断していた。竜也の最近の怪しい金の動きなど関係ない、直感だ、直感でこの無色透明な殺気を察知していた。この様な、澄み切った殺気を放ちながら事を起こせるものなど、竜也を置いて他は無いと、理屈ではなく本能で読み取っていた。
「おう!|バイクだ!バイク出せ!」
「はっ!了解です!」
車が駄目ならバイクで行くしかない。だが、これを仕掛けたのが奴ならばセーフハウスの場所はとうに割れているだろう。待ち伏せ、占領も十分に考慮しておかなければならない。
「おう」
「はっ、何でしょう組長」
源三に声を掛けられた若頭が返事を返す。
「比良坂はどうなっている」
「……付近で怪しい気配を察知しました、取りあえずそこを潰しに行きました」
若頭は一瞬沈黙した後そう答えた。
「おう、皆殺しだ……皆殺しにしろ!」
魔王は獰猛に、そう吠えたてた。
「敵だ」
観測所として利用していたビルを後にしていた虎は、靴を濡らす路地裏で今にも逃走用の車に乗り込もうとした際に、背後から迫り来る冷たい殺気を感じそう呟いた。
「お前らは先に行け、足手纏いだ」
虎は、大ぶりのナイフを抜き放ち、爆弾班にそう言い捨てる。
「ヘイ、ミスタタイガー。足手纏いとは不躾だな。俺たちは腕を買われてここにいるんだぜ」
爆弾班の通訳担当が、虎の暴言を受けてサプレッサー付きの大仰に肩をすくめながらそう言った。
「阿保が、貴様らは発破のプロだろう、喧嘩のプロじゃねぇ」
「ヘイ、ミスタ」
通訳を介さなくても悪態と言うものは自然に伝わってしまうものだ。班の中でも一番年若い白人の青年が、サプレッサー付きの拳銃を片手に虎に詰め寄ったその時だった。
「伏せろッ!!」
虎の忠告はその青年には永遠に届かなかった。
「ア、エ……?」
額に穴を拵えた青年は水しぶきを上げてそのまま倒れ伏した。周囲にはいつの間にか黒い戦闘服を身に纏った連中が、虎たちの周りをぐるりと包囲していた。
「Shit!」
「Fire!Fire!」
プス、プスと空気の漏れる間抜けな音が四方八方で木霊する。車両の足は意の一番に潰された、当たり前だが敵は此方を逃がす気はないようだ。穴の開いたタイヤからは気泡が勢いよく噴出する。
「この、馬鹿共め」
こうなったら庇ってやる所ではない、自分の命のを守るので精一杯だ。水を吸った服や靴が重い。いつも通りの速度が出ないのはお互い様。その筈なのだが、敵は驚異的な力と速度で虎たちに襲い掛かってくる。
敵は、正確無比な攻撃を仕掛けてくる、だがおかしい、こちらの攻撃はこちらの攻撃で当たっているはずだ、だが水の中へ沈むのはこちらの陣営の方が圧倒的。
「シャッ!」
水上を泳いで進む蛇の様に、虎は水面すれすれを飛ぶように駆ける。チュンチュンと虎が跳ね上げた足跡とは別の水しぶきが、虎の背後に立て続けに立ち上る。
虎は銃弾を掻い潜りつつ、膝に一撃、わき腹に一閃、両手に持ったナイフを交差させる。防弾防刃先刻上等、刃の鋭さは通らなくても、刃渡り15㎝を超える鋼鉄の塊を、全力で振りぬいたその衝撃まで完全に殺せる訳はない。
常人ならばそれを食らって立っていられる筈は無かった。
そう、常人ならば。
「チッ!これが比良坂の正体かよ!!」
虎はそう毒づく。敵のゴーグルに覆われた瞳は不吉に淀んだ正気を逸したものだった。おそらくは薬物投与で作成された人造のスーパーマンと言った所だろう。
「チッ!こんなもん相手にするだけ無駄だ!逃げるぞ!」
相手は傷みも疲れも感じない、薬物中毒者敵は比良坂、いや違う。これは比良坂の手足、刃だ。幾らでも補充の効く末端だ。やるならば頭、司令塔を潰さないとキリがない。
虎は得物の1体を蹴り飛ばして、隣の1対に当て包囲の綻びを作る。
「くっそ、なんて重てぇ奴らだ!」
蹴った感触は岩の如く、薬物投与の身だけじゃなく、根本からの人体改造も施されている可能性が高い。
パンと言うひときわ高い音共にスモークグレネードの煙が立ち込める中、虎たちは一斉に四方八方へと散らばって行った。
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