第8話 マッチポンプ(改定)

「あーもう!くそ小泉!迂闊に写真なんて取られてんじゃないわよ!」

「まぁ、落ち着け嬢ちゃん」


 あれから1週間、いじめは徐々に静かに素早く陰湿に深まって行った。最初はデジタルな嫌がらせだけだったが、私の反応が今一と見るや、昔ながらのアナログな方法まで及んできた。

 教科書やノートに落書き、上履き隠しに、体操服の切り裂き汚し、そしてその全てに静かに響く嘲笑のおまけつき。

 それは学内だけにとどまらず果ては私のバイト先にまで矛先が及んだ。匿名の中傷電話がダース単位でタレこまれたのだ。

 機を見るなり敏な店長は、鮮やかなジャッジで私にお役御免を言い渡し、私は目出度くおっちゃんと同じく無職の身となったのだった。


「いや、学生様って言う立派な身分があるだろう。無職道を甘く見るな」

「訳わかんないよおっちゃん」


 おっちゃん、精一杯のジョークに私は肩を落とし苦笑いをする。

 全く、健全に放火魔を営んでいるこの私が、ごくありふれたイジメで悩む日が来ようとは。


 問い:教えて神様、私がどんな悪事を働いたと言うのでしょう?

 答え:放火です。

 採点:ごもっとも、100点満点な回答です、流石は神様。


「しかし、そういう事ならあまりここに来ない方がいいんじゃないか?良からぬ噂が加速するぞ?」

「あー、そうだね。おっちゃんを巻き込むのも悪いよね……」


 萎れた私がそう言うと。おっちゃんは笑いながらこう答えた。


「はっはっは、無職を馬鹿にするな。無職はな、無敵って言う意味だ」

「ありがと、それもおっちゃんの言う無職道ってやつ?」

「ああ、そうだ」


 おっちゃんは力強くそう頷いた。

 しかしどうだろう、一応私なりに最大限に周囲の目を警戒しつつ此処に来ているが、最近のカメラは高性能だ、超倍率で遠くから監視されていれば、私程度の気配察知能力じゃ対処できない。

 たかがいじめ遊びにそんな労力を割くかどうか疑問が残るが、きっかけはその超望遠と思わしき写真から始まったものだ、私が知らないだけで、クラスの中にはカメラが趣味の人もいるだろう。

 その存在Xを見つけて叩きのめせばいじめ事件は解決する?いやNOだ、走り出したそれはそう簡単には止まらない。

 いじめの首謀者を叩きのめす?それはありかも知れない。だが、問題はその首謀者が分からない事。いつの間にか招待されていたクラスの秘密チャットの場では全て匿名で発言がなされている。

 クラスの雰囲気からおそらくは首謀者は御手洗遥だろうが、誤射してしまっては目も当てられない、と言うか一言に叩きのめすと言っても実際問題どうするのか?あの子の家を燃やせばいいのか?私にとってそれは容易な事ではあるが、そのラインを越えてしまっては全てが燃え尽きて終わってしまう。


「よし、キャンプにでも行くか!」


 悩み込んだ私を見ておっさんがそう提案して来た。


「ん?キャンプ?」

「おう、安全健全なキャンプファイアだ。嬢ちゃんにとっては物足りないかもしれねぇが、普通の人にとっての上限の火だ。それで気分を落ち着かせな」

「行く行くーー!!」


 火だ、火だ!火だッ!!

 面倒くさい事この上ない状況だ、取りあえず全部まとめて燃やあいしてしまおう!


 こうして私はおっちゃんと、浮世の事は全て忘れ、日帰りデートとしゃれ込むことにした。





 多数のモニターが壁一面に設置された薄暗い部屋、全開の冷房と無数の筐体のファンの音が工場の様な唸りをあげ、生い茂ったツタの様に、蠢く触手の様に部屋一面に張り巡らされた配線の中、1人の肥満男が椅子に座ってモニターの1つにかぶりついてた。


「おう、蛸。調子はどうだ?」

「へひ!と、虎、さん。問題、無いです」


 蛸と呼ばれたその男は、渾名と同じくタコの様なスキンヘッドをモニターの灯りでテラテラと光らせながら、卑屈そうにそう返事をした。


 全く、いつ来てもくそ寒い部屋だと、虎はタンクトップから覗く引き締まった二の腕をさすりつつ、さっきまで蛸がかぶりついていたモニターを蛸を押しのけ覗き込む。


「ったく、誰が平和主義だよ」


 虎はニヤリと嗜虐的な笑みを浮かばせながらそう呟く。モニターには超望遠レンズで撮っていると思われる、立花楓の姿が映っていた。


「んで?具体的な進捗状況はどうなんだ?」

「へっはい。最初は、例の、しゃっ写真を餌に、焚き付けて、やっやったんですがね、ほんの少し、ですが」


 蛸はそう言うとにちゃりと粘つく笑みを浮かべて続きを言う。

 

「効果は、覿面、ですざ。あの、娘は、すっかりと孤立。いじめなんて、大した理由は、必要としません。ほんのちょっとの、きっかけさえあれば……なんでもいい」


 薄汚れた蛸壺にたまったヘドロの様な目を輝かせながら蛸はそう語る。『あー、これは被害者から見た実体験も随分と混じっているんだろうなー』と虎は他人事ながらそう思う。まぁ基本的に加害者側だった虎も同意見だ、こんなのは単なる暇つぶしの余興にしか過ぎない、退屈な日常にひと時のいじめ安らぎをと言う訳だ。


「しかし、放火魔相手にマッチポンプでお遊びね」


 しかし、小泉の兄貴も大概に人が悪い、あの人は人の隙間を見つけ、利用することに長けている。

今回の絵図はこうだ、あの小娘をいじめのターゲットとし、精神的に追い詰め、放火への欲望を高める。そこで生じたトラブルを解決し恩を売る事であの娘の警戒心を解き、よくよくはと言った所。

 自分としては何を悠長にと言った感じだが、この地味で嗜虐的な追い込みこそが彼の楽しみなのだ、部下としては上司の喜びは自分の喜び、精々この陰鬱な出し物を楽しませてもらおう。


 あの小娘は、放火に対する理性はぶっ飛んでいるが、それを除いた倫理観、つまりは義理人情と言った感性は普通の人間だ、兄貴の様な生粋のサイコパスと呼ばれる人物ならば、犠牲が出ようが出まいが、自分の欲望のままに動くはずである、そうでない点がつけ入る隙。

 こっちが売った恩を、あの小娘は高値で買ってくれるだろう。


 虎は、楓の今後の人生を思い、獰猛な笑みを浮かべるのであった。

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