第10話 キャンプファイヤ(改定)
「いやー楽しいね!うっきうきだね!」
私は、遥と一緒に後部座席に仲良く座っておしゃべりをする。もっとも、残念ながら私からの一方的なおしゃべりになっているのだが。
「ごっごめんなさい、立花さん。今までの事は謝るから家に返して」
「えー、何言ってるのよ。夜はこれからだよ。何に謝っているのか分かんないけど一緒に遊ぼうよ♪」
私は遥から『貸してもらった』スマホを弄りながら、そう答える。
ビンゴだ、彼女のトークアプリを遡ると彼女が火元であることは間違いない。これで外れを引いたら、無関係な少女に無駄なトラウマを刻んでしまうだけだったかもしれない。いやもし外れだったとしても、無関係でも無駄でもない、クラスカースト上位の彼女に『協力』してもらう事は大きな力になる。
それに、帰してしまうなんて勿体無い。私が見せたかったのはおっちゃんの馬鹿力じゃない、おっちゃんはあくまでも運転手。今日のメインは私主催のキャンプファイアだ。
車を走らせること小一時間、私達はとある寂れたキャンプ場に着く。
「さっ!着いたよ!降りて降りて!」
ここは潰れたキャンプ場だ、出入口に掛けられていたチェーンはおっちゃんのカギ開け(物理)で開錠しているので問題ない。
そして、そこのど真ん中には山と積まれた木材が鎮座している。
高さは4m位の無造作に積まれた木材の山、これを詰んでくれたのもおっちゃんだ。まったく今回は随分とおっちゃんに借りを作ってしまった。
寂れ、うらぶれ、くたびれた、雑草まみれの施設の中、私達は月夜の灯りをライト代わりにトコトコと歩き続ける。
ご馳走の前に着いた私は、おっちゃんから借りたライターでそれに静かに着火する。
100円ライターの頼りない火は、母を求める赤ちゃんの様に彼方此方に手を伸ばす。私はそれをそっと導く。
こっちに行きたい?
これが欲しい?
そっちは危ない
こっちへどうぞ
木片を動かし吐息を吹きかけ
あやすように宥める様に
大きくなぁれ、大きくなぁれと子守歌。
無垢の木片は瞬くままに赤の衣をまとい
思う存分
じりじりと、肌を焦がす
ものの5分とかからぬうちに私の目の前には、天を突くような
芯なる赤は血よりも赤く、天なる青は月より青い。咲き乱れるは先端に青を散りばませた大輪の赤い花。轟々轟々と、愛して愛してと、叫びをあげるその花はこの世のどんなものよりも美しく、何よりも気高く、誰も触れぬ孤高の花。暗い夜空を自らの力で赤く染め上げる天真爛漫な純粋なる
パチリと爆ぜる音がする、バキリと崩れる音がする。その度に揺らめく火の先端が私の頬を撫でていく。それに触れたいが触れられない、抱きしめたいが、抱きしめられない。
あぁ、
あぁ、ひり付く地肌が羨ましい、私の心も炙ってほしい。脆弱な私の体では
吹き出る先から汗が蒸発していく。微笑みにだらしなく開いた口からから水分が抜けていく。
こんなにも愛しいのに、こんなにも求めているのに、肉体と言う枷が邪魔をする。思う事なら全てを捨てて、
私は恍惚の表情で思う存分それを眺めた後、汗だくとなり真っ赤になったその顔で遥に振り向きこう言った。
「これからも、仲良くしようね遥ちゃん」
脱水症状一歩手前の消耗しきった私より、よっぽどひどい顔をした遥ちゃんを送り届けた私は車の中で倒れ込んだ。
いやー満足満足。規模は小ぶりだったけど、久しぶりに満足いく
何時もはソロプレイと言う事もあり、放火した後は後ろ髪を炙られながらも早々に撤退し、誰にも見つからないようにはるか遠くから愛しい我が子を観察しているのだが、今日は付き添う&ギャラリー付きなので多少はしゃいでしまった。
そんな事を考えていると、次第に意識が遠くなる。ああやっぱりやり過ぎたみたい。調子に乗って
「ほぇ」
私が
「良いからそのまま眠ってろ」
聞こえてくるのはおっちゃんの声。何時の間にやらおっちゃんは車を止めて私の眠る後部座席へとやってきていたようだ。
「ったく、無茶しやがって。もしかとは思うが毎回こんな事やってたのか?」
ペタリペタリと、額の他に脇や後頭部にも冷たいものが押し当てられる。あー気持ちがいい。
「本当は、病院に連れてった方がいいんだがな、全身やけど一歩手前のお前について、医者を言いくるめられる気がしねぇよ」
なるほどなるほど全く持ってその通り。
けど、そんな事気にしなくていいのに、元殺し屋の癖に義理堅いおっちゃんだ。
これも全て私の様な異常人が自業自得でこうなっただけ、そこらのベンチに放って帰って貰っても、私はおっちゃんを責めたりしなかったのに。
こうして、保冷材の冷たさによって全身の熱が下がるのと同じくして、私の意識も闇に落ちていった。
「全く、なんて嬢ちゃんだ」
武彦は冷房を全開にした車内でタバコを咥えようとして、静かに寝息を立てている楓を見てそれを元に戻した。
彼が楓の放火姿を見たのは今考えれば随分と前の話だ。彼女が別の制服を着ている頃に彼の庭先でボヤを出した時だ。あの時は自分が起こした火に戸惑いアタフタとしているだけの少女だったが、随分と変わってしまったものだと彼は思い出にふける。
彼は額に当てた保冷材の温度をそっと確認する。燃え上がらんばかりの彼女の情熱の前ではこのちっぽけな保冷剤がいかにも頼りなく思えたからだ。
今の彼女、あの有様を単純に放火魔と言ってよいものかと彼は思う。普通の放火魔は安全な場所から火事そのものを高みの見物をするものだ、だが彼女は違う。
彼女は危険を顧みず、いやそんな言葉では生ぬるい。何時燃え盛る炎の中に飛び込んでもおかしくないほどの危うさを持って、何かに取りつかれたように火の眼前で立ち尽くしていた。そんなものは飛んで火にいるなんとやら、放火癖ならぬ唯の自殺癖でしかない。
彼女を一言で表すなら『危険』。彼はそれ以外の感想を持つ事が出来ず、新しい保冷剤を用意するのであった。
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