第17話 決壊

 ズドドドドドと機関銃の様な雨が降る。


「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」


 全身雨でびちょぬれのハイテンションで私は町をひた走る。


「おっちゃんのばかー!スマホ位持っててよー!」


 私は雨で誰も聞いてない事を笠に着て、好き放題に喚き散らす。まぁ持ってた傘なんて当の昔に粗大ゴミと化したので捨てて来た、奴にはこの戦場は荷が勝ち過ぎたのだ。


 走る走る、目指すは河川敷のおっちゃん家。正直とっくの昔に避難していてあそこに行っても、もぬけの殻の算段の方が高いのだが、湧き上がってくる不安を治めるには、私の部屋は狭すぎたのだ。

 それもこれも連絡手段を持っていないおっちゃんが悪い。おっちゃんのホームレス仲間には、最新ガジェットで完全武装している人もいる。住所不定無職な方だって、手を変え品を変えれば、スマホの1台くらい持てないことは無いのだ。


 湧き上がる不安を怒りに替え、その熱でもって冷たい雨の中を突っ走る。

避難誘導お仕事中の消防車に見つからないように、スネークミッションを繰り広げた私が土手にたどり着いた時だった。

一際大きな防災無線が高らかに鳴り、それに同調する様に大地が鳴いた。


『緊急警報!!緊急警報!!ダムが決壊いたしました!!ダムが決壊いたしました!!直ちに――』

「うっそで……しょ」


 おっちゃんの家どころではない、冗談みたいな鉄砲水が、暴力の化身のように木材ガレキを両手に押し寄せて来て、全てを破壊しながら我が物顔で全てを蹂躙していく。


「君!そんなところで何をしているんだ!!」


 背後からかけられたスピーカー越しの声に私が振り向いた時だった。まるで足元でピンポイントに地震が起きたのかと思った時には、私の体は宙に舞っていた。

 土手が、決壊したのだ。





「おい!土手が決壊したそうだぞ!」


 情報屋のマサが血相を変えて俺にそう報告して来た。どうやら消防無線を盗聴しているらしい。


「そりゃ酷いな、場所は何処だ?」


 何故だか胸騒ぎがし、普段なら関係ないと突き飛ばす事を聞き返した。


「おめぇの家の近くだよ竹!それとな……」

「なんだ、先を話せ!」


 胸騒ぎは秒単位で高くなる、その先を聞きたいが聞きたくない。


「それに巻き込まれた消防車が1台……そして女性が一人と言う事らしい」


 ひっ、と言うマサの悲鳴が聞こえる。それに構わず俺はマサの胸倉をつかみ宙に上げる。

 ぶちぶちと言うマサのボロ服が悲鳴を上げているのを、俺の中の冷静な部分が静かに聞いていた。


「誰だ、女性とは誰だ」


 心のざわめきに反比例し、頭はドンドン冷静になってくる。現役時代の血がむくりと鎌首を上げ、チロチロと得物を求めている。マサは蒼白な顔をして、パクパクと酸素を求め喘ぎつ続ける。


「竹ちゃんよせ!」

「そこまでだ!マサを離してやってくれ!」


 周囲の声に、マサの胸倉から手を離す。ドサリと言う音と共にマサは尻もちをつき、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返していた。


 すぅ、と深呼吸を一つ。

 俺は避難施設の戸を潜り、駐輪所へと足を進める。運よくそこには数台の自転車が置いてあった。

 俺はその内の一台の前輪を毟り取り、タイヤからチューブを取り出し右膝に巻きつけた。


「これでよし」


 右膝の回復具合は5割と言った所だ、この補強により8割程度まで動けるだろう。弁償は帰ってからするとしよう。


「何をしているんですか!」


 俺がそんな事を考えていた時だった、騒ぎを聞きつけた職員が押しかけて来た。


「用事を思い出した、ちょっと出てくる」

「何言ってるんですか!馬鹿な事はやめてください!」


 馬鹿な事か、それはそうだ。こんな雨の中、好き好んで土手の様子を見に行くなんて、大ばか者のすることだ、そして俺はそんな大ばか者を良く知っていた。

 何処に出しても可笑しくない、大ばか者の放火魔を。


「まぁ、唯の浮浪者一匹だ。そっちも仕事とは思うが、悪いが好きにさせてくれや」


 俺は丈夫そうな自転車を選び、U字ロックを引き千切る。


 ひっ、とその様子に怯んだ職員の隙を突き、自転車に飛び乗って土砂降りの中へ繰り出した。





「ひっ、ひひひひ、すっ、凄い事に、なって、ます」


 ウニモグを改造した前線基地の中に蛸を始めとした数人の情報処理班、そして竜也の姿があった。

「そうだね蛸、予定通りだ。開幕の花火は高く上がったようだね」


 竜也はニコニコとモニターを眺めながらそう返す。第一段階は成功だ、ちょうど大きな台風が来てくれたので効果は倍増と言った所だ。

 竜也は任務を終えた爆弾班にねぎらいの言葉を掛けた後、次の任務に取り掛かるよう指令を出す。ホームレスの中に紛れ込ませた爆弾班も上手くやったようだ。決壊した堤防からあふれ出た水は、流れ流れて魔王の住む居城まで押し寄せるだろう。


 気にかかるのは土手の崩壊に巻き込まれた女性の事だが、それが彼女だった場合、それまでの星の元に生まれたと言う事だ、運が無かったと思い諦めよう。


「古来より、強力な城を攻める時は水攻めが有効と言う事ですよ、お義父とうさん」


 竜也は溺れもがく魔王を想像し、口角を緩めるのであった。

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