第3話 廃工場にて(改定)

 私の日常は意外に忙しい。まぁ女子高生なんてものを生業としているのだ、普通にやっていても忙しいのに、私はその上に放火魔としての顔も持っているのだ、輪をかけて忙しい。


 今日も勉強、バイトの合間に次のターゲットをネットで下調べしている。

調査方法として、先ずは衛星写真で物件のチェック、周囲になにも無い半ば廃墟と化したあばら家を見つける。

実は私レベルになるとこの時点で下調べはほぼ終了だ、経験と実績からモニター越しにでもその場所の空気感すら感じ取れる。

 しかし、ここでもうひと手間。ここからが重要だ。ターゲットの状態や逃走経路の机上の空論は出来るが、今見ている画像はライブ画像と言う訳ではない、その近辺の工事状況や、何か大規模な検問が貼られるような事件が起こっていないか等、調べることは多岐に渡る。一度なんてワクワクしながら行ってみたら、目当ての建物が既に取り壊されて更地になっていたなんてことがあったっけ。


 そうして私は選びに選び抜いた場所へと旅立っていた。





 某県某市、特急列車で少しの間の電車旅を楽しんだ私はそこにいた。今回の場所は私にしてみれば近場だったが、見過ごせない物件があったのだ。

 そこは打ち捨てられた廃工場、ネットの下調べではロケーションは最高。特に悪いうわさも無く燃やすには絶好調。廃墟マニアにはちょいと悪いがここは私が頂こう。


 バイト代で手に入れた折り畳み自転車をこいで進む。通学の時に浸かっているママチャリとは違い、地味ながらも軽量で遠出放火には最良の相棒だ。それと言うのも、目当てのお宝はたいていが辺鄙な所にあるために、駅を降りてからの交通手段が必須なのだ。もう少したったらバイクなりを入手してもよいかもしれないが、それでは移動距離が限られる。と言う訳で今の所はこの子で十分である。


 お目当ての場所に着いた私は、先ずその自転車相棒を茂みに隠す。お楽しみが終われば直ぐに逃亡するためだ。勿論私自身も変装は欠かせない。服装はサイクリングファッションで構わないが、ウイッグや化粧は毎回変化を付けている。パッドを付けたりさらしを巻いたりと肉体的変装も欠かさない。

 そして、肝心の放火道具だが、私レベルになるとマッチ一本あればよい。素人の皆さんなら大規模放火にはガソリン等の燃焼剤を使うかもしれないが、私には必要ない。

 私は誰よりも火を愛しているのだ、この子は愛にはあいで答えてくれる。


 私は、いかにも廃墟マニアですよー。と言った感じで先ずは一通りターゲットを観察して回る。もし万が一おっさんの様な住所未定無職な方が根城にしていた場合、巻き込んでしまったらどうしようもないからだ。

 幸い今まで人的被害は起こしていないものの。こればっかりは細心に細心を重ねるべき重要事項である。

 今までにも、ホームレス先住人の方が居たので放火を中止したことが何回かあった。直接の人的被害は出さない、それが私の放火道である。まぁどう転んでも放火は放火、罪は罪なのだが、単に気分の問題だ。





 そして、全てのチェックが終了し、いざ放火と思った時に、その時がやって来た。





「おっと、そこまでだお嬢ちゃん」


 心臓が止まるかと思った。いや止まっていてもおかしくはないほどの衝撃だった。

 私は全力で人がいないかチェックをした、確かに幾らか前に人が立ち入った痕跡は見つけたが、廃墟マニアか何かの後だと思っていた。

 いや違う、今考えるべきはそうじゃない。私のチェックをすり抜けた人がいた事が問題だ。

 私はギアを入れ替える。放火魔から廃墟マニアへシフトチェンジする。


「あら、ごめんなさい。ここは立ち入り禁止だったかしら」


 私は、アリバイ作りの為の煙草を咥えながらそう言って振り向いた。


「かかっ、止めときな。お嬢ちゃんみたいな真面目な女子高生が、タバコを咥えてもかっこ付かねぇよ」


 その一言に、夏の蒸し暑さが一気に吹っ飛んだ。

 私にその言葉を掛けた、即ち私が女子高生だと知っているこの男は、坊主頭を虎模様に染め上げた目つきの鋭い男だった。


「あら、そんなに若く見えるかしら、嬉しいわ」


 私は震える声を抑えて、そう返したが、その幼稚な演技は男の次の一言でバッサリと切り捨てられた。


「かかっ、無理スンナって立花楓。それよりも此処は火気厳禁だぜ。アンタここがどんなところか知ってんのかい?」


 私の精一杯の演技は、裏が丸見えの透明なハンカチで行っている間抜けな手品の様なものだった。私の事を女子高生と言ったのは唯のブラフではなく、氏名まで抑えられていたのだ。


「なんでしょう。私に何か御用ですか」


 御用もくそも無い、何時からかは知らないが、この明らかに堅気の人間でない風なこの男に、私はマークされていたのだ。

 これが警察でなくってよかったと単純に思えるほど私の頭はハッピーではない。

 おそらくは、警察に捕まるよりも遥かに面倒くさい事になってしまうのだろう事は、容易に想像がついた。


「かかっ、覚悟を決めたのかい?随分と真っ直ぐに人を見る嬢ちゃんだな。まぁいい用事があるのは俺じゃねぇ、俺は唯の使いっ走りさ。

 呼んでるのは兄貴だ、こっちに来い」


 その男は、髪の毛と同じように虎の様な獰猛な笑顔を向けながら顎で示した。兄貴とやらの所に先導するらしい。

 男の追跡術だか隠ぺい術だかは身をもって知っている。それに名前も抑えられているのだ、私は内心はともあれ、大人しく男の後について行くことにした。





 うわぁと内心で声をあげる。廃工場の草むらの前には似つかわしくない、いや逆にこれ以上に合うものも無いかもしれない、黒塗りの高級車が止まってあった。

 これはいよいよと覚悟を決める。しかしまだ大丈夫だと言う予感もあった。もしも報復やお仕置きが目当てなら、あの場でレイプされていてもおかしくは無かった。

 それが手出しされていないと言う事は、少なくともそれ以外の目的があっての事だろう。


 いや、やっぱり訂正だ。その車に一歩また一歩と近づくたびに、レイプ以上に面倒くさい事に巻き込まれるんじゃないかと言う予感がひしひしと湧いて来たのだった。

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