第16話 台風

 高級な調度品の並ぶ和室、ズラリと並ぶ黒服が微動だにせず見守る中。パンと乾いた音と共に畳に焦げ孔が開く。


「おやおや、お義父とうさん、いきなりですね」


 源三の元へ呼び出された竜也を待っていたのは、挨拶代りの鉛玉だった。襖を開けて入って来た竜也が挨拶をする前に、その足元に穴が開いたのである。竜也がもう半歩踏み込んでいれば指が飛んでいた、そんな距離だった。


「次は額に開けるぞ」


 源三はそう言うと足元を狙っていた照準を引き上げながらそう言うと、これで用事は済んだとばかりに顎で退室を促す。


「全く僕も暇じゃないんですがね。まぁお義父さんに心配を掛けたお詫びです、今月の上納金は2割増しで収めておきますね」

「5割だ」

「はいはい、了解しましたよ。それじゃ行こうか虎」

「……うす」


 竜也は虎の警戒心が殺意に代わる前に源三の元を去る。この場に居るのは木端警備員たちだけとは言え、入念なボディチェックの末武装解除された自分たちではなす術がない。いや、折角の魔王との対決をこんな場当たり的な事で済ますのは勿体無いと言う判断からだった。





「とは言え、もう限界みたいですね」

「そうですね、竜也さん」


 虎はルームミラー越しにそう話しかける、いや虎が警戒しているのは竜也のさらに背後、追手の車が仕掛けられていないかを警戒しての事だった。


「それで、どうでしたか。久しぶりの魔王は?」

「殺ろうと思えばあの場でも、と言いたいところですがね。全く時代劇の悪代官じゃねぇんだから、あんなにぞろぞろと肉壁そろえられてちゃ無理ですわ」


 虎はそう言いながらベルトのバックルを撫でる。するといつの間にか虎の手には刃渡り2cm程の折り畳みナイフが握られていた。一見するとおもちゃの様なナイフだが、虎が使えばソレはれっきとした爪となる。頸動脈に腋窩動脈、股動脈、2cmも差し込めば命を奪うのに十分な長さだ。


「で、計画の方はどうなんですか?」

「ああ順調だよ♪木を隠すなら森の中、犯罪を隠すのは犯罪の中ってね。せっかくのパーティだよ虎、精々楽しもうじゃないか♪」


 竜也はそう言って子供の様に顔を輝かせる。魔王を滅ぼすにはそれ相応の舞台が必要だ出来るだけ派手に、出来る限りの混乱を。

 勇者の仕事暗殺では勿体無い。戦争を、一心不乱、百花繚乱な戦争こそが魔王の最後の舞台には相応しい。


 少しばかり予定が早まった、あの2人を取り込むには少し時間が足らなかったが、挨拶は既に済んでいる。精々飛び入り参加で遊んでもらおう。


「いやー、楽しみだね虎!」

「はは、竜也さんがこんなにはしゃいでいるのは初めて見ましたよ」


 虎はそう言って苦笑いをする。この人のあの計画を聞いて苦笑いで済ましている自分も、大概人の道からは外れているが、やはりこの人は最悪の人間だ。

 虎はそう思い、これから起こる災害に巻き込まれる人々を想像し、口角を緩めたのだった。





「あっちゃー直撃コースじゃん」


 大型で勢力の強い云々かんぬん、テレビではしきりに台風についての警報を鳴らしている。

 太平洋ですくすくと育った今度の台風は、勢力を保ったままどんぴしゃりで我が町に訪問なさるおつもりのようだ。


「おっちゃん大丈夫かな」


 大丈夫も何も、強制移住にハウス解体のコンボが待ち受けているだろう事は、想像に難ない。

 元々絶賛不法占拠中の身だ、叩いても埃しか出ない。まぁおっちゃんを叩きすぎたら何が出てくるか分かったもんじゃないけど、元殺し屋らしいし。


「避難所送りの次はハローワーク強制労働が待ち受けているんだろうなー。おっちゃんの遅咲きモラトリアムもおしまいかなー……どっか行ったりしないよね?」


 元々どこ吹く風の根無し草。ふらりと現れふらりと消えてしまいそうなおっちゃんだ。それを思うと夏だと言うのに寒気がした。まだまだまだまだ私はおっちゃんに恩を返しきれていない。私はそう思うと、自然と家を飛び出していた。





「さて、それじゃあゲームを始めよう!」


 竜也はそうして、誰もいない事務所で1人宣言をした。

 惨劇が、幕を開ける。

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