第2話 立花楓の日常(改定)

 おはよー、と特に誰に向けるでもなく声を掛けて私は座席に座る。『良い放火は、良い挨拶から!』と言う世界が100回廻っても張り出されることの無いような標語がひっそりと心の中に浮かんでくる。

 私のクラスでの立ち位置は、普通。その一言に尽きるだろうか。あまり目立たず、さりとて孤立することなく。適度に人付き合いをし、適度に勉強し、適度に自分の時間を持っている。

つまるところ『よい放火は、よい人間関係から!』放火現場を見られちゃいけないのは大原則だが、それ以外でも普段からごく普通の人間に擬態し、疑いの目を向けられないように清く正しい生活を心がけている。

林間学校で、飯盒炊飯をする機会があったりもしたが。私はなるべく火に近づかずに息をひそめて行動したものだ。ちらりと横目に入ってしまった時には、私に任せてくれれば100倍は上手く燃やせると、つい欲望の炎がメラメラっと来てしまったが、何とか自重することに成功した。私はあくまで、一般的な女子高生。マッチ一本どころか、火花一つで2秒で着火なんて出来ませんですわよおほほほほ。


「楓おはよー」


 机で1人、訳の分からない妄想を浮かべてるうちに、派手目な女の子が話しかけて来た。孔雀の如しとまではいかないが、クラスの上位カーストとやらに属する事が一目でわかる、輝かんばかりの女子力おなごちからを放っている。

彼女の名前は、御手洗遥みたらい はるか、先ほど言った様に、ハイクラス女子高生であり、私とは上辺だけだが、まぁまぁ仲の良い間柄だ。


「おはよー、遥。いやー今日も暑いねー」


 天気の話は偉大だ、どんな相手でも取りあえず数秒稼げる。


「全くねー、やんなっちゃうよ。それで楓?さっきから何ニヤニヤしてたのよ、なんかいいことあったの?」


 やばいやばい、妄想が表情に出てしまうとは私もまだまだ小娘だ。私は頭のギアを放火魔モードから女子高生モードへとシフトチェンジし遥のお相手に移る。


「いやー、もう直ぐ夏休みだからねー、何しようかって考えてたとこ。っていっても私にゃ楽しいバイト生活が待ってるんだけどねー」

「まったく、楓は苦学生きどって。アンタそんなに貧乏って訳じゃないでしょうに」

「あははー、まぁそうだけどねー。けど、バイトも結構楽しいよ?」


 嘘である。バイトに特に思い入れは無い。ファミレスのバイトだけど、フロアー担当なので火を使わないし、バイトはあくまで唯の旅費稼ぎの手段でしかない。アリバイ的な物を作る為にも、犯人の行動半径を絞らせないためにも、旅の翼は必要不可欠なのだ。

 私は周囲にはごく近所へ一人旅行をしていると言っているが、実際はそんなもんじゃない。飛行機や新幹線を使い、日本全国津々浦々へと放火の旅を満喫している。


 私はその後も遥の話に適当に相槌を打ち時間を稼ぐ。うむ、実にどうでもいい時間だが、彼女にそれを悟らせる訳にはいかない。

 私はあくまでごく普通の女子高生。目立つことも孤立することも放火の大敵と考えれば、大抵の事は平気へっちゃら問題ない。


 こうして私は、ごく普通の学校生活をごく普通に送っているのだった。





「うーん、疲れた疲れた」


今日はバイトが無い代わりに、遥たちとの遊びに付き合わされた、おかげで表情筋が筋肉痛だ。箸が転んでも笑う年頃とはよく言ったもの、一体彼女たちは何がそんなに楽しいのか。いや、楽しくない日常を、少しでも楽しくするために笑っているのかもしれない。空元気も元気の内とかよく言うし。


そんな私は、息抜きの為にリラックス空間へと足を運んだ。

それは小汚い河川敷である。


「お前さんも飽きないねぇ」

「よっすおっさん!ここは涼しいねぇ」


 風に誘われ、雑草たちがサラサラとリズムを取り、それに釣られた虫たちが輪唱を続ける河川敷。私はおっさんに会いにそこにいた。

 何時もどこかでハンティングをしているおっさんだ、会えるかどうかはその日の運しだい。今日はすんなりと見つけられてラッキーだった。

 おっさんは右足を少し引きずりながらこっちへと来る。


『膝に矢を受けてしまってな』


 とか訳の分からない事を以前言っていたが、まぁ……何かあったのだろう。深くは聞かない、それが二人の距離感だ。


「いやー、人間関係はめんどくさいですなぁ」

「はっ、ガキが。そんなセリフは10年早いんだよ」

「うわー、老害ーセリフだー。人間関係に年齢なんて関係ないよー」


 けらけらと、自然に笑ってそう話す。うん、表情筋のストレッチにはやっぱりここが一番性に合っている。


「そんでなんだ?今日はバイトか?」

「うんにゃ。今日はトモダチと遊んでた」


 私はカラオケ帰りの少しかすれた声でそう返す。クラスから孤立しないため、カラオケ映えする流行歌のサーチは欠かせないのだ、めんどくさいが。


「いやー、おっちゃんは良いねぇ。そんな気苦労なさそうで」

「代わりに生活保障も何も無いがな」


 きゃははと、おっちゃんの鉄板ジョークに頬を緩ます。


 私はその後もおっちゃんと下らない世間話を続ける。話のタネは、プライベートを除いた他全部。おっちゃんは意外と世情に詳しく話が広い。時間だけはあるから、拾った新聞読み放題なんだそうだ。

 他にも、いわゆる情報屋的な同業者ホームレスも居るので、テレビの解説員なんかより、深く詳しい話が聞けたりする。


おっちゃんは無職、何も持たない代わりに全てを持っている、それ故に無敵だ。


 私はいろんなものを抱えている、それ故に全てを燃やしつくす火が大好きだ。


それ故に……。


いつの日か、此の世すべてを、燃やしてみたい。


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