第4話 火と水(改定)

「おら、手をあげろ」


 男はそう言って、私の体を念入りに調べた、胸やお尻は特に丹念に調べられた、ふぁっきゅー。

 私は、レイプよりましレイプよりましと、頭の中で何度も念仏のように唱えながらその取り調べが終わるのをじっと待った、ふぁっきゅー。


「なんだ、マジでこれだけかよ」


 だが、出て来たのは100円ライター一個だけ。当たり前だ、私は最初からそれだけしか持ってきてない。あの廃工場を燃やすのにガソリンその他なんて無粋な物は不要。なんならそれすらも使わず、そこら辺の木や石で燃やし尽くすことも可能だ。私のあいにはその程度の力はある。


私がそんな事を考えていると知らない男は、そのライターを弄びつつ車内に何か声を掛ける。


 カチャリと静かだが重い、いかにも高級車っぽいドアの開閉音と共に地獄の門が勿体付ける様にゆっくりと開く。それを開いたその男は「おい」の一言で私をコントロールする。  

逆らいたいが今は無理、いやもしかすると生涯無理なのかもしれない。

重い気分を引きずる様にゆっくりと私はその門を潜った。





 車内で待っていたのは、いかにも冷酷非情と言った感じの人ではなく。以外にも温和な笑顔を浮かべた、一見唯のチャラ男にも見える若い茶髪の男だった。スーツの良しあしなんてものは分からないが、柔らかく品のある光沢を持ったそのスーツは、素人目にもいかにも高級そうで、尚且つそれをさりげなく着こなしているその男からは、緩やかな余裕をかんじさせた。


「やぁやぁごめんね、楓ちゃん。手荒な真似をしちゃって」


 僕はこう言うものだけど、と言って手渡された名刺には、何やらカタカナの企業名とやたらと長い役職名、そしてその茶髪の男の名前が刷られてあった。


 その名刺によると、男の名前は小泉竜也こいずみ たつやと言うそうだ。


「いえ、いつかこんな日が来るのは覚悟していましたから」


 私は精一杯の強がりを言う。

確かに覚悟はしていたが、どちらかと言うと公権力の方のご厄介になると思っていたので、こちらのケースは意外と言えば意外な展開だったのが本音だ。

 

「あははは、可愛いね強がっちゃって。けどね楓ちゃん、放火するのは構わないけど場所は良く選ばなきゃ駄目だよ」

「場所……ですか」

「そう、ここはウチが使っている取引所でもあるんだ。まぁちょっとやそっと調べた位じゃ表に出ないようにはなってるけどね」

「…………そうだったんですか」


 成程、ネットの情報は当てにならないと言う話か。いや不特定多数のギャラリーの目を回避し続けていた彼らが上手だったと言うことかもしれない。


「そう言う事、まぁ今じゃ対して使っていない施設だけどね。それでもここが燃やされちゃちょっと面倒くさい事になる」


 男はニコニコと笑顔を絶やさずそう語り続ける。それが妙に私の警戒心を削いできて、するりするりと、私の心に侵入してくる。

 その心地よさが、彼は私の敵だとハッキリ教えてくる。彼は水、私は火。決して相容れることは無いだろう。


「それにしても、持っていた火元はこれだけとはね」


 男は私の100円ライターをカチャカチャと弄びながらそう言った。


「君ホントにこんなものであそこを放火しようとしてたの?結構広いし可燃物なんてそんなにおいてないよあそこ」

「…………」


 私の選んだ答えは沈黙だ。否定するのは私のプライドが許さないが、さりとて言質を取られるのも不味かろうと何も答えず視線で答えた。

 あいが小さい?ならば大きく育てればよい、最初は火花でも十分だ。

 可燃物じょうねつが少ない?それは愛が無いからだ。枯葉と風が有ればなんとでもなる。


 質問に対し私が発した言葉は次の言葉だ。


「それで、私はどうすればいいんですか」


 乾いた口調で私は尋ねる。ここがヤバい場所だったのは分かった。私がミスを犯したのは分かった。ならばどうすればいいのだろう。


「ん?今何でもするって言った?」

「言ってません」

「あははは、分かってるって。ジョークだよジョーク。

 まぁ楓ちゃんは可愛いから色々な就職先はありそうだけど、今回は別にリクルートに来た訳じゃないよ」

「……じゃあなんなんですか」

「あははは、そう硬くならないでって。今回は未然に防げたんだ。御咎めなしと言う事で構わないよ」

「……そんな事良いんですか?」

「大丈夫だよ、君の事を知ってるのはウチじゃ僕だけだからね。僕が黙っていればそれで済む話さ」


 一言で言えば恩を売ると言う事か。只より高い物はないとはよく言ったもの、唯の親切心で言っている訳ではないだろう。


「それに、君はまだ未成年だろ?そう言う責任は保護者にとって貰わないと」

「……保護者って」


 保護者と言われても、私の両親は既にいない。他の親類縁者が全くいない訳ではないが、中学の頃まで世話になっていた祖父母以外は、両親の遺産目当てに群がって来た屑ばかりだ。

 もしかして、祖父母の所に押しかけるつもりなのだろうか。

 彼らともそう仲が良かった訳ではないが、小中と身元引受人となってくれた恩がある。私がそんな事を考えていた時だ


「あははは、大丈夫大丈夫。親類縁者と言う訳じゃない、そっちの方とはあまり仲が良くないんだろう?」

「え?」


 そこまで、私の個人情報を把握されているのかと、重い気持ちになりつつも、鈍った頭をフル回転させるが、それ以外で保護者と言われても咄嗟には思いつかない。

 もしかして、学校の先生の事かと考えていたら男は愉快そうに笑いながら、次の言葉を綴った。


「君がよく遊んでいる、例のホームレス。彼はウチの関係者なんだよね」

「…………」


 意外と言えば意外。だが、そうでないと言えばそうでないかもしれない。あるいは今まで目を反らしてきた事実に向き合う時が来たと言うべきか。

 おっさんの過去について、直接問いただしたことは無いものの。おっさんの過去について全く想像してこなかった訳ではない。

 例えば、どれだけ暑かろうが一年中長袖長ズボンで決して素肌を店な事。あるいは壊れた膝の事。あるいは、あるいは。


「じゃあ、今回の事は……」


 大人の汚さと言うのは主に両親の葬儀の時に嫌と言うほど見せられた。ここでおっちゃんを恨むのは逆恨みも甚だしいが、それでも、それでもと思ってしまう。


「ああ、違うよ。武彦さん。君がおっちゃんと呼んでいる人物と今回の事は別問題だ。彼は全くの無実だよ」

「…………」


 分からない、この男の言う事が信じられない。と言うかこの男は信じられない。だけど……。


「そうですか、分かりました」


 おっちゃんの事は信じられる。おっちゃんと過ごしてきた年月はその位の事は許してくれた。

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